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34話 ギリギリの攻防戦

 ホテル、そして部屋に戻ってきたのは十九時半を少し回った頃だった。

 身嗜(みだしな)みに時間のかかる真由(まゆ)に先にシャワーを浴びてもらい、その待ち時間にオレは自分の着替えを用意していた。


「あの……一緒にシャワー浴びませんか?」

「……は? な、何言ってるんだ、真由(まゆ)?」


 さすが最上階スイートルームだけあって、シャワーのある浴室は相当広く作られていて、確かに二人で入るくらい問題はなかったのだが。

 問題は広さ、ではないのだ。


「いえ、あの……い、いちおう真由(まゆ)も女の子なのでぇ、ただ海水洗い流すだけでも少し時間がかかるというか。だったら、せんぱいも一緒に……どうですか?」

「……ゔ、ぅぅぅ……」


 何度も言うようだが、オレと真由(まゆ)はあくまで長年の友達であって、決して恋人やそれ以上の関係ではない。

 海水を洗い落とすためのシャワーなのだから、当然水着をつけたまま浴びるわけじゃないし。オレも真由(まゆ)も、もう子供じゃない。

 互いに裸を見て平然としていられる年齢はとうに過ぎ去ったのだ。


「ば、馬鹿なこと言ってないで早くシャワー済ませちまえっっ!?」

「うふふ、残念ですせんぱいっ♡」

「じゃ、じゃあシャワー終わったら部屋に入らないで、そこから呼んでくれよっ」


 当然ながら、リビングで待とうものなら。シャワーから出てきた真由(まゆ)にどうからかわれるかわかったものじゃない。

 オレはシャワー室にいる真由(まゆ)にドア越しにそう伝えておいた。


「……ふう、まったく。真由(まゆ)のやつ……」


 十五分ほどしたら真由(まゆ)から普通にシャワーが空いた、と普通に声をかけられる。


『空きましたよ、せんぱいっ』


 さすがに夕食(ディナー)の時間が刻一刻と迫る中、真由(まゆ)もオレをからかう余裕はなかったようだ。


 (……てっきりバスタオル姿でちょっかいをかけてくるかな、と思ってたんだけど)


 少し拍子抜けした気持ちのまま、オレは駆け足で、だが念入りにシャワーを浴びて身体の海水を洗い落としていく。

 引きこもる期間が長かったためか、既に少し肌がヒリヒリしている。もしここで海水が付着したまま寝てしまうようなことがあれば、明日起きた時に肌がそれはそれはヒドいことになっているだろうから。


 こうしてシャワーを浴びて海水を落としたオレは、身体を拭いて部屋に戻ると。ドライヤーで髪を乾かしながら夕食(ディナー)の身支度を整えていく。

 ……とはいえ、別に立派な衣装を着るわけではなく、家から持ってきた普段着なんだが。


「オレはなんとか間に合ったけど……真由(まゆ)は大丈夫なんだろうか?」


 ふと、部屋にあった時計に視線を向けると、二〇時まではあと五分を切っていた。

 髪を乾かし、服を着替える。ただそれだけの男と違って、髪を乾かすにしても、男のオレとは髪の長さが全然違いすぎる。

 それに加えて、高校生の女子ともなれば化粧の一つ二つはしてくるだろう。真由(まゆ)は化粧無し……いわゆる『すっぴん』という状態でも、充分に美少女を名乗れるレベルなのだが。それでも身嗜(みだしな)みに時間はかかるだろうから。


 だけど。


「はぁ……はぁ……な、何とか、ま、間に合いましたかっ、せ、せんぱいっ?」


 真由(まゆ)の寝室のドアがバタンと開くと、オレなんかより急いだのだろう。

 息を切らした真由(まゆ)が、昼間に着ていたのとはまるで違う、胸元が大きく空いた白のパーティードレスを身にまとって出てきたのだ。

 だが、髪をきちんと乾かし、結っている時間は取れなかったのだろう。いつものツインテールではなく、髪を下ろしていた。

 

「……ああ、何とかギリギリ間に合いそうだ。ホントにギリギリだけどな」

「それじゃ、せんぱい」

「ん?」


 すると、真由(まゆ)が不意にオレに笑顔を浮かべながら、指を揃えて手を差し出してきたのだ。

 あとはエレベーターに乗り込むだけ、ということは「先に行け」とでも言っているつもりなのだろうか。

 真由(まゆ)の真意がわからず、首をかしげてみると。


「もう、そこはせんぱいが真由(まゆ)の手を取って、優しくエスコートしてくれなくちゃダメじゃないですかっ?」

「……はいはい。真由(まゆ)お嬢様、お手をどうぞ」

「うふ、ありがとうございます、せんぱい♡」

 

 オレは呆れながらも見様見真似(みようみまね)で、真由(まゆ)の前で片膝を突いてしゃがむと、差し出してきた手を取って。

 ちょうど到着したエレベーターへとエスコートしていき、夕食(ディナー)の場所である一階レストランへと降りていく。

 そのエレベーターの中で。


「……なあ、真由(まゆ)? もしかして、このエスコートは一階に到着しても続けなきゃダメか?」


 誰も見ていない部屋だったからこそ、あんな恥ずかしい真似をしてみせたのだが。

 さすがに『伏魔殿(パンデモニウム)』なんて異名で呼ばれる人気ホテルの夕食刻(ディナーどき)だ。ホテルの宿泊客が集まっているに違いない。

 

 だが、髪を下ろした真由(まゆ)は解放してくれるどころか、意地悪そうな笑みを浮かべながら。

 

「当然ですっ。むしろ、せんぱいが真由(まゆ)をエスコートしてくれてるのを見てもらいたいじゃないですか?」

「う、嘘だろ……か、勘弁してくれっ」

「うふふ、ダメですよ。逃しませんからっせんぱい♡」


 オレは思わず手を離そうと試みたが、真由(まゆ)が動いたのが一足早く、オレの腕に自分の腕を絡めてくる。


 (う、うおっ? 髪を下ろした真由(まゆ)なんて見たことなかったけど……い、意外とこっちの髪型のほうが似合ってるんじゃないかっ?)


 間近に迫る真由(まゆ)の、シャワーを浴びたばかりだからなのか、ほのかなシャンプーの香りと。

 時間がなかったからなのか普段(いつも)とは違う化粧と、後ろでツインテールに束ねず下ろした髪が少し大人っぽくて。

 

「わ、わかったよ真由(まゆ)っ、え、エスコートするっ! エスコートはちゃんとするから……は、離れてくれないかっ?」


 何とか真由(まゆ)を直視しないように、オレは顔を真由(まゆ)からそらしていくが。

 オレの仕草を見て、真由(まゆ)の顔が何かを企んでいるような実にニヤケた笑みを浮かべながら。


「あれ? もしかしてせんぱい……髪下ろした真由(まゆ)にドキドキしちゃいましたあ?」

「……し、知るか」


 真由(まゆ)の言葉があまりに図星を突きすぎていて、ここであっけなく認めてしまうと何故か負けた気がしたので。

 問いにあえて答えずにしらばっくれていくと。


 エレベーターが指定の階に、つまりレストランのある一階に到着したことを知らせる音が鳴る。


「うふふ、それじゃ……よろしくお願いしますね、せんぱいっ♡」

「ゔっ……わ、わかったよっ」


 エレベーターを出ると、ホテルの従業員がオレらに一礼して、レストランの場所を案内してくれる。

 フロントに備えつけてある時計を見ると、時刻はちょうど二〇時を差していた。


白鷺(しらさぎ)様。本日は、我がホテルが誇る二つ星シェフが腕によりをかけて用意させていただきました料理、楽しんでいただければ何よりです」


 従業員の説明に、オレはスルーできない単語が聞こえてきたので。

 手を繋ぎながら、横に一歩後ろを歩いていた真由(まゆ)に、こっそり小声で確認をしてみた。


「……な、なあ。今しれっと、二つ星とかって言葉が聞こえてきたんだけど」

「あれ? 言ってませんでしたっけ? ホテルに入ってる料理店(レストラン)『ブラウ・エトワール』のオーナーシェフ、実は……かのミシュランで五年連続で二つ星を獲得してるんですよ」


 真由(まゆ)の話を聞いて、オレはあぜんとする。


 漫画知識ではあるが、ミシュランと言えばオレでも知っている有名なガイドブックだ。最高の評価は三つ星だが、二つ星を獲得するのだってとんでもなく難しく、素晴らしい味の評価だとされる。

 しかも、そんな二つ星の評価を五年連続で獲得しているなんて、下手すると日本で一番の料理店なのかもしれないというレベルだ。


 (お、おいおいっ……ミシュランで二つ星シェフの料理だなんて、オレにわかるのかよ、その味がっ?)

 

 これから自分が夕食(ディナー)を取るのが、まったくの場違いな場所だと知ってしまい。ミシュラン二つ星という肩書きにすっかり格負けしたオレの膝は、カクカクと震え出してしまう。

 

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