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9話 雨降って地固まる

 ここは路上で、まだ夕方より前だったが周囲には人がいないというワケでもない。

 通りかかる人の誰もが、驚きと軽蔑の表情でオレに注目していた。


 そりゃそうだ。


 (はた)から見れば、二人のか弱き同級生と後輩に泣きながら腕を掴まれ、あるいは腰にしがみついて引き留められるのだ。

 誰がどう見ても、悪者はオレのほうだろう。


(けい)君っ……話を、今一度だけ私の話を聞いてくれっ!」

「せ、せんぱぁいっ……もう口を聞かないなんて、何でそんなヒドいこと言うんですかあっ……」


 そう黒咲(くろさき)真由(まゆ)は、絶交を宣言したオレを引き留め、考え直してもらおうと涙ながらに訴えてくるのだ。

 幼馴染(おさななじみ)黒咲(くろさき)に、中学の頃からもう四年の関係となる真由(まゆ)。その二人が周囲の目を気にせず泣く顔など、オレはこれまで見たことがなかった。

 

 (う……ううっ……やめろよ、は、反則だろ、そんな悲しそうな顔しやがって……っ!)


 オレの足が止まり、背後にすがる二人へと振り返って「ごめん、言いすぎた」と一言、口にしたくなってしまう衝動に駆られる……が。

 

 もう、決めたんだ。

 未来あるあの二人を、これ以上オレが縛っていいわけじゃないし。オレはもう充分に二人に世話になった。

 

 (あ……甘えるなっ、振り切れっ、灰宮(はいみや)(けい)っ!)


 そうオレは心の中でつぶやくと、掴まれていた腕を振って手を振り払い、腰へとしがみついた腕を無理やり振りほどき。


「いい加減に……しろっ!」

「「あっ?」」


 多少は強引に振りほどいたせいか二人ともバランスを崩すも、運動神経のある黒咲(くろさき)は何とか体勢を保ったみたいだが。

 少しニブいところのある真由(まゆ)はそのまま地面に膝をついてしまうのをチラッと見て。


 思わず倒れた真由(まゆ)に手を出してしまいそうになるが。


 (いやいやいや! 違うだろオレっ!)


 だからこそオレは早く二人が見えなくなるように、周囲からの集まる視線から逃げるように。早足になってこの場を立ち去ろうとする。


 だが、そんなオレの横を全速ダッシュですり抜けていき、オレの真っ正面に立ち塞がったのは、黒咲(くろさき)だった。


「はぁ、ま、待って、待ってくれ(けい)君……っ」


 そのまま両手を広げた彼女は、話を聞いてくれるまでは絶対にオレを通さない、という雰囲気を漂わせる、真剣な眼差しをしていた。

 

「本当に……もう、(けい)君は私のことを嫌いに、二度と口も聞きたくないほど嫌いになってしまったのかい?」

「そ……それは……」


 オレが黒咲(くろさき)の事を嫌いなのか、と問われれば、その答えは決まっている。


 両親の死からドン底になったオレを、自分の体調も(かえり)みずに毎日のようにオレの家に通い続けてくれたお前の事を。


 (嫌いになんてなれるハズないだろうがっ!)

 

 それでも本心はどうあれ、嘘を吐いてでも黒咲(くろさき)をどかすしかない。

 

「あ、ああ……嫌いだよっ! 勝手に家に上がって弁当までカバンに仕込んでおくような奴は特になっ!」

「……そ、そんなに嫌だったのか、アレは?」


 オレは今朝、登校前に黒咲(くろさき)にされた出来事を挙げて、立ち塞がる彼女を口汚く(ののし)っていく。

 まあ、忘れていた宿題をしてくれていたことには感謝しかなかったので。


「いや、宿題は助かったぞ」

「そ、そうかっ? よかった……確か(けい)君のクラスでは数学の課題が出る頃だと思ってたから、ノートを確認しておいたんだが」


 ……しまった。

 つい宿題を済ませてくれたことで、黒咲(くろさき)と普通に会話してしまってたことに気づいたオレはハッと口を手で塞ぐと。

 今まで合わせていた目線を逸らし、黒咲(くろさき)の横をスッと通過しようとした──その時だった。

 

「せ、せんぱぁいっ! 杏里(あんり)ちゃんだけズルいですよおっ! ま、真由(まゆ)とも、真由(まゆ)ともお話ししてくださいよおっ!」

「……ふぐおっっ⁉︎」


 黒咲(くろさき)に気を取られすぎてたからか。

 さっき、地面に転んで泣いていた真由(まゆ)がいつの間にか立ち直り、オレの背後から猛烈なタックルをブチかましてきたのだ。


「ぶべっ!」


 背後から不意の攻撃を食らい、今度はオレが地べたに倒れこんでしまう。


「あ、あわわわっ、ご、ごめんなさいっごめんなさい灰宮(はいみや)せんぱいっっ!」

「……い、いいからどいてくれ真由(まゆ)、身体が重くて、お、起き上がれねえんだっ」

「……え?」


 オレの身体に乗っかったまま、真由(まゆ)がひたすら謝ってくるのだが。

 その……何と言うか、背は全然伸びなかった癖に、やたら成長した身体のとある一部分の感触が背中越しに伝わってきてしまい。

 残念ながら健康な男子高校生のオレは、真由(まゆ)を無理やりどかす選択が出来なかった。


「は、はわわっ? ごめんなさいせんぱいっ!」


 オレの訴えを聞いて、慌てて飛びのいた真由(まゆ)

 こうして官能的すぎる重しがなくなったことで、ようやっとオレも身体を起こすことが出来た。

 二人で舗装された路面に座り込みながら、制服に着いた砂埃(すなぼこり)を払うオレに。


「あの……せんぱい。もしかして、真由(まゆ)はせんぱいに迷惑ばかりかけちゃってました?」

「お、おい真由(まゆ)っ……」


 いつもなら「てへっ♡」と小悪魔的な笑顔を浮かべて誤魔化(ごまか)そうとしてくる真由(まゆ)だったが。

 今回ばかりは、顔を伏せたままオレと目線を合わせようともせず、ポタリ、ポタリと涙を流しながら話し始めてきた。

 

「これでも真由(まゆ)は……せんぱいに喜んでもらいたい一心で、色々と頑張ってみたんですが。全部、せんぱいの邪魔になっちゃってましたね、えへへ、ごめんなさいっ……」

「じゃ、邪魔だなんて……」


 そうだ、邪魔だなんて思うものか。

 確かに幼馴染(おさななじみ)として付き合いも長く、文武両道な黒咲(くろさき)と比較すれば真由(まゆ)は結果が伴っていないことも多々あったかもしれない。

 だが、オレは知っている。両親の親戚がこぞってオレを引き取るのを拒絶したため、本来ならば両親と暮らした一軒家を売却し、この地を引越さなくてはいけなかったのを。真由(まゆ)が自分の両親や親戚の伝手(ツテ)を頼り、オレと一軒家を守ってくれたという事実を。


 いくら心を鬼にしたところで、嫌いじゃない人間を「嫌い」と嘘を吐いたり。迷惑でない行為を「迷惑だ」とはね除けるような真似は。


 (……オレにゃ出来なそうだな、はは)


「はあ……真由(まゆ)だけじゃない。黒咲(くろさき)もかなりやり過ぎとは思うけどよ」


 もう二人とは距離を空けようと覚悟を決めて、逆ギレした挙げ句に散々格好悪い発言までしたというのに。

 結局のところ、オレも二人と離れたくなかったという気持ちに気づかされてしまったのだ。


「け、(けい)君っ……」

「え、じゃ、じゃあ……せんぱいっ?」


 どうやら二人も、ついさっきまで頑なに話を聞こうとしなかったオレの心境の変化に気がついたみたいだ。

 期待を込めた目線をこちらへと向けて、オレが次に口にする言葉を今か今かと待っているが。


 オレがまだ二人を必要としている気持ちをすぐに悟られても、本当に格好悪いだけだ。

 悔しいので、多分に真っ赤にしているだろう顔を二人からプイと背けて、ものすごい小声でボソリと口にする。

 

「その……嫌いじゃねえし、迷惑じゃねえよ」


 二人には聞こえないつもりで、つい口から漏れた言葉だったのだが。

 よほど耳が良いのか、オレのつぶやきを聞いた二人は今まで世界が終わったかのように青い顔を、途端に学校を出た時のような笑顔に変わっていき。


「ありがとう(けい)君っ! やっぱり私は君が大好きだっ!」

「ど、どさくさに紛れて何を言ってるんですか杏里(あんり)ちゃんてばっ! あ、あのっ……真由(まゆ)も、真由(まゆ)灰宮(はいみや)せんぱいのことがっ──」

「……ちょ、調子に乗んなよ二人とも」


 背中越しに首に腕を回してくる黒咲(くろさき)に。

 座り込んだ体勢からオレに両手を広げて飛び込んでこようとする真由(まゆ)

 オレは近寄ってきた二人の鼻を指で弾くと。


「いいか。まずは停学処分にした全員を戻せよ」

「わ、わかった……済まない」

「は、はい。帰ってからすぐ手配すれば、明日には何とか出来ると思いますっ」


 どうやら二人にとって「絶交する」というオレの本気が伝わったようで。

 明らかにやりすぎな停学処分の撤回を、二人は珍しく素直に聞き入れてくれた。

 

 (あれ? もしかして今ってチャンスだったり?)


 ならば良い機会だ、オレは二人のやりすぎだと思っていた行動を一つ一つ挙げて、改善するように言い含めていく。


 一つ、勝手にオレの部屋に入らないこと。


 一つ、弁当を用意するなら二人で喧嘩しないこと。

 

 一つ、あまりオレを束縛しないこと。


 ──など。


 いつもなら笑って誤魔化(ごまか)したり、オレの話をはぐらかしてくるところだけど。

 今日ばかりは、黒咲(くろさき)真由(まゆ)も停学処分の撤回のように、オレの意見を素直に聞き入れてくれた。

 

 そして落ち着きを取り戻した二人をオレは連れて帰り、それぞれの自宅近くで別れ。

 帰宅した途端にドッと精神的な疲労がオレの身体を襲い、なんとか部屋に戻ったまではよかったが、そのままベットに転がった途端に意識を失ってしまった。


 だが──それは、何かを勝ち得た結果でもある。

 どうやら明日からは、もう少し平穏な日を迎えられそうな気がした。

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