謎解き
事件解決から三日後、真加部は探偵社で報告書作成作業をしていた。机に向かってキーボードを打つのはあまり好きではないが、仕事なので仕方が無い。
すると奥の部屋にいたパクが何か叫んでいる。
何事かとパクのところに行く。
「パク、何だ?」
パクがモニターを見ながら叫んでいる。
「なんか、すごいイケメンがいるんだけど」
パクが見ているのはGAO救出劇のSNS動画だ。それも人質ではなく、例の無駄にイケメンの駒込の動画だ。
「こいつは江古田署のゴミだ」
パクが振り返って言う。「なんだゴミって」
「名前が駒込って言うんだ。それであだ名がゴミ」
「なんかかわいそうだな」
駒込の動画の再生回数が10万近くになっている。これだとどこかのテレビ局が取材に来そうだな。
「パクはこういうのがタイプなのか?」
パクは顔を赤らめる。「別にそういうわけではない」と言いながら色々なゴミ動画を見続けている。
「パク、それでこの事件はどういうことになってるんだ?」
「警察はいまだに詳細を明らかにしていないな。それで報道の方がいらついている」
「俺の正体はバレてないというわけだな」
「そういうこと。爆竹については分析中らしい」
「あんなもの分析したって、何もでてこないぞ。市販品だ」
「それと犯人は黙秘を続けているらしい」
「なるほど、それもあいつの入れ知恵かな」
「どうする?」パクは真加部を見る。
「そうだな」真加部が不敵な笑みを見せる。するとそれと同時にチャイムが鳴る。「ちょうど来たかな」
パクはきょとんとする。
真加部が玄関を開けると思った通りの人間がいた。
手を上げて西城が挨拶する。「こんちは」
「そろそろ来る頃と思ったよ」
すると西城の後ろに例のイケメンがいた。不思議そうな顔で真加部や探偵社内を見まわしている。
「ゴミも来たのか」
「はあ、ここで探偵社をやってるんですか」
奥の扉からパクが顔だけ出すと、駒込を見てすぐに引っ込んだ。
真加部はつぶやく。「今時JKでもそんなことしないぞ」
西城と駒込がソファに座る。そして態度大でその前に足を組んで真加部が座る。
西城は咳を一つするといきなり決め打ちする。
「お前の仕業だな」
真加部は不敵に笑い、駒込はきょとんとする。
「証拠は?」
「そんなものはない。ただ、あんなことができるのはお前だけだ。それが証拠かな」
駒込が西城に詰め寄る。「ちょっとどういうことですか?」
「うん、あの蝙蝠女はこの真加部阿礼というわけだ」
「はあ?」駒込が真加部をじっと見る。どうみても普通の女子だ。それも小柄でどちらかというと子供っぽい。
「それでどうする?」
西城はようやく交渉が出来るとばかりに身を乗り出す。
「実は警察は八方ふさがりだ。犯人は黙秘を続けている。事件が見えてこない」
「なるほど」
「お前は何かを掴んでいるんだろ。そうじゃなければあんな動きはできない」
「もし仮にそうだとして、俺に見返りはあるのか?」
西城は少し考え込むようなポーズを取る。
「悪いが借り一つで勘弁してくれないか。今のところ出せるものがない」
真加部は最初からそうだとわかっていたようだ。
「まあ、いいか、借り一つだ。それと俺のやったことは内緒にしてくれ。これが交換条件だ」
「わかった」
駒込は何のことか全くわかっていない。ただ、事の成り行きを見ている。
真加部が話を始める。
「最初から変な話だったんだ。犯人が何故GAOに乗り込んだのか、そして何を取ろうとしたのか」
「その通りだ。貴金属ならすぐに取って逃げればいいからな」
「あいつは間違えたんだよ」
「間違えた?」
「そう、犯人が店員に何て言ったかわかったか?」
「それなんだが、よくわかっていない」
駒込が補足する。「バック、なんとかカメとか言ったらしいです。それと店員は犯人が銃を持っているのに気づいて、警報を鳴らしたそうです」
「そういうこと。それで拉致事件にまでなってしまった。犯人はそこまでしようとは思っていなかったはずだ。それで事件は複雑になった。ヒントはバックカメ。これがキーワードなんだよ」
「なんなんだ」
「おっさんに話してもよくわからないだろうから、手短に言うぞ。バックレスカメックスと言ったんだよ」
西城は駒込を見る。駒込も何のことかわからず手を振る。
「これだから、おっさんたちは困る。ポケモンカードだよ」
「ポケモンカード?なんだそれは?」
さすがに駒込は、ポケモンカードは知っているようだ。
「子供たちの間で流行っているカードゲームですよね」
「今や転売屋たちの餌食になってるがな」
「それでそのバックレス亀って何だ?」
「カメックスって言うカードがあって、それの背面が白いカードを言うんだ。ミスプリだかなんかは知らないが、ものすごいレアカードらしい。噂だとそれが数千万円の価値があるんだって」
「まじか。え、ちょっと待てよ。それがどうしてGAOにあるんだ?」
「だから犯人は間違えてあそこに入ったんだ」
西城は考えて気付く。「ガオガオか」
真加部が西城を指さす。「そうだ」
駒込が言う。「ガオガオってその先にあるゲーム屋さんですよね」
「そういうことか、あそこにそのカメカードがあるんだな」
「噂だよ。噂。ほんとにあるかどうかは知らない。ただ、この近辺の話題にはなってた」
「犯人はそれが欲しくて間違えて押し入ったのか」
真加部は西城の顔の前で指を振る。「そう考えたら謎は解けないぞ」
「どういうことだ」
「まともなやつならGAOとガオガオの区別はつく。特にカード収集者なら猶更だ」
「まあ、そうだな」
「つまり、奴はよくわかっていなかったってことだ」
西城はここで気が付く。「そういうことか」
駒込は相変わらずきょとんとしている。
真加部が言う。
「つまり、首謀者が別にいるって訳だ。あの犯人はその指示で動いていた。となるとその方法だ」
駒込が言う。「SNSですか」
「そういうことだ。それでうちのパクに調べさせた。すぐに見つかったよ。ちょっと待ってな」
そう言うと真加部は自分のパソコンを持ってきて、操作すると画面を見せる。
「今は削除されてるが、Xに上げてるんだ」
そこには『新井薬師前宝探し参加者求む』とある。さらに賞金100万円と書いてある。
「こいつか。でもこれで応募するのか?」
「他にも何人か問い合わせはあったかもしれないが、拉致犯はそれに食いついた」
「いや、ちょっと待てよ。普通そんなあやふやな話に食いつくか」西城は首をかしげる。
「食いつくんだよ。今やネットの中は、正義しかないと思ってるやつらがいる」
「そんな馬鹿な」
駒込が加わる。
「いえ、あながちそうとも言えないですよ。今の世の中、ネットに友人を求めている傾向が強いです。ネットは友達なんですよ」
「馬鹿言うな。友達ってのはな。お互い知り合ってけんかもして仲良くなって」
真加部は西城の前で手を振る。「これだから昭和はだめなんだよ」
「はあ、昭和と言っても50年だ」西城は訳の分からないことを言う。
駒込が言う。「ネット情報を信用するんですよ。だからネット犯罪が無くならない」
真加部が話を続ける。
「まあ、そういうことだ。それで拉致犯が食いついた。以降は特殊詐欺と手口は同じだ。通信アプリに引き込んで話を詰めていく」
真加部は次の画面を見せる。なんと通信アプリの会話記録だ。
「ここには5つの宝探しと称して、万引きを推奨している。すべて集めたら100万円を賞金とするってな」
確かにそこには5つの宝と称する万引き商品が掲示してある。ご丁寧に店名と商品までもが記載されている。
「俺は一通り店を回ってみた。4つまで見事にすべて万引きされていた」
「そうなのか?」
「被害届も出ているはずだ。まあ、いい。それでこの中で特殊なのが今のカードだ。俺はこれが欲しいと思って仕組んだものと睨んだ」
「誰が?」
「本当の犯人だよ。結局、拉致犯は踊らされていたんだ。あの改造拳銃も首謀者が渡した。そういった経緯も残ってる」
「そうなのか?」
「そうだよ。ああ、その調査は警察でやってくれ。こっちは違法だからな」
西城と駒込は顔を見合わせる。仕方が無いと言ったところだろう。
「それで俺は発信元を突き止めて脅したんだ。黙ってやるから拉致犯に指示を出せとな」
「つまり真犯人は拉致犯と連絡を取り合っていたんだな」
「そういうことだ。それで俺は逃がしてやるから、2階に来るようにと嘘の指示を出した。1時半に爆発騒ぎを起こすから、その隙に逃げられるとな」
「ああ、そういうことか」
「拉致犯はまんまと2階におびき出されたというわけだ」
「そこに待っていたのが、蝙蝠女と言うわけか」
「そのこうもりおんなって何だ?」
駒込がフォローする。「近くの小学生が見たって言うんです。窓の外に逆立ちしながら部屋に入っていったって」駒込はそれを言ってからぎょっとする。「あれ、まじなんですか?」
「その蝙蝠女はやめてほしいな。せめてバットガールとか言えないのか」
「それで犯人は誰なんだ?」
「それは俺からは言えない。ただ、通信履歴を漁ればすぐにわかる。ポケモンカードを欲しがるやつだ」
「もしかして若い奴か?」
「さあな。そこは任せる」
西城は取り急ぎ捜査本部に戻ることを優先する。
「じゃあな。阿礼ありがとな」
「貸しだからな」
駒込はまだ気になることがあるようで、帰ろうとしない。
「ちょっといいですか、貴方は本当に屋根に登ったり、2階で逆立ちしたり、侵入もできるんですか?」
真加部はにやりと親指を立てる。
西城が急かす。「ゴミ、行くぞ」駒込を引きづるようにして、探偵社を後にする。
少しして奥の部屋からパクが顔を出す。
「パク、どうだった。イケメンだったか」
「そうだな。まずまずだな」そう言って再び奥の部屋に引っ込む。パクはずっと陰で見ていたのか。
真加部が仕事に戻ろうとすると再びチャイムが鳴る。
真加部が扉を開けると、近藤夫婦がいた。
「ああ、真加部さん遅くなりました」
近藤が汗をかきながら挨拶する。奥さんも元気とは言わないが、復活したようだ。
ソファに夫婦が座り、真加部は再び態度Lで足を組む。
「真加部さん、それで申し訳ないんですが、まずは30万円を持ってきました。お約束の100万円はもう少しだけお待ちいただけますか?」
奥さんが言う。「すみません。娘の結婚式が迫ってまして、お金の融通が利かないものですから」
「娘さんはいつ結婚するんだ?」
「明日です」
「そうか、それは目出度いな」
夫婦はにっこりする。
「あのさ、言いにくいんだけど、今回の話は無かったことにしてくれるか」
夫婦はきょとんとする。「それはいったい?」
「今回の件をオープンにされるとこっちも困るんだ。実は数点違法行為をしてしまってな。だから無かったことにしてくれ」
「え、でもそれでは」
「一応、探偵も認可制でな。違法行為は仕事に差し支えるんだ。だから無かったことにしてくれ」
近藤夫婦は何となく、気付く。
「そんな、じゃあこれだけでも」そう言って30万円を渡そうとする。
真加部はそれを受け取ると、再び近藤氏に渡す。
「これは私から娘さんへの結婚祝いだ。亀のように末永く幸せに」
「カメ?」二人はきょとんとする。
真加部はにこりと、今日いちばんの笑顔を見せる。
近藤夫婦は何度もお礼を言いながら帰って行った。
真加部は再び仕事に戻る。
パクが顔を出す。
「どうした。パク?」
「親を大事にすることは一番大切だ」
「親じゃないけどな」
「お前は老人とみれば文伍を想うんだろ」
真加部は返事しない。黙々とパソコンで作業している。
「阿礼、例のタイのリストの件だけど」
真加部が顔を上げる。
「何かわかったのか?」
「いや、あのリストに該当する日本人はいなかった。まあ、そういうことだと思ったがな」
「偽名か、まあ、そういうことだろうな」
「ただ、母親についてはわかったことがある」
「そうなのか」
「ああ、タイにいる。生きてればな」
「じゃあ、それを調べてくれ。生きてれば会いに行く」
パクは少し躊躇する。
「いいのか?」
「ああ、文伍との約束だ」
「わかった」
真加部は思いつめた顔をしている。それを見て、パクが言う。
「おい、双葉のラーメン食いに行くか?」
真加部が顔を上げる。「パクのおごりか?」
「割り勘だ」
「ちぇ、まあ、いいか。行こう」
いつもの探偵社の光景だ。




