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10話 昨日までとまるで違う今日

「……ん、んん……っ」


 部屋の窓から差し込んできた朝の日差しで、オレは目を醒ます。

 帰宅し、ベットに倒れこんだ後の記憶がぽっかりと抜け落ちており、どうしたものかと自分の格好を見ると。

 制服のワイシャツのボタンを外すこともなく、ズボンのベルトすらそのままだった。


「あ、オレ……あのまま寝ちまったのか……」


 記憶がないのは当然だった。

 制服を着替えるのは、オレが部屋に帰ってきたらすぐに行うルーティーンみたいなものだ。そんな着替えを一切していないのだから、倒れ込んだまま朝まで寝てしまったのだろう。


「まあ、二人にゃキツいこと言っちまったもんな……」

 

 明確な理由は、昨日の下校時に黒咲(くろさき)真由(まゆ)の二人にハッキリと「迷惑だ」と告げて絶交を宣言したからだろう、多分。

 二人が目に涙を浮かべた顔を思い出すと、今でもオレは胸が痛くなる。


 だが、次の日の朝まで眠りこけるほど心を削ったその成果は、すぐに現れた。

 オレはベットから起きて、着ていた制服を新しいものに着替え、洗面所に歯を磨きに向かう──のだが。


「お、おお……足が、軽いぜ」 


 驚いたことに。


 ここ最近は、朝を迎えるたびにあの二人がやたらベタベタと接してくるのが恐怖で、なかなか夜寝られない日々が続いて睡眠不足気味だったこともあり。

 朝はどうしても頭も足も重かったのだが。


 久しぶりによく寝たからなのか。

 足取りも、頭も、軽い。


 そう、オレは昨日二人に約束させたのだ。今後一切、登校時のオレに強引に絡んでくるな、と。 

 だからもし、また今朝も家にやってきたり、通学路で待ち伏せするような真似をしたら、今度こそ完全に縁を切るつもりだが。


 結局、その日の朝は。

 玄関にはもちろん、登校途中にも二人は姿を見せることはなかった。

 一人でゆっくりと登校するのは、本当に久々の経験となる。

 まあ……周囲の生徒たちから好奇の目に晒されるのはいつもの事なので、慣れてはいたんだが。

  

 (ん? 何かいつもと雰囲気が違うぞ?)


 いつもは学園内で人気の高い黒咲(くろさき)真由(まゆ)を、両脇に(はべ)らせてる──こちらは全然嬉しくもないが。

 ──その嫉妬からか、あらぬ悪い噂をささやかれる事がほとんどだったが。

 何だろう、どう言っていいのかはわからないが、周囲の目から悪意が消えている気がした。


「え、えと……二年の、灰宮(はいみや)、だよな?」


 すると、とある一人の男子生徒がオレの前に立ち塞がる。

 首から下げたネクタイの色から上級生である三年生のようだが、あいにくとオレはその顔に見覚えがない。

 

「あ、はい、二年の灰宮(はいみや)で間違いないですが。あの……先輩、オレに何か用事ですか?」

「あ、あの、そ、そのっ……あ、ありがとな、灰宮(はいみや)っ!」


 見知らぬ上級生に呼び止められ、戸惑っていたオレの目の前で、突然その先輩が感謝の言葉と一緒に深々と頭を下げてきたのだ。


 感謝されるとなると、ますますオレには身に覚えがない。

 自慢ではないが、両親が亡くなってからオレは自分が立ち直るだけで精一杯で、他人が感謝するようなことは一切してなかったのだから。


 (オレ……知らずに何かしちゃいました?)


 考えてみたものの、本当に何一つ思い当たる(ふし)のないオレの戸惑いが頂点に達する前に。頭を上げた先輩が事情を説明してくれる。


「あの時、廊下に居合わせて停学になったのを、理事長に直訴(じきそ)してくれたの、灰宮(はいみや)なんだろ?」

「あ、え、ええ……まあ……はい」


 先輩の勢いに押されて、つい首をコクンと(うなず)いてしまったが。

 理事長の権限を持ってるのが真由(まゆ)なのだし、その真由(まゆ)に停学処分を出来るだけ早く撤回するように言ったのは、確かにオレだ。


 (まあ、間違いじゃないよ……な?)


「あの時、俺もあの場に居合わせて……本人の前で恥ずかしい話だが、学園の女王と姫から弁当を作って貰ってた灰宮(はいみや)の悪い噂で盛り上がってたんだ」

「いや、あの、勘違いですが、オレはあの二人とは……」


 どうやらこの先輩も、あの騒ぎに巻き込まれて停学処分を受けたらしい。

 ちなみに先輩の言う「学園の女王」とは黒咲(くろさき)の。「姫」とは真由(まゆ)の密かな呼び名だったりする。

 常に成績は上位をキープし、女子剣道部では全国区は常連の実力者、しかも二年生にして生徒会長という黒咲(くろさき)は、女王と呼ばれるにはふさわしいとオレも納得する。

 一方で真由(まゆ)は、学校の中ではあまり目立つ活動はしていないものの。両親の仕事の手伝いでテレビCMに出演したのがキッカケで、今では学園にファンクラブが出来る有様だ。

 

 (まあ……黒咲(くろさき)の耳に入ったら、顔を真っ赤にして怒り出しそうだよな。真由(まゆ)はむしろ、喜ぶかもしれんが)


 上級生がするオレの悪い噂、というのが気にはなったオレだったが。

 この二ヶ月ほど、人のマイナスな感情に晒され続けてきたオレは、面と向かって感謝されるという出来事(イベント)に不慣れだったため。

 

「あ、あ、あのっ! 停学が解けてよかったです! こ、これで失礼しますぅぅぅっ!」


 感謝する先輩の横をすり抜けて、オレは学校へと駆け出していった。

 多分、今のオレの顔は照れくささで耳まで真っ赤になっていることだろう。


 とまあ、こんな一波乱があったが。


 今朝はとうとう黒咲(くろさき)真由(まゆ)の二人に出会うことはなかった。

 オレは校門をくぐり、いつものように誰にも挨拶をすることなく教室に入っていき、自分の机にカバンを置くと。


「お、来てる来てる」


 感謝をしてきた上級生が停学が解かれたように、昨日の六限目から姿が見えなかった高橋と矢野も登校しており、田嶋(タージマハル)とおしゃべりに興じていた。

 巻き込んだ連中は災難だったが、せいぜい影響があったのは昨日の午後の授業だけなので。出来ればさっきの先輩のように恨みっこ無しであって欲しいのだが。


 どうやらそうもいかないみたいで。


 昨日、ムキになってオレに突っかかってきた田嶋(タージマハル)を引き連れて、三人がオレの机に近づいてきたからだ。


 (やれやれ、朝から騒がしくなりそうだぞ)


 と、口喧嘩が達者な女子三人を相手にしないといけない憂鬱(ゆううつ)さに。せっかく上級生に感謝され上向きになった機嫌を害されるのか、とため息を吐いたのだが。


「あ、あのさ、灰宮(はいみや)、昨日はごめん……」

「それと、えっと……あ、ありがと」


 予想と反して、田嶋(タージマハル)は昨日オレに絡んできたことを素直に謝罪してくれ。

 高橋も矢野も、自分たちを間接的にではあるが停学に追い込んだオレに恨み言ではなく、登校の時の上級生と同じく感謝の言葉だった。


「い、いや、昨日はさ、オレも怒鳴り散らしたみたいで……えっと、悪かったな田嶋」


 向こうから謝罪されたのなら、感情的になったのはオレも同じだ。オレは田嶋(タージマハル)、いや田嶋にキチンと頭を下げて謝罪する。

 ……さすがに謝罪で「タージマハル」なんてあだ名で呼ぶわけにはいかない。


「へえ……意外に根暗ってワケじゃないじゃん、灰宮(はいみや)

「しかもさ、よく見るとあんた、意外に男前じゃね?」


 すると高橋と矢野は、調子に乗ったのかオレの両脇に妙に馴れ馴れしく近寄ってくる。

 うちの校則は守っており、授業などの態度は悪くないとは言え、彼女ら二人はクラスの女子の中でもかなり軽めな性格をしているためかもしれないが。

 

 あまり積極的に女子との会話をしてこなかったオレは。正直、少し戸惑ってしまっていた。


田嶋(タジ)から聞いたけどさぁ、アタシらの停学処分をどうにか生徒会長に頼み込んだの、灰宮(はいみや)なんだって?」

「いや、さ……愛しの灰宮(はいみや)に弁当食べて貰えなかった腹いせにアタシら停学処分にするとか、生徒会長も心狭くね?」


 高橋と矢野の顔の距離がやたらと近いのが気にはなったが。

 今回の大量停学処分に関しては、オレも二人に同意見だ。

 

「ま、灰宮(はいみや)。今度のお礼はさ、カラオケか何か(おご)り、ってコトで埋め合わせでいい?」

「い、いや、礼なんて」

「ああ、そうか。アタシらと浮気がバレたら今度こそアタシら停学じゃ済まないかもね」

「きゃっはっはっは!」


 と、先日までの真由(まゆ)に似た絡み方をしていった二人は、朝のホームルームが始まる直前にオレに手を振って自分の席に戻っていった。


「ふぅ……ま、参ったな、何だったんだいきなり……」


 少し気まずくなってオレは一息入れるために教室を見渡していくと、オレを注視するのは相変わらずだが。

 さっきの高橋と矢野の様子を見たからなのか、悪意を持った目線ではなくなって、単純な好奇心と今までクラスメイトという以外の何の接点もないオレへの戸惑いが感じられた。


 それでも、昨日までよりも格段に良いクラスの雰囲気に、オレは一限目の準備をするのだった。


「あ、ヤベえ? 昨日出されてた宿題、やってきてねえっ……」


 そう。家に帰宅した途端にそのまま朝までぐっすりと爆睡してしまったオレは。

 当然ながら、昨日出された宿題をやっているわけもなく。


 (も、もしかして、これまでみたいに黒咲(くろさき)がっ……)


 一分の希望(のぞみ)をかけてオレはノートを開くが、昨日黒咲(くろさき)にあれだけ言い含めておいたのだ。

 もちろん開いたノートは、昨日とった分までで終わっていた。

 

「……だよ、なあ」


 ガックリと肩を落としながらオレは、一限目という負け戦に挑むのだった。

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