27話 熱砂の洗礼
「……ま、まったく、いつもオレをからかいやがって」
「それじゃせんぱい。真由はちょっと水着に着替えてきますから、海で待っててくださいねっ」
「お、おうっ」
だったら部屋を出てくる時に水着に着替えておけばよかっただろ、とツッコミたくなる気持ちを抑えて。
脱いだ服を預けに向かった真由とは別れてオレは一足先にビーチで待ってることにする。
(にしても、真由の水着かあ……そういや、見るのは初めてかもしれないな)
小学生の頃に知り合った黒咲と違い、中学に上がってから。しかも学年が一つ下ということもあってか。
オレは真由の水着姿をまだ一度もお目にかかったことが、実はなかったりする。
それゆえに、健全な男子高校生の妄想は膨らむ。
(いや、それにしても……やっぱり、破壊力抜群だったなあ……Hカップって凄え)
先程チラリと見ただけで脳裏に焼きついてしまった真由の胸を思い出し、ボーっと歩いていると。
突然、足の裏に焼けるような衝撃。
「あ、熱っちいっっっ!?」
思わず跳び上がってしまうほどの熱さの正体、それは砂浜だった。
沖縄の雲一つない強烈な日差しを浴びて、すっかり焼けた白い砂浜は、卵を割って落としたら目玉焼きができるのでは?……というくらいに熱かった。
「し、しまったっ? オレ……一生の不覚っっ!」
ここでオレは致命的な忘れ物をしていたことが発覚する。
砂浜を歩き回るための履き物を、一切用意していなかったのだ。とはいえ、さすがにこれから海に入るのが確定なのに、先程まで履いていた靴を取りに戻るのは論外だ。
「そ、そうだ。サンダルをレンタルすれば……っ」
海には大抵、履き物だけでなく、敷物やビーチボールやゴムボートなどをレンタルできる海の家が出店している。
なら、そこでサンダルでも借りられればとオレは辺りを見渡してみると。
「オウ……シット」
高級ホテルの玄関口に近いのもあってか、庶民的な海の家は少し離れた位置にあった。
いや、それはいい。
……問題は、ここから一番近い海の家に行くにも最短距離だと砂浜を突っ切らないといけないということだ。
(い……いやいや、いくら最短距離でもこの熱い砂を踏めとか無理ゲーだろっ?)
ならばと、オレは迂回できるルートを探してみたが。
ここ普久間殿ホテルは沖縄でも一、二を争う高級リゾートホテルだけあって敷地が広く。
残念ながら、陸地側から回り道しようとするとホテルの敷地を大きく回り込まないと、砂浜には出られないみたいだ。
砂浜から立ち登り、景色を歪ませる陽炎を見ると一度決めた覚悟が揺らぎそうになるが。
どうやら、覚悟を決めないといけないようだ。
「……よ、よしっ!」
意を決してオレは、熱く焼けた砂浜に全速力で飛び出そうとした、まさにその時だった。
「はい」
オレの背中から差し出されたのは、今一番欲しかったサンダルだった。
しかも男物の、サイズもオレの足にピッタリの。
「お、サンキューな。ま……」
オレはてっきり、着替えに行った真由がサンダルを忘れ物をしたのに目ざとく気がついて用意してくれたとばかり思い。
真由の名前を途中まで口にしたのだが。
振り向いたオレの目の前にいたのは真由ではなく。
「やあ、景君。まさかこんなところで偶然出会うなんてねえ」
「く、くくく、黒咲っっっ!?」
それは、空港で別れたハズの黒咲だった。
意外すぎる人物の姿を目の当たりにして、オレは声を裏返らせ、黒咲の名を呼ぶと。
驚きのあまり後ろへ二、三歩下がった勢いで、足の裏が焼けた砂浜に着いてしまい。
「あ、熱っちいいいっっ!」
「け、景君っ、ほら、サンダルを履かないと足の裏をヤケドするぞっ?」
オレは慌てて日差しの影響のないコンクリートの地面に戻ると、黒咲から渡されたサンダルを急いで履く。
「まったく……相変わらず景君は、しっかりしてるようでどこか危なっかしいからな」
「あ、あはは、悪かったな」
と、思わず馴染んでしまっていたが。
足の裏の熱さもだいぶ収まってきて、ふと我に返ったオレは盛大に叫んでしまう。
「──って、そうじゃねええええ!」
オレはこの場に何故、黒咲がいるのかという疑問を、本人に直接聞かずにはいられなかった。
「黒咲っ? な、な、何でお前がここにいるんだよっ!」
「何って……空港でも話したろう。本当は北海道に行く剣道部の男女合同合宿の場所が、偶然、たまたま沖縄に変わってしまったんだ」
それを聞いたオレは、目の前の黒咲に疑いの目を向ける。
「なんだ景君。そのジト目は」
何故なら、今朝の黒咲からの電話の様子じゃ、合宿地がオレらの旅行先と同じ沖縄だったようには聞こえなかったからだ。
仮にもし、合宿地が沖縄なら黒咲はあの時点で驚きもせず、「なら沖縄でな」と言ってたハズだ。
「いや、だって……なあ」
いくら生徒会長と言えどもそこまで強引な権限があるのか、と聞かれればどうだか知らないが。
大量停学騒動という前例がある以上、オレとの電話を切って即座に合宿先を変更できるワケがない、とは言い切れない。
「大体、私の合宿地と景君の旅行先がたまたま一緒になったからといっても、景君が沖縄を楽しむのに邪魔にはならないだろ」
そう言った黒咲は、チラリとサンダルを履いたオレの足元を見てくる。
まあ、確かに。黒咲がサンダルを用意してくれなかったら、今ごろオレは焼けた砂浜を歩いて足の裏が真っ赤になっていたかもしれん。
オレはサンダルのお礼を黒咲に言おうとして、あらためて彼女を見ると。
「う、うおおっ!?」
黒咲は黒いビキニに腰にパレオを巻いた水着姿でオレの前に立っていたのだ。
「──ん?」
オレが思わず声を漏らしたのに首を傾げる黒咲だが。
確かに真由の破壊的な爆乳を見た後に、黒咲の控えめがすぎる胸元を見ると、物足りなさを正直感じてしまうが。
黒咲の魅力は、その肉体的欠点を補って余りあるスラリと伸びた身長とスタイル。そして吊り目気味な黒咲の顔つきがあまりに完璧に調和していることだ。
そんな黒咲の水着姿、特にビキニとパレオから露出するやけに艶かしい「へそ」と不意に目が合ってしまい。
気まずくなってオレは、プイと目をそらしてしまう。
「ま、まあ……サンダルは助かったよ。それは感謝してる」
「ふふ、どうやら景君も少しは私のありがたみをわかってくれたみたいだな」
礼を言うものの、どこか釈然としないオレの頭を、まるで子供をあやすかのように優しく撫でてくる黒咲。
「う、うっさいっ、頭を撫でるなよ」
「おっと、悪い悪い」
つい先程まで一緒にいた真由とは違い。
同い齢なのにもかかわらず、子供の頃からオレにやたらと姉視点で接してくる黒咲の態度が少し気に入らず、手を払いのけてしまう。
すると、少し考え事をするかのように自分のあごに手を置いて一瞬、難しい顔を浮かべた黒咲だったが。
すぐに普通の笑顔に戻ると。
「……なら景君。サンダルの感謝ついでに、一つばかり私のお願いを聞いてくれてもいいかい?」
「な、なんだよっ」
「その……なんだ、私と景君とは付き合いも長いと思うのだが」
「確かに、最初に黒咲と会ったのは小学生の頃だから、もう七、八年になるんだよな──」
「──それだっ!」
オレの言葉に食い気味にいきなり大声を出す黒咲に、何事かといった顔を向けたオレだったが。
そんなオレの鼻先にビシッと指を突きつけられ。
「私は景君を子供の頃からずっと名前で呼んでるのに、景君はずっと私を苗字でしか……なんで私のことを名前で呼んでくれないんだっ?」
「いきなり何を……うっ?」
最初はいつもの冗談かと思っていたが、ふと黒咲の顔を見たオレは驚く。
熱を帯びた真剣な表情で、オレの顔をジッと見つめていたことに。




