41話 まどろみを破るもの
「あー、はいはい」
オレはその時、冗談のつもりだと思って空返事をして、眠気もそろそろ限界にきていたので。
「……ってヤベ、眠いから電話切るわ。じゃあ、おやすみ黒咲」
『ああ──また明日』
そう挨拶を交わしてスマホを切った、のだが。
オレは、別れ際に黒咲が言ったセリフにまさかあんな意味が含まれていたのか、と後になって知るのだったが。
「ふぅ……つ・か・れ・たぁぁぁぁぁぁ!」
とりあえず、オレは寝室に入ると。
まずは部屋の真ん中にどでん、と鎮座するキングサイズの豪華な造りのベットへとダイブする。
「さて。外はどうなってるかな……っと」
自分の部屋の窓から外の景色を見えなくしている遮光フィルターのスイッチを切り。
激しく降る雨がガラスを叩くのを見ながら、少しばかり不謹慎かと思うが。本州、特にオレが住んでいる関東圏ではあまり経験することのない強烈な台風というモノに、胸を躍らせる気持ちになっていた。
(大抵、関東に台風来る頃には雨風弱くなって大した影響なかったりするしな)
部屋にあるテレビじゃ、どの局を回しても台風情報でひっきりなしだ。
画面に映し出されていた気象図だと、台風の暴風域を示す赤い大きな円がすっぽりと沖縄を包んでいる。
『──突如、何の予兆もなく南シナ海に発生した台風十号の現在の中心気圧は八九五ヘクトパスカルで、瞬間最大風速は五〇メートルとなり……』
……おいおい、マジかよ。
ちなみに、中心気圧が低ければ低いほど。海水から蒸発した水蒸気を大量に吸い上げ、台風の勢力は強くなる……と授業で習っていたが。
ここ数年、オレが憶えている範囲じゃ沖縄に到達した時点で中心気圧が九〇〇を下回っている台風なんて、初めてな気がする。
『しかも台風の速度はゆっくりとしているため、沖縄を通過するのは早くても明日の昼頃となるでしょう』
明日、と聞いてテレビに表示されていた時刻を見ると、とっくに〇時を回り日付が変わっていた。
テレビからの情報を聞いてから、あらためてオレはガラス窓を強く叩く雨の勢いを見て。
「ああ、てコトは……帰りの飛行機飛ばない可能性もあるって話か」
と、ため息を一つ漏らしていたオレ。
沖縄から台風の影響がなくなったからといって、すぐに飛行機が飛ぶわけじゃない。
台風の進路によっては、これからオレたちが帰る場所、つまり関東に台風も進むかもしれないからだ。そうなったらいくら沖縄から台風が移動しても、飛行機を運航するのは無理という話だ。
「まあ……飛行機が飛ばないんじゃ、いくらオレが騒いだって仕方ないんだけどな……」
枕元に置いておいたリモコンで、台風情報を流していたテレビの電源を切り。オレはゴロンと枕に頭を乗せたまま横向きとなると。
先程、怯える真由が寝つくまで寝室にいた時に思わず見てしまった、無防備な彼女の素顔を思い浮かべていた。
(あの時……行きの仕返しに、キスでもしておけばよかったんかな……って、何考えてんだオレっ?)
仕返し、というのはもちろん、行きの車の中で不意に真由が顔を近づけ、オレの初めてのキスを奪っていった出来事のことだ。
真由、という相手なのが不満というわけじゃない。真由とは四年、いやもう五年も事あるごとに一緒に行動していた仲だ。男女の関係というモノを意識してはいなかったが、真由がオレに少なからず好意を持っているのは決してオレの自惚れや勘違いではないハズだ。
オレはただ、不意をつくというやり方が気に食わなかっただけだ。
アレは、オレにとっての初めてのキスだった。だからこそ最初は自分の意思で相手を選びたいと思うのは間違ってる事なのだろうか?
(そうだ……結局、黒咲ともキス……しちまったんだよなぁ……オレ)
挙げ句の果てには、昼間に黒咲にも海で潜ってる時に、二度目キスすら無理やり奪われたことも思い出し。
オレは、たった一日の間に真由と黒咲の唇に触れた自分の唇を指でなぞりながら。
(あ……ヤバ……眠気が、限界……だ、わ──)
徐々に、オレの瞼は重くなっていき。
意識がプツリと途切れていく。
──それから。
疲れていたのだろう、夢も見ないままガラス窓を雨が叩き、強風が吹き付け、外では雷が鳴っていたにもかかわらず熟睡してしまう。
それから六時間ほどが経過し。
夜明けの時刻はとうに迎えていたが、あまりの天候の悪さに夜が明けたかどうかわからない程の空の暗さだった。
朝に急ぐ予定はない。ホテルの朝食もバイキング形式で、十時までに済ませればよいらしいのでゆっくりと寝ていたかったところなのだが。
熟睡していたオレの安眠を破ったのは、充電のため枕元に置いていたスマホの着信音だった。
「う……ぅぅん……う、うるさいぃぃ……」
耳元で突然鳴り響いた大きな音に、最初は近くに雷が落ちたのかと思ったくらいだった。
オレは瞼を開けるのも億劫だったため。手探りでスマホを見つけようとするが、中々うまくいかなかった。
(…………ん? あ、あれぇ……おっかしいなぁ……オレ……寝る前に……アラーム入れたっけ……?)
まだ目覚めたばかりだったが、まどろんだ頭でオレはなぜスマホが鳴ってるのか、その理由を考えていた。
そもそもオレには、寝覚めにスマホや目覚まし時計でアラームを鳴らして起きる習慣がなかったりする。
なのに昨晩だけスマホで目覚ましを設定した?
とはいえ、いつまでも鳴り止まないスマホをそのまま放置しておくわけにもいかない。
いくら手を伸ばしても中々スマホを掴めないのに焦ったさを感じたオレは、重い瞼をゴシゴシとこすり。
ようやく、けたたましく鳴るスマホを手に取る。
「う……ん、何だよ……まだ七時にもなってないじゃないか……」
スマホの画面を見ると、時刻はまだ六時四五分。
目覚ましのアラームを入れたにせよ、何故こんな中途半端な時間に設定したのか。
「ん……んンン!?」
そこでようやくオレは、スマホが鳴っているのが目覚ましのアラームなどではなく。
こんな朝っぱらに電話をかけてきた着信だったのを理解する。
かけてきた相手は────黒咲。
という事はだ、さっきから一度も鳴り止まない着信音は、電話をかけてきた黒咲が一度も切らずにオレが出るのを待っているということになる。
黒咲とは昨晩も通話したハズだが、こんな朝っぱらに電話をかけてくるって事は……何もないハズがない。
慌ててオレは画面を操作し、通話モードにする。
「……おはよう、黒咲」
少々、不機嫌なトーンでの挨拶となってしまったが。事実、電話で叩き起こされたのだから不機嫌にもなろうというものだ。




