猫の捜索
真加部探偵社では人探しの経験はある。探偵としては行方不明者捜索などはお手の物なのだが、猫探しは難しかった。これは阿礼の想像以上だった。
いつものようにパクは防犯カメラ画像を収集する。周辺から取集できるものはすべてと言っていい。阿礼も聞き込みとネット非接続の防犯カメラ画像を(非公式に)収集するが、その画像を探ってもいっこうに猫が見つからない。行方不明から15日も経っていることもあって、人間でも記憶が希薄になるところを、どこにでもいる茶色の猫である。見つけるのはまさに至難の業だ。
事務所のソファに座って、珍しく阿礼が頭を抱えている。パクが声を掛ける。
「猫は小さいし、防犯カメラが追いきれない部分があるよな。それとちゃんと道を歩くようなものでもないし…」
「たしかにな。道の真ん中を堂々と歩く猫がいたら、逆に不気味だ。それにしても困ったな」
「猫はいなくなった直後だと、それこそ家から100m圏内にはいるらしい。ただいなくなって15日も経つと厳しいな」
「夜行性だしな」
「それもある。人目を避ける傾向がある」
「何かいい手は無いかな」
「通常、迷いネコは犬を使って捜索するらしいぞ」
「まあ、そうだよな」阿礼はそう言って、はっとする。
「そうだ。警察だ」
言うが早いか、阿礼は飛び出していく。
江古田警察署に阿礼が駆け込んでくる。ここにいる警察官たちもいつもの行動なので気にしない。阿礼は3階まで一気に駆け上がっていく。
忙しそうに仕事をしている刑事たちの中に、ちょうど外回りから帰ってきた西城がいた。
「西城!」阿礼が駆け寄る。
「阿礼か、なんだ、事件か?」
「そんなところだ。で、ちょっとお願いがあるんだ」
途端に西城の顔が曇る。嫌な予感しかしない。
「犬を貸してくれ」
「はあ?いきなりなんだ、それ」
「捜索用の犬を貸してくれよ。匂いに敏感な奴だ」
「だからどうして俺がそれを用意するんだ」
「江古田署の交番勤務のやつが、子供にいい加減なことを言うから、俺が苦労してるんだぞ」
「何の話だ」
いやだから、と阿礼が猫探しの話をする。話を聞いている西城の顔が徐々に曇ってくる。
「交番勤務のやつがいい加減なことを言うから、こうなってるんだ。だから犬ぐらい貸してくれよ。減るもんじゃ無し」
「いや、阿礼。警察犬はおいそれと貸しだせるもんじゃないんだ」
そこへ駒込が顔を出す。
「阿礼さん、どうかしました?」
「警察犬を貸してくれって言ってるんだ」
「警察犬?何に使うんですか?」
「迷いネコを探すんだよ」
それで駒込が何かに気付く。
「あれ、あの少年、本当に阿礼さんのところに行ったんですか?」
途端に西城が慌てる。「ば、馬鹿」
それで阿礼が気付く。
「もしかして、交番でいい加減なことを言ったのは西城か」
駒込が困った顔になる。阿礼は勢いを増す。
「西城、お前の責任だぞ。犬を貸せ!」
「だからそれは無理だって、俺の首が飛ぶ」
駒込が気付く。
「西城さん、デュークはどうですか?」
「ああ、デュークか…」
「いるのか?犬が」
「引退した警察犬がいるんだ。今は長老の家にいる」
「長老?」
「もうリタイアした警察官だよ。塩野さんと言って江古田署にいた人だ。引退犬を引き取ってくれたんだ」
「それでそのデュークって使えるのか?」
「追跡犬としても活躍してたからな。引退したばかりだし、大丈夫だと思うぞ」
「貸してくれ」
「うーん、そうだな。わかった。ちょっと聞いてみるよ」
「頼むぞ」
ほっとした阿礼を見て、西城は話を変える。
「そう言えば、阿礼は四谷会の事件に絡んでないか?」
阿礼はまったく動揺しない。
「四谷会?反社だよな。俺はまったく関係してないぞ」
「まったく?新宿の料亭で発砲事件があったのを知ってるよな」
駒込も身を乗り出すように聞いている。
「事件があったのは知ってるぞ。近所だしな」
「停電さわぎがあって、けが人が出たんだがな。どうもおかしな点が多いんだ」
「そうなのか」
「あれだけの人数が抗争事件を起こしたわりには、けが人が少なすぎるんだ」
「よかったじゃないか」
「いや、どう考えてもどこかのプロが絡んでる気がする」
西城は阿礼に疑いの目をむける。
「俺は関係ないぞ。それよか犬はどこにいるんだ?」
「まあ、阿礼が関係してないならいいんだ」
「もちろんだ。犬は、い・ぬ!」
「わかったよ」
そう言って西城は塩野氏の住所と電話番号を教える。さらに話を通してくれるそうだ。阿礼と江古田署は持ちつ持たれつなのだ。
阿礼が塩野に確認すると、デュークはこの3月に警察犬を引退したばかりで、十分、利用可能とのことだった。それでさっそく、塩野のところに行く。




