12話 純白の姫
私は、白鷺真由と言います。
真由は、父が企業経営者、母は弁護士という白鷺家に生まれました。
現在は、もう亡くなっているお爺様の遺言で。今友達の杏里ちゃんや、真由が大好きな灰宮先輩と一緒に通っている聖イグレット学園の理事長代理をしている高校一年生です。
数々の経営を大成功に導いてきたお爺様と、その企業の一つを継いだ父、そして母は敏腕弁護士と名高いこともあり。
真由の家は他と比較しても、かなりの資産家だと言えますし。現在、父と母の子供は真由だけ、というのもあり。大切に、大切に育てられているのだと思います。
お金があるのは良いことなのかもしれません。
ですが、真由は決して良い事ばかりを経験したわけではありませんでした。
ええ……寧ろ、子供の頃は、こんな家に生まれてしまった事を真由は、何度恨んだことか分かりません。
と、いうのも。
真由は、一年先輩の親友の杏里ちゃんとは違って天才なんかじゃないですが。
子供の頃から勉強や運動、それに趣味など好きなものにはとことん熱中して、上達してやろうと努力を惜しみませんでした。
そんな性格からか、好きな教科だけやたらと成績が良かったり、運動会の競技で良い結果を出せたりもしたのですが。
そんな真由を、同級生たちは。
「お金持ちだから」
「どうせ金で家庭教師やコーチ雇ってんだ」
「家に練習場とかあるんだぜ、きっと」
なんて、妬みによる悪口で真由の頑張りを正当に評価してはくれませんでした。
それでも真由は、ちゃんと努力すればいつか悪い評価も改善されると信じて、両親やお金の力に頼らずに頑張ってきましたが。
結局、真由はクラスメイトや同級生のイジメの対象になってしまいました。
最初こそ、無視や陰口程度でしたが。
学年が上がるにつれ、徐々にイジメはエスカレートしていき。最上級生である六年になると、お金持ちだからと物を盗られたり、暴力を振るわれたりしました。
被害が大きくなって、ついに真由が隠しきれなくなり、両親が真由へのイジメに気付いてしまい。
その時に同級生らは初めて、あれ程に妬んでいたお金の力を思い知ることになったのでした。
血相を変えて学校に来た母は、校長先生や担任の先生へ、イジメに関わった同級生ら全員を訴えると宣言したのでした。
真由のような裕福な家の子供が通う学校ですから、当然イジメをした子供の親や校長先生は最初は非を認めませんでしたが。
敏腕弁護士の母の評判と、両親が前もって集めていた数々の証拠を提示されると、態度を一変させて頭を下げ、示談を申し出てきました。
そんな大人同士の交渉事をよそに。
今まで散々、真由をイジメてきた同級生らはようやく自分たちの立場が追い詰められていることを理解したようで。
「な、なあ……白鷺、悪かったよ」
「ね、ねえ白鷺さん? も、もう訴えるとかやめにしない?……わ、私たち、友達じゃない」
全員が情けない顔をしながら、ヘコヘコと頭を下げて。心にもない謝罪の言葉を口にしてきたのです。
……まあ、それはそうでしょう。
傷害や窃盗もありますので、慰謝料は子供が目にするような金額では当然ありませんし。
この時、真由は父の企業の宣伝CMに子役として出演していたこともあり、ちょっとした有名人になっていたからです。
そんな真由が「イジメを受けた」と公言し、裁判にでもなれば、この学校や同級生のことなんてすぐに世間にバレてしまうでしょう。
ですが。
真由は母から前もって、示談で事を納めるか、それとも裁判を起こすかの判断を任されていたのです。
ただ謝れば許してもらえる、とヘラヘラ笑う同級生たちの顔の何と醜いことでしょう。
「……許さない」
「え?」
真由は、謝罪しに来た同級生たちにハッキリと告げてやりました。
「ええ、真由は皆さんの言う通りのお金持ちですから。全員を訴えてやりますから……覚悟して下さいね」
その後、真由の宣言通りに母はイジメをした生徒全員を訴え、裁判は全面的に勝訴して学校側と生徒らの親は慰謝料を支払うこととなった。
のみならず、真由はわざわざ記者会見を開いてイジメを受けていたことを告白した。
結果、ネットで面白がった連中によって同級生らの名前や住所を一人残らず特定され、ほとんどが学校にいられなくなり転校していった。
中には、父の関連企業に勤めていた親が解雇や左遷をされ、転校を余儀なくされた家族もいたようだ。
「──ざまぁみろ、です」
情け容赦ない、と評価する人はいるでしょう。
ですが、家の裕福さに頼らず努力した真由の結果を不当に貶めた連中を。
連中のいう「金の力」を初めて使って、思い知らせてやったのだ。何の文句があろうものか。
まあ、ここまで派手にやらかして真由や両親も平穏な生活が出来るハズはありませんでした。
結局のところ、真由たちも小学校の卒業を待って、新たな土地へ引っ越しをして生活をやり直すことにしたのです。
ちょうどその頃、お爺様の体調が優れなかったために、様子を見られるようお爺様の屋敷へと住まわせて貰うことになったのですが。
何ぶん転校した中学校は、近所の小学校からエスカレート式に進学してきた子がほとんどで、転校生の真由が馴染みにくい環境でした。
クラスメイトの中には、真由がその時はもう出演していなかったCMの子役だと何となく気づいた子もいたみたいですが。それが向こう側からも声をかけづらい雰囲気を作り出してしまったみたいです。
イジメられてはないですが、何となく孤立感がする日々を過ごしていた真由ですが。
そんな時でした。
新入生歓迎会で、クラスに馴染んでいない様子の真由を見かねて声をかけてくれたのが。
一年先輩の杏里ちゃんと、灰宮先輩の二人だったのです。
さすがに授業中や給食の時には来ませんでしたが、放課後になると剣道部で活動していた杏里ちゃんは毎日ではなかったですが、部活のない時には必ず。
帰宅部だった灰宮せんぱいはほぼ毎日のように、下校の時に教室にやって来ては一緒に帰ってくれたのです。
小学校の時の同級生らがイジメをしていた時の勝ち誇ったような顔から、許しを乞う時の卑屈な顔から人間の醜い部分を見せつけられた真由は。
この二人も、真由の家がお金持ちだったり、真由がかつては有名人だから近寄ってきたのかと思い込んでいたので。
「あの、先輩がた?」
「ん、なんだ白鷺」
いつものように強引に下校時について来る二人に、真由は聞いてみたのです。
「なんで二人は、ここまで真由に優しくしてくれてるんですか? それって……」
家がお金持ちだからですか、と続けて言おうとした真由でしたが。
二人は即答してきたのです。
「それは白鷺が、私の小学生の頃と同じような周囲を信じられない目をしてたからだ」
「……うーん、何となくだけどさ。どこか放っておけない雰囲気が白鷺さんからしたからって答えじゃあ、ダメか?」
それはまるで意図していた答えじゃなかったことに、真由は驚いてしまいました。
「え? も、もしかして、先輩がた……真由の家が何をしてるかって知ってますか?」
二人は首を左右に振る。
「じゃ、じゃあ……真由のことをどこかで見た、とかじゃあ……」
二人は再び、首を左右に振る。
そうなのだ、二人の先輩はただ単に真由が心配だったから世話を焼いてくれていただけだったのだ。
この年齢になってようやく真由は、初めて同じくらいの年の人間の優しさに触れた気がして。
「あ、あははっ、なんか……真由、馬鹿みたいですね」
思わず、目からポタポタと涙が溢れたのを覚えています。
杏里ちゃんがハンカチで目を拭いて、灰宮せんぱいが泣き止むまで頭を撫でてくれていたのも。
その日から、真由はすっかり杏里ちゃんと灰宮せんぱいに心を開くようになり。
年齢こそ違えど、いつまでも三人で一緒にいられたらよいな、と思うようになりました。
もちろん、思うだけではなく。三人の関係を維持するために、真由は自分が持っているお金の力を惜しみなく使うと決意しました。
杏里ちゃんの母親がどうしようもない人間だと聞いたので、こっそりと一人暮らしが出来るように部屋を手配したり。
灰宮せんぱいの両親が死んだ際に、保険金や事故の賠償金で、住んでいる一軒家とせんぱいの生活を維持できるように弁護士の母に頼み込んだ。
そして、今回の大量停学騒動だ。
杏里ちゃんは女子剣道部のエースで生徒会長、しかも黒髪の美人さんだ。
真由だって杏里ちゃんほどじゃないにしろ、周囲の男子が騒ぐくらいは可愛い容姿をしている自覚と。しかも真由には、杏里ちゃんにはない大きな胸という武器がある。
お陰で勝手に学園内での人気がぐいぐいと上がっていったのだけど。
せんぱいに弁当を食べてもらえなかった腹いせに、周りの野次馬を停学に処する暴挙で。
真由と杏里ちゃんの評判は下がり、相対的に灰宮せんぱいの評価が見直されたのです。
「うふふ、作戦が上手くいってよかったです♡」
そう真由は鏡を見ながら、自分の武器の一つである小悪魔的な微笑みを浮かべるのでした。




