16話 結局のところ、こうなるわけで
──その時だった。
「そこまでだ、この狼藉者どもが」
今、オレと矢野、高橋の三人がいる部屋のドアが壊れるか、と思うほどに激しく開いたかと思うと。
二つの人影が部屋へと乱入してきたのだ。
「だ、誰だよノックもせず……って、な、何この煙っ?」
「い、いやこれ、埃じゃね……っ、て、ゲホッ! ゴホッ!」
ドアを勢いよく開いたことで、部屋中の埃が舞い上がり。一瞬、目を開けていられなくなるほどだ。
大きく口を開けていた矢野なんかは、勢い余って舞い上がった埃を吸い込み。盛大に咽せて咳き込んでいた。
(どれだけ掃除サボってんだよ、ここの店員はっ?)
何者かが部屋に侵入してきたことで、オレの手足の拘束を解いて。いつの間にかオレから、すすすっ……と距離を取る二人。
あまりカラオケボックスになど来ないオレでも、部屋の中でのいかがわしい行為はルール違反な事くらいは知っている。
「ち、ちょい待ち? あーしら、まだ何も注文してないんだけど!」
「て……てか、店員じゃなし、誰だしお前らっ!」
突然、部屋へと乱入してきた謎の人影がここの店員ではない、と言い張る二人だが。
(待てよ……ドアが開く前に聞こえたさっきの声、もしかして──)
埃が舞い上がる前にオレが聞いたのは、低音で凄みのある、間違いなく女性の声だった。何なら、その声に若干の怒りの感情が含まれている事すら、オレには理解出来た。
何故なら。
聞こえてきた声は、オレが知っている人物の声にとても良く似ていたからだ。
(い、いや。そんなハズはない……だってオレは今日、一度たりともアイツらと会話してないんだぞ?)
その「アイツら」とは、先日いろいろとあったせいか、少し距離を取る決断をしたばかりで。今日はまだ一度もあの二人の姿を見てはいなかった。
そんな状況で、下校時に突如として同級生二人に誘われたカラオケの事など。どうやって知った、というのか。
だが。
だが、しかし。
どう考えても目の前にいるのはアイツしかいない。
舞い上がった埃が急速に晴れ。そこには黒髪ポニーテールの、これまた同じ学園の制服を着ていた女生徒が立っていた。
そして、オレのことを「景君」と呼ぶ。
もう、疑いようもない。
腰に両手を当てて仁王立ちしたその姿は、まさに「威風堂々」という言葉がピッタリな、そんな雰囲気を纏った人物が。
黒咲杏里という女なのだ。
「ふふ、危ないところだったな。景君」
そんな黒咲がすっ……と手を伸ばしてくる、が。
突然の出来事にすっかり頭が混乱したオレは、唖然とし、口をポカンと開いたまま固まってしまっていた。
言葉の出てこなかったオレの気持ちを代弁するかのように、両隣にいた矢野と高橋が声を上げる。
「な、な……何でこんな場所にいるんだよ、そ、それもっ──せ、生徒会長がっ⁉︎」
黒咲の言葉に、矢野と高橋がオレの顔をジッと睨んでくる。
「灰宮ぁ……アンタ、いつ生徒会長にチクったし?」
いやいやいや……ちょっと待ってくれ。
下校の時にカラオケ誘われてから。この部屋に到着するまでオレはずっと、矢野と高橋に逃げられないよう挟まれてたよな?
オレは抗議の意味も兼ねて、首を左右にブンブンと振り回すと。
「勘違いするな。景君は何もしてはいない」
「だ、だったら、なおさらっ──」
黒咲はオレの意思表示を裏付ける絶好のタイミングで、オレの無実を証明してくれる。
だが、それならば尚のこと。どうやって黒咲はオレがこの場所に。見ていた限りじゃ、どうにも入り組んだ路地にあるカラオケ店の位置を特定出来たのか。
それはオレも知りたい。
「それは──愛の力だ!」
黒咲の力強い返答に反比例して。
オレと、両隣の二人は思わず固まってしまう。
「「「……は?」」」
情け無い声を出して唖然としていたオレたちに構うことなく。黒咲は独り語りを始めていた。
「
熱弁を続ける黒咲と、目を合わせまいと視線を逸らしたその先には。最初に見た、もう一つの人影の正体が。
「危ないとこでしたね、せ・ん・ぱ・いっ♡」
「ま、真由っ⁉︎」
「「ほ、ホワホワ一年生っっ!!」」
そう。
黒咲と一緒になって、オレを昼夜問わず──いや、さすがに夜は見逃してくれていたので正確には朝昼問わず。追い掛け回してくれた幼馴染のもう一人。
白鷺真由がそこにはいた。
矢野と高橋は真由の外見をもって「ホワホワ可愛い」と称していたが。その愛らしい外見に騙されてはいけない。
その裏側は、黒咲同様の悪魔だったりする。
それが証拠に。つい最近もオレは、真由がオレや黒咲に真由、矢野と高橋も通っている高校・聖イグレット学園の理事長代理だという事を初めて知らされたのだから。
「杏里ちゃんだけじゃ、せんぱいを見つけることなんて出来なかったですからね」
──実は。
途中まで景の後を尾行していた黒咲と真由だったが。先程、問題にしていたように入り組んだ路地のせいで、一度は三人を見失ってしまったのだが。
「で、でも、どうやって」
「せんぱいはもちろん、そちらのお二方も。スマホは当然……持ってますよね?」
真由のその言葉に、矢野と高橋、そしてオレも同時にポケットからスマホを取り出し。画面を確認すると。
『GPS補足完了』
という文字がデカデカと点滅していた。
「な、何だよ、コレ? あーしら、こんなアプリ入れた覚えなんて……」
「あは♡ それはそうですよお……これはアプリなんかじゃなく、あくまでスマホの個体番号から位置を特定しただけですから」
「……へ? な、何言ってんだ?」
オレたちのスマホ画面の異常の理由についてを、嬉しそうに説明し始めた真由。
説明を聞いても何が起きたかわからない、そんな表情のまま。互いに向き合う矢野と高橋だったが、それでも状況が好転するハズもなく。
むしろ二人は、自分らが一時、停学処分にされた理由を思い返していた。
最初は、生徒会長である黒咲や、学園内で人気の高い真由の悪評を広げたからだと勘違いしていたが。実はそうではなく。
(あの二人がブチキレたのは、灰宮にまで悪評の被害が及んだからだ)
二人が同時にその結論に達した途端、急に身体が震え始める。
「や、ヤベえよ……せ、生徒会長、こっちをずっと睨んでやがるぜ……」
「ば、バカ、ホントにヤバいのはあのホワホワのほうだっての、あの一年、笑顔のくせに、目が全然笑ってねえって……」
もし、部屋に突入するほんの少し前。
二人がオレにしようとしていた行為が、目の前にいる黒咲と真由にバレるような事になれば。
今度は停学どころの話ではなくなる。
「な、なあ、灰宮ぁ……あ、あーしら、別にあんたをカラオケに誘っただけだよ、なぁ?」
「そ、そうそうっ、別に同級生としてカラオケ行くなんて普通のコトだし──」
と、黒咲と真由が部屋に突入してくる直前にあった出来事を「なかった事」にするため、口裏を合わせるよう矢野と高橋から頼まれる。
「あ……ああ。お互い、今回は何もなかった。それでお開きだ」
もちろん、オレはその案に首を縦に振る。
停学騒動の時にも「やり過ぎだ!」と黒咲、真由の両名を怒鳴りつけ。距離を空けてもらったばかりだ。
それなのに。
まさか二人に貞操の危機を救われるなんて。
それに。
(もしここでオレがありのままを喋りでもしたら、矢野と高橋……この場でボコボコにされちまうんじゃ)
「景君……こんな不健全な場所は、景君には全然似合わない。さあ、私と一緒に──帰ろう」
「せんぱいっ、カラオケに興味があるなら。真由に言ってくれたら、屋敷の一角に真由とせんぱいだけのプライベートルームを建てますからっ」
黒咲と真由、二人が同時に座り込んだままのオレに手を差し伸べてくる。
(さて、問題です。ここでどちらかの手を先に取った場合、何が起こるでしょう?)
答えは──喧嘩である。
それも、矢野と高橋だけでなく。
カラオケ店を巻き込む大騒動の予感しかない。
だからオレは、慎重に、慎重に。
まるで爆弾を解体する爆発物処理班の気持ちで。
(いや爆弾の解体なんてゲームだけだっての)
この時だけは、コンマ一秒のズレもなく。
同時に黒咲と、真由の手を取った。
「まあ……その、一応礼だけは言っておくよ。二人とも、ありがとな」




