24話 黒咲、来航
あまりの怖さにオレは、躊躇いながらもギギギ……とまるで錆びた機械のように後ろへ振り向くと。
そこに立っていたのは間違いなく、黒咲だった。
「く⁉︎ く、く黒咲っ!……どうしてお前が沖縄にっ?」
「え? ええっ⁉︎ な、何でどうして杏里ちゃんがっ?」
最初は真由が仕掛けたサプライズか、とばかり思っていたが。
オレと同様、いやオレより驚いている様子の真由の表情から、黒咲が沖縄にいるのは別の理由からなのだと察する。
驚いていたオレと真由に、実に嬉しそうな顔をしながら黒咲は話してきた。
彼女がここ、沖縄にいる理由を。
「おや? 二人には説明しただろう、今日から剣道部の合宿だと、な」
と言う黒咲の背後、オレたちも通ってきた到着ゲートからぞろぞろと出てきたのは、見知った制服を着た男女の団体客。
そう、その集団とは。我が聖イグレット学園剣道部の男女合わせて総勢四十名の生徒らだった。
よく見れば、黒咲も竹刀が入っているだろう大きな荷物を背負っていた。
「な、何だ、剣道部の合宿の場所が同じ沖縄だったんだな。だったら朝の電話の時に言っておいてくれたら──」
最初は、仲良しの真由と予定が合わなかったのがそこまで嫌で、急遽部活の合宿を休んでまで沖縄まで追いかけてきたのかと思ってビビってしまったが。
たまたま偶然、目的地が同じだったことにオレが色んな意味でホッとしていると。
「……おかしい、です」
ボソリとオレの横から口をはさんできたのは、まるで某英国探偵を思わせるような帽子をいつの間にか被っていた真由だった。
「な、何だよその格好は?」
「いえせんぱい。雰囲気作りですので気にしないで下さい」
「いや……気にするな、と言われても、なぁ」
そんなオレと真由のやり取りを無視して、黒咲は「おかしい」と疑問を呈した真由に問いかける。
「どうした真由? 何がおかしいところでもあると言うのか?」
「……だって、杏里ちゃんたち剣道部の今日からの合宿地は確か、北海道だったはずです!」
真由の一言で、この場の空気が変わる。
いや、少なくとも。ホッとしていたオレの胸は、再びイヤな緊張感に支配されていった。
オレは頭の中を整理するため、横の真由にもう一度確認を取る。
「……北海道?」
「ええ、間違いないです。理事長代理として、生徒が合宿に行く場所くらいは頭に入ってますから間違いありませんっ」
すると、真由の格好から連想するに、追い詰められたドラマの犯人のように。
両手をパチパチと手を叩き、拍手を始める黒咲。
「まさか剣道の合宿の日程に合わせて一人抜け駆けを企んでいたとはな、真由。いや……大胆不敵というか、恐れいったよ」
「な、ならどうやって杏里ちゃんが沖縄にっ?」
(ん? ……抜け駆け?)
黒咲が言っている言葉の意味が少しわからない部分こそあったが。
むしろ、真由の言う通り本来の剣道部の合宿地が北海道だったとしたなら。何故、黒咲と剣道部員たちはここ沖縄にいるのか。
その種明かしを、今のオレは知りたかった。
「……それはだな」
表情を変えてた真由と、興味本位のオレ。二人が注目する中、もったいぶったように間を空けた黒咲が口を開いた。
「なあ二人とも、知っているか? 学園のあらゆる部活動の活動費用というのは生徒会から計上され、使い道などを確認して許可を得てから生徒会から部活の活動費へ手渡されるわけだ」
「お、おう……」
まあ、あまり生徒会やら部活動に興味のない帰宅部のオレにだって、その程度のことはわかる。
一年に一度、全校生徒の前で生徒総会を開催し、公開で生徒会が費用などの会議を行う行事があるくらいだから。
「いや……だけどさ黒咲、それと剣道部の合宿地が北海道から沖縄になったのと何の関係が──」
「そう、そうだったんですねっ……」
「……ま、真由っ?」
まったくピンときていなかったオレの横で、まだ某英国探偵に似せた帽子を被ったままの真由が「犯人がわかった」と閃いたような顔をしていた。
「せんぱい……知っての通り、杏里ちゃんはうちの生徒会長です」
「あ、ああ、それはオレも知ってる」
黒咲は、二年生にもかかわらず圧倒的な人気で今年の会長選挙に勝利し、見事に生徒会長の座に就いたことには驚いたが。
だがまあ、黒咲が生真面目で聡明な人間で生徒会長という役割を担うのに適任すぎるのは、幼馴染のオレは知っていた。
「生徒会長は、生徒会が決定する部活動の活動内容、合宿を含むあらゆる事案の最終的な決定権を有している……ということは」
「ふふふ、正解だ。白鷺真由」
すると、黒咲は背負っていた竹刀袋をむんずと握ると、そのまま先端を真由の目の前に突きつけていき。
「私はあらゆる権限を最大限に使って、偶然! たまたま! 景君たちが旅行に来ていた沖縄に合宿で来てしまったというわけだっ!」
格好良さげに理由を話している黒咲だったが。
オレは完全にドン引きしていた。
「いや……それさ、ただの職権濫用だろ……」
「ふふ、それだけ私が景君と一緒に沖縄の海を堪能したかったのだと理解してくれないかな」
どうもオレに引かれているのを理解していない黒咲だったが、さすがに部活の人間を引き連れて好き放題できたのはこれが限界だったようで。
「はいはい、黒咲ちゃん行くよー」
「杏里先輩、無駄話はそろそろにして下さい」
と、制服のリボンの色から上級生の三年と下級生の一年生の中から、一番ガタイの良い女子生徒が黒咲の両脇をしっかりと抱え。
剣道部の団体様へと引っ張られていった。
「はっはっは、景君。また後でな──」
まだ空港に残るオレと真由は、剣道部の団体に引っ張られていく黒咲を、見えなくなるまでただただ呆然と見送っていた。
「おい、真由……ありゃ、お前が黒咲を除け者にしたからだぞ……」
「まさか、生徒会長の権限を濫用してまで、部員まで巻き添えにしてせんぱいを追いかけてくるなんて……」
横にいた真由が、珍しく舌打ちをしてみせるのを見ると。
オレは飛行機に搭乗する前の車内で、真由に迫られ、ちょっとした事故でキスしてしまった事を思い出していた。
オレと黒咲の二人を騙してまで、オレを沖縄まで連れ出したのまではわかるが。
(ん? だとしたら……黒咲は真由を追っかけてきたんじゃないのか?)
もし、黒咲がオレのことを好きだ、というのなら先程の真由のような機会はいくらでもあったからだ。
何しろ、黒咲は生前、オレの両親から家の合鍵を受け取っている唯一の人間であって。以前に勝手にやり忘れていた宿題をやってくれたみたいに、勝手にオレの家に上がり込んで色々とやらかしてくれているようだから。
にもかかわらず、オレは黒咲ともう八年もの付き合いになるが。彼女から「好きだ」と告白された事はなかった。
だから黒咲の目当てはオレじゃなく真由で、オレに凄んでくる理由はきっと沖縄旅行に誘われたことを当日朝まで言わなかったからだと思っているのだが。
「でも、真由は負けないですからねっ!」
どうやら真由は、黒咲までもがオレにその気があると勘違いしているようだ。
「はいはい」
だからオレは、見えなくなった黒咲ら剣道部員の団体らに鼻息を荒らげている真由の頭をポンポンと優しく叩きながら。
行きの飛行機の想像を超えた豪華すぎるファーストクラスから、宿泊予定のホテルもそれくらい豪勢なホテルを予約していると想像し。
いくら何でも、生徒会予算で真由が用意した高級ホテルに総勢四十人以上の剣道部員を宿泊させられるだけの余裕はないだろう。
それに向こうはあくまで合宿で来ているのであって、オレたちのようにエンジョイしに来ているのではない。
だから、黒咲と遭遇するのもここまでだ。
「それじゃ真由、オレらはさっさと昼飯食べちゃわないとな」
「あはっ、そうですねせんぱいっ♡」
この時はオレも真由もそう思っていた。




