30話 太陽さんさんサンシャイン
オレはチラッと黒咲の顔を覗き込むと。
驚いた表情のままで固まってしまい、全然反応を示さなくなってしまった黒咲。
オレの右腕を掴んでた彼女の手が緩むのを感じ、あくまで中立の立場でありたいオレもさすがに心配になり、黒咲に話しかけようとしたその時だった。
「……逃げましょう、せんぱい」
左側にいた真由がこっそりと、硬直した黒咲をこの場に置き去りにしようという悪魔の提案をしてくる。
固まったままの黒咲と真由の顔を交互に見ながら、どうしようかと答えを出しあぐねていると。
真由が突然、オレの身体をぐいと引き寄せ。
「お?……おおおおいっ真由っっ?」
「はい、時間切れでーすっ♡」
そのままオレの手を引っ張って、大勢の人で賑わう砂浜を横切っていくオレと真由。
当然ながら、女の子に仕切られている姿はどう見ても悪目立ちしている。
しかも……である。真由はオレが身内贔屓を抜きにしても、顔の可愛さや胸の破壊力などを総合して、周囲の女性らとは頭一つレベルが違っていたから余計に目立つ。
「おい、ちょ、ちょっと真由っ、どこに向かってるんだよっ」
ようやく体勢を整え、真由の横に並んで歩けるようになったオレが尋ねる。
その真由はというと、しきりに辺りをキョロキョロとしながらどうやら何かを探しているみたいで。まだ目的地が決まってない様子だった。
「……早く、早くしないと杏里ちゃんが」
遥か背後には、真由から迫られオレの唇の純潔が奪われてしまった告白を聞いて。すっかり硬直して動かなくなった黒咲を置いてきていた。
我に返って、隣にオレと真由がいないと知れば、黒咲の性格ならば絶対に追いかけてくるだろう。
もし追いつかれでもしたら、口喧嘩の相手だった真由はもちろんだが。
(見つかったら八つ当たり食らいそうなのは、オレもなんだよなぁ……)
となれば、黒咲には悪いけどここは真由に手を貸すのが得策だろう。
オレは、まだどこに行こうか迷っていた真由の手をくい、と引っ張っていく。
「え?……あ、ご、ごめんなさいせんぱいっ、どうしたんですか?」
「なあ真由、アレ……なんかどうだろう」
と言ってオレが指差したのは、海の家でレンタルしていたゴムボートだった。
岩場や砂浜続きでいくら遠くに移動しても、むしろオレや真由より身体能力の高い黒咲との鬼ごっこともなれば、あまりに分が悪い。
かといってホテルや砂浜の外に逃げるのは、沖縄の海を楽しみたいオレ的に論外だ。
だったら、泳いで海に出てしまえばいいのではないか?
(ゴムボートなら、泳げない真由も運んであげられるしな……我ながら妙案じゃないか、コレ?)
と、自分の発想を自画自賛していたりすると。
そんなオレの手を両手で握り返してくる真由が、キラキラと目を輝かせながら。
「さ、さすがはせんぱいっ! その案でいきましょうっ、そうと決まれば早速──」
「う、うえっ? ま、待て待て待てええ真由うううう!」
再び、いや先程よりもオレを引きずる速度を増した真由は、電光石火の速さでゴムボートを借り。
沖縄の青い海にゴムボートを漕ぎ出していった。
「うわあっ、すごいですすごいですっ! せんぱいっ、早く早くぅ─っ♡」
いや、漕ぎ出していくというより何かに引っ張られるようにゴムボートは沖へと進んでいく。
ボートに乗っている真由が何もしていないにもかかわらず、である。
「い、いやっ……おかしいだろ、何で漕がずに自走してやがるんだそのボートっ?」
そう。真由が乗っていたゴムボートは、たしかにオールなどを使わずに海の上を勝手に進んでいったように見えたからだ。
幸いにも進む速度そのものは大して早くはなかったため、ボートには乗らずにいたオレも海に入って泳いで追いつくことができた。
「すごいですよねー最近のゴムボートって。小さなエンジン付いてるみたいですよ、これっ」
「じょ、冗談だろ……ってほ、ホントだ」
(でも……コレって本当に大丈夫なのか? 違法……とかじゃ、ないよなあ、多分)
確か以前に何かのテレビ番組、そうアイドルが無人島で自給自足生活をするとかいう内容だったか。その番組の中で、手動のボートに電動の動力源を載せた場合には船舶操縦免許が必要になると聞いたことがある。
「あ、大丈夫ですよせんぱい。これでも真由、小型船舶免許持ってますから」
「持ってるのかよ? う、嘘だろっ?」
相変わらず、オレの頭の中を勝手に読んできたように。真由がさらりととんでもないことを言い出し始める。
おかげでこのゴムボートに乗ってるのが違法かどうか、という懸念はなくなったのだが。疑問はさらなる疑問を生み出すというが。
確かに両親が裕福なのは理解してたが、オレの通う高校の理事長だったり、ポンと沖縄旅行に誘ってきたり、しかも小型船舶免許まで持っているとか。
(……真由って、一体何者なんだろうか?)
という疑問を、オレは今さらながらに持ってしまい。
海面から顔をあげたオレは、ボートの上で足を伸ばしてくつろいでいた真由に視線を移すと。
「せんぱい、どうしたんですかあー? そんなじーっと真由の脚を見つめて」
「……っっ!?」
何を勘違いしたのか、真由がニヤリと小悪魔的な笑みを浮かべると。
エンジンの停まったボートを外から押していたオレの顔の前に、自分の脚を伸ばしてきたのだ。
「……いいんですよ、せんぱいだったら。真由の脚がそんなに好きなら、いくらでも触ってくれてー」
「ち、違うぞ真由っ? オレは別にそういう意味でお前の脚を見てたわけじゃ……」
いきなり真由の生脚を目の前に突きつけられたオレはやましい気持ちになって、ふと周囲を見渡してみると。
海水浴に来ていた大概の客は砂浜で遊んでいて、ビーチから沖に泳ぎに来ていたのはオレらくらいだった。
「いいじゃないですかせんぱいっ、何しろ真由とせんぱいは初めてのキスをした仲じゃあないですかー♡」
「そ、それは──」
真由がすらっと伸ばしてきた生脚で、オレの頭を挟み込んでは絡めてくる際どいイタズラを仕掛けてくるので。
オレはそれを避けるために一度海に潜り、ボートの反対側から顔を出してやろうと思ってたのだが。
その時、不意に大きな波が起こり。
「きゃあああああああっっ!?」
真由が乗っていたゴムボートが、波のあおりをまともに受けひっくり返り。
当然、ボートに乗っていた真由も、ボートがひっくり返った衝撃で海へと投げ出されてしまう。
泳げない真由が悲鳴をあげながら、海に落下していく。
「た、助けてせんぱあいっっ、あぶ! うぷ!」
何とか水に浮かび上がろうと、手足をバタバタともがく真由だったが。
元々、人間というのは静かにしていれば海水に浮くのだ。それをいたずらに暴れてしまうと浮力が働かず逆に海に沈んでいってしまう。
「お、落ち着け真由っ、オレが身体を支えてやってるから、あ、暴れるなっての!」
「ぷはあぁぁっ、あ、ありがとうございま……すぅっ」
オレは沈まないように暴れもがく真由の身体をしっかりと掴んで。
近くでひっくり返りながらも浮かんでいたゴムボートまで誘導し、ゆっくりとボートのへりに掴まらせていく。
水を飲んだかもしれない、オレは真由の背中をさすろうと手を伸ばした時だった。
「ま、真由っ……」
「えっ?」
真由の凶悪なサイズの胸を覆っていた真っ赤で大胆なデザインの水着が、なくなっていたことに。




