38話 雷、こわいこわい
真由は、何を言い出すのか。
オレは思わず唾を飲む。
(……ゴクリ)
確かに自分の様子がおかしい、よほど銀城に腹を立てていたのか気分が昂って興奮していたのは認めるところだが。
一度は口にしてしまった言葉だ、ならオレも覚悟を決めて、出来る範囲内であれば真由の言う事を叶えてやろうと思った。
「せんぱい……」
そう真由がオレを呼んだ、次の瞬間だ。
最上階のオレたちの部屋へと戻るため、エレベーターを待っていたところに。
ピシャ────ズゴォォォォォン!!!!
「きゃあぁっ!?」
「う、うおっ?」
突然、窓から眩しい閃光とともに、すさまじい音量で爆発音に似た轟音が響く。
あれが雷が近くに落ちた音だ、と気づいた時には、そばにいた真由がオレの胸にしがみついていた。
「お、おい、真由っ?」
「あ、せ、せんぱい、ご、ごめんなさいっ……」
そりゃ誰だって突然、雷が落ちた音を間近で聞いたら驚くだろう。しかも今日は曇一つない晴天だったのは海で泳いでたオレたちも周知のことだけに。まさか突然雷が鳴るなんて、完全に不意を突かれたようなものだ。
真由が抱きついてきたのだって、突然の雷だ。驚いてとっさに身を隠そうとしたら、近くにオレしかいなかったからだと納得し。
「ほら、そろそろ離れ……真由?」
いつまでも胸から離れない真由を引きはがそうと肩に手を置いたオレは。
真由の身体が小刻みに震えていたことを、ようやく知ることとなり。
「もしかして真由、お前……雷がダメなのか?」
四年ほどの付き合いとなるが、真由が雷が苦手、しかもここまで怖がるほどダメだったなんてのは初めて知った。
いつもの真由はオレや黒咲の後ろに一歩引いて、小悪魔的な笑みを浮かべてドンと構えている印象が強かったが。
(雷が怖い、なんて可愛らしい一面もあるんだな)
と、不謹慎にも感心してしまっていたが。
オレの胸にピタリとくっついたまま問いには答えずに、窓に背を向けたままブルブルと震えている真由を見て。
これからどう部屋に戻ろうか、オレは悩む。
(このエレベーターって、海に接してる側が全面ガラス張りなんだよなあ……)
しかも、晴れた日に沖縄の青い海を眺めてもらうのが目的なのか、最初に昇った時もエレベーターの昇降速度はゆったりとしていた。
どうしたものか、と震える真由に胸を貸したまま、辺りをキョロキョロとしていると。
「し、白鷺様っ、よ、よかったっ!」
見たところホテルの従業員はこちらを探していたようだが、あいにくと思い当たる節はない。
だけど、ちょうどオレもこのエレベーター以外で最上階に行く手段がないかを従業員に聞きたかったところだ。
「ちょうど良かった。あの、実は……」
「あのですね、実は──」
オレが声をかけると、従業員が話しかけてくるのと被ってしまい、互いに一旦言いかけた言葉を引っ込める。
こういう時、ホテルの従業員というのは宿泊客の要望を遮ってまで自己主張するのはおかしい、とテレビ番組か何かで言っていた気がした。
そしてそのような時は、火災などの緊急事態が迫っている場合かもしれないとも。
「じゃあ、まずは従業員からどうぞ」
だから、まずは従業員がわざわざオレらを探してまで何を伝えたかったのかを聞くことにした。
すると従業員は、耳を疑うようなことを口にする。
「実は、つい先程。沖縄近海に台風が発生いたしまして、宿泊客の皆様に警告のためご連絡をしていたところでごさいます」
「た、台風……ですか?」
だけど、昼間はあんなにカラッと雲一つなく晴れていたハズなのに。
台風って、確か温帯低気圧が成長して発生するメカニズムだったと地理の授業で習ったわけだが。いくらここが本州でなく台風が発生しやすい沖縄だとしても、もう少し天候の悪化などの予兆があってもいいようなモノだけど。
「それがどうも……今回の発生パターンというのがかなり珍しいようで、テレビでは気象庁が今回の台風についての会見が行われているようで……」
どうやら従業員も、オレが疑問に思っているのが標準に出ていたのがわかったのか。今回の台風について追加で説明をしてくれる。
ふと、フロントに目を向けると。置いてあったテレビでは従業員が言った通り、放送最中の番組に割り込んで気象庁の緊急会見が流されていた。
『────えー……ですので今回、沖縄近海で稀に見るパターンで、急激に発生した非常に強い勢力の台風十号は……』
ちなみに。
台風には、中心部の最大風速によって四段階の分類がされているが。テレビ会見で流れている「非常に強い」は上から二番目に強い勢力となる。
しかも、会見中にテレビ画面に映った台風の位置を示す進路予想図では。現在の台風の位置は、まさに沖縄本島を明日に直撃することになっていた。
(そりゃ、従業員も慌てるわけだよなぁ……)
本来なら、ホテルの従業員が今の台風のような異常事態だろうが、わざわざ宿泊客に連絡する義理も義務もないはずだ。
にもかかわらず、従業員がオレたちを探して警告してくれるのは。海が荒れるのが分かってるのに、スリルを求めて海で遊ぶ一部の馬鹿がいるためだ。もし宿泊客の中にそのような馬鹿がいて、海で遭難するハメになれば。
事前に警告しなかった、とホテルの評判はガタ落ちになってしまうだろう。それが風評被害というヤツだ。
「せ、せんぱいっ……」
「ああ、黒咲に助けられたな」
あいかわらず、オレの胸にしがみついていた真由が不安そうな、でもホッと一息ついたような顔でこちらを見上げていた。
それもそのはずだ。真由が沖でボートに乗ったまま水着のトップスをなくして途方に暮れていたままだったら。下手をしたらオレたちは、台風で大荒れになった海に取り残されていたかもしれないのだ。
(いや……もしかして、あの時ボートを襲った大波は、台風が発生する予兆だったのかもしれなかったんだな……)
空港で黒咲にバッタリと会った時には、心臓が止まるかと思うくらい驚いたが。
今思えば、黒咲が沖縄にいてくれた偶然に感謝しないといけないし。明日以降に黒咲に会ったら、そのお礼をしないと。
「それで、台風が通過するまでは宿泊客の皆様の安全を確保するため、特に明日はホテルからの外出を避けていただきたく……」
従業員が申し訳なさそうに何度もぺこぺこと頭を下げて、明日は外出を避けるようお願いをしてくる。
宿泊客にもしもの事があればホテルにも迷惑がかかるのに、ホテル側は宿泊客の行動を制限できないためだ。
確かに、せっかくの沖縄旅行だ。決められた予定が台風で潰されてしまうのはガッカリするだろうが。身の安全には変えられない。
「わかりました。明日はゆっくりホテルにいるとします……ところで」
「あ、そうでした。白鷺様も何か、私たちに御用件があったようですが?」
「実は、あのエレベーター以外にも最上階に行く手段ってのはないですかね?」
「は? それは、どういった事情ででしょ──」
雷が落ちた原因がまさか台風だったのには驚いたが、ようやく本題を切り出せる。
オレは従業員に理由を説明しようとした、まさにその時。
ピシャッッ!! ゴロゴロゴゴゴオォォォ……
「きゃああああああああっ!?」
またホテルの近くに雷が落ちたようで、窓から眩しい光とともに腹が震えるほどの轟音が鳴り響き。
真由が大きな悲鳴をあげながら、オレの身体に腕を回して強く抱きついてくる。
「……という事情でして」
「なるほど、そういう理由でしたか」
すると、真由が雷を怖がるという事情を察してくれた従業員は、一階に到着していたエレベーターに乗り込んでいき。
持っていたキーでエレベーターのコントロールパネルを開いて、何かを操作していくと。
「これで、どうでしょうか?」
本来なら、夜の沖縄の海の景色を眺めることができるガラス張りとなったエレベーターの一面だったが。従業員に呼ばれて中を覗くと。
ガラスを叩く雨の音とゴロゴロと空が鳴る音は聞こえてくるものの、ガラスから一切外の様子が見えなくなっていた。
「お客様のように、荒れた天候の際に外を眺めるのが怖い、という方もいますので。操作一つでガラスを不透明に変えることもできるんですよ」
「なるほど、これなら……どうだい、真由?」
オレに名前を呼ばれて、胸にしがみついていた真由はおそるおそる、ガラス張りとなったエレベーターの窓へ振り向いていくと。
力なく、ではあるが。コクンと小さく頷いてみせる。
「それじゃ、部屋までもうちょい頑張ってくれよ」
ガラスが不透明になったことで、ピカピカと曇が稲光る様子が見えなくはなったのだが。相変わらず雷の音は聞こえるだろうし、真由が怖くないわけがない。
だからオレは、少しでも真由を励まそうと彼女の頭を優しく撫でてやるのだった。




