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私立探偵 真加部阿礼  作者: 春原 恵志
ボディガード シーズン2
101/130

羽田空港第三ターミナル・江戸小路

真加部阿礼のシーズン2になります。

 羽田空港の第三ターミナル。ここの4階に江戸小路と呼ばれる、ちょっとした待ち合わせ場所がある。飛行機の出発や到着を待つ時間潰しにも利用できるし、ただ、訪れるだけでも十分楽しめる。近代的な建物にあって、そこに江戸の町が展開され、かつての江戸情緒を味わえる素敵な空間である。

 その江戸小路の入り口に、この場所にはふさわしくない男たちがいた。先ほどから通行人は遠巻きにやり過ごしている。男の二人連れで中年の男、40歳ぐらいだろうか、黒のダブルのスーツを着込んで短髪、サングラス、頬には大きな傷跡がある。そしてもう一人は20代後半でアロハシャツにアーミージャケットを羽織り、金髪で髪型は両サイドと後頭部を異様に短く刈上げ、さらに剃りこみも入っており、頭頂部だけがツンツンしている。早い話がどこから見ても反社である。

 年配の男がじっとしているのに反し、若い男は落ち着きがない。屈伸運動をしたり、うろうろ歩き回ったりしている。

 明らかに誰かを待っている風である。

「オッせーな。いつまで待たせるんだ」

 年配の男はそれには答えず、じっとしている。

 するとそこに女が現れた。

 短髪をブラウンに染め、中肉中背、身長は160㎝ほどか、Tシャツにアーミージャケットを羽織り、下は短パンである。どこか高校生を思わせる風貌である。

 女が年配の男に近寄ってくる。若い男は何事かと息巻く。

「西園寺か?」

 それに対し、若者が吠える。

「こらー、西園寺さんですかだろ」

 中年の男が若者を手で遮るようにして話す。

「真加部阿礼か?」

「そうだ」

 若者は掴みかからんばかりに鼻息も荒く、真加部をねめつけている。食べようとしているのか。

 中年の男がそのまま歩き出す。

 真加部は男についていく。

「確認だ。タイ語は話せるな?」

「大丈夫だ」

「お前の実力が知りたい。うちの若いもんの話だと、そこそこやれるんだよな」

 真加部はそれには答えない。

 中年男がぼそっと小声で何か話す。

 真加部の後ろというか、横にへばりつくようにしていた若者が唐突に転倒した。それはあたかも転んでしまったといったものではない。まさに勢いよく転んだ。

 若者は何が起こったかわかっていない。ただ、真加部が何かしたことはわかった。それでいきり立って真加部に掴みかかろうとする。

 次の瞬間、真加部が若者の下あごを裏拳で叩く。いや、それも良く見えない。一線級のプロボクサーが瞬時に放つ高速ジャブがほとんど見えないのと同じか、それ以上の速度だ。

 若者が腰砕けのようにそのまま座り込んだ。気絶して白目をむいている。

 その様子を見た西園寺は呆気に取られた。

「今、何やった?」

「お前がやれっていったんだろ。のしたんだ」

 若者はそのまま口から泡を吹いて倒れている。

「殺してないだろうな?」

「俺は人は殺さない。気絶しただけだ。起こすか?」

「ああ、そうしてくれ」

 真加部は倒れた男の頬を叩く。

 意識が戻った男が周囲を見回してきょろきょろしている。自分の立位置がわかっていないようだ。ただ、もうこれ以上、真加部に立ち入らない方が良いとは思ったようで、何もしなくなった。

 中年男が話す。

「俺は西園寺。こいつは川谷。仕事の話しは聞いてるな?」

「ボディガード兼通訳だよな」

「そうだ。10歳のタイ人、ジラワットさんの護衛兼通訳だ」

「4日間のスケジュール表はもらった」

「ああ、そうだ。俺たちが子供の周りをウロチョロすると差しさわりがある。それでお宅に声が掛かったって訳だ」

「日本旅行が目的で主に遊園地巡りなんだよな」

「そういうことだ。それもあって女の方がいいだろうという話だ」

「タイのパナック・ヤイのボスの子供ってのは本当なのか?」

「そういうことだ」

 西園寺は少し言葉に詰まる。

 真加部は西園寺をじっと見る。

「その子供に賞金がかかってるって噂がある。殺せばもらえるってやつだ」

「そういうことか…」

「知ってるのか?」

「少しだけな。パナック・ヤイのボス、クン・アーイには子供が3人いる。長男はもう40歳は越えていて、次は長女が35歳。そして10歳のジラワットだ。3人ともに母親が違ってる」

 西園寺は黙って聞いている。

「そしてクン・アーイは上の二人とは仲が悪い。表向きにはそんな話は無いことになってるがな。実際はそうだ。そして最後に生まれたジラワットだけは別格だ。クン・アーイはジラワットを猫かわいがりしてる」

「俺の口からは言えないがな」

「賞金がかかってるという裏には、いわゆる跡目争いってやつがある」

「それ以外には何か知ってるのか?」

「タイにはパナック・ヤイの対抗勢力もある。新興のナーグ・トーングだ。そこも絡んでるのかもな」

「ふっ、さすがは探偵だな。まあ、そんなところだ」

「そういう意味じゃ、あんたのところも同じだな」

 西園寺はぎょっとする。

「四谷会と半グレ組織が縄張り争いしてるだろ」

 この話に川谷が真っ赤な顔で怒っている。今にも噛みつきそうなぐらいだ。ただ、真加部に手出しはしない。こういう連中は力関係の理解は早いのだ。

「うちの話はどうでもいい。とにかくジラワットに何かあると困るんだ。それでボディガードが必要だ」

「つまり、今回は子どもにいつ危害が加わるかわからないってことか」

「そういうことだ。ボディガードできるか?」

 真加部はにやりと笑う。

「真加部探偵事務所はこれまでも受けた仕事は100%の成功率だ。問題ない」

 西園寺は鼻で笑う。

「まあ、よろしく頼むわ」


 事の起こりは2週間前である。

 真加部探偵事務所に四谷会から仕事の依頼が来た。

 タイのパナック・ヤイの関係者が来日するので、その要人警護を頼みたいということだった。四谷会とは新井薬師界隈にある暴力団事務所である。いわゆる反社である。

 真加部探偵事務所は反社とは仕事をしない、などと言うことは無い。探偵社は依頼先を選ばない。もちろん犯罪行為は行わないが、まっとうな依頼であれば調査業務もやるし、今回のような要人警護も辞さない。

 そして四谷会がタイの組織とつながっている話だが、国内の暴力団と国際的な犯罪組織のつながりは実は当たり前のようにある。特にタイは日本のヤクザと似た部分もある。義理と人情とまではいかないが、そういった任侠道に近い考え方がある。裏には仏教思想もあるのかもしれない。

 一流企業が海外と取引を行うのと同じように、反社であっても利害関係に基づいた取引を行うのである。その中には多分に違法行為もあるのだが…。

 パナック・ヤイと四谷会にはそういった協力関係がある。よって関係者が来日するとなればその警護をおこなうのは当たり前だ。

 蛇足だが、四谷会が真加部に依頼するのには訳がある。組のチンピラ連中はほぼ全員、これまでも真加部とは絡みがある。何回か痛い目を見ているのである。よって彼女の実力はまさに痛いほどわかっているのである。

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