真加部阿礼探偵社
新作です。
シリーズものに挑戦します。イメージはテレビドラマのワンクールです。10話ぐらいでしょうか、そういった分量を連作していきます。いまどき私立探偵ものですが、とにかく真加部阿礼はスーパーです。彼女の活躍に期待してください。
季節は三寒四温という3月初め。今日は肌寒く、風も冷たい。
背広姿の男はスマホを見ながら、周囲を見渡す。確かにこの辺りのはずなのだ。指定された住所だと、ここにビルがあるはずなのだが、いっこうにそれらしい建物がない。
男の名は田島健司、60歳、この春で定年を迎える。白髪頭で皺だらけの上、細面、たまにどこかお身体お悪いのですか、などと言われるほど、げっそりしている。なんとか波風立たずに仕事を終えることができ、以降は嘱託として過ごす日々となるはずだった。それが今回の一大事である。どうして自分がとも思うが、事情が事情なので致し方ない。
再度、住所とスマホの位置情報を確認する。やはり見事に一致している。新井薬師前駅から徒歩10分、実際は20分かかった。住宅街でもあり、そこにはなんだかアパートのような建物しかない。
3階建てではあるが、白いプレハブのような建物だ。入口のところに看板がある。パレスビル、あ、ここだ。
エレベータはなく。建物の外に金属上の階段が続いている。これは非常階段ではないのか、こんなところに目的の事務所があるというのだろうか。
革靴なので金属音を発しながら、3階まで登っていく。部屋に行くには渡り廊下を行くようで、各階にそういった廊下がある。どう考えてもアパートだな。名称詐欺ではないのか、こんなところにある事務所を信用していいのだろうか。
3階の渡り廊下を進むと、やはりアパートと同じ金属製のドアが各部屋にある。目的の場所は3部屋目、一番奥だ。
ドアの脇にそれこそ表札と同じ具合に、ホルダーに紙で書かれた事務所の名前があった。
『真加部探偵社』間違いない。ここだ。
田島はインターフォンを押す。
コンビニチェーンのような呼び鈴が鳴り、少し待つと扉が開く。
出てきたのは年のころは高校生なのか、短髪でボサボサの茶髪の女だ。
「こちらは真加部探偵社ですよね」
女は眉間にしわを寄せて言う。「ですよ」
「責任者はおられますか?」このバイトでは話にならないと田島が言う。
「俺です」
田島は一瞬固まる。言葉が出ない。
女が言う。「さっき電話した人?」
田島が我に返って話す。「ああ、はいそうです。田島と申します」
「入って」女はそう言うと部屋に引っ込む。
なんだか、狐につままれたような気分で部屋に入る。
事務所はまさにアパートの一室と言った感じで、6畳一間に申し訳程度のソファーと奥に作業机がある。女はソファーの上座にどっかと座り、田島に対面に座るように指さす。
田島は名刺を差し出すと、女は気が付いたように自分の名刺を机の引き出しから持ってくる。
名刺には真加部阿礼とあった。そしてその横には代表取締役と書いてあった。
「社長さんですか?」
「そんな言いもんじゃない。肩書だけ、で、どういう依頼なの?」
実に単刀直入に聞いて来る。はたして話を進めていいのだろうか、不安しか感じない。
「実は私が所属しております会社の関係者に事件が起きまして」田島はしどろもどろだ。「こちらに来るにあたっては、とある方から紹介を受けまして。詳しくは社長からの指示だったんですが」
真加部阿礼の眉間にどんどんしわが増えてくる。どうもこの女は短気のようだ。
「アメリカの会社からの紹介でこちらを紹介されました」
「うーんと、面倒くさいな。ズバッと要点を話してくれるかな。どこの会社が紹介したって」
「ああ、はい、ブラックスワン社からの紹介です」
「ブラックスワンか、なるほど、で、どういう依頼?」
「あの秘密厳守でお願いできますか?」
「あったりまえだよ。探偵がボロボロと依頼者の話をするわけないだろ」
「はい、そうですか」田島は腹をくくった。表情を変える。「私は兼森商事という会社に所属しております」
兼森商事は中堅の商社で、繊維、食品、医療と大手が扱わない商品を流通させることで、売り上げは大手に引けを取らない。確か昨年は売上で1兆円を超えている。
「社長は飯坂と申しまして」話しながら田島はどこか違和感を覚える。はてなんだろうと後ろを見て悲鳴をあげる。
そこに幽霊がいた。
幽霊はぼんやりとただ突っ立っている。真加部は全く動じず、幽霊に言う。
「パク、お客さんに挨拶だ」
幽霊が無表情にこんちわと言った。田島が落ち着いてそれをよくよく見ると。どうやら人間のようだ。たった今トイレから出てきたようで、音も無く、後ろにいたのだ。
おかっぱ頭で真加部よりも背は低い。小学生のようにも見えるし、そうだ、座敷童がもっとも的確な表現だと思う。
パクと呼ばれた女はそのまま、通りすぎて別室に向かうようだ。奥の部屋に消えていった。田島は増々この探偵社のうさん臭さを感じる。しかし、飯坂からの依頼なのだ。進めるしかない。
「話を進めます」
真加部がうなずく。
「実はその飯坂の娘が誘拐されました」
「誘拐」
「タイに旅行に行った際に拉致誘拐されたようで現在、身代金を要求されています」
「相手はわかる?」
「それで詳細については社長から話をしたいそうです。といいますのも、この件を警察や外部に漏らすと娘を殺すと言われています」
「まあ、そういうだろうな」
「それに相手は外国人です」
日本人が海外で誘拐され、身代金を要求される事件は過去に何件か起きている。2015年にはシリアでイスラム国に誘拐されたジャーナリストが、2億ドルを要求され、残念ながら殺されている。2013年にもアルジェリアでアルカイダ系の組織に日本の企業人が拉致され、これも10人全員死亡という結果になっている。海外の誘拐案件は難しい。
「わかった。で、どうすればいい?」
「これから社長に会っていただけますか?」
「これからか」そう言いながら真加部がスマホを使ってスケジュールを確認しだす。すると奥の部屋から声がする。
「何にもないよ」
真加部が怒鳴る。「うっせーな」
真加部は田島に向き直ると真面目な顔になり、「大丈夫だね。じゃあ行こうか」
「えーと、そのままでいいんですか?」
真加部はスウェットの上下だ。それも量販店で買ったバーゲンセール感満載の服だ。
「うん?いいよ」
「ああ、会社は丸の内ですよ。東京駅です」
「それが何か?」
田島は何を言っても無駄と判断する。「いえ、では参りましょう」
二人で東京丸の内に向かうこととなった。