20話 しらさぎさんからスマホが
運転手さんの機転によって、何とか真由の怒涛の攻撃から解放されたオレは。
「さてと、じゃあまずは……」
自宅に到着してすぐにやり始めたのは、旅行に必要なモノの確認だった。
何しろ真由からの急な提案だったから、不足している分は急遽揃えないといけないからだ。
「夏の沖縄っていうんだから、水着はマストだよな。それに着替えも少し余分に持っていったほうがいいな。後は──」
水着、と言っても毎年流行りのデザインに買い換えるのは一部のオシャレな陽キャだけだ。よほどサイズが変わってないなら去年の水着を使い回しても、さほど気にはならない。
二泊だから下着や服の替えは三日分でよさそうだが、夏場は汗をかくから一日分余計に持っていってもよさそうだ。
「よし。とりあえずはこんなモンかな」
こうしてオレは、沖縄行きの荷物を手早く大きめの旅行バックに準備を済ませる。
ラッキーなことに、必要なモノは全部揃っていたのであらためて買い揃えなくてもよかった。
「に、しても……沖縄に三人、かあ」
真由に押し切られるカタチで決まった三日後の沖縄旅行だったが。
いざ「行く」と決めてしまうと、意外にもオレは旅行の日が楽しみで楽しみで仕方がなかった。
定番……とは言え、夏の沖縄だ。
青い海、白い砂浜、きらめく太陽とくればテンションが上がらないほうがおかしい。
それに子供の頃は両親の仕事の都合で、夏休みに何処かへと旅行に行くという経験がほとんどなかったというのもあった。
あまりにもテンションが上がりすぎたおかげで、旅行までの二日間で学校から出された夏休みの課題のおよそ八割を終わらせてしまうくらいだった。
一息つこうと、自分の部屋からキッチンのある一階に降りて、沸かした湯でコーヒーを淹れていた時。
ふとオレのスマホの着信が鳴る。
「お、真由からだ……もしもし?」
画面を見ると、電話は真由からだった。
いよいよ旅行を明日に控え、連絡事項などがあるのだろう。
『あ、せんぱい。今お電話大丈夫ですか?』
「ああ、夏休みの宿題やってただけだから別に構わないぞ」
『え? まだ夏休み始まって二日なのに、もう課題始めてるんですか、こう言っちゃなんですが……意外ですよ、せんぱい』
「いやいや、夏休みの宿題は先行で終わらせるのがオレのマイルールでね」
とまあ、こんな何気ない雑談から始まった真由との会話だったが。
「それで? 明日は空港に現地集合か?」
『いえいえ、真由がお誘いしたんですから空港までは車で迎えに行きますよ』
ここから空港まで向かうとなると、最寄りの駅を使うことになるが。荷物が大きいために自転車は使えない。となるとバスで駅まで行くことになる。
空港までの電車賃にバス代と、沖縄での軍資金を一円でもとっておきたい学生の身分とすれば手痛い出費だ。それが浮くのは非常にありがたい。
「マジか? そいつは助かるよ、いやあ……真由ちゃん様々だなあ」
『ふふ、せんぱいてば大袈裟なんだから』
かといって、オレも一歳とはいえ年上のプライドがある以上。オレのほうから「車で迎えに来て」と頼むわけにもいかず。
真由から言い出してくれたことに、もの凄く感謝しながら。
「そういやさ、真由ちゃん。黒咲も旅行に来るんだよな?」
『……え。どうしたんですかせんぱい、いきなり』
オレは少し気になることを真由に聞いてみた。
気になる、というのはこの二日間、黒咲からの連絡が一切なかった事だ。
「いや、黒咲から全然連絡が来ないのが気持ち悪くなってさ」
確かに黒咲は、帰宅部のオレと違い。女子剣道部は団体戦のポイントゲッターにして、個人戦では全国出場が確実視されている有名人だ。もしかしたら部活が忙しいのかもしれないが。
それでも沖縄旅行について連絡の一つもない、というのは少し変だ。
黒咲の性格なら、忘れ物がないか、待ち合わせ場所はどうする? とか朝昼晩に一回ずつ連絡が来てもおかしくないってのに。
(もしかして……追いかけっこで黒咲を巻いたのを怒って拗ねてるとか?)
そういえば、終業日の帰り道に黒咲ら二人を振り切ってダッシュで家に帰ろうとして。背後からとんでもない速度で追いかけてきた黒咲と競争し、細い路地に逃げこんで黒咲の追跡を何とか振り切ったのだったが。
「その点、何か真由は黒咲から聞いてないかな、と思って」
『あー……そ、そうですねぇ? あ、杏里ちゃんは部活や生徒会で忙しいですからっ!』
「へえ、生徒会って夏休みになっても忙しいんだ?」
『そうなんですよ、せんぱい。夏休みになったらなったで部活の大会や合宿なんか日程調整、応援のチアリーダーやブラバンの準備なんかに忙しいみたいですよ?』
先の停学騒動で、真由が理事長代理を務めていると知り。
そんな真由から生徒会の役割みたいなものを簡単に説明される。生徒会なんて組織とは縁遠かったオレは、それほど多くの役割があったなんて全く想像ができてなかった。
何せ、トップである黒咲は毎日のように放課後、オレの下校につきまとってきていたからなのだが。
『ま、まあ! 杏里ちゃんの話はいいじゃないですか、せんぱいっ』
「そうだな、気にはなるとはいえ……明日にゃ嫌が応にも顔を合わせるんだからな」
『そうですそうですっ! そ、それより、明日は沖縄で真由といっぱい遊んでくださいねっ』
「……う」
遊んでください、という言葉にオレは不覚にも、真由の水着姿を想像してしまった。
……とはいえ、想像したのは中学時代に黒咲と三人で市民プールに泳ぎに行った時のスクール水着だったが。
(あんな破壊力のある胸、忘れようと思っても忘れてられるワケないだろうがっ!)
思えば、あの当時から真由の胸のサイズは同年代や一つ年上の黒咲を圧倒していた凶悪なボリュームを誇っていたのをハッキリと記憶している。
オレだって二人に興味のない素振りを見せてはいるが、れっきとした健全な男子高校生だ。
『え? 何ですかーせんぱいっ』
「な、何でもないっ!」
『ホントに何でもないんですか? それは残念です、うふふ♡』
オレは上手く誤魔化せたと思っていたが、どうやら真由の小悪魔ぶりはスマホ越しでも健在だったようだ。
スマホの向こう側で含み笑いをされると、中学時代の真由の水着姿を想像してしまったことに罪悪感を抱かざるを得ない。
『それじゃせんぱい、また明日の朝に』
「あ……ああ、また明日、よろしくな」
上機嫌の真由と対照的なオレ。
互いに挨拶を交わして、オレは真由とのスマホの通話を切った。
「ふぅ、それじゃ明日は早く起きなきゃな」
真由が迎えに来るのは、飛行機のフライト時刻よりも少し早めの午前八時だという。
途中で朝食を食べて万全の体勢に整えてから、空港に向かうという話なので。オレはスマホの目覚ましを七時にセットすると。
カップに淹れたまま放置され、すっかりぬるくなったコーヒーをオレは一口含むと。
「……心構えをしっかりしておかなきゃ、な」
中学時代の時点で、真由の胸の破壊力は凄まじいものだった。
それが夏の沖縄の青い海と白い砂浜の下で、ダサいスクール水着じゃなく洒落た水着の、高校生になってまた一段成長した真由の胸の破壊力について。
オレはまだまだ覚悟が足りなかったことを認識し、真由の前で動揺しないよう。
夜はイメージトレーニングに励むのだった。




