7話 一を罰して百に知らしめる
案の定、黒咲と真由はすぐに捕まった。
……まあ、いつも「一緒に帰ろう」と学園内を追いかけ回されていたオレという獲物が、自分から二人の前に出てきただけなんだが。
「ふふ、今日こそは一緒に帰るぞ景君」
「せーんぱいっ! 真由のお弁当食べてくれなかったんですから、帰りくらいは付き合ってくださいよぉ?」
右腕を黒咲に、左腕を真由に抱え込むようにして掴まれ、左右から二人が身体をピタリと寄せてくる。
もうこれだけでも、黒咲目当てで生徒会や剣道部に入った連中や、真由の非公式ファンクラブのメンバーに見られでもしたら。オレの学内での評価はまたダダ下がりしてしまう。
ともあれ、まずは計画通りだ。
あとは出来る限り、下校するうちの生徒の目が少ない場所まで移動してから話を切り出そう……と思っていたオレだったが。
状況が整う前に、先制の質問をしてきたのは黒咲だった。
「ふむ……景君から誘って貰えるとは嬉しい限りだが、どうやらその顔は……何か言いたい事があるのだろう?」
「な? な、なな……何でそんなことっ?」
図星を突かれたオレは、なるだけ平然を装うつもりだったが。
気持ちとは裏腹に、声がうわずってしまう。
既に「言いたい事がある」と答えてしまったようなオレの態度に、クスリと失笑した黒咲は。
「隠すな隠すな、景君。もうかれこれ八年は君のことを見てきたんだ、何を考えてるかくらいは顔を見ればわかるさ。それに──」
「それに?」
そこで言葉を一旦止めた黒咲が指を一本立てて、オレの胸へと当てられる。
「昔から変わってないからな、隠し事が下手なのはっ、ふふ」
オレが黒咲とそんなやり取りをしていると、左腕に柔らかく質量のある感触が押しつけられてくる。
一々、確認しなくてもわかる。このボリュームは真由の豊かな胸なのだと。
「あのー……二人ともいい雰囲気なとこ悪いですけどぉ、真由が隣にいるの忘れてないですかぁ?」
半袖なため直に腕にのしかかる柔らかい胸の感触に、不覚にも反応してしまったオレが真由の顔を見ると。
あからさまに不機嫌を表すように両頬をぷくりと膨らませて、唇を尖らせてオレと黒咲に文句を言ってくる。
「……う」
スレンダーな体型の黒咲にはない、背丈は二十センチほど低いが、代わりに破壊力抜群の真由の胸の感触に。
オレは顔がみるみる熱を帯びていくのを感じた。
いくら『災厄』だ何だ、と避けているとはいえ。オレの左横で腕を絡めてきているのは、愛くるしい容姿と対照的に抜群に成長した胸という相反する二つの魅力を兼ね備えた「白鷺真由」という美少女なのだ。
思わずオレは真由から顔をそむける。
そんな反応を見せるのが楽しいのか、真由は意地悪そうな笑顔を浮かべると。
面白がってさらに自分の胸をオレの腕へと押しつけてくる。
「あれ? どうしたんですか灰宮せんぱぁい……顔が真っ赤ですよ?」
「コホン……茶化すな、真由。どうやら景君は真面目な話をしたがってるようだからな」
生徒会長で女子剣道部の主将という、根が真面目な黒咲はこれ以上オレが真由の胸に籠絡されてる様子に呆れたのか。
一度、咳払いをして真由のあからさまな行動をたしなめていく。
すると、真由が再び唇を尖らせて。
「えー……どうせ、お昼の話じゃないんですか」
その言葉を真由の口から聞いてしまったオレは、即座に身体が反応し。
「ちょ、景君っ?」
「え?」
右腕に絡めていた黒咲の手を解き、ちょうど近場に見えたフェンスへと、真由を突き飛ばすと。
先程の小悪魔的な余裕の笑みが完全に顔から消え去り、ポカンとした表情でこちらを見てる真由の顔の横に手を突いていく。
「なあ……真由」
「な、な、なんですかっ……せんぱい♡」
俗に言う、壁ドンという体勢だが。
オレの心境はそんなロマンチックからはほど遠いものであった……何故なら。
「……昼休みにオレたち三人を見てた全員を停学にしたって話はホントなのか?」
そう、クラスの男子から聞いた詳細というのが。
オレが廊下で、黒咲と真由のどちらの弁当を選ぶか、という話になっていた時。オレを含む三人のやり取りを遠巻きに見物していた生徒全員を停学処分にした、という話だ。
一人の生徒へありもしないデタラメを並べ立て、集団での誹謗中傷……つまりはイジメをしていた、という理由で。
見てただけで停学は、やりすぎな気がしないわけでもない。
やはり全員を停学にしたなんて話は盛りすぎだと今でもオレは思っていたが。
「ああ、そっちでしたか……はぁ。その話ならホントですよ。せんぱい」
オレの問いに、心底がっかりしたというような表情になり、ため息を一つ吐いた真由は。
実にあっけらかんとした口調で、およそ三十人ほどの生徒を一度に停学処分にしたという話を肯定する。
「……彼ら彼女らの景君への悪口は、そろそろ私としても我慢できなかったからな」
真由の言葉を、生徒会長である黒咲が補足してくる。
……正直言って。登校や昼休み、そして下校時のオレと二人との関係を見ていたずらに邪推し、密かに悪口を広めて楽しんでた連中が少なからずいたのは事実だ。
近年はイジメに対する厳罰化が求められていた風潮だったため、確かウチの高校でもそういった対策を取り組んでいたとかいないとか。
だから、まあ……同情する気は起きないが。
それよりもオレは気になることがあった。
「で、でもよ……うちの生徒会長って生徒を停学にするような権限ないだろ? だったらどうやって……」
そう、いくら黒咲が成績優秀で、しかも女子剣道部を全国まで連れて行くほどの実力者という模範生と呼ぶべき生徒であっても。
他の生徒へのそこまで重い処分を、生徒会長の一声だけで下せるのだろうか?
「ああ、それはな──」
「それは、真由が決めたんです」
黒咲がオレの後ろ、フェンスを指差したのと。
真由が答えたのは、ほぼ同じタイミングだった。
「え? え……え? 真由が? どうして?」
そういや、クラスで突っかかってきた田嶋も「真由に頼んだ」って言ってたけど。
どうやったら何の役職にも就いてない真由に、生徒の処分を決める権限なんかを持ってるのか、オレの頭にはクエスチョンしか浮かばなかったのだが。
真由は涼しげな顔のまま、とんでもない事を口にしたのだ。
「あれ? もしかしてせんぱい……知らなかったんですか? うちの高校って真由のお爺さまが初代理事長なんですよ?」
「は? う、嘘だろオイ、だ、だってよ……真由の爺さんって確か……」
そうだ、オレの記憶では中学三年の時に真由の爺さんが亡くなったハズだった。
驚くほど盛大な葬式にオレも家族で呼ばれ、まだ中学生だったオレと黒咲は、泣いてた真由を二人で慰めていたのはくっきりと覚えている。
「なので理事長の業務と権限を、真由が六十パーセントほど引き継ぎしてあったんです」
「ちなみに景君、高校名のイグレットというのは英語で『白鷺』という意味だぞ」
「ま……マジかよ……」
それでようやく合点がいった。
模範生で生徒会長の黒咲。
そして六割ほど理事長の権限を持つ真由。
さらには誹謗中傷という大義名分も揃っているならば、即座に停学処分が下されたとしても不思議でもなかった。
「杏里ちゃんの言う通り、ここ最近は学園内でせんぱいを悪く言う生徒が増えてきましたからちょうどいいタイミングだったと思います」
「まさに一罰百戒、ということだな」
一罰百戒とは、少数を処罰することで残りの大多数に「これ以上はこうなるんだぞ」と見せしめるという意味なのだが。
確かにこれ以上の見せしめはないだろう。
だけどオレの意見は違った。