39話 人騒がせな眠り姫
こうして何とか部屋まで戻ってきたオレたちだったが。
まさか台風直撃とは。
こんな時にほぼ全面がガラス張りとなっていた最上階のスイートルームは、もうありがたみどころは何一つない。高い位置からよく見える黒雲が稲光る様子は、真由が怯える要素でしかなかった。
ゴロゴロゴロゴロゴロ────
「せせせ、せんぱぁいっ……」
海が望めるリビングの窓からは、降り始めた強い雨が叩きつける音が聞こえ。
濡れてボヤけた窓から広がった黒雲の中では雷がピカピカと点滅し、絶えずゴロゴロと雷鳴が響いていた。
エレベーターに乗る際に、胸からは一旦離れてくれた真由だったが。部屋に到着した途端、今度は腕にガシッとしがみついてきた。
「はいはい、ちょっと待ってな真由」
なのでオレはあらかじめ、ホテルの従業員に聞いていた通りにパネルを操作し。エレベーターの時と同様にガラス窓を不透明に切り換えていく。
「ほら、これで部屋からも雷見えなくなったぞ」
「で……でも、せんぱい? 台風が直撃したら窓って大丈夫なんでしょうか。真由、心配になって……」
「いや、そりゃさすがに平気だろ?」
普段、台風があまり襲来しない関東とかならガラスの強度を心配するのはアリだと思う。
だけどここは毎年のように何個も台風が直撃する沖縄だし、このホテルは沖縄本島でも評判高い『伏魔殿』だということを、真由は忘れてはいないだろうか。
「……う、うぅぅぅ」
いや。そんなことを忘れてしまうくらい「雷が怖い」のだろう、今の真由は。
最初は、この沖縄旅行中も何度かオレを小悪魔じみた態度でもて遊んできたように、嘘をついてまでオレをからかってきたのかと思ってたが。
まさか本気で雷を怖がっていたとは。
(まあ……何が怖いかなんて、人それぞれだもんなぁ……)
かくいうオレも、実は幽霊やオカルトの類いはからっきし苦手であった。子供の頃に、自分の部屋やベランダから正体不明の物音がよく聞こえてきたのがキッカケで。
正直、慣れるどころかそこから暗がりとか心霊現象とかがダメになってしまった。今ではゲームですらご遠慮願いたいレベルの怖がりだったりする。
黒咲や真由もこの事は知っているので、いくら冗談でもオカルト関係を絡めてオレをからかったりはしてこない。
だからオレも、真由が本気で雷を怖がってるのなら。からかうような真似はせずに、出来るだけ慰めてやろう……そう思うのだった。
幸いに真由が確保した寝室は、大きな窓があるオレの寝室とは違って部屋の中央にあり。耳栓でも付ければ雷の鳴る音もかなり軽減できるのではなかろうか。
見れば、時計の針は二三時を指していた。
食事を終えたのは一時間以上前だったはずだが。レストラン内で無礼極まりない真由の元同級生に絡まれたり、エレベーターに乗れないでいたのもあったことを考えれば、まあ当然とも言えた。
本来の計画なら、明日は那覇市街地に繰り出して観光地を見て回る予定だったが。台風が直撃するとなればホテルの外に出るのは危険だろうし、危険を冒して街に出ても店だって台風を警戒しシャッターを閉めてるだろう。
幸運にもこの『伏魔殿』は複合リゾートホテルとなっていて。建物の中には水族館や映画館などがあるため、時間を潰すアテには事欠かないが。
(寝る前に明日の予定をどうしようか、真由と話しておきたかったけど……)
怯える真由を引き留めて、いざ明日の予定を話し合ってもロクな結果にはならない。
ここは今晩はさっさと寝て、明日起きてから天気の状況を見て判断したほうがいいと思い。
「ふあぁぁぁぁ……」
思わずオレは大きなあくびをしてしまう。
今日は朝早くから飛行機に乗り沖縄に到着するまでの間にも、色々と真由に悪ふざけを仕掛けられ。
沖縄に到着して早速海に……と思っていたら。黒咲に遭うわ、真由は水着をなくして海のど真ん中で立ち往生するわと大変なイベントが連続だったから。
そりゃ身体が休息を欲しているのは、むしろ当然だと言えた。
「それじゃ真由、耳栓なかったらイヤホン貸してやるから。今夜は部屋で落ち着いて……もう寝ちゃおうぜ」
そう言ってオレは、真由の寝室の前までくると。腕にしがみついていた真由の背中をポンと軽く叩いて、部屋でさっさと寝るよう勧めたのだが。
「……ん?」
自分の部屋へと戻ろうとしたオレの手首を、真由が掴んだまま離そうとしてくれなかった。
そればかりか。
「あの……せんぱい、真由が寝るまで、そばでずっと、手を握ってて……貰えませんか?」
確かに旅行中、真由から色々とちょっかいをかけられはしたが。それでも女の子の寝室に入る、というのは男女の関係として一線を越えていやしないか?
オレが真由の願いを断ろうとすると。
「……せんぱい、さっき言いましたよね?」
「な、何をっ?」
「オレにできることなら何でも言ってくれ、って……だからお願いです、せんぱいっ……」
「……ゔ」
言った。
確かにさっき、妙な雰囲気に飲まれて。
オレに似合わない言葉を吐いた気がする。
部屋へ戻ろうとしたオレが振り返って、真由の様子を見ると。
稲光りが見えなくなっても、まだ雷が怖いのか。上目遣いにこちらを見てくる真由の目元にはジワリと涙を溜めていた。
しかもオレの手首を掴む真由の手は、さっきからカタカタと細かく震えたままだ。
「……ダメ、ですか?」
いつもの真由がやりそうな演技じゃないと思ったオレは。
自分からはイエス、とは言えなかったものの。無言のまま真由に引っ張られるかたちで寝室に一緒に入っていくことになった。
(そういや、真由の家でも寝室にゃ入ったこと、今までもなかったから……ホテルで、とはいえこれが初めてなんだよなぁ)
真由の家……いや、あの大きさは屋敷と呼ぶべきだろう建物に、オレは何度か招かれたことはあるが。
これまで真由と知り合って四年となるが。
大きな家だけあって、真由の個室と寝室は別になっていて。オレも真由の部屋にまで入った記憶はあるものの、寝室まで立ち入ったことはまだなかった。
「……寝るまで、だからな」
「ありがとうございます、せんぱい」
寝室に入ると、指輪やネックレスなどの装飾品はさすがに外したものの、ドレスを着たままベットに入る真由。
まあ……オレがいる前で着替えはできないだろうから、寝間着にはふさわしくないドレスで寝てしまうのも、仕方ないだろう。
エアコンの設定温度が二八度と若干暑い室温ながら、薄いシーツを上にかけて寝ていた真由は。オレの手をギュッと握っていた。
「あれ? せんぱいの手、少し湿ってますね」
「そ、そりゃ、当たり前だろ、女の子の寝室になんか入るのは初めてなんだから」
「……ふふ、そうなんですか?」
真由の寝室は、外壁に面している場所がないだけに外で鳴っている雷の音もあまり響いてこなかった。
だから渡したイヤホンを着けずに、隣で手を握っていたオレと軽く会話を交わしていた。
(き、緊張する……お、女の子の寝室って、こんな感じなんだ、ち、ちくしょう、真由なのにっこんなドキドキするなんてっ!)
「でも……せんぱいの手、あったかくて、気持ちいい……です、よ」
そのオレはと言えば、初めての女の子の寝室ということで。真由が指摘した手汗だけじゃなく、脇や首の後ろからも変な汗が出っぱなしだったのだが。
「わ、悪かったなっ、ま──」
真由や黒咲がいつも一緒にいるおかげであまり同級生が寄りついてこない、と言ってやろうとする前に。
寝ていた真由の瞼が閉じ、彼女の口からはうっすらと寝息が聞こえていたのだ。
「────すぅ────すぅぅ」




