40話 夜中に鳴るスマホ
オレが話してる途中に、眠りに落ちてしまった真由だったが。
「まあ、男のオレだって寝ちまいそうなくらい疲れたんだ……そりゃ当然か」
今日一日にあったイベントの濃密さ……特に海で水着をなくして途方に暮れていた時間を考えたら、むしろよく保ったほうだと思う。
何しろ、真由に引き留められる前に大あくびをしたくらい、オレだって眠気に襲われてたのだ。
(いや……それにしても、真由の寝顔なんて初めて見たけど……)
こんな無防備な表情の真由を見たのは初めてだったが。
いつもオレと接してる時の真由は、歳下のくせにしっかりしていたり。と思えば突然オレをからかう意地悪な態度を取ってきたりするため、もっと大人びてる顔かと思いきや。
(これが……ホントの真由の顔だったんだな)
海から帰ってきた後に時間がなくて、化粧をほとんどしていなかったのもあってか。寝顔の真由は本来の年齢よりも幼く見えた。
「何だろ……今、オレ……すげぇ悪いことしてる気分になってきたわ……」
目の前ですやすやと寝息を立てて寝ている真由のあまりの美少女っぷりに、オレはものすごい罪悪感に駆られてしまう。
オレは、真由が寝ても絡めたまま離そうとしなかった指を、起こさないように一本一本慎重に外していき。
「さて……部屋に帰って寝るか」
どうやら真由の寝室の壁は、かなり防音が効く仕様になっているようで。外でゴロゴロと鳴っているだろう雷の音も、寝室には届いてはいなかった。
これなら雷の音を聞いた真由が、夜中に起きてくる……なんて事故もないだろう。
安心して部屋を出ようとした、その時だった。
ズボンのポケットに入れておいたスマホから、突然鳴り出す着信音に。
オレはびっくりして声を漏らしてしまうが。
「え? う、うわっ────んぶっ!」
真由が寝ているそばで、いきなり大声を出そうものなら真由が目を覚ましてしまうじゃないか。
それに気づいたオレは大声を出すギリギリで、自分の口に手を当てて音が漏れるのを防ぐと。物音を立てないようなるべく急いで、真由の寝室から出ていく。
「……おやすみ、旅行誘ってくれてありがとな、真由」
と、小声で真由に声をかけて。
さて、寝室の扉を閉めてから。
しばらく出なかったというのに電話のコールはまだ続いていたので、あらためてこんな夜遅くにかかってきたスマホの画面を見ると。
「げっ、黒咲からじゃないか」
つい先程までは「次に会ったら礼を言わないと」などと思っていたオレだったが。下手したら真由が起きてしまう最悪のタイミングに電話をかけてきたことに。
(……前言撤回。くそ、黒咲め、何だってこんな夜遅くに)
感謝の言葉を伝えるプランは残念ながらご破産にはなったが、電話に出ずにスルーするというのはさすがにやりすぎな感はある。
さんざん待たせた挙げ句、オレはスピーカーにして着信ボタンをタッチする。
「どうした黒咲。もうじき日が変わるような時間に、一体何の用件なんだ?」
『ああ、景君。よかった……無事で何よりだよ。知ってるかい、こちらに台風が接近してるという話は』
何事か、と電話に出てみると。黒咲の第一声は、台風の接近を心配しての安否確認だった。
「ああ、こっちのホテルでも突然台風が来るってんで、従業員が慌てて走り回ってるけどな」
それを聞いて、オレはむしろ黒咲らが宿泊している場所は大丈夫なのかを確認したくなった。
「それより黒咲、そっちは台風の備え……大丈夫なのか?」
『はは、心配してくれるのかい景君。そいつは嬉しいけど、残念ながら沖縄の宿泊施設は大概、台風対策はできてるから大丈夫なんだ』
……まあ、オレなんかより頭の回る黒咲なら心配は無用かと思っていたが。
『さすがに、明日の地元の大学生との練習試合は中止になってしまったがな』
「……そりゃあ、台風だもんな。しかも突然だってのに、相当強い勢力らしいって聞いたぞ?」
『らしいね。私もテレビで見ただけだけど』
そういや、忘れてたけど。
プライベートな旅行で沖縄に来ていたオレと真由とは違い、黒咲は剣道部の合宿に男女混合で来ていたんだっけ。
それにしても……練習試合の相手が大学生、ってのも男子はともかく、女子剣道部は全国出場を狙っているだけはある。
(……ていうか、黒咲の実力なら大学生相手でも問題なく勝てちまうんじゃないのか?)
そう。近くにいるとついつい忘れてしまうのだが、こう見えて黒咲は女子剣道界では「黒咲姫」なる異名で呼ばれている、今まさに注目を浴びている選手だったりするのだ。
一時期、学園の校門前には黒咲を熱狂的に応援する他校の女生徒が待ち伏せしていたくらいだ。
黒咲から散々、愚痴を聞かされていたから知っているのだが。
「じゃあ剣道部は明日、どうするんだ?」
『そうだな……ここが合宿所なら、一日中練習出来るんだが。急に予約をねじ込んだホテルだったからな、竹刀を振り回す場所が……ね』
「……あ」
確か真由が空港で、剣道部の合宿地は本来、南北まるで真逆の北海道だったと言っていたのを思い出した。
理事長を代理で務める真由が知らなかったのだ、合宿先を北海道から沖縄に変更したのはホントに急のことだったのだろう。
だからなのだろうか。
黒咲たちが宿泊しているホテルには、剣道部の練習場所は用意できていなかったようだ。
スマホの向こう側から聞こえてくる黒咲の声は、どことなく残念そうな感じがした。
『そういうわけで、私を含め剣道部員は台風が通過するまで……おそらく明日は一日中ホテルの中で待機だろうね』
「うわあ……そりゃご愁傷様だな。沖縄に来てまで一日中ホテルで待機とかやってらんないよな」
台風でホテルに閉じ込められた剣道部に同情し、そう返答するオレだったが、気持ちはどこか他人事だった。
黒咲の宿泊するホテルがどんな設備があるかは知らないが、一日中暇なのだ。そんな暇つぶしをするなら、せいぜい部屋でトランプやウノなどのカードゲームで遊ぶくらいだろう。
だけど、オレたちが宿泊するホテルは違う。
沖縄でも一、二を競う普久間殿リゾートホテル、通称『伏魔殿』には室内にプールや映画館、水族館に室内フットサル場まである複合リゾート施設なのだ。
(悪いな、黒咲っ)
正直言って、一日二日では遊び尽くせないくらいの設備が揃っているため。オレの明日の予定は、真由が朝起きてから相談すればいいか、と後回しにできるくらい選択肢があった。
『と、いうわけでね──景君』
すると、スマホから聞こえてくる黒咲の声色が急に柔らかい口調に変わる。
俗にいう、猫なで声というやつだ。
『私はもれなく明日一日、予定が空いてしまったんだよ?』
「あ、ああ、練習試合がなくなったんだもんな」
『うんうん。そうなんだ、台風のせいで竹刀を振るってストレス発散ができずに私は困ってるんだよ、わかるかい景君?』
「……ん?」
なんだろう。
黒咲が困っているのは通話越しにも伝わってくるのだが……
徐々に会話の雲行きが怪しくなってきていた。
『わかるかい? 明日、一日予定がぽっかりと空いて暇なんだ。だからといって部屋に一人閉じこもってるなんてストレスが溜まって、何をしでかすか……私にもわからないぞ』
部屋で一人過ごす、と聞いてオレは思わずスマホから顔を離してから、ため息を吐く。
小学四年に転校してきてから同じ学校の同級生として、ずっと黒咲のことを見てきたが。勉強も運動も完璧にこなせる黒咲の、唯一の欠点として。
人付き合いが壊滅的に下手くそなのだ。
俗に言う、コミュ障というやつだ。
高校に入ってから、生徒会長にもなって、次期主将として剣道部を引っ張る立場になっているにもかかわらず。どうやらこの様子では、人付き合いの下手さは修正しきれていないみたいだ。
こうやってオレと接している時は、コミュ障だというのが信じられないくらい流暢に喋れるってのに。
「ふわあぁぁ……ん、何が言いたいんだよ、黒咲」
『だからだよ──景君』
いつも単刀直入に話題を切り出す黒咲には珍しく、回りくどい言い回しをしてくるのだが。
実はオレもそろそろ眠気が限界にきていたのか、電話中ながら大きなあくびをしてしまう。
すると、黒咲は一旦言葉を切った後、こんな提案をしてきたのだ。
『明日、そっちに遊びに行ってもいいかい?』




