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私立探偵 真加部阿礼  作者: 春原 恵志
100%の危機
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捕獲器

チャッピーの捜索を始めてから1時間が経過する。デュークは匂いを探し続けるが、有効なものを得ることは出来ないようだ。

 さすがに小学生だ。こんな長い時間歩くと悠馬は少しだれてきた。

「もう疲れてきた」

「お前だけ戻ってもいいぞ」

 そう言われるとむきになる。

「いや、大丈夫」

 悠馬は阿礼の後ろを付いていく。ふと阿礼の背中の大きなバッグに気付く。

「ずいぶん、大きなリュックだな」

 阿礼はリュックを見る。

「これか、これには捕獲用の機器が入っている」

「へー、どんなもの?」

「見るか?」

 悠馬はうなずく。

 阿礼はリュックを降ろすと中身を見せる。

 中からは何か網のようなものが出てくる。風呂敷ぐらいの大きさで網になっている。

「これ、なんだ?」

「捕獲用の網だ。これを投げつけて捕まえる」

 悠馬はその網を触る。

「魚を取るやつみたいだ」

「よく知ってるな。投網に似ている。網の周囲におもりを付けて、逃げ出せないようになっている。これをかぶせて捕まえる」

 へーと感心しながら、次に悠馬はリュックの中にあるペットフードに気付く。

「猫用のチュールだ」

「そうだ。これが一番効くな。猫はこいつが大好きだ」

「やっぱりな。チャッピーもこれが一番好きだよ」

「匂いもするから、すぐに飛びついて来る」

 デュークが匂いに魅かれたのか、それを物欲しそうに見ている。

「デュークも食べたいみたいだ」

 阿礼はリュックからドッグフードを出して、少しだけデュークに与える。

「いいな。僕もあげたい」

「ああ、今度な」

「お母さんは僕がえさをあげるのをいやがるんだ」

「そうなのか?」

「猫は食べたらダメなものが多いからって言うんだけど。チャッピーは物欲しそうにするよ」

「まあな。動物は危険な食べ物をわかってないからな」

「この前もチャッピーが風邪気味だから、薬をあげたいって言うのにダメだって言うんだ」

「猫には猫用の薬があるからな」

「そうなんだ」

 デュークが食べ終わる。

「じゃあ、捜索開始だ」

 すると突然、悠馬が叫ぶ。

「あ、いた!」

 二人の目の前、小高い場所に小さな公園があって、その奥の方に確かに茶色の猫が見えた。

 阿礼はリュックを背負うと悠馬に言う。

「悠馬、デュークを見ててくれ」

 そう言うとリードを悠馬に預けて走り出す。まるで豹のように素早い動きに、悠馬は呆気に取られる。

 

 阿礼が公園の奥まで行くと、猫がさらに逃げるのが見えた。悠馬が言うようにチャッピーと同じ茶色の猫だ。阿礼は猫を刺激しないようにゆっくりと追いかける。

 悠馬はデュークと一緒に阿礼に付いていく。こんな時もデュークは悠馬に合わせて走っていく。実に賢い犬だ。

 猫は逃げているわけではないが、阿礼からは一定の距離を保っている。

 いかに阿礼が早いと言っても猫の瞬間的な速度にはかなわない。猫は時速50㎞とも言われる速度で走ることが可能だ。阿礼もそれはよくわかっている。パクと猫の捕獲方法については何回かシュミレーションした。まずはエサを使っておびき寄せて、餌に集中しているすきに、捕獲網で捉えるのが一番である。動物は食欲という本能には勝てない。

 一定の距離を保ちながら猫を追いかけていく。

 すると大通りが見えてきた。なるほど中野通りだ。ここは4車線で引っ切り無しに車が通っている。

 通りまで来ると猫は少し躊躇する。阿礼は今がチャンスとじりじりと間合いを詰めていく。

 阿礼がチュールを取り出して、封を切ろうとした瞬間、なんと猫がダッシュして通りを横切っていく。車数台が急ブレーキを掛け、その音が周囲に響く。さらにはクラクションがこだまする。追いかけてきた悠馬が悲鳴を上げた。

 車が停まった隙に猫は急いで渡っていく。なんとかそのまま通りを横切ることができた。

 悠馬はほっと息を付く。そして阿礼を見る。

 阿礼が言う。

「いいか、悠馬はその先の横断歩道から行くんだぞ。もちろん信号を守るんだ」

 50mぐらい先に信号のある横断歩道があった。

「当たり前だよ」

「いい子だ」

 そういった阿礼は中野通りの前で左右を確認すると、なんとそのまま横切ってゆくではないか。

 悠馬は絶句する。阿礼はいい子じゃない。

 しかし何と驚くことに、阿礼は走ってくる車をすり抜けていく。いや、実際は完璧に避けているのだが、悠馬にはすり抜けていくように見える。それぐらい素早い。走ってきた車もクラクションを鳴らす余裕すら与えないほどの速度だった。それほど素早い動きだった。ドライバーたちは、目の前に人が通過したことさえ信じられない。

 あっという間に向こうまで渡ると、振り返って悠馬に横断歩道を指さした。

 悠馬は目を丸くして、うそだろと横断歩道まで走っていく。


 阿礼はそのまま猫を追う。なるほどすばしっこいやつだ。

 そして猫は悠然と再び住宅街に入って行く。

 阿礼は猫に気付かれないようにチュールの封を切って、猫の近くに放り投げる。

 猫の嗅覚は人間の10万倍と言われている。まあ、猫に聞いたわけではないので、そこまでかと言われると疑念は残るが、嗅覚受容体の数が人間の10倍以上もある。それゆえ、近くにチュールがあっても、彼らにとってはものすごい食欲をそそられる匂いなのだ。宣伝文句じゃないが、猫まっしぐらである。

 チャッピーらしき猫はその匂いにそそられる。

 そして周囲を警戒しながら、餌に近づいてきた。

 阿礼は民家の塀に手を掛けると、上まで飛び上がる。そしてゆっくりと獲物に近づいていく。これではどちらが猫かわからない。

 チャッピーはチュールに夢中になってかぶりついていた。阿礼は塀を伝って静かにチャッピーの真上まで来る。

 そして頃合いを見て、いきなり捕獲網を投げつけた。

 バシッという音がして網が完全にチャッピーを捕まえた。必死に逃げようともがくが後の祭りである。網は絡みつくばかりだ。

 阿礼は塀から飛び降りると、網にかかった猫に言う。

「不覚だったな」

 そこに悠馬が走ってくる。

「捕まえたの?」

 阿礼が網にかかった猫を指さす。

「チャッピーか?」

 悠馬が猫を見る。

 茶色の猫は相変わらず逃げようと必死にもがいている。

「ああ、チャッピーじゃない」

「え、違うのか…」

「うん、似てるけどチャッピーじゃないよ」

「そうか、違う猫か、残念だな」

 阿礼は捕獲網を外して猫を逃がしてやる。チャッピーに似ていた猫は、九死に一生を得たとばかりに必死で逃げて行った。

「よし、悠馬、もうひと頑張りだ」

 悠馬は完全に意気消沈している。

 悠馬と阿礼はその後も猫を捜索するが、いっこうに見つからない。

 結局、夕方まで探して捜索を断念する。

 佐橋家の前で母親に報告する。

「残念ながら見つからなかった」

「そうですか…」母親も残念そうにうなだれた。

「明日も捜索するつもりだ」

 母親は申し訳なさそうに言う。

「よろしくお願いします」

 それ以上にがっくりとうなだれた悠馬が、そのまま家に入って行く。

 真加部探偵社の成功率100%は風前の灯火となった。

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