31話 へ、へるぷみー!
まったく上半身に何もまとっていない真由の姿に、オレは慌てて顔を背けて真由から離れようとするが。
「ひゃ、だ、ダメですぅせんぱあいっ! い、今手を離されたら真由っ?」
「あ、そ、そうかっ」
真由の水着がはがれてしまった驚きで、思わず真由が泳げない事がオレの頭から飛んでしまっていた。
必死にしがみついてくる真由を、何とかひっくり返ったゴムボートを元に戻して乗せないといけない。
「ま、真由っ、オレの背中にしがみついてくれないかっ?」
「あ、は、はいっ!」
さすがに緊急事態ということで、真由も素直にオレの言うことを聞いてくれる。真由がオレの首へと手を回して背中に背負った体勢となり、オレは必死にゴムボートをひっくり返していく。
だが。
「──っっ!?」
海に落ちまいと必死にしがみつく真由の何もつけてない生の胸が、オレの背中にダイレクトに当たっていたのだ。
恐ろしいまでの柔らかさに弾力、そして触れてはならない禁断の部位……その感触までも。
本来感じてはならない突起が背中に当たる感触に、オレはゴムボートどころの話ではなかった。
「お、おいっ真由……少しだけ、ほんの少しでいいから身体を離してくれないか?」
「え、え? せ、せんぱいさすがに今は、む、無理ですぅっ!」
オレの呼びかけに、真由はこちらの意図とは真逆に背中へさらに両胸を押しつけてくる。
真由も、いつものような悪戯な気持ちではないのだろうが。
(う……うおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!)
オレは心の中で、大声で叫んでいた。
冷静を保とうとするオレの理性を、これでもかとばかりに殴りつけてくる暴力的なまでの圧倒的ぷよんぷよん感は、気を抜いたら真由を背負ったままオレまで沈んでしまいそうで。
「む……室町幕府のじゅ、十五代将軍、あ、足利尊氏、よ、義詮、義満、義持、義量、義教っ……」
「ど、どうしたんですかせんぱいっ?」
「義勝、義政、義尚、義植、えーとっ……よ、義澄、義晴、義照……」
とっさに歴史の暗記科目を羅列することで、何とか背中に向きそうな意識を逸らそうと必死だったオレ。
「ぜえ……ぜえ……ほ、ほらっ……真由、ボートに移ってくれっ……はぁぁ」
まさに天国のような地獄の時間を歯を食いしばって耐えに耐え、何とかゴムボートを立て直すことに成功したので。
背中に背負っていた真由にボートの上に乗ってもらうことにした。
「え、で、でもっ……せんぱいっ」
「な、何っ……ほら早くボートに──」
「い、いえ。もしかしたら……このまませんぱいにおんぶされたままのほうが安心かなー……って」
じょ、冗談じゃない。
オレの背中には、真由に押しつけられた柔らかな両胸の感触の余韻がまだ残っていたし。
そのせいで水面の下にある部分がとんでもないコトになってしまっている。それを真由に悟られたくないオレは、一刻も早く真由に離れて欲しかったのだ。
「それに──」
背中にいた真由が、ついさっきまで海に落ちないかびくびくしていた態度ではなく。いつものオレをからかうような小悪魔的な笑顔を浮かべて。
「せんぱいも、真由のおっぱいをいっぱい堪能できて……ホントは嬉しかったんじゃないですかあ?」
「……な、ななななっ?」
途端に顔が熱くなっていくのがわかる。真由の言っていることは、ある意味では図星だったからだ。
だが、こちらがどれだけの葛藤を乗り越えてゴムボートを元に戻したのか、その苦労を馬鹿にされた気がしたオレは。
「い、いいから早くボートに乗れよっ真由っっ!」
「はーいっ……真由はもう少しせんぱいの背中にいたかったんですけどね」
背中にいた真由を、半ば無理やりボートへと移動させていく。
その時、すっかり真由の胸ばかりに関心がいってたせいか。ボートに真由を乗せる際に思いっきりお尻を触ってしまう。
「いやん♡ も、もう……せんぱいってば、狙ってやってるんですかあ?」
「ち? ち、ちちち違うってのっ!」
真由が突然、艶かしい声を出したことでようやくオレは自分の手が真由のお尻に深く食い込んでいたのに気づき。
慌てて真由をボートに押し込んでから、オレは恥ずかしさのあまり海に潜る。
沖縄の強烈な日差しであっためられた海水といえど。背中の両胸の感触に、手に残ったやわらかい尻の感触で興奮した今のオレの頭を冷やすにはちょうどいい冷たさだった。
(さて……これからどうする、オレ?)
少しずつ冷静さを取り戻してきたオレは、海面より下に頭まで沈めながらこれからの事を考えていた。
さすがに真由が水着をなくした状態でボートの進路を砂浜に向けて戻っても、まず間違いなく真由が海水浴の客の好奇の目に晒されるだろう。
ならば、オレがひと泳ぎして砂浜へ戻り、臨時で水着を購入するなりレンタルするなりして、真由に渡すのが一番じゃないのか。
(……そうだな、それがベストな選択だ)
そうと決まれば、いつまでも海にぷかぷかと浮いているのも時間がもったいない。何しろ沖縄のバカンスの期間は限りがあるのだから。
オレは海面から顔を出して、潜っている最中に思いついたベストな選択を真由にも伝えることにした。
「な、なあ真由っ、これからオレが浜辺まで泳いで戻って水着を──」
「……一人に、しないでください」
だが、オレの提案は真由に却下された。
ついさっき尻を触ってしまったオレをからかった時のような余裕ある態度ではなく、不安そうな顔をした真由に。
「ま、真由……せんぱいが顔を出すまで、実はどっかに行っちゃったのかって、すごく……不安になったんですよっ?」
「そ、そんなに長く潜ってたわけじゃないだろ?」
「そんなことないですっ! 真由からしたら、三分ぐらいは海に一人ぼっちだったんですからっ!」
オレが海に潜っていたのはせいぜいが三〇秒程度だ。さすがに三分も海に潜れていられたら、オレは海女さんか潜水の選手にでもなれるだろう。
でも、実際はどうだか知らないが。真由がそう感じたなら、泳げない真由が広い沖縄の海上にただ一人でポツンと三分も放置されたのだ。不安に思わないほうかおかしい。
「で、でもっ、さすがに水着なくしたまま浜辺に帰るわけにはいかないだろっ?」
まだ昼間だ、浜辺には海水浴の客がわんさか押しかけ、めちゃくちゃに賑わっている。
どこをどう通ろうが、水着をなくした真由が注目されるのは必至で、バレれば大騒ぎになるかもしれない。
真由を一人には出来ないし。
このまま二人で浜辺に戻ることもできない。
「じゃあ……どうしたらいいんだ」
「ならせんぱい、いい方法が真由に浮かんだので耳を貸してくださいっ」
「ん? いい方法?」
どうにもこの緊急事態を打開する案が思いつかなかったオレは、真由が一体何を思いついたのかが気になり。
なるべく真由を直視しないようにゴムボートへと近寄っていくと。
「それは……ですね」
ゴムボートの上に寝そべった体勢で、オレの耳元へと顔を近づけてきた真由は。
「それは?」
「それは────ちゅっ♡」
何かを話すわけでもなく、そのままオレの頬へと唇を近づけ、やがてそのまま真由の唇が頬へと押しつけられる。
「ちょ? ま、まままま真由っ、お、おまっ……!」
もうこの旅行で何度めになるかわからない、真由の不意打ちだが。
それでも頬にキスをされることに不慣れなオレは、慌ててゴムボートから離れていく。
オレをからかう心の余裕のある真由はというと、ゴムボートの上で両胸を隠していた腕をチラチラとどかす素振りを見せながら。
「ねえ、せんぱい……どうせなら、このまま夜まで二人っきりで海の上にいても、真由は……いいんですよっ♡」
「ば、馬鹿っ……む、胸を隠せっ真由!」
「えー……だってこの辺り、せんぱいしかいないんですから大丈夫ですよっ」
「そ、そういう話じゃないだろ? それに、砂浜から盗撮されてるかも……」
「もし盗撮されてたら社会的に抹殺しますよ。真由のおっぱいを見ていいのは、せんぱいだけなんですから」
「ちょ、ちょっと待て真由っ? な、何だアレ?」
そんなやり取りを真由としていたオレは、浜辺から一直線に向かってきた「何か」を偶然見つけてしまい。
真由に警告を発したのだが、彼女はまったく意に介することなく。
「もうっ、そんな誤魔化しに真由、引っかかりませんよー?」
「ほ、ほら嘘なんかじゃねえ、う、後ろ見てみろ真由っ後ろっ!」
「……え?」
すると突然、海面が盛り上がり。
黒い影が海の中から現れたかと思うと。
「うわああああああ?」
「きゃ、きゃああああああ!」




