佐橋家の庭
さらに翌日。
阿礼は一人で佐橋家を訪ねる。悠馬がいない時間に行きたいということで午前中になった。
父親は仕事があるので母親が応対する。
母親がお茶とお茶菓子を持ってきて、阿礼の前に座る。若干、汗ばんだ顔で体調が悪いのかもしれない。
阿礼が庭を見る。居間からは窓越しに狭いながらも庭が見えている。
「先日、来た時も思ったんだが、庭に花壇があるな。あれは新しく植えたのか?」
母親の目が泳ぐ。
「あれを植えたのはいつだ?」
「いつだったかな…」
「11日以降。もしくは当日かもな」
母親は首を垂れた。
「あの下に探し物があるんだな」
母親は天井をむいて小さく息を吐いた。
「やっぱりそうか」
母親は黙っている。
「悠馬のせいなのか?」
母親があっと小さくつぶやいた。
「悠馬が猫に何かを与えたんだな」
「どうしてそう思うの?」
「いなくなった日のことだ。猫は風邪気味だった」
「いつも餌を与えないようには言ってたの。ただ、私が気が付かないところであげてたみたい。あの日も朝、学校に行く前に何かを食べさせた。私が気が付いた時はチャッピーはぐったりとしていて、医者に連れて行こうとしたんだけど、もう息がなくてね」
「多分、風邪薬かもしれないな。アセトアミノフェンが入っていると猫には猛毒だ」
「あ、そうか…、チャッピーが風邪っぽかったから、自分の風邪薬を上げたのかもしれない」
「そうだな」
「悠馬が自分を責めるかもしれない。そう思って庭に埋めたの」
「じゃあ、悠馬が探しだしたときは慌てたんだな」
「ええ」
「本当のことを言うわけにはいかないか…」
「悠馬には酷な話だもの」
「わかった。そういうことなら、うちの調査は終了だ。悠馬に説明するかどうかは貴方たちにまかせる。俺の方からは悠馬には何も言わない。もちろん、そちらが行方不明のままにしてくれと言うなら、それに従うよ」
母親は少し考える。
「主人とも相談します。どうするか」
「そうか。まかせる」
「でもどうしてわかったの?」
「ああ、犬のおかげだよ。あの犬は警察の追跡犬だったやつで、匂いには敏感なんだ。彼は何度やっても家に入ろうとするんだ。あの猫は家猫だからそうなのかもと思ったけど、あまりに頑固に家に行こうとするから、話を聞いてみた」
「犬に話を?」
「そう、彼に聞いたんだ。すると間違いなく家にいるって主張した」
母親は笑顔を見せる。
「犬の気持ちがわかるのね」
「まあ、そういうことだ」
庭に新しく植えた花が風に揺れた。




