15話 迫る二匹の肉食獣
狭いエレベーターを出て、少し歩くと。どうやらここが受付で案内されたお目当ての部屋らしい。
「お、何だもう到着かよ」
「もう少し灰宮からかいたかったのにねー」
抗議の声をあげようとしたオレだったが、身体に当たる矢野と高橋の身体の柔らかさに顔が熱くなる。
「あはは、灰宮ってば顔真っ赤だぜ、おもしれー」
「そ、そりゃ……だって、当たってるんだって背中に、その、ゴニョゴニョ……」
言っちゃ悪いが、ごく普通の男子高校生であるオレは。両親の事故で塞ぎ込み、周囲との距離を空ける前から。クラスの女生徒とあまり会話や交流の機会を作ってこなかった。
つまりオレは、全くと言っていいほど「女慣れ」してないのだ。
恥ずかしさのあまり顔が赤くなっているのを、二人に指摘されてもなお。
腕や背中に当たっている、柔らかな二つの胸のふくらみの感触で上手く言い返すことが出来なかった。
「嘘っ、マジ?……言っちゃ悪いけど美奈程度だぜ?」
「おいおい、聞き捨てならねーな園子。あたし程度じゃ女だって灰宮に思われないってか」
矢野は、肩より長く伸ばした髪を金髪に染め。制服をおもいっきり着崩し、露出させた胸元やお腹といった肌を褐色に焼いていた。
一方で高橋は矢野とは対照的に、うなじの見える短髪を明るい茶色に染め。さらに数本、鮮やかな青のメッシュを入れていた。
こんな髪や格好でも校則違反にならないところが、私立であるウチの学園の校風なのだろうが。
「だってさ灰宮あんた、学園ツートップ、あの美人二人の顔を毎日拝んでるんだから、あたしら程度じゃ満足出来ないっしょ?」
「あは! 言えてる言えてるっ、あたしらと生徒会長、それにあの一年とじゃ、月とスッポンってヤツよ」
「……っっ⁉︎」
前にも言ったが。
これまでオレに執拗に付き纏っていたあの二人──黒咲と真由の容姿だけを見れば。
テレビで活躍する「美少女」もしくは「美人」と持て囃される女優や芸能人、アイドルよりもレベルは遥かに上……だと個人的には思う。
比べて矢野と高橋。二人の容姿のみを一人の男子として上中下の九段階で評価するなら、せいぜいが「中の上」といったところだ。
でも、人の魅力ってのは何も容姿のみで決まるものじゃない。
「い、いや……さ。その、二人だって」
これまで、必要に応じた時くらいしか二人とは会話してこなかったが。
制服を着崩していたり、髪を染めていたりという外見が心の壁となって。二人に必要以上に関わる事を、これまでのオレは避けていたし。
いざ会話してみると、二人の距離の詰め方にただただオレは圧倒されてしまっていた。
それでも、二人のなすがままカラオケまで来てしまったのは。何も二人から逃げられなかったわけでも、密着されたのが嬉しいわけでもなく。
帰り道で二人と交わした、何気ない学校の出来事や趣味についての会話が楽しかった、というのが一番大きな理由だった。
……ギャルのコミュ力、恐るべしだ。
「二人だって……その、充分イケてると、オレは思うけどな」
だからなのか、オレの口から出たのは。
二人を称賛する言葉だった。
まあ……正直に言えば。物理的に距離を詰められ
、胸が触れるのは耐性がないから勘弁して欲しいのだったが。
「いやいや、そういうフォローはいいっての。むしろ傷つくわーあたしら」
「だって灰宮、あんた……あの二人のどっちかと、付き合ってるんだろ?」
しかし、オレは素直に目の前の二人を褒めたつもりだったのに。矢野と高橋はため息をつきながら呆れ顔を浮かべたばかりか。
とんでもない誤解をしてくれたのだった。
「……は?」
「いや、だからぁ……あんたが、あの二人と付き合ってるんだろ、って言ったんだよ」
「毎日一緒に登下校して、弁当まで用意してたら、そりゃもうラブラブ関係ってヤツじゃね」
二人の指摘を受けたオレは。あらためて、あの騒ぎの前。黒咲と真由がオレに焼いてくれた世話の数々を振り返ってみた。
学校で目撃されたのは、矢野と高橋が言ったように「昼食を用意する」と「登下校を待ち伏せする」程度だが。
他にも、いつの間にか自宅に侵入しオレの分の宿題を勝手に解いてみせたり……というホラー案件まであったのだから堪らない。
(確かに……普通はそう思われるんだよ、だからオレは避けてきたってのに)
狼狽えるオレに、二人は容赦や遠慮という言葉を忘れて、追撃を仕掛けてくる。
「ちょうどいいや。なあなあ灰宮ぁ……会長サマとホワホワ一年生、一体どっちと付き合ってるんだよ? あん?」
「カラオケの代金かわりに、ちょっと……お姉さんたちに教えてくれないかねぇ? 灰宮ぁ?」
そう言って、ニヤリと笑みを浮かべながらオレを壁際へと追い詰める矢野、そして高橋の二人。
二人の眼は、まさに肉食獣がごとくギラギラと獲物を見定めていた。
獲物とは……当然、オレしかいない。
「よ、よせっ、馬鹿っ……それ以上寄るんじゃないっっ?」
先程は狭いエレベーターの中だっただけに、密着しても不可抗力と思っていたが。
さすがにスペースに余裕のあるカラオケ部屋の中で、二人と密着するのは。まるで意味が違ってくるわけで。
後退りして二人から逃げようとするも。今オレのいる部屋は、動き回って二人を回避できるほどスペースに余裕はなく。
「きゃはは! 逃げられると思ってるのお?」
「美奈は右から回り込んで! あーしは入り口塞いでおくしー」
しかも、メッシュ髪の高橋に唯一の出入り口を塞がれ。
おまけに、矢野から逃げるオレの足に何かが引っ掛かる。
「あ、痛ってえ⁉︎」
足に当たったのは、机の足の部分だった。躓いたオレは思わずよろけて転倒する。
「い、痛たたた……」
どうやら、倒れた先にはソファーがあったからか、無様に床に叩きつけられるのだけは避けられたが。
ソファーに仰向けに倒れ込んだオレの両足を矢野が押さえ。高橋は背中に回り込んで羽交い締めにしてくる。
「あは、捕まえたぜ灰宮っ」
「さって、美奈……逃げようとしたお仕置きでも面白いからやってみる?」
お仕置き、と聞いたオレは心底二人に怯えていた。
オレだって健全な男子高校生だ。エレベーター内で身体が密着するラッキースケベ程度なら、まだ喜べもしたが。
さすがに無理やり、となると。女性の身体に対する好奇心よりも好き放題されてしまうという恐怖が勝ってしまう。
しかし、いくら抵抗しようにも。
「ほれほれ〜暴れるだけ無駄だぜ、灰宮っ」
後ろから高橋に羽交い締めにされているため、両手は使えず。両足もまた矢野に掴まれているため、逃げ出すどころか。身動き一つ取れない状況だったりするのだ。
「ほらあ……早く正直に吐いちゃったほうが身のためだぜえ、灰宮ぁ?」
「ば、馬鹿っ……か、顔が近いってのっ」
頬や耳に息を吹き掛けながら、間近にまで顔を寄せてくる高橋に。オレは何とか両腕の拘束を解こうと力一杯暴れていくが。
「なぁなぁ、生徒会長とホワホワ一年……どっちと付き合ってるのか、どっちが好きなんだよ?」
「まだどっちとも付き合ってない! そ……それにっ、どさくさに紛れてどこ触ってんだよっ!」
さらには、ソファーで足を伸ばした状態だったためか、オレの両脚の上へと乗っかりながら迫ってくる矢野の鼻息も荒い。
気が付けば身体を重し代わりにして脚を押さえていたためか、自由になった手が股間の辺りに置かれたため。さらにはオレは出来うる限りの抵抗をするのだったが。
どうやら健闘むなしく、オレの理性と体力は間もなく限界を迎えようとしていた。
「なあ、聞いたか美奈?」
「何だよ、もうどっちかに喰われたと思ってたけど、まだ手付かずだったんじゃん」
(や、ヤバ……最近、部屋に閉じこもってばかりだったから、体力がっ──)
その後、アイコンタクトを交わした高橋と矢野がほぼ同時にオレをギラギラとした眼で注視し始める。
「ならさ美奈──アタシらでつまみ食いしても」
「皆まで言うな──うちもそう思ってたっての園子」
さらには舌舐めずりまでしやがって。
お前らはホントに肉食獣かっての。
(だけど、コレは……本格的に貞操の危機かもしれねえぜ……)




