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限界突破のエリクシール  作者: 鈴木君
憤怒の塔と世界の秘密

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無表情メイド


 そこは美しい庭。

 レンガ作りの飛び石の隙間に敷き詰められた小石が青白く発光し幻想的空間になっている。小石をかき分け生い茂る色とりどりの花や草木は、人の手で保持されている。手作りのプランターや花瓶があちこちに設置され、絶妙なバランスで庭の美しさを表現していた。


 そんな庭に囲われるようにして存在する畑には、ジャガイモの葉が均一に生えている。畑の傍らには丸い泉があり、チェスのポーンのような形をした噴水から、黄緑に発光する液体がゆったりと溢れ出していた。


「そろそろ収穫できそうです」

 

 ジャガイモ畑に発光する液体を撒いてる女が呟いた。

 黒みの強いすみれ色の髪をボブパーマにしている女はブリムを着けて、白と黒を基調としたメイド服を着用していた。服は一切のシミ、シワ、汚れが見当たらない新品同然の物だ。


 膝下まで伸びるスカートから覗く足は黒のストッキングに包まれている。顔は不気味なほど造形が整っているが、表情は固く瞳は玉虫色を柔らかくしたような不思議な色合いをしていた。


 美少女メイドはジャガイモの葉を優しく撫でて、じょうろを置いた。


 心地よい日の光、優しい水音、畑に立つ美少女メイド。そんな貴族の屋敷かと見違える空間に1つの異物が混入する。


──バシャーーーーーンンッッ!


 音は噴水から。

 上空からの落下物が水面に叩きつけられた音のようだった。


「…………最後のチャンスでしょうか」


 メイドは表情を変えることなく、噴水に浮かんできた異物を見て呟いた。


 異物は水面に顔を沈めている。このままでは溺死してしまうかもしれない。メイドは小さくため息を漏らし噴水に足を向けた。


 泉のほとりに引き上げられた異物は、活力のある顔をしていて長身だが、細身で頼りない体つきをしている。メイドが確認すると黒目に短い黒髪、日本人の学生というところだった。


(頬でも叩けば起きますかね?)


 見た目と表情からは想像もつかない凶悪な起こし方を遂行しようと、大きく手を振りかぶる。


 しかし。


「……ゲッホッ!……ゲッ……ゲッッホ!ゲッホ!」


 意識を取り戻した男は黄緑の液体を吐き出した。


「…………」


────バチーーーーンッ!


「ゲホ────ッていってええ! なんだ!?」


 異物もとい進夢(すすむ)は顔への衝撃で完璧に体内の液体を出しきった。


「ああ、やっと起きましたか」

 

 本来なら行き場を失くす筈の手をそのまま振り下ろしたメイドは何事もなくのたまった。


「あ、え?? 誰ですか?」


 進夢の目の前には美少女メイドがいた。彼女のあまりにも完成された顔立ちと不思議な瞳に見入っていると、小さな口が開く。


「誰ですかとは失礼な。あなたの命の恩人ですよ、敬いなさい」


 何がどうなっているのか混乱している進夢。だがこのとても短い会話で目の前にいるメイドが個性的な人ということは理解した。


「そうですか、ありがとうございます………じゃあ俺はこれで」


 素早く退散しようとした所で違和感を感じる。


(あれ? 俺なんで……怪我は? 自然治癒、まさか何日も眠ってた? ルカは?)


 ハンズフリーフォンで時間を確認し、身体をまさぐりながら進夢は呟く。


「あれから10分も経ってない……つかここは【憤怒の塔】じゃないのか? 夢?」


 自然に口にした疑問にはメイドが答える。


「夢? 【憤怒の塔】に決まっているでしょう。自分で塔に入ってきてなにを言っているのでしょうか。唯一の生活用水に飛び込んで汚してくれた闖入者さん」


 メイドは表情が変わらない、進夢が起きてからずっとだ。進夢はそれが不機嫌の証拠だと思った。


「…………あの、怒ってます?」


(初対面でこんなに毒があるのはそれのせいか)


 進夢は泉の色を見て苦笑いする。人の浸かっていい色をしてなかった。


「いえ、怒ってません。いくらでも湧いてきますからね」

「え、そうですか…… ここは【憤怒の塔】なんですよね?」


 (掴み所のない人だなこの人、水で怒ってるわけじゃないのか。普段からこんな感じなのか?)


「ええ、そうですよ。ここは【憤怒の塔】100階。最上階です」

「最上階!?」


 冒険者(ハンター)オタクの進夢は【憤怒の塔】がどんな迷宮(ダンジョン)なのか詳しかった。全100層からのボス戦のみの迷宮(ダンジョン)で、最高到達階層は82層。未だその上の階層の情報は皆無のはず。


(す、すげえ! 本当かもしれない。この階層はどの動画でも観たことないぞ。やたら綺麗だし。でも100階ならボス戦じゃないのか?)


「腕試しですか? ちょうど良かったですね、最初から迷宮(ダンジョン)のボスと戦えますよ」

「…………いや、事故で迷宮に触れてしまって。というか俺、怪我してませんでした? なんかどこも痛くないんだよな」

「それならあなたがかき混ぜて汚した泉がハイポーションだからじゃないですか?」


 メイドは求めていた人物ではないと少々気落ちする。

(攻略しにきたわけではないと。なら実力はそこまでじゃないのでしょうか)


 進夢は依然として会話の節々にトゲがあるメイドに翻弄されていた。

(まだ池のこと引きずってるし、やっぱ怒ってんじゃんこの人……つか)


「ハイポーション!? この池全部!?」


 泉の水は黄緑に発光してる。そして進夢の知るハイポーションもまた黄緑に発光するものだった。ハイポーションは高級品で、試験管1本200万円くらいする。基本的に魔物(モンスター)からのドロップでしか入手することはできない物で製造はされてない。

 

 ポーションはロウポーション、ミドルポーション、ハイポーションの順に効果も値段も高くなる。ロウは2万、ミドルは20万と階級が上がるごとに大体10倍の値段がする。


 そのハイポーションがいくらでも湧いてくる泉が目の前にある。進夢はゴクリと喉をならした。金に興味のない人間ですら金勘定をしてしまう、黄金の泉だ。


「まあ無用の長物ですが、花が育ち過ぎてしまうんですよねそれ」

「はあ!? ハイポーションで花を育ててんの!?」


(1本200万の水で水やり!? か、考えてみればこの庭おかしいぞ! なんかその辺にある小石は青く発光……魔石じゃん。泉はハイポーションで発光してるし、よくみたら花も草も発光してるし! どうなってんだよゲーミングPCより光ってんじゃねーかこの庭!)


 思わずため口で突っ込んでしまった進夢だが、本人はそれにすら気付かないほど驚いていた。


「当たり前でしょう。唯一の生活用水と言いましたよね、忘れたんでしょうか。鶏なみの脳ですね」

「すげー毒吐くじゃんこの人。てかハイポーションで水やりすると花って光るんだな」


 あまりに毒を吐くメイドにバカバカしくなった進夢は、敬意を払うのをやめることにした。


「取り繕うのはやめたんですか?」

「別に取り繕ってるわけじゃなくて、初対面なら普通こんな感じでしょ?」

「まあいいです。そのほうが話しやすいので許可しましょう」


(どこまでも上からくるな)


 進夢は苦笑いしたが、これがメイドの平常だと理解する。


「にしても【憤怒の塔】100層か。帰還ポータルとか……」

「あるわけないでしょう」

「だよな~」


 あればここにメイドがいる理由がない。


「つかメイドさんの名前は?」

「人に名前を訪ねる時は自分から名乗りなさい、無礼者」


 初対面や敵対者の台詞だが、特段敵意を持った声ではない。台詞の割に顔も無表情、しかし冗談でいってるとも思えない雰囲気だった。


(こいつ感情は薄いのにキャラはマジで濃いな)


「…………能化(のうか) 進夢(すすむ)16歳。今年17になる歳です、よろしく」


 文句をぐっと堪えた進夢は大人しく自己紹介した。そしてメイドの番になると胸を張って偉そうに自己紹介が始まった。


「私は超絶万能美少女メイド、ドーラです。製造日は1998年の8月17日、ピチピチの30代です」

「製造日? 30代?」

 

 意味不明な紹介で進夢の頭の上にクエスチョンマークが見えるようだった。明らかに見た目は進夢と同年代。製造日に関しては何いってんだこいつ状態だった。


「……ああ、もしかしてエルフとかみたいに歳をとらない種族とか?」

「違います。製造日だといいましたよね、人間のくせに察しが悪いですね」


(……もうなれた。もうなれたぞ俺)


 進夢はグッと拳に力を入れて堪えた。


「その製造日が一番意味わかんないんだよ!」

「まったくうるさいですね。そんなに大声出さなくても聞こえますよ。説明………は面倒ですね、私に着いてきてください」


 ドーラは確認を取ることもなく踵を返し、王族に仕えるメイドのような美しい所作で歩いていった。


「あ、おい!」


 慌てて追いかける。身体中がポーションまみれで歩くとグシャグシャと音がして足跡が出来る。美しい庭を汚しているが、ドーラは気にしていないようだった。


 庭はそこまで大きくない。校庭の半分ほどで端のほうに白いプレハブ小屋が立っている。ドーラはそこに向かっているようだった。


 進夢はふと振り返る。

 プレハブの反対は白い壁だった。天井も壁も全て白い壁だが、そこの一部はカーテンで隠されている。なぜかそこが気になった。しかしその先に言い知れぬ恐怖を感じた進夢は焦ってドーラに続く。


「さすがダンジョン。太陽があるわけじゃないのになぜか明るいな」


 ダンジョンとは常識が通用しない。それが常識なのだ。

 とあるダンジョンでは、1層がジャンルで2層が雪山など統一性のない環境をしていたり、とあるダンジョンでは中が武家屋敷になっていたりと自由奔放だ。


「夜になるとちゃんと暗くなりますよ。そうすると庭が更に美しくなります」


 ボス戦のみの【憤怒の塔】は環境だけで言えば最高に楽なダンジョンだ。昼と夜があり気温も快適、そしてボスを倒す毎にボーナスと帰還するワープゾーンがある。ただしボスに挑めばどちらかが倒れるまで終わらないし、他のダンジョンよりも強い。


「おお、こんだけ光ってたら綺麗だろうな」

「進夢みたいのにも審美する目があるのですね」

「そのいちいち毒吐くのどうにかなんねーの? いきなり呼び捨てだし」

「これが毒? 進夢の耳は大丈夫ですか? 心配です」

「俺もドーラの社会性が心配だよ!!」


 2人は案外相性がいいのか絶え間なく掛け合いをしながらプレハブに向かっていった。


 一見すると楽しそうな2人だが、この時すでに進夢は理解していた。ここが決して抜け出せぬ監獄だということを。【憤怒の塔】の100層という絶望を。

 

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