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限界突破のエリクシール  作者: 鈴木君
憤怒の塔と世界の秘密

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ビデオテープ


 ドーラを追って進夢は白いプレハブ小屋へと入っていった。

 室内は学校の教室くらい。実験室のような様相で清潔に保たれている。進夢は汚れているので入った所で待たされて、服を用意してもらった。


「汚い身体を私に見せようなどと思わないことです」


 口では見せるなと言うドーラだが、淡い玉虫の瞳は進夢から離さない。


「………………………………いや、着替えるから後ろ向けよ!」


「人の家に上がって命令ですか? 私がメイドだからといって主人きどりですか?」

「なにこの人めんどくさ!」

「わがままな男です。私は安いメイドじゃありませんからね」


 そうしてドーラはようやく後ろを向いた。

 進夢は着替えながら部屋を観察する。机の上にはビーカー、フラスコ、試験管、シャーレなど理科の実験で使うような物から進夢がみたことのない未知の道具まで揃っていた。


 何かの実験の後か、ジャガイモの苗がたくさん足元に置いてあり、棚には怪しげな液体やドクロマークの入った瓶が並んでいる。そしてそれらは丁寧に整頓されてあった。


(案外やることはやってんだな)


「着替え終わったぞ。つかなんで白衣なんだよ」


 ハイポーションで濡れた服を外で絞ってきた進夢は、シャツに白衣を着用していた。実験室らしい服装だが疑問は口にした。


「恩に対して礼どころか文句ですか。かわいそうな人ですね」


 ドーラは肩を竦めて首を左右に降った。軽蔑の視線つきだ。


「あーあー! ありがとうございます! とっても着心地がいいです!」


(ちょっと疑問に思っただけじゃねーか。なんでもつっかかってくんなこいつ)


 話が長くなるかもと直ぐに謝る進夢。よほどめんどくさいのか天井を見上げるている。


「わかればいいのです、ではそれでは映像を見ていただきますね、それで分かると思いますので」


(なかなかいい反応をしますね。からかいがいがありそうです)


 オーバーリアクションが楽しかったドーラはほんのり口角を上げる。出会ってから初めて表情を変化させたが、進夢が気がつくことはなかった。

 ドーラはプロジェクターに繋げたビデオデッキにビデオテープを入れた。


「え、なにそれ。ビデオテープってやつ!? 初めて見た!」


 ビデオテープはティッシュの箱のサイズを半分くらいにした長方形の箱で、そのなかにテープが巻かれている。進夢が物心ついたころは既に過去の産物で、手首に付けるハンズフリーフォンが主流になっていた。

 ビデオデッキはそれを再生するための機器で、ビデオテープを中に挿入して使用する。大きさはゲーム機などとさして変わりはない。


 これから進夢をからかってやろうと息巻いていたドーラだったが進夢の反応を見て落ち込んだ。


「………そうです。これがジェネレーションギャップというものですか。不便なものですね、30年も外界と遮断されるのは」


 30年の遮断という言葉に進夢は眉をひそめた。その言葉がただしければそんなに残酷なことはない。しかしドーラがここにいるという事実が全てを物語ってしまっている。


「遮断?」


 そして、これから自らに降りかかるのではないかと自分で発した"遮断"という言葉が脳に焼き付いた。


 活力のある真剣な眼差しは、ドーラが悪ふざけをしなくなるには充分だった。


「ええ、とりあえずテープを見てください。話しはそれからです」


(自身の置かれている状況を正確に判断できているようですね)


「分かった」


 重たい返事を返した進夢は、実験室らしい背もたれのない丸椅子に座り、スクリーンの前を陣取った。


「それでは再生します」



 ビデオの冒頭は前頭部から後頭部の髪が綺麗になくなり、サイドの白髪だけが延び放題になり痩せ細った老人の実験記録から始まった。

 歯が数本抜けて、目が白く濁った老人は白衣を着ている。進夢がいる部屋と同じ場所にいるようで、同じ椅子に座っていた。しかし現在の清潔に整頓された実験室からは想像できないほど部屋は汚い。実験道具は出しっぱなしで、薬品はこぼれ、資料は山積みになっていた。


『1999年1月16日。今日から実験記録を付けることにした不死原(ふしはら) (みのる)じゃ。最近物忘れが酷い、ワシも歳には勝てんらしい、早く薬を完成させなければならない。今日の被検体はA6~J6が壊滅。K6~T6は瀕死状態、死ぬのも時間の問題じゃな。薬の濃度、分量が問題ってるわけじないってことがわかった。また作り直しじゃ』


 被検体のマウスは1匹1匹がケースに隔離されているが、その中に動き回る個体はいない。


 老人は小瓶に入った薬をゴミ箱に頬り投げたが、それは入らなかった。


『ドーラ、捨てといてくれ』

『デキルワケナイデスヨネ、クソジジイ』


 ドーラ。そう呼ばれたのは骨組み、導線が剥き出しの人形のロボットだった。目や口は実物同然だが剥き出しで、ホラーゲームに出てきても違和感のない姿をしている。なぜかメイド服を着て、緩急のない動きで閉口開口するドーラは、もはや化物だった。


 そして右手の手首から先がドリル、左手の手首から先がフックになっているので物は掴めない。


『なんじゃ使えんロボじゃな』

『ツクッタノハ、オマエダロ、クソジジイ。ハナフック、サレタインデショウカ』


 ───映像が切り替わる。


 場所は変わらず実験室。


『1999年3月6日。警察がきおった。何が異臭がするじゃ、ネズミが死んでるんだから当たり前に決まっとるじゃろ、役立たずめ』


 不死原は延び放題の白髪を小刻みに揺らしながら、怒りを吐き捨てた。


『ユウシュウデスネ』


 身体を動かす度に大仰な駆動音を撒き散らすドーラは、日本の警察を誉めた。


『?そりゃワシは優秀に決まっとる』

『……ジジイジャナイデス』


 助手に褒められたと勘違いした不死原(ふしはら)は調子に乗って自慢をはじめる。


『ワシは博士号を5つ持っとる。分野は医学と人工知能、数学じゃな。医学では糖尿の特効薬を作った』

『ハゲノクスリヲ、ツクロウトシタ、フクサンブツデシタネ』

『じゃがどうだ、ハゲでデブに困った同僚に薬を使ってやったのに医学界から追放じゃと? ふざけとる』

『カッテニ、チュウシャウッタラ、ソウナリマス。ツカマッテナイノガ、フシギデス』

『そいつはデブのくせに糖尿じゃなくなったのじゃ、ノーベル賞ものじゃろ』

『デブモハゲモ、ナオッテナイデスケドネ』


 狂気の科学者は都合の悪いツッコミをスルーする都合のいい耳を持っていた。しかしその薬は世界中で使用され不死原(ふしはら)に莫大な富をもたらした。それが個人で研究所を持てる資金となっている。

 

『そしてワシは世界で初めて人間のように思考する完璧な汎用型人工知能を作った。それがこのドーラじゃ。役立たずじゃがな』

『マトモナボディヲ、ヨウイシテカラ、イッテモラエマスカ?』

『どうだ? 完璧な返答じゃろ。これは学会にだしてないからワシの評価になっとらんが。それに全自動掘削用建設機械を作ろうとしたらできた副産物じゃしな。ワッハッハ!』


 一応誰かに見せるつもりはあるのか、プレゼンテーションするかのように発明を紹介する不死原は上機嫌だ。ドーラの腕がドリルやフックだったのは建設機械を作成しようとした名残なのかもしれない。その事実は不死原(ふしはら)のみぞしる。


『イイカライッカイダシテクダサイ、マトモナボディガツクレル、ロボットコウガクノススンダトコニ』


 不死原(ふしはら)は紛れもない天才だが、ロボットのボディを作るのは専門外だった。あくまでも専門的な知識で飛び抜けた天才だ。数学にいたっては不可能とされた数式を見た瞬間に解く、という離れ業も披露している。


『じゃが天才のワシも歳には勝てん。日に日に頭の回転が遅くなる、思考にもやがかかる。昨日の晩飯も思いだせん。身体は重いし関節は痛む。寿命は10年もないじゃろ。じゃからワシは考えたんじゃ、人間の寿命を無くす薬を。この映像はワシが不老の薬を作るまでの記録じゃ』


 濁った瞳がカメラを捉える。


 ────映像が切り替わる。


 実験室。


『1999年7月17日。被検体A42~T42全滅と思われたが、D42が生存。薬の投与から24時間。片腕が異常に発達して身体と同じような大きさになっている。そろそろ人体実験も視野に入れるべきか』

『ゼンセカイノミナサマ、チケンノバイトハシナイヨウニ』

『すごい力じゃ。片腕でヒマワリの種を握りつぶしとるぞ』

『バケモノデスネ。ワタシニクラベタラ、カワイイモノデスガ』


 ヒマワリの種を片腕で取り出したマウスは種を食べている。発達した腕は筋肉で覆われていて毛がなくなっており、血流が目で追えるほど血管が浮き出ている。


 一心不乱にエサを食べていたマウスだが、突然のたうち回りだす。種を握り潰す筋力で腕を振り回し、ケースに当たると破壊されてしまいそうな鈍い音がする。


『ディーフォーツーノ、バイタルガ、キュウジョウショウ。キケンイキニトツニュウ』

『失敗じゃ。身体の成長に心臓がついてっとらん。やはり全身が成長しなければ意味がない』


 身体をかきむしるようにして苦しんだマウスはまもなく動かなくなった。


『…………バイタルテイシ』

『じゃが進歩した。一部だが成長した。アプローチは間違ってない、後は全身に作用するようにするだけじゃ。…………じゃがそれだけじゃ芸がないのう。やはり成長先が固定されてるというのはつまらん』

『ワタシイジョウノ、クリーチャーガ、ウマレルンデスネ』

『そうじゃ。ドーラ以上の…………ふむ。そうか、薬がドーラのように思考すればいい。思考を読み取りその思考に合わせた進化を促す薬を作ればいいのじゃ』

『イミガワカリマセン』

『よくやったの』

『ナンデ、ホメラレテルノカ、ワカラナイデスケド、ヤクニタッタナラ、ホウビニ、テガホシイデス』

『手か。仕方ない、面倒じゃが作るか』


 ────映像が切り替わる。


 実験室。


『1999年9月8日。脳は電気信号で動いておる。そして強い想いを抱いだいている思考は特別信号が強い。つまり一定の数値を越える強い思想にのみ、反応する薬を作ればよい。ワシでいうところ若さが欲しいという願望じゃな』

『ワタシハ、テガホシインデスガ』

『作ったじゃろ?』

『コレヲミテ、ヨクソレガイエマシタネ』


 ドーラの腕は両手が枝切ばさみに換装されていた。腕が倍ほど長くなりより使用感が悪そうだった。


『……ワシの研究の中に情報を脳に直接導入する、ショックアブソプションという装置がある』


 不死原には発表していない発明品が山ほどあり、ショックアブソプションや、ドーラなどがそれにあたる。彼の研究はこの時代から1世紀ほど進んだような発明品がゴロゴロと乱雑に転がっている。


『ムシシナイデ、モラエマスカ?』

『もちろん導入があれば吸収もある。選んだ記憶を複製することも可能じゃ。つまり強い思想を読み取るという点は既にクリアしておる。おかげで今まで以上に肉体の変化に臓器が適用しないという結果になった。ドーラ、マウスはどうじゃ』

『ゼンメツ』


──映像が切り替わる。

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