消えた少年と発狂するエルフ
ホブ・ホバリングの機体から出て大地竜を迎撃した冒険者達は座席に戻る余裕もなく、機体から振り落とされた。空を飛ぶ能力がない者にとって致命的な状況下だったが、進夢に声をかける間もなく飛び出したルカや能力のある冒険者によって、空に投げ出された者達は助けられていた。
「これで6人……」
「ありがとうお嬢さん!」
ルカは冒険者の礼をハンドジェスチャーで返し進夢を見た。心配で頻繁に視線を送っていたが、その状況を見たルカは脇目も振らずに能力を全力で噴出した。
「デクスウィンドオウッッ!!」
足の裏、手のひら、4箇所から暴風の全力噴出。四肢の軋みを無視した水平移動は、LEVEL4の領域に踏み込むような速度がでている。
(────────ッ間に合え!)
一方で力羅パーティーは乗客の避難を最優先に大地竜を捜索していた。舜に関しては救助のみに尽力し、人々を地上に複数人ずつ瞬間移動させる離れ業を披露している。
美怜は力羅と反対方向へボードを滑らせるが大地竜は見当たらない。敵がいないことで頭で考える時間がでる。それがいいこととは限らないが。
(…………油断してた。この惨状はアタシ達のせいだ。そもそも自前調査があまかった。知らない能力がいくつもあったし、空も飛んだ。もっと調査を重ねて確実に仕留められる作戦を練るべきだった! )
大地竜へ挑んだ映像をいくつも見たとはいえ有効打を与えた反応は存在していなかった。その後の反応はわからないままぶっつけ本番で挑んでしまう。ゆえに翼にも逃走することにも後手に回ってしまう。そんな自分の甘さに怒りが沸いていた。
それは力羅も舜も同じだった。
しかし捜索範囲を広げていくにつれて、怒りよりも力羅は違和感がもたげていた。
(あんな巨体を見失うか? 隠れる場所なんて空にはねーし……)
────何かがおかしい。
そんな予感に従って破壊されたホブ・ホバリングの方向に視線を向けた力羅は誰よりも早く異変に気付いた。
「なんだ…………雲が」
自然の流れを無視した雲の動き。力羅は人を寄せ付けない鋭い眼光で雲を見据え、次の瞬間には遠心万有で雲へ向かって飛んで行く。この場で誰よりも早く行動に移したが、誰よりも元の位置が遠かった。
「くそっ雲か! 間に合わねえッ!」
────そして。
「ギイャオ!!」
雲を掻き分けて大地竜が垂直に飛翔する。狙いは近くにいる人間という至極単純な魔物らいし思考パターン。大地竜はその先を漂う大勢ごと、巨体でなぎ払おうとぐんぐん速度を上げた。
座席と少年に両手を割いている進夢は耳をつんざく咆哮におののくも、目を見開き下方を覗いた。
(ざけんなよ! 一難去ってまた一難ってか、笑えねーぞ!)
少年はあまりの恐怖に泣き声すら上げずに固まっている。しかし進夢には暴れられるよりよっぽど助かっていた。進夢にとって片腕で自身を支え、さらに子供とはいえ2人分の重量を支えるのは厳しかった。
冒険者とはいえLEVEL1。LEVEL1とは進化前の人類と身体能力に差異はないということ。進夢は細身で貧弱なただの人間同様なのだ。
しかしこの状況で周囲を見渡す瞬間の判断力。それは野生の本能かそれとも冒険者としての矜持か、その判断が功を奏しルカと力羅がこちらへ向かってくることに気がつくことができた。
「────ッ助かった」
最強の冒険者に最高の幼なじみ。進夢にとって最も信頼できる2人が同時に助けに来てくれている。これ程頼もしいことはなかった。
しかし進夢も気づいていた。このままではどちらも寸でのところで間に合わない。覆らない無慈悲な事実、それでも進夢は口にした「助かった」と。
端から決まっていた。少年、それから自分。それが進夢の優先順位。格好いい冒険者、進夢の好きな冒険者達は人を見捨てたりしない。そんな人間を目指す男のとる行動は単純だった。
「うおりゃあああああああッッ!!!!」
火事場の馬鹿力。彼の細身から20~30キロある少年を投げ飛ばすなんて平時なら不可能だっただろう。しかし彼はやってのけた。振子のように少年を2人が向かってくるほうへ投げ飛ばし、そして反動で自分は逆方向へ。
「バカァアッ!」
泣き顔としかめっ面を足したような表情。そして叱責が進夢に届く。
────その瞬間、ルカの眼前を大地竜の身体が塗り潰していった。
「ぐおっ!」
巨大な物に押し潰されるような衝撃で漏れる声は、水中で無理やり声を出そうとしたような声だった。
巨体が高速で動くとそれだけで風を切る音がうるさい。全身をバラバラにされるような痛みを受けたにも関わらず、進夢はそんなことを考えていた。いや、考える事ができていた。
幸運なことに進夢は即死しなかったのだ。
振子のようにして少年を投げて自分も反動で動いていた。それが幸いし大地竜の突進を掠める程度に抑えられた。
それでも全身の骨が砕け、内臓がいくつも損傷する大怪我。少年を投げた瞬間に腕の筋が痛いと思ったのもつかの間のことだった。
直ちに手当てしなければ生死に関わる怪我。朦朧とする意識のなか進夢は目のはしに涙を貯めたルカがこちらへ手を伸ばしているのが見えた。
(……まだ遠いって、そんなに焦っても届かねーよ)
それでも進夢は手を伸ばす。
「──ッ──!────────ッッ!」
ルカか何かを叫んでいるが進夢は鼓膜が損傷しているのか音がいっさい聞こえない。
ルカの後ろでは少年を抱えた力羅が進夢へ手を翳そうとしていた。能力で助けてくれるのかと安心する進夢。だが力羅の焦った表情がやけに印象的だった。
(あんなイカつい顔の人でも焦ることがあるんだな……)
────ドスンッ
背中に当たった固い何かが進夢の身体を受け止めた。大地竜に弾かれ落下速度もそれなりあったのだが、進夢に更なる負傷はない。
何かの能力かと軋む首を向けると、やたらと既視感のある光景が広がっていた。石づくりの分厚い床に壁、天高くそびえる荘厳な巨塔。
「……憤、怒の…塔……か」
その呟きを最後に強風と引力を残し進夢の身体はかき消えた。
「いやッ! いやあああああああああッッ!!!」
耳に残る悲嘆の裂帛。兄弟のように育った幼なじみの消失は、16歳の少女には酷だった。顔を覆った両手の爪が肌に痕をつけるほど食い込んでいる。
しかしルカは諦めなかった。絶望し悲嘆してもルカは歩みを進める。自ら【憤怒の塔】へ。
「駄目だ。行かせられない」
肩を掴んだのは力羅だった。
「助けないといけないんです。進夢はLEVEL1だから私が守らないと」
淡々とした口調。しかし四肢から吹き出る風は強い。
「…………いいずらいけど、緊急時だから言うぞ。あの子は助からない」
悔しい。その感情が食い縛る歯から誰もが連想できる。そんな顔で力羅は言った。
「助かりますッ! 離してッ!」
「無理だ! 【憤怒の塔】に落ちたんだぞ! 知ってるだろ!?」
「ッッ知りません!!」
世界的に有名な【憤怒の塔】を知らない筈がない。【憤怒の塔】に落ちた時の反応も明らかに知っている反応だった。意固地になるなら現実を突きつけなければならない。力羅は目の前の命を救うために全力を尽くす。
「じゃあ教えてやる! 【憤怒の塔】は全100層の道場系ダンジョンだ! 偶数の階層は全てボス戦! 奇数の階層は休憩スペースにボーナスと帰還ポータル! けどな、1階から挑まない不心得ものにダンジョンは容赦しない! 【憤怒の塔】は外から他の階層を飛ばして侵入しようとする者を偶数の階層にランダムで飛ばすんだ!」
力強い語気。目の前の少女を助けたい、その一心で力羅は説得する。眉間にシワを寄せた顔はまるで恫喝してるような表情だったが、エルフの少女は引かない。
「だったら1階から攻略しますッ!」
「無理だ! 俺達だって70層が最高なんだぞ! 何層に飛ばされたかもわからないんだ! それにあの傷じゃどのみち長く持たない! 手遅れなんだよ!」
「うるさいっ! 進夢の能力は自己再生の起死回生! 即死じゃない限りは死なない! 離して!」
「塔に触れた瞬間即ボス戦だぞ! 回復に時間がかかる能力じゃどうにもならない! そもそもLEVEL1じゃ2層のボスにだって勝てない!」
話しにならない。早くしなければそれこそ手遅れになる。導火線に火がついたルカはついに爆発した。
「うるさい! どけえええッ!!」
ルカは見開いた翠玉の瞳を爛々と輝かせ能力を本気で発動した。しかしLEVEL7の力羅はただ肩を掴んでいるだけでその全力を止めてしまう。
「私が代わります。力羅は雪村さんのほうをお願いします」
突拍子もなく現れた舜は、力羅を雪村の所へ。力羅の抱えた少年を地上へ送った。この時すでに上空に残った救助者はルカただ1人となっていた。
肩に掛かる圧倒的な膂力が消えたルカは脇目もふらずに塔を目指す。しかしそれは許されない。
「それは自傷行為と同義ですよ、エルフさん」
「────ッッ!」
突如、眼前に現れる舜。ルカは回避も減速も出来ずに激突したが、全力の飛翔はLEVEL7の膂力に優しく抱き止められてしまった。
舜から肩越しの光景が変化している。ルカは先ほどよりも【憤怒の塔】から離れていることに気づいた。
(花霞さんが目の前に来たんじゃない、私がこの人の目の前に瞬間移動させられたんだ。それに……手錠が)
両手が手錠で繋がれている。絶望的だった。対人最強格の能力を持つLEVEL7逃れることはもはや敵わない。理解させられたルカは本当の強行手段に打ってでた。
舜の背後から風の大砲を放つ。抱き止められていることを利用した不意打ち。それも、全力だった。
「…………すみません」
謝ったのは舜だった。いつもの泰然とした物腰からは考えられないほど、表情に心苦しいと描かれていた。
その呟きを聞いた直後、ルカの意識が暗転する。
「ガッッ────」
背後への瞬間移動、そして後頭部への手刀。目にも止まらぬ早業。
「私が、私がもっと早く気付いていれば助けられたのに。私に柔軟に対応できる力があれば、私が大地竜を仕留められていればこんなことにならなかったのに…………」
気絶したエルフの少女に心情を吐露する。それは悔恨、責任感の強さによる自責だった。舜は端から順番に被害者を瞬間移動させた。それは彼女なりに公平に助けようとしたから。しかしそればかりに気を取られ、周りに気を回せていなかった。
しかし今は仲間の助けにならなければならない。舜は気落ちする心を奮い立たせる。そして唇を固く結び上空で繰り広げられる戦いへと身を投じた。




