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不吉令嬢が不死身公爵に雇われた結果



 親譲りの黒髪で子供の頃から不吉だと囁かれてきた。紫と緑を併せ持つ瞳は、人を呪うと噂されていた。


『特別な瞳よ。イヴ、貴女は特別な子』

『イヴの髪は、まるで烏の濡れ羽のようだね。光に当たると、何色にでも見える』


 誰かに蔑まれる度にそう言ってくれたお母様は私が幼い頃病で死に、歌うようにそう伝えながら髪を梳いてくれたお父様も、その数年後に逝ってしまった。私はお父様の遺言通り、本家に引き取られることとなった。

 ……おかしな白昼夢を見るようになったのは、確か、この頃から。


『大丈夫ですか?』


 最初の犠牲になったのは、屋敷で一番最高齢の給仕のおばあさんだった。

 目があった時、おばあさんが倒れている姿が浮かんで、心配になって話しかけた時だった。

 おばあさんは突然、苦しそうに胸を押さえて倒れてしまった。

 すぐに人を呼んだけれど、もう遅くて、医師は寿命だったのだろうと言った。でも、そんなわけないと皆気づいていた。沈黙を破って、誰かがポツリと「イヴお嬢様が呪ったんじゃ……」と呟いた。一斉に、私に視線を向けた。


『早く追い出しましょう』

『私もそうしたいが、無碍にして呪われるかもしれない。それに遺言状がある限り、なんの理由もなく追い出すことはできない』

『けれど……!』


 伯父様と伯母様が悩んでいるところを見てしまった。出て行くしかないと思った。なのに、どうして。出て行こうとするたびに、誰かの不幸を見てしまう。ティーカップの持ち手が取れて割れることから、誰かが怪我をすることまで。見ても、なぜか誰にも話せないのに。いつどこで起きるかわからないから、私には、ずっと注意深く見ていることしかできないのに。守れることもあった。でも、守れないこともあった。私のせいなのに、私は無力だった。


『あれが不吉令嬢か』

『ヒッ。お願いだからこっちを見ませんように』


 学園でも、同じ。なるべく俯いて、誰も見ないように過ごして。とにかく勉強をした。いつでも出ていけるように。平民になって一人で暮らしていけるように。そのおかげか常に成績は上位で、今度は悪魔と契約しているのではないかと言われるようになった。

 それでも大きな事件は起こさずに学園を卒業することができて、明日には出ていく予定だったのに。



「勤め先は用意した。今すぐ荷物をまとめなさい」

「……はい」


 どうして、こうなってしまうのだろう。話を聞けば、公爵様の元でメイドとして働くことになったらしい。下位の家の嫁ぎ先のない娘が高位の貴族に雇われるのはよくあることだ。けれど、私の噂を知らないわけがない。ましてや不死身公爵様なら。


         *


「……新しいメイドを雇ったなんて話は聞いていない」


 翌日、門の前で衛兵さんにそう言われて、やっぱりと思った。不吉な私を雇うわけがない。きっと、政治的な策略だ。伯父様がそんなことをするとは思えない。私を差し向けることで、公爵様に危害を加えたかった誰かに騙されたのだろう。


「さては貴様、刺客か」

「いえ……」

「捕えろ!」


 そうして私は取り押さえられた。痛い。

 けれど、当然の対応だ。不審者極まりないし、実際不審者と何も変わらないのだから。ああ、そうだ、目を見てしまわないように、気をつけないと。


「……いやまずは、旦那様に報告だ」

「……はっ!」


 衛兵さんはなぜか、少し力を緩めてくれた。優しい人だ。

 立てと言われたので、素直に立つ。頬に小さい砂利がついているけれど、拘束されたままで払うこともできない。でも、こんな状況なのに、ふと顔をあげた時、青空が綺麗だと思った。


「お前を旦那様の元に連れて行く」

「……なぜ?」

「旦那様が、そうしろと言ったからだ。行くぞ」


 しばらくして、もう一人の衛兵さんが帰ってきてそう伝える。

 ……やめてほしい。公爵様は、危機感がないのだろうか。もう、誰の傷つくところも見たくないのに。

 お屋敷は随分と広くて、でも華やかさは一切なかった。公爵家にしては人も少ない。けれど、皆さん楽しそうで、いい職場そうだった。もし、本当にここで働けることになったら……と思ったけれど、すぐにそんな望んではいけないことを考えた自分を恥じた。結局、私も自分勝手なんだと反省した。


「旦那様、連れて参りました」

「入れ」


 執務室……だろうか。随分と頑丈な作りだ。公爵様の声は低いのに優しい響きだった。


「顔を上げろ」

「っ……」

「大丈夫だ。悪いようにはしない」


 わかっていない。私と目を合わせたらどうなるか。でも、逆らうこともできない。


「……驚いた。まさかとは思っていたが、かの有名な令嬢とは」


 綺麗。アネモネみたいな赤い瞳……。


「っ……」


 この人が、ティーカップを持って、飲んで、倒れて……。

 嫌、だ。見て、しまった。


「痩せているな。それに頬に傷ができている。おい、まさか手荒な真似をしたんじゃないだろうな」

「そ、その、刺客かと思いまして」

「だからと言ってこんな腕の細い娘にやることじゃないだろう」


 手の拘束が外れた。背中に冷たい汗が流れた。手の震えが止まらない。

 そんな、呑気に話していないで。ティーカップ、ティーカップはどこ?


「まあ、いい。とりあえず、お茶でもどうだ。上等で……」

「飲まないで!」


 思わずティーカップを手を払いのけた。カップが床に落ちて割れる。

 間に、合った。大丈夫だった。守れた。

 腰が抜けてへたり込みそうになったところを、公爵様に捕まれる。こ、殺され……。


「凄いな。何が起こるのか分かるのか」

「……え?」

「また毒が入っていたなんてな。今度はノルベルト家か……? 助かった、ありがとう」


 公爵様はニカっと気持ちのいい笑みを浮かべた。紺色の髪が、日に透けて光る。

 な、何を言っているの。この人は。


「し、死にかけたんですよ?」

「ん? ああ、だから助かった」

「わ、私のせいなのに?」


 そう言うと公爵様は首を傾げた。


「この紅茶は数日前にノルベルト家から貰ったものだ。使用人のことは信用しているし、淹れる時に毒が入ったわけがない。……つまり、来たばかりの君がなんの関与もできないのは明らかだろう」


 それとも、何かしたのか? とさも当たり前かのように言う公爵様。

 そんな、そんなの……。


「っ貴方に、何が分かるというんですか!」


 久しぶりに大きな声を出してしまって、驚いた。咄嗟に口を手で覆って俯く。私、なんてことを。


「……ああ、俺は、君のことをよく知らない」


 公爵様が一歩近づいてくる。怖くて、一歩下がる。


「だが、君が犯人ではないこと。君のせいではないことはわかる」


 もう一歩。また一歩と。

 静かに子供に言い聞かせるような声色が恐ろしかった。


「だから、君のせいではないし、するつもりもない。それに、君も俺のことを知らない」


 もう後ろに下がれなくて、顔を上げた。公爵様は、優しい顔だった。


「お互いに知っていけばいいだろう。雇われるという話で来たと言っていたな。その通り、君を雇うことにする」


 こうして私は、不死身公爵様のメイドになった。



         *


「なあ、未来が見えるのか?」

「旦那様……なぜこちらにいらっしゃるのですか?」

「お互い知っていこうと言ったじゃないか。休憩がてら話に来た」


 数日後、メイド生活に少し慣れてきた。あの一件で敵ではないと思われたのか、使用人の皆さんは優しかった。ご飯も美味しくて、とにかく平和だった。


「わかりません。ただ、瞳を見ると、たまに白昼夢を見るだけです」

「ほぉ……面白い」


 困ったことといえば、こうして公爵様が話しかけてくること。どうしてここに来たかの事情は全部話したのに。


「面白くなんてありません。私のせいで……」

「だからそれは違うと言っているだろう。きっと予知能力だ」


 不死身公爵と言われている通り、旦那様はよく死にかける。王城に謁見して帰ってきた時に目の前で倒れた時には背筋が凍った。けれど、人を呼んでいる間にスッと起きたと思えば「これは毒草あたりだな。コフィ夫人毒消しを用意してくれ」と叫んでいた。


「俺は一度、同じような力を持った人にあったことがある」

「え……」

「旦那様ーーーー!! お仕事をほっぽり出して何油売ってるんですか!!」


 私と、同じような人に……?

 詳しく話を聞く前に、旦那様は初老の秘書の方に耳を引っ張られていってしまった。公爵様があの扱いでいいの?



         *


「今日のはどうだ?」

「おいしい、ですが……」


 最近、旦那様はよく私にお菓子をくれにくる。話しかけて、不満がないか聞いて。わかりやすく気にかけられている。嬉しくて、恥ずかしくて、申し訳ない。私は不吉の象徴なのに。


「ああ、そうだ。君を俺直属のメイドにしたいんだが構わないか?」

「!?」

「君の予知能力は正直助かるんだ。いてくれれば、倒れる回数が減る」


 でも最近、旦那様のおかげで、少しだけ考えを改めた。不吉によって起こったことは、私のせい……かもしれない。でも私のせいじゃないかもしれない。だって、この人は、私が助けられなくても、死なない。


「嫌か?」

「いえ……かしこまりました」

「ありがとう」


 この方は、笑うと犬歯が見えて、少し子供っぽい。可愛らしいと思う。

 公爵邸にきて一ヶ月後、私は旦那様直属のメイドになった。



         *


「なあ、どこかで会ったことはないか?」

「……休憩ですね。お茶をお淹れします」

「ああ頼む。イヴも飲むといい」


 旦那様はタイを緩めて背もたれに寄りかかる。旦那様直属のメイドにも大分慣れてきた。それに最近、少し違った白昼夢も見るようになった。


「それで、どこかで会ったことはないか」

「……お会いした覚えはありません。残念ですが、他人の空似かと」

「そうか。別に残念ではないが。勝手に俺が見たことがあったのかもれないな」


 お茶は、先に旦那様が飲んでから飲むように言いつけられている。毒味もなしになんておかしな話だと飲もうとしたこともあったけれど、酷く怖い形相で怒られた。旦那様の怖い顔を見たのは初めてだった。


「……坊ちゃん。きっと、あの方に似ていらっしゃるのですよ」

「ゲッ、コフィ夫人。その話は」


 ノックもせずに入ってきたのはコフィ夫人、屋敷で一番の古株メイドだった。先代の頃からいるらしく、旦那様が一番弱い相手だ。

 あの方……?


「初恋の人に似ているなんて、数奇なこともあることですねぇ」


 初、恋……。

 なんだか胸の辺りがモヤモヤして気分が悪い。紅茶に毒でも入っていたのだろうか。でも、旦那様は倒れていないし……。


「余計なことを言うな!」

「あらあら〜」

「ん? どうした、イヴ。気分でも悪いのか?」


 旦那様が心配そうな顔でこちらを見てくる。顔に出ていたのだろうか。


「いえ……なんでもないです」

「そうか、無理はしないように。何かあったらすぐに言え」

「はい」


 相変わらず、旦那様は優しい。



         *


「イヴの瞳は、綺麗だな」

「……どうかなさいましたか」

「いや、ふと思っただけだ。せっかく特別なのだから、そんなに前髪を長くしていないで、切ったらどうだ?」


 もう、勤めて半年が経った。最近、旦那様はよくこうやって見つめてくる。それが少し恥ずかしくて、よく目を逸らしてしまう。


「特別……ですか」

「ああ。いや、本当に特別なのかもしれないな。イヴはみんなを助けてくれる」

「そんな……」


 特別、そう言われたのはいつぶりだろうか。

 もう、この能力で起こることを、自分のせいだとは言えなくなった。不吉なことばかりではなく、喜ばしいことも見えるようになってきた。例えば、使用人の誰かのお子さんが生まれるとか、雨続きだったのに、晴れるだとか。


「まだ言うのか?」

「いいえ。もう、言いません」


 なにより、この方が、ずっと生きている。それが、お母様が仰っていたことの証明だった。


「ああ、それがいい。運命を愛しなさい、と俺の恩人は言っていた」


 旦那様が、懐かしむように微笑む。

 運命を愛しなさい。それは……。


『いい、イヴ。人生、いろんなことがあるけれど、悲観的になってはダメよ。自分から死ぬなんて最もダメ』

『……でも、もしも、悲しいことしかなかったら?』

『悲しい日があるから、嬉しい日がある。逆も然りよ。……だから、運命を愛しなさい』


 あれは、お母様が死ぬ、少し前だっただろうか。


「それ、を、言ったのは……、ジェシカ・アボットでは、ありませんでしたか」

「ん、ああ。そうだが、なぜ……」

「っ母の、母の名前なんです。まさか、こんな偶然があるなんて」


 旦那様と顔を見合わせる。旦那様は酷く驚いていて、旦那様の瞳に映る私も同じだった。


「……っはは! なるほど、そういうことか」

「そういうこと?」

「彼女は、俺の護衛だったことがある。ある小さな村で、予言の魔女と呼ばれていたのを聞きつけた父上が雇ったんだ」


 そういえば、お父様からお母様は平民だったと聞いたことがあった。他のお家で雇われていたところにお互い一目惚れしたのだと。そして、我が家に嫁入りしたのだと。


「なるほど、似ているわけだ。苗字が違うから全然わからなかった」


 お母様が、予言の魔女……。


「君は、不吉令嬢なんかじゃない。予言の魔女の娘で、本当に特別な人だったんだな」




         *


 そうして、もう二年が経っただろうか。

 旦那様に告白されて、自分の気持ちが分からなくて逃げて、捕まえられてわからされて、お付き合いを始めて。


「入っていいか?」

「……どうぞ」


 ついに、結婚することになった。

 ……今でも、昔を思うと胸が痛むけれど、それでももう、不吉令嬢と言われて傷つくことはない。私は、不吉なんかじゃないと、言い返せるようになった。


「綺麗だ」

「ありがとうございます。旦那様もかっこいいです」

「……旦那様はやめてくれ」


 ムッとする旦那様。あれ、でも……。


「旦那様は、旦那様になっても旦那様で……?」

「いや、そうだが、そうじゃない」

「でも、なんと呼べば……」

「名前で、呼んでくれ」


 名前……アルバート様? でもお母様は、お父様をどんな風に呼んでいたかしら。確か……。


「アル様?」

「ん゛っ……愛称呼びは予想外だった」

「お嫌でしたか?」

「いや、最高だが」


 ふと鏡を見ると、純白のドレスに身を包んで、綺麗な姿になった私と、真っ赤な顔のアル様がいた。


「……お母様やお父様にも、見ていただきたかった」

「きっと見ているだろう。少なくとも、予言の魔女殿は」





        *



『んーそうだ、辞める前に、坊ちゃんに良いことを教えて差し上げましょう。貴方様が大人になった時、良い出会いがあります』

『いい、出会い?』

『ええ! 予言の魔女が言うんです、間違いはありません』


 魔女はそう言って、意味深に微笑んだまま俺の髪を撫でた。


『……よろしくお願いしますよ』



 読んで下さりありがとうございました。

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