25話 ようこそ伏魔殿へ
念願のソーキそばを空港で食べ終えたオレと真由は、まずはチェックインを済ませることにした。
海で遊ぶにも、街を見て回るにも、まずは大きな荷物を置いておきたいと思ったからなのだが。
「……ほ、ホントに、ここなのか?」
「はい、そうですよせんぱいっ」
空港から直行で、真由が予約しておいてくれた宿泊施設へと向かい、到着したオレの前にそびえ立っていたのは。
「い……いや、嘘だろ。少しばかり覚悟はしてたけど……まさかこのホテルだったなんて……」
普久間殿リゾートホテル。
沖縄にあるホテルでも一、二を競う超高層の高級ホテルで、中には映画館や水族館などが入っている複合リゾート施設だ。
当然ながら部屋代も一泊だけで、オレみたいな普通の高校生が夏休みにおいそれと来れるような金額ではなく、有名な芸能人や政治家の御用達だと噂され。
ついた異名が『伏魔殿』だ。
……と、夜のイメージトレーニングでネット情報をチラッと見ていたのを思い出していたが。
まさか自分がその『伏魔殿』に足を踏み入れようとは夢にも思わなかった。
「だ、だけど真由っ? このホテルって一年前から予約しておかなきゃ部屋取れないってネットに書いてあったけどっ……」
「あ、それでしたら」
ホテルから漂う高級感にすっかり腰が引けてしまっていた庶民のオレは。
何事もない様子でホテルの中に入っていこうとする真由を呼び止め、どうやって人気すぎるホテルの部屋を確保したのか聞いていくと。
「せんぱいを誘ってからホテルの予約状況見たら、何か……たまたま、偶然一部屋キャンセルが出たので」
と、赤の他人が聞いたら泣いて羨むような幸運な出来事を、実にあっけらかんと話す真由だったが。
ホテルへと入っていってしまう真由の背中を見ながら、オレはとある重大な事に気づいてしまった。
「ん? ちょっと待てよ。それって……」
今、真由は確かに「一部屋」と言った。
ということは、真由と同じ部屋で一緒に過ごさなくてはならないのだ、しかも二晩も。
予約がなかなか取れない大人気で高額なホテル『普久間殿リゾート』で宿泊するのだ。いくらオレと真由が男女だからといって、部屋を分けるなんて主張がワガママなのは百も承知だけど。
(……う、嘘だろぉ? ま、真由と同部屋で……ってコトは、もしかして、それってものすごく際どいコトなんじゃないかっっ?)
そう考えた途端に、行きの車内で間近に迫られた真由の切ない表情を思い返して。オレの顔がみるみる興奮で熱くなっていくのが分かる。
あらぬ妄想に浸り、ホテルの玄関口の前で立ち尽くしていたオレだったが。
「もうっ、せんぱいってば。何ずーっとそこで立ってるんですかあ? 早く部屋に案内してもらいましょうよお」
既にロビーで受付をしてくれていた真由が、手を振りながらこっちを呼ぶ声でようやく我に返ると。
大急ぎで自動ドアをくぐり、早足で真由の元へと向かうオレ。
「あ、わ、悪い悪いっ」
すると、オレのバックを抱え真由の荷物ケースを運んでいたホテルの従業員の男性が。
「──それではお部屋まで案内いたします」
そう言うと、エレベーターに乗り込んだ従業員が押したのは、何と最上階のボタンだった。
つまりは、オレたち二人が宿泊する部屋というのは。
「な、なあ真由、確かこのホテルの最上階って……」
「はい、せんぱい。最上階はフロアが丸々スイートルームになってるんですよ」
「……ま、丸々全部っ?」
真由の言葉に、オレはもう驚くしかできなかった。
普通の部屋の宿泊費だけでもかなりの高額だと思っていたが、スイートルーム。しかもフロア一つが丸ごとという規模に、であった。
(あ……あー、それなら真由と別々の部屋で着替えたり寝たりできるなあ……)
だったり。
(ま、待てよオレ? 最上階が必ずしも一番高いスイートルームだなんて誰が決めたんだ? もしかしたら最上階は一部屋だけポツン……なんてことも)
などと随分と的外れな考えで現実逃避することしか、今のオレにはできなかった。
外壁部分がガラス張りになっているエレベーターからは、上昇していくうちにホテルから見下ろす沖縄の青い海と空を一望できるようになり。
チン、という到着音が鳴る。
「到着しました白鷺様。こちら、最上階スイートルームでございます」
エレベーターの扉が開いたそこは。
今までに見たこともない豪華な空間だった。
まるでダンスホールを思わせるくらいの広さのリビングに、エレベーターの前にはラウンジ。
飛行機内のテレビモニターもうちの二回りほど大きな画面サイズだったが。
このスイートルームに設置されているのは、もはや映画館か?と言ってもよいサイズが一つ。しかも機内にあった大きさのモニターが数個ほど。
リビングは一面がガラス張りとなっていて、沖縄の強烈な日差しが部屋を隅から隅まで照らしていた。
「なお、白鷺様のご希望により、寝室は二部屋に分けておりますので」
荷物を運んできた従業員が案内してくれた先の部屋は、オレの部屋の倍ほどの広さとなっており。
一人で寝るにはあまりにも大きすぎる、キングサイズのベットが置かれていた。
「そちらの寝室はせんぱいが使ってください。真由はこちらを使いますからっ」
「お、おう」
もう一部屋の寝室は真由が使うということで、オレはどんなベットだったり部屋の配置なのかが気になって覗きに行こうとしたが。
「もう、女の子の寝室を覗いちゃダメですよ、せんぱいっ?」
ちょうど部屋から出てきた真由に見つかり、覗いていたのをとがめられる。
「それとも……真由と一緒に寝ます?」
まるでイタズラがバレた子供を叱るみたいにオレへ、媚びるような上目遣いをしてきた真由。
一緒に寝る、などととんでもない発言をしてきた真由の言葉を一瞬、鵜呑みにしてしまい。
「な、なっ……ば、馬鹿言ってんじゃないっ!」
沖縄に来る道中で初めてのキスを真由としてしまった、という出来事で必要以上に真由を意識してしまっていたのだろう。
気恥ずかしさで耳まで顔が熱くなったオレは、割り当てられた自分の寝室へと逃げ込んでしまった。
(ま、マズいっ……マズいぞオレっ? あと二晩もこんな誘惑に耐えなきゃいけないってのかよお!)
オレはバックの中身を一つ一つ確認して取り出しながら、心を落ち着けようとしていた。
(……れ、冷静に、クールだ、クールになれ灰宮景……っ!)
自分が一切しゃべってなかったからなのか。
従業員と真由のやり取りがここまで聞こえてきていた。
「──それでは白鷺様。ご夕食は当ホテルを予定でしょうか? それとも……何処か他の料理店をご利用になる予定は」
「いえ、こちらのディナーを戴こうかと」
「そうですか。それでは、二十時までに部屋にお戻りいただきますようお願いいたします」
それをこっそり聞いていたオレは、こんな高級リゾートホテルで一体どんな夕食が出てくるのか、楽しみ……というより少し怖くなってきた。
何故かというと。
(確か……こういう場所って、普通ドレスコードみたいなのあるよな? いや……オレ、普通の服しか持ってきてないぞ?)
そう、旅行バックの中には外出用の薄手のパーカーが二枚に旅館内でくつろぐためのTシャツが数枚、そしてハーフパンツしか持ち合わせていなかったからだ。
「ま、まあ……いざとなったら真由に言えば、貸衣装くらいは用意して貰えるかもな……」
まあ、持ってきてないものをいくら悩んでみても、何も無い空間からスッと出てくるワケじゃない。
その時はその時だ。いざとなったらオレだけ外で食事をしてもいいんだからな。
すると、真由がこちらの部屋を二度ほどノックしてくる。
「せんぱい、荷物の片付けは終わりました?」
「ああ、こっちはもう出掛ける準備はできてるぞ」
と、まだ全然先になる夕食の時間よりも。まずは昼間をどう過ごすか、だ。
ほぼ最速の便で沖縄へと到着したこともあり、まだ時計の針は昼の一時を指したばかり。海で遊ぶにも、市街地や観光スポットに行くにも充分過ぎる時間がある。
外出に必要な財布やらタオル、充電器なんかを小さなショルダーバックへ移し替えると、寝室から出たオレは。
「それじゃせんぱい、これからどうしますか?」
「──泳ぎたい」
「え」
「真由、オレは……照りつける太陽の下、沖縄の青い海で存分に泳ぎたいんだああああっ!」
真由の質問に、少し食い気味に海を希望する。
実を言うと、泳ぐ気満々すぎてオレは既に下に水着を着込んでいたのだ。
しかも夏場の沖縄と言えば、天候が変わりやすいのでも有名であり。ネットでも「沖縄旅行、終日雨だった」なんて話を目にしていたから。
今日がこれだけ快晴の空であっても。明日、朝起きてみたらザーザー降りの雨かもしれないのだ。
(泳げる時に、泳いでおかなきゃ絶対後悔する!)
そう熱弁するオレを見てくすりと失笑する真由は、横に並ぶとオレの腕に手を絡めてくる。
「ふふっ。それじゃ早速、せんぱいと沖縄の海で二人っきり、たっっくさん遊びましょうね♡」
「お、おいっ真由っ、いや、せめて外では、は、離れてくれよっ?」
「せんぱいのその意見は却下しまーすっ、ほらせんぱい。エレベーター開きますよ?」
まあ、真由の企みだったり、黒咲率いる剣道部との鉢合わせだったりと、紆余曲折はあったが。
沖縄旅行の初日を。
──これからオレは堪能するのだ。




