37話 銀城雪子という女
「私、もう一度白鷺さんに会うことができて……感激ですわァ」
どうやら招かれざる来客、銀城雪子は挨拶だけで済ませるわけではない様子で。
さすがは良家のお嬢様、同席しているオレなどに目もくれず。表情を曇らせる真由に喋りかけていた。それも、一方的に。
「あ、ごめんなさい……あなたのことを覚えてなくて」
「ええ、ええ、そうですわよねぇ」
本当に覚えてないのか、もしくは忘れたフリをしているのかは定かではないけれど。勝手に現れ、一人で喋る銀城に対し、軽く頭を下げて名前を忘れていたことを謝罪する真由。
だが銀城は、真由の謝罪を間に受けたのか胸の前で腕を組みながら。
「……あの頃、まだ我が家は今と違い一流とは程遠い一般家庭でしたから、私の名前なんて白鷺さんには覚える価値などなかったのでしょうが」
(……は? な、なんだこの女、いきなり?)
まるで良家の人間しか名前を覚えないような扱いをする銀城の失礼にもほどがあるセリフに、真由は怒り出さなかったものの。
横で聞いていたオレは、初対面にもかかわらず失礼な女に腹を立ててしまう。
「……ちっ、ですわ」
だが、真由の表情が一切変わらなかったことがよほど気に食わなかったのか。
真由に見えない角度で舌打ちをした銀城は
、さらに真由に対し敵意をむき出しにした言葉を放つ。
「まさか小学生の頃、クラスで孤立して逃げるように転校していった白鷺さんと。このような場所で再会するなんて思ってもみませんでしたわ、私」
「……な、なっ!」
銀城の口ぶりでは、まるで小学生の頃の真由がイジメを受けていたような言い草だ。
ただ失礼なだけなら苛立ちもするが、まだ我慢できたのだろうが。過去の心のキズをほじくるような発言だけはさすがに我慢できなかった。
「お……おいっ! 突然オレたちの席に来ておいて、いくら銀城グループのお嬢様だからって、言っていいことと悪いことがあるだろっ!」
オレはテーブルをダン!と叩いて席を立ち上がると、真由に暴言を吐いた目の前の縦ロールのお嬢様へと大声で文句を言った。
落ち着いた二つ星レストラン『ブラウ・エトワール』に響いたオレの声は、店内にいた大勢の食事客の注目を集めるには充分すぎる声量だった。
「……はァ? なんですの、この男?」
周囲がざわめく状況になって、ようやく銀城は真由からオレへと視線を移す。そんな彼女の顔はまさに上の立場の者が格下を見下す……そんな視線だった。
「この男、じゃねえよ銀城グループのお嬢様。オレは灰宮景、真由の連れだ」
「へえ……ふぅん……あなたが白鷺さんの?」
オレと銀城が二、三、言葉を交わしていると。
当然ながら店内で不意に大声を出したオレに、店の従業員も駆け寄ってくる。
「し、白鷺様っ? な、何か、こちらのお客様とあったのでしょうかっ?」
最初は従業員に、銀城の無礼な言い草と態度を正直に話して、早く真由の前から銀城を遠ざけてもらおうと考えたオレだったが。
ふと、真由に視線を向けると。
真由は小さいながら、左右に首を振ってみせたのだった。
「あ……いえ、何でもありません。ちょっと会話で熱くなりすぎました、ごめんなさい」
「そ、そうですか。で、では、店内では出来るだけお静かにお願いします。それでは……」
だからオレも、これ以上騒ぎを大きくするような真似を避けるため、駆け寄ってきた従業員に素直に頭を下げていくと。
何かトラブルが起きていたのは理解していたが。オレから謝罪を受けた従業員は、それ以上の追及をすることはできず。申し訳程度の注意をしてからその場から立ち去っていこうとする。
「ホーッホッホッホ!」
だが、一旦真由への敵意をむき出しにした銀城は、従業員が介入した程度では止まらなかった。
銀城はオレの髪型や着ている服装、果ては履いている靴と上から下まで舐めるように見ていくと。
「白鷺さん? 見ないうちにずいぶんと枯れた趣味になりましたわねェ……よりによって、こんな見すぼらしい格好の男を選ぶなんて、お笑いですわホーッホッホッホ!」
漫画でよく見るお嬢様のテンプレか?と思うように、手の甲を口に当てながら高笑いを始める銀城。
枯れた趣味、とはとんだ言い草だったが。
(まあ……真由が「大丈夫」と言ったけど、周囲の食事客に比べりゃ確かに、浮いた格好してるもんなぁ、オレ)
店の入り口で従業員に止められなかった事に安心しきっていたが。
二つ星レストランに正装すらしていない今のオレが、きちんとしたドレスを着こなしている真由と釣り合ってないのは確かだし。
同じく高級そうなラメを散りばめた群青色のドレスを着た銀城に馬鹿にされても、まあ……当然と言えた。
「……は、ははっ」
妙に納得してしまい、うすら笑いを浮かべていたオレの態度がどうやら気に入らなかった銀城は。
一度鬼のような表情を浮かべると。
「あらァ? それとも……お金で何でも解決しようとする白鷺さんのことですわ。このようなうだつの上がらない男を頬を札束で叩いて、ペットとして飼っているのかもしれませんわねェ? オーッホッホッホッホ!」
と、オレと真由をまとめて馬鹿にしたセリフを吐き捨てていき。
「あらあらァ……これ以上一緒にいると貧相と枯れた悪趣味が私にも感染ってしまいそうですわァ、くわばら、くわばら、オーッホッホッホッホ
!」
そう言い残して立ち去ろうとしていた銀城は。
ひらひらとレースの入った高そうなハンカチを手で振りながらオレたちへと振り返ると、ニタリと気色悪い笑顔を浮かべてみせた。
「あ、そうそう白鷺さん? 今夜の食事代は……私が立て替えておいてあげますわ」
「は? な、なんで……」
銀城の意外な発言に、オレは間抜けな声を出してしまう。
そりゃ驚くだろう。ここまで憎まれ口を吐いてきた相手の、決して安くはない食事代を肩代わりすると言い出したのだから。
そんなオレの質問に、ひらひらしていたハンカチを足元へ落としながら答える銀城。
「……決まってるでしょう? 私が金持ちで、貧乏人を連れていた白鷺さんがかわいそうだから、ですわ」
「は? な、何言ってるんだお前……」
銀城の口から出たのは、一般家庭に生まれたオレでもわかるくらい、あまりに歪んだ金持ちの感覚だった。
(銀城は小学生の頃に真由がクラスで孤立した、とか言ってたけど……単に銀城が真由にコンプレックス抱いてただけじゃないのか?)
もうここまで「金持ち」と「貧乏人」というキーワードを連呼する銀城を見てると、オレは腹立ちよりも哀れさが先にきてしまったが。
オレが銀城に向けた生温かい憐憫の感情に彼女は気づくこともなく。
「金持ちが貧乏人に施しを与える、それ以上の理由でもございまして? オーッホッホッホッホッホッホ!」
そう高笑いしながら、言いたい事を言いたいだけブチまけていき、嵐のような縦ロールは今度こそ本当にオレたちの前から立ち去り。
そのまま店外へと退出していく。
(いや……そんなコトより、今は真由だ。銀城に過去の事を持ち出された挙げ句に、あれだけボロクソに言われたんだからなっ)
招かれざる人間が目の前からいなくなったことで、オレは席を立ち上がりテーブルをはさんだ真由へと近寄っていった。
「だ……大丈夫か、真由。オレは別に真由の小学生の頃なんて……」
「あ、あははっ、心配しなくても平気ですよせんぱい? 真由は別にあの人の言ったこと、気にしてませんから」
オレの問いかけに、真由は手をひらひらとさせて「心配ない」と答えていくが。
真由と知り合ったのは黒咲ほど長くはないが。それでも今の真由が少し元気がなく、無理やりに笑顔を浮かべているのくらいは鈍感なオレでもわかる。
「元気になるなら何でも言ってくれよ真由。オレにできることなら、ある程度はしてやるから」
だからオレは元気のない真由を励ましてやろうと声をかけたつもりだったが。
何故か、口から出てきたのはこんな大胆なセリフだった。
いつものオレならこんな事は言わない。
おかしい。
明らかに、おかしい。
「……え、えっと、それじゃあ」
思ってもいないセリフを口にしてしまったオレに対して、恥じらいながら上目遣いをした真由が口を開く。




