6話 クラスに激震、走る
ちょうど五時限目が終わっての休み時間の間に『天天』から教室に戻ってきたオレは、しれっと自分の席に座る。
「……さて、クラスの連中はどんな白い目でオレを見てくるかな」
昼休みにこの教室内で繰り広げられた、真由と黒咲とのやり取りは。クラス外の大勢の野次馬をも集める、ちょっとした騒動に発展していた。
学園の人気者である二人の弁当を拒否って、しかも午後の授業をバックれたのだ。
もういい加減、クラスの連中からの冷たい視線や態度にも慣れたオレは。むしろ周囲の反応が楽しみにさえ思えていた。
だが、予想外にも。
「ん? あれ……誰もこちらを見ないぞ」
いつもなら、陰口の一つや二つは朝のホームルームの時のように聞こえてきてもおかしくはなかったのだが。
何故か、クラス全員があからさまにオレを避けているような態度を取る。
そうかそうか、陰口では堪えないから。
今度はオレを無視して、いないモノとして扱う作戦に出てきたのか……と最初は思ったのだが。
どうにも全員の様子がおかしい。
しかも、廊下でオレたち三人のやり取りを見ていたクラスの女子、確か……矢野と高橋だっけ? かが席にいない。
同じクラスの生徒なのに名前もおぼろげなのは、両親の事故以来ホントにどうでもよくなってしまったからだが。
あの二人とは交流があったワケじゃないが。目立つほど素行が悪いというわけでは決してなく、そもそもうちのクラスで授業をサボる生徒など出たことがなかった。
「っ……あ、あー……」
二人がどうしたのか気になったオレは、隣の席にいたクラスメイトに声をかけようと思ったが。
考えてみたら、今のオレは無視されてるのだ。普通に聞いても答えてくれるワケがない。
だからオレは、一計を思いついた。
「あっれえ? そういや、矢野と高橋がいないけど……もしかしたら六時限目サボるつもりなんかねえー?」
一計、と大袈裟に言ってみたが、何のことはない。
単純にいつも陰口を叩かれている仕返しを、この機会にしてやろうと思っただけだ。
ただ一つ、あの二人と違うのは。こそこそと小声で言うなんて姑息な真似が嫌いだったので、ワザとらしい大声で喋ってやっただけだったが。
すると、こちらを露骨に避けてたハズの女生徒が一人、オレをぎろりと睨むと。ズカズカと足音を鳴らしながら、横幅豊かな体型を揺らしながら近寄ってきた。
確か、この女生徒は田嶋、だったっけ。
ふっくらとした体型をインドにある丸い屋根部分が特徴的な建造物に見立て、苗字をもじって「タージマハル」というあだ名をつけられ。
クラスメイトに馬鹿にされていたのを、オレは覚えていたからだが。
「灰宮、この卑怯者っ! 美奈と園子を返しなさいよっっ!」
と、田嶋はオレをビシィッ!と指差して、とんでもないコトを言い出しやがった。
ちなみに田嶋が口にした名前は、いつも仲良さそうに連んでいる女生徒の矢野と高橋の名前なのだろう。
「は? オレが? 卑怯者だって???」
いや、もうワケがわからなかった。
元々、黒咲や真由に絡まれて迷惑しているばかりでなく。妙な勘繰りで多くの生徒に距離を置かれてる。
……そこまではまあ、オレの我慢の許容範囲だが。
さすがに連日のように遠巻きに陰口を叩いているや連中から「卑怯」と名指しされる謂れはない。
突然の言われなき中傷にオレは、ふつふつと頭に血が昇っていき。
「……う、うるせえよ、タージマハル……」
怒りが頂点に達し、ボソリと漏れ出す言葉。
それでもまだ、何とかギリギリ引き返せるラインだったが。
田嶋は、オレの怒りの導火線に火がついたことを全く理解出来てなかったのか。
「何よっ! 聞こえないわよ、はっきり言いなさいよ卑怯者がっ!」
と、その豊満すぎる身体で詰め寄ってくると、オレの机をバン、バンと叩き始めたのだ。
最後の一線を簡単に踏み越えてきた田嶋の態度に。
ついにオレは、溜まりに溜まっていたクラスの連中への鬱憤を、席から勢いよく立ち上がり大声で吐き出してしまう。
「卑怯なのは……いつもヒソヒソと悪口言ってるお前らのほうだろうがよおっ!」
「……ひっっ?」
先程まで威勢の良かった田嶋は、よもやオレが語気を荒げて言い返してくるとは思ってなかったのか。悲鳴を漏らして後ろに倒れ、床に尻もちを突く。
座り込んでいた田嶋には目もくれず、今度はオレが自分の机を思い切りバン!と叩いて、席から立ち上がると。
「それに……大体オレは事情が全然飲み込めねえんだよ!」
だが、オレがキレたのは確かに悪かったが。こちらの堪忍袋の尾を切ったのはクラスの連中の態度だからだ。
「──ふん」
何とも煮え切らない気持ちのまま、オレはもう一度席に腰を下ろすと。
オレの怒りの抗議の声がまだ教室内に響いており、クラスの連中は途端に黙り込んでしまい。
教室には、気まずい空気が流れる。
「……あの二人、停学処分になったんだよ」
重苦しい沈黙を破ったのは、誰が言い出したかわからない一言だった。
言ったのは田嶋ではなく、男子生徒の声だ。
オレは、言葉の意味がよくわからなかった。
停学処分、ということはやはりあの二人は、それだけ重大な校則違反をしたんじゃなかろうか。
確か、朝には空いた席がなかった覚えがある。という事は、たまたまオレが学校を抜け出してから校則違反が学園側にバレて停学を言い渡された……と考えられるが。
あまり交流のない人間が停学になっても、大した関心は湧かなかった。
「ふぅん……で? それがオレとどんな関係が?」
問題は、何故二人の停学でオレが卑怯者扱いされなくちゃならないのか、という点だ。
少なくともオレに無茶な言い分で突っかかってきた武田の口から聞かないことには、苛立ちで夜も眠れなくなりそうだ。
オレは、まだ床に座り込んだままの田嶋を睨みつけると。
すっかり毒気が抜かれた田嶋は観念したように下を向いたまま、ポツリポツリと聞かれたことについて白状していく。
「……どうせ灰宮が、あの二人に頼んで美奈と園子に仕返しした、そう思ったのよ……」
「は? あの二人って誰だよ」
「生徒会長と白鷺さんに決まってるでしょ!」
「ちょ……ちょっと待てよ、オイ」
オレは一旦、間を置いて。田嶋の言ったことを理解しようとしていく。
もし、田嶋の主張がホントだと仮定するならば、黒咲と真由は他の生徒を停学に処する権限がある、とでも言いたいのか。
生徒会長の役職に就き、教師らの信頼も厚い黒咲は、まあ……わからないでもない。
だが、何故に真由が?
確かに真由は、かなりの裕福な家の一人娘なのくらいは知ってはいたが。
だからと言って、高校の教師が金を積まれて二人の生徒を停学に追い込むなんて、むしろマスコミなんかに知れれば大騒ぎになるのは真由側になるのは間違いない。
「いや……灰宮。実はな──」
また別の誰かが教えてくれた二人の停学騒ぎの詳細にオレは驚く。
抱いていた真由や、黒咲への疑問を一旦置いておかなきゃならないほどに。
──キーン、コーン、カーン、コーン
予鈴を聞いてクラスの全員が、まだ六限の英語の授業が残っていたことをようやく思い返すが。
こんな出来事の後に集中力が維持できるハズもなく。この六限目はまともな授業にならなかった。
おそらくは一学期で一番、担当教師の斎藤の怒鳴り声が飛んだ授業になったことだろう。
かくいうオレも、停学騒ぎの真実が気になり。
六限目が終われば、軽いホームルームの後にもれなく帰宅となる。
いつもならば黒咲と真由がオレを教室の出口や玄関口、下駄箱の前などで待ち構えているのが日常の光景で。
二人に見つからないように、隙を狙って学校を脱出する……というのが日常なのだが。
(一体、どういう事だってんだよ?)
今日はどうしても二人と帰らねばならない。
クラスメイト二人の停学の真相を聞き出すために。
だから黒咲と真由を、オレが迎えに行くことにした。