11話 黒の女王
今回はいつもの灰宮景の視点ではなく。
ヒロインの一人、黒咲杏里視点でお送りします。
私の名前は、黒咲杏里。
幼馴染の灰宮景と同じ、聖イグレット学園に通ううら若き高校二年の乙女だ。
隠すつもりは全くないので自分から白状していくが、私は景君が大好きだったりする。
友達だとか、幼馴染という意味ではなく、一人の男性として愛しているという意味だ。
何故、こんなにまで景君のことを好きになってしまったのかを語ろうとすると。
あまり触れたくはないが、私の過去の話、両親の話をしておかなくてはならない。
◇
同い年の子供たちと自分がどこか違う、と感じ始めたのは五歳頃だと思う。
絵本の内容やテレビ番組などをハッキリと記憶していたり、友達との鬼ごっこやかけっこなど……あらゆる分野で周囲から抜きん出てしまっていたのだ。
両親の話では、ハイハイで歩き初めたり言葉を喋りだした時期も随分と早熟だったようだが。
私は、俗に言う「天才」というやつだった。
ごく普通な女の子として生まれたかったが、どうやらこの世界にいる神様とやらは随分と意地悪をしてくれたようだ。
まったく……世の中には才能ある人間として生まれたい、と願って止まない人間のほうが大多数だというのに、である。
幼稚園、小学校と。周囲の同世代の人間が集まり、教諭や教師という立場の大人によって常に能力を比較され続ける場所においては。
天才、という能力はただの足枷でしかなかった。
何しろ、ただ他の子供より要領良く学習できる、他の子供よりちょっとばかり運動できる、ただそれだけなのに。
他の子供と一緒に遊ぶ時間を大人の都合で奪われ、当たり前のように両親を含む大人の監視の目に晒されていたのだ。
教師らは連日のように山積みの課題を出すし。
剣道の道場を持っていた父親は、門下生にもさせないようなスパルタな鍛錬を、幼かった私に毎日強要した。
母親は常に世間体ばかりを気にし。
ついには、妙な白衣の人間まで家に出入りして私にあれやこれと食事や睡眠にまで口を出す始末。
毎日か息が詰まる思いだった私は、いつからか自分の能力を低く偽り、周囲の子供たちの様子を見ながら。
わかる事をわからないフリをするようにした。
最初は周囲の大人たちが慌てふためくのが、あまりにも愚かで滑稽だった。
我が家に来ていた白衣の人間はじきに姿を見なくなり、学校では私の担任が二度ほど変わったりしたが。
両親は、私が普通になった責任を押し付けあうようになり、毎日のように夫婦喧嘩をくり広げ、ついに私が小学三年生の時に離婚した。
父親は道場の跡取りにと親権を主張したが、密かにスパルタが過ぎる鍛錬の様子をマスコミに匿名でリークし、父親は児童虐待による暴行・傷害で逮捕された。
私を引き取ったはずの母親は、家庭を壊した張本人である私を逆恨みし、その後は母親の役目を何一つ果たしてくれなかったが。
幸いにも、父親の虐待による責任が認められ、道場を売却した金額が多額の慰謝料として母親に転がり込んだため。
父親の起こした事件により世間から注目されていた母親は、一応、最低限の世話だけは見てくれていた。
……とまあ、こんな感じだ。
やたらと他人事のように私が話しているのは、比喩などではなく、本当に他人だと思っているからだ。
まあ、私を産み落としてくれたのと、この街を選んでくれたのだけは感謝している。
でなければ私は、運命の相手と出逢うことが叶わなかっただろうから。
もちろん、運命の相手とは景君のことだ。
今までの大人への対応も苦痛ではあったが。
天才という特別待遇から外れ、ようやく私が望んでいた普通の子供としての生活が待っているはず……だったのだが。
それはそれで、退屈で苦痛だった。
何しろ、勉強にせよ運動にせよ本気を出そうモノなら、再び注目を浴びて元の監視生活に逆戻りになってしまう。
だから目の前の課題に全力で取り組む、なんて必要はなく課題をこなすことが出来たのだが。おかげで私は、同じ年代の子供たちが持つ達成感やがむしゃらさを一切理解出来ないまま、毎日を過ごすしかなかったのだ。
その差分は、やがて友達同士の人間関係にも大きく響き、私は徐々に周囲から孤立していくことになる。
そんな、小学四年生に学年が上がった時だった。
私の前に現れた、一人のクラスメイトの男の子がたまたま体育の授業で行っていたスポーツチャンバラ……柔らかいビニール製の材質の竹刀に似せた器具で互いの身体を打ち合う競技で。
私は、父親に叩き込まれた技術をつい出してしまい、その男の子をわずか開始数秒で負かしてしまったのだが。
「す、すげー! すげーよ今の何だよっ!」
すると、負かしたはずの男の子が目をキラキラと輝かせて私を見ていたのだ。
その表情には、今まで見てきた汚い大人どもの打算的な作り笑顔ではなく、かといって他の子供のように私を遠ざけるような態度でもなかった。
振り返ってみれば、あの頃は色々な事が重なりすぎてすっかり人間不信になっていたのだろう。その心の隙を、その男の子の笑顔に見事に掴まれてしまった、というわけだ。
そして、四年生になるとレクリエーションの一環として部活動があったのだが。
「なあ! そんな強えーんだから、部活やってみろよ、お前っ」
「い、いや……うちの学校にスポーツチャンバラの部活なんてなかったハズじゃ……」
「ないなら、作りゃいいじゃん!」
男の子の一声で二人で始めたスポーツチャンバラ部の活動は、幼少期に父親から負った心の傷を癒し、本気を出してはいけないという枷を外してよい場所になったのだ。
卒業まで三年の間、ほとんど人が集まらなかったのを男の子は残念がっていたが。むしろ、私は男の子の時間を独り占め出来たことが何より嬉しかった。
もうお気付きだろうが。
その「男の子」こそ景君である。
その時の景君の励ましがあったからこそ、私は中学、高校と剣道だけは本気で取り組んできた。
持って生まれた飲み込みの早さと、父親から受けた厳しい鍛錬の成果が身体に染み付いていたのか、全国大会までは順調に進むことが出来たが。
こと、一つのジャンルに特化した天才というものは全国という舞台まで広げれば、それなりにいるという事を知り。
全力を出してなお、全国優勝には届かなかった。
そう、学園内では私のことを「剣術小町」だとか「学園の女王」だとか妙な二つ名で呼ばれ、二年生でほぼ満場一致で生徒会長に選んで貰える人気となってはいるが。
それも。全部、景君のおかげなのだ。
なのに、私が景君を好いている、ただそれだけで学園中に景君と私の仲を妬み、悪い噂を流して景君の楽しい学園生活を害する連中が日に日に増えてきたのだ。
許せない。許せない。許せない。許せない。
許せない。許せない。許せない。許せない。
許せない。許せない。許せない。許せない。
本当であれば、景君の気分を害した連中の一人一人の名前を記憶しておいて。
素振りに使っている鉄の棒入りの竹刀で闇討ちし、二度と学校に来れないようにしてやりたかったのだが。
その事を、同じ景君に好意を寄せている後輩の白鷺真由に相談した。
「なら──真由にいい案がありますけど、杏里ちゃん……協力してくれますかぁ?」
どうやら真由の案には、生徒会長という私の立場が必要不可欠なようだ。
「本当に、それで景君の立場が改善するんだろうな、真由?」
「うふふっ、大丈夫ですよ杏里ちゃん♡ ついでに真由と杏里ちゃんの評判をグッと下げられる、まさに一石二鳥ですっ」
本来ならば、真由とは景君を取り合う恋敵という関係だ。いの一番に闇討ちするべきは真由なのだが。
そうも言ってられなくなる事態が起きた。
景君の両親が死に、塞ぎ込んでしまったからだ。
真由とは一旦停戦し、まずは二人で景君の笑顔と生活環境を取り戻そう、と決めたのだ。
役に立たない母親の顔を見るより、景君とずっと一緒にいたかった小学生の頃の私は、二階にある景君の部屋にいつでも忍び込めるよう秘密のルートを作っておいた。
窓も、とある秘密の動かし方をすれば外せるように細工もしておいた。
両親の死で景君が引きこもった際に、何故私が景君の家の中を掃除したり出来たのかといえば、決して合鍵を持っていたからではなく。
実は小学生の頃の布石が生きていたからだ。
まあ……こうして、真由と二人で練っていた作戦をいつ実行に移そうか、その絶好のチャンスを私はうかがっていた。
私の評判なんて地に落ちてもいい。
景君さえ。
何もない虚無の世界にいた、あの頃の私を救い出した景君さえ、笑っていてくれたら。
私は幸福なのだから。




