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4話 ランチ攻防戦

 ふと、時計を見ると既に十二時を大きく過ぎていた。

 結局、オレがその答えを導き出せたのは一時限目の数学を通り越して、既に四限目が半分ほど進んでしまっていた頃だった。

 

 (ヤベえ……全然授業聞けてなかったぜ……)


 だが、問題はそんな事ではなかった。

 四限が終われば、昼食の時間となる。

 つまりはカバンの中にある、黒咲(くろさき)が仕込んだ弁当をどうするか、という大問題がオレを待ち受けていたからだ。


 当然ながら、教室でこの弁当を食べるのは論外だ。

 つい昨日まで、購買でパンと飲み物を買って昼食を済ませていたオレが、某マスコットキャラの包みを広げて弁当を食べていれば。クラスの連中にまたいらぬ憶測をされるに決まっているからだ。


 ……しかも、だ。


 オレのカバンに弁当を仕込んだことは、当人である黒咲(くろさき)だけでなく、確か玄関でのやり取りを真由(まゆ)も聞いていたハズだ。

 悠長に教室に残っていたら、弁当を食べていると踏んだ二人がうちのクラスに押し掛けてこないと、誰が言い切れるだろうか?


 (なら……敢えて気付かなかったフリをして、弁当を放置するとか?)


 いや、それは絶対にダメだ。


 夏休みも間近に控えたこの季節、昼食の時間を過ぎて放置してしまえば弁当は痛んでしまい、最悪中身を捨てなきゃいけなくなる。

 黒咲(くろさき)の事はともかく、弁当の食材には罪はないのだ。

 

 ならば答えは一つ。


 授業が終わると同時に、弁当包みの(がら)を出来るだけ見られないよう教室を出て。学校内のどこかで隠れて食べるしかない。

 

 再び時計に目をやると、四時限目の終了時刻まであと一、二分だった。

 オレは教室の出口を見ながら、カバンの中に手を入れ、弁当箱の包みをわし掴みにして、終鈴が鳴るのを待った。

 まるでスタートを待つ短距離走の選手のように。


 幸いにも、購買で人気の唐揚げパンや数量限定の特製カレーパンを狙う生徒は、今のオレのように教室を飛び出すタイミングを狙っているため。

 オレの行動が別段、変に思われてるわけではない。


 (五、四、三……二……一……っ!)


 オレの視線は先程から時計に釘付けだった。

 そして、いよいよ秒針が十二を指すと。


 ──キーン、コーン、カーン、コーン!


 寸分も違わず終鈴が鳴り響く。

 さすがに生徒らの昼食事情を知る教師は、四時限目のフライングにはそこまで厳密ではなかったりするのが、うちの校風だったりする。


「……よし、うまく教室を抜け出せたぞ」


 かくしてオレは、人気の購買パンを狙うクラスの男子どもに紛れて教室を出るという任務(ミッション)に成功した。

 あとは、屋上なり中庭なり、一人になれる場所へと移動すれば……


灰宮(はいみや)せ〜んぱいっ♡」


 というオレの思惑は、突然オレの背後から聞こえてきた声によって完全に破られてしまう。

 

「……そ……その、声はっ?」


 あまりに聞き覚えのある声に、オレは背後に振り返るのを一瞬ためらう。

 振り向かずに、このまま廊下の先に走り出してしまえば距離を空けられるのではないか、と考えた矢先。

 オレの手首を、何かがガシッと掴む感触。

 

 その瞬間、オレの脳裏に浮かんだのは某国産RPG(ロールプレイングゲーム)の有名な台詞だ。


『──にげた だが まわりこまれてしまった』


 頬から冷や汗が一滴、ツゥーと垂れるのを感じながら。

 オレの手首を掴んでいる人物へと、精いっぱいの愛想笑いを浮かべながら振り向いていく。


「は、ははは……どうしたんだ、真由(まゆ)?」

「どうした、じゃないですよーせんぱいっ。せっかく真由(まゆ)がランチのお誘いに来たのに」


 そう言った真由(まゆ)は、一人で食べるには明らかにおかしい大きさの、鮮やかな柄の風呂敷(ふろしき)で包んだ物を持ってたのだ。

 言うなれば、正月に食べるおせち料理が入った重箱ほどのサイズだ。


 だが、オレはその包みに違和感をおぼえた。


「……ん、んん?」


 それもそのハズだ。

 オレの記憶力がまだマトモだったなら、朝にオレの家に真由(まゆ)黒咲(くろさき)と一緒に押し掛けてきた時に。

 確か、真由(まゆ)はあんな大きな包みを持ってはいなかった。いや、間違いない。


「え? せんぱい、中身が気になっちゃいます?」

 

 オレが大きな包みをジッと見ていたからなのか、真由(まゆ)は包んでいた風呂敷(ふろしき)を広げてみせると。

 やはり、包みの中身はおせち料理を盛る時に使われそうな黒塗りの重箱だった。

 しかも金で装飾されていたり、相応に高価そうに見える重箱だったが。

 

「ふっふっふっ……じゃーん!」


 若干のドヤ顔をした真由(まゆ)が重箱の(ふた)を開けてみせると。


「う、うおおおおっ! こ、こりゃ……」


 現れたのは丸々一尾の鯛の塩焼きだった。

 いや、それだけではない。

 塩焼きの鯛の横には、一尾を頭から真っ二つにされた伊勢海老が置かれていたし。重箱の隅に添えられていた黒い粒々は……もしかして、キャビアというものなのか?

 正月にも見たことはない豪華なメニューに、腹を空かせていた男子高校生の、しかもごく庶民のオレは思わず声を上げてしまった。

 

 だが、その前に聞いておきたいことがあった。


「で、でもよ真由(まゆ)? 朝にはこんなデカい弁当箱持ってなかったよな?」

「ああ、それでしたら──」


 結局オレはいつ弁当を用意したのかという疑問を、直接真由(まゆ)に聞いてみると。

 それを聞いた真由(まゆ)は、「んー」と唇に指を当ててから、オレが手に持っていた某マスコットキャラ柄の弁当包みを指差すと。


杏里(あんり)ちゃんが抜け駆けしたから、真由(まゆ)もついさっき、家から配達させちゃいましたっ♡」


 確かに、キャビアって魚の卵でナマモノだったハズだ。

 夏休みを間近に控えた暑い時期に、そんなナマモノを入れた弁当を朝から持っていたら、昼にはすっかり悪くなってしまっているだろう。

 だから、真由(まゆ)の言い分を聞いて納得しかけていたオレだったが。


「い、いやいや! そうじゃねえだろオレっ?」


 目の前に並べられた高級食材に目がくらんですっかり誤魔化(ごまか)され、言いくるめられそうになったのを何とか踏みとどまり。

 

「な、なあ……真由(まゆ)っ? オレはさ──」


 ここで真由(まゆ)からの昼食の誘いに乗ってしまうと、またオレの悪評が広まってしまうのは間違いないだろう。

 ふと、周囲へと視線を向けると。廊下で真由(まゆ)に呼び止められたオレら二人の様子を、パッと見た限りでも三十人以上の生徒たちが遠巻きに見て人集(ひとだか)りを作っていた。

 

「うわあ……あれが白鷺(しらさぎ)さん特製の愛妻弁当ってやつね……」

「くそっ、う、羨ましいぜ……何だって灰宮(はいみや)みたいな冴えないヤツに……っ」


 などと、好き放題言い放題な連中だったが。

 突然、オレらの周囲に集まっていた見物人が二つに割れていった。

 最初オレは、騒ぎになりそうな人集(ひとだか)りを散らすために、風紀委員なり教師なりが注意に現れたのかと思ったが。


「残念だったな真由(まゆ)。どうやら(けい)君は既に昼食は間に合ってる、と言いたいらしいぞ」


 人集(ひとだか)りを割って現れたのは、黒咲(くろさき)だった。

 集まった連中を散らすわけではなく、むしろ大勢の目があるにもかかわらず。朝のやり取りで自分が弁当を用意したことを知りながら、高級食材を並べた豪華な弁当を用意した真由(まゆ)へ挑発的な言葉をかけると。

 真由(まゆ)もキッと黒咲(くろさき)を睨んで。


「ふんだ、杏里(あんり)ちゃんの手作りお弁当よりも、真由(まゆ)のランチ詰め合わせのほうがせんぱいも喜んでくれるハズだもんっ!」

「……いいだろう。なら、(けい)君にどちらの弁当が食べたいか決めてもらうとしよう」


 二人の間で勝手に、どちらかの弁当をオレに選ばせようと決まっていくが。

 

 (じょ、冗談じゃねえぞ! どっちを選んでも禍根(かこん)を残すじゃねえか……っ!)


 二人が勝手に競い合うのは今に始まったことではないが、勝敗を決めるのはいつもオレの役割なため。

 負けた側は決まって次の勝負に勝つために、勝敗から数日間はオレへの接触が激しさと執拗(しつよう)さを増すのだ。

 つい先日などは、メールに返信するのを真由(まゆ)を先に選んだばかりに。勝手に勝負をして敗者となった黒咲(くろさき)が次の日、学校から帰宅すると勝手にメイド服姿で家に侵入し、玄関で出迎えをしていた……なんてことがあった。


 (ましてや、大勢の生徒に見られてるこんな状況でどちらかを選んだら、どんな目に遭わされるか……考えたくもねえ)


 黒咲(くろさき)は生徒会長というだけじゃなく、剣道部のエースでもあり。その美貌とクールな振る舞いから男女問わず人気が高い。

 真由(まゆ)も、愛らしい容姿と対照的な大きな胸が一年生に限らず、学園内には非公式ながら真由(まゆ)のファンクラブがあるくらいだ。


 どっちを選んでも、互いの信奉者から一層冷たい目で見られるのは避けられないだろうし。下手をすれば実力行使に出られるかもしれない。


 なら、オレが生き延びる道は、一つ。


「スマン、黒咲(くろさき)っ! 真由(まゆ)っ!」


 オレは手に持っていた弁当を、姿を見せた黒咲(くろさき)に返すと。

 二人へと背を向けて人混みをかき分け、オレは脱兎のごとくその場から全力で逃げ出したのだ。

 

「お、おいっ(けい)君っ?」

「待ってくださいよお、せんぱぁい!」


 背後から二人のオレを呼ぶ声がしたが。


 そんなことより、オレは今日の昼食を食べ損ねてしまうかもと心配をしながら、空きっ腹を押さえて学園の外へと走り出していた。

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