悪い知らせ
富士山付近を滞空する観光飛行機の数は実に22機。その内の全てが重力パーティーの戦闘を一目見たいとチケットの抽選に応募した者達だ。コネで取得した者も少々。
その観光機全ての機内でパニックが起こっていた。それは進夢とルカが乗っているホブ・ホバリングも同様だ。
《現在ランキング9位からの退避勧告が発言されました!! 我々は可及的速やかに避難しなければなりません。エンジン出力を最大にします!! 直ちに座席に座りシートベルトの装着確認し、ポケットからペンなどの尖ったものを出してください!! 決して座席から立たないように!》
スピーカーから流れる大音量は機長の逼迫した声。これは雪村・美冷・ベリングラードの避難勧告直後に行われ、迅速な対応だった。
放送を聞いたルカは顔を青ざめさせ、直ちに座席に座りシートベルトを着けたのだが、隣にいるべき人間がいない。慌てて周囲を見渡すと窓に張り付いて外を眺めている進夢を見つける。
「おお~! スゲー!! こっから大地竜見えるぜ!」
ルカが顔を青ざめさせているのとは反対に、進夢は満面の笑みで外を眺めていた。彼にとってはランカーの活躍を見るまたとないチャンスなのだ。
「ッ~~~~~~このバカッッ!!」
頭をひっぱたきたい衝動を何とか抑えたルカはLEVEL3の圧倒的なパワーで、暴れる進夢を座席に無理やり座らせた。
────その瞬間ホブ・ホバリングは急速に速度を上げた。
進夢はシートベルトを強制的に付けられて、強烈なGを受けながらも大声で抗議した。
「おい! なにするんだよルカ! またとないチャンスだぞ!?」
「あー! もー! 冒険者バカ!! アナウンス聞いてなかったの!?」
「聞いてるよ!」
「じゃあ何で座らないの!」
「観たいからに決まってんだろ!」
「まだ配信の続きを観てるつもりじゃないでしょうね! これは現実なの! 今! 外にはLEVEL7が3人がかりで倒すような化物が飛び回ってるのよ! 進夢はおろか私だって全く敵わないんだからね! 私じゃ進夢を守ってあげられないの!!」
水を掛け合う2人だったが、最終的にルカの剣幕が進夢を押しきった。普段のルカをしる進夢は泡を食ったような顔でルカを見つめていた。
「…………わ、わかったからそんな怒るなよ」
「じゃあ大人しくすわってて!!」
「お、おう」
温厚で明るく人当たりのいいルカが珍しく本気で怒っている。早く謝らないと尾が引くかもしれないと進夢は翠玉の瞳に目を合わせたが、見たことのないような目付きで睨まれる。
「…………こ、今度にするか」
「……………………………………………」
笹のような耳がピクリと動く。小さな呟きすら拾う聴覚はエルフの特性だがLEVELでその能力が底上げされている。ルカは進夢の呟きで、また何かしでかすつもりかと警戒心を引き上げた。
────と、その時だった。
《皆さん悪い知らせがあります》
やけに落ち着いた機長の声。
それは2人の意識を自然に引き寄せた。
《現実、大地竜は本機を目掛けて飛行しています、あと1分もすれば追い付かれるでしょう。本機には武装がありますが、あのドラゴンには通用しないでしょう》
あの巨体が自分達の乗る飛行機に迫ってきている。2人は機長のアナウンスに固唾を飲んだ。
《そこでお願いです、皆様の中に大地竜を迎撃してもよいという冒険者はいませんか? いらっしゃればお近くの乗務員に声をかけ、指示にしたがってください。 ………生き残りましょう》
機長のアナウンスは終始落ち着いていた。しかし、アナウンスが終わると同時にホブ・ホバリングの機内は端を切ったかのように慌ただしくなった。
進夢達のいるVIPルームの外では乗客達が名乗り上げて乗務員に案内を促している声や、重力のLEVEL7のパーティーは間に合わないのかと懇願の声も散見する。
「俺達も行くか!」
「行くわけないでしょ! 行っても足手まといになるだけだよ」
「……でもルカなら役に立つんじゃないか?」
「無理だよ、動画見てたでしょ? あんな岩の塊みたいな体じゃ私の能力は通らないよ。逃げるくらいならできるかもしれないけど………」
これはルカの本音だった。しかし進夢をひとり1人にしておけないと考えたのも事実。ルカは学生でありながら、既に一般的な冒険者と大差ない実力を身に付けている。手伝おうと思えばまったくの戦力外にはならない。
「それもそうか……」
「うん。大人しくしてよ」
「わかった」
進夢が了解したのもつかの間。大地竜は1分もかからずにホブ・ホバリングを目前にしていた。
ボブ・ホバリングの機体の上には12人の冒険者や能力に自信のある協力者が既に待ち構えている。更に23人の機体の外に出れない能力の冒険者達は機内から大地竜を狙っていた。
乗客数300人のホブ・ホバリングから10人に1人以上の協力者がでるという幸運だった。
そしてその瞬間は訪れる。
「ギイヤオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!」
「くるぞおおおッ!!」
「やれーーーッ!」
「うああああああああ!!!!」
「くらええええええッッ!!」
あるものは手から炎を。あるものはLEVELの力で槍を。あるものは宙に浮かべた水を。あるものは何も無い所からナイフを。ホブ・ホバリングからは複数のミサイルを。多様な能力で大地竜を迎え撃った。
空を裂いて突き刺さるミサイルの爆裂音。冒険者達の怒号と能力の衝突音。
────しかし。
「ぐわあああああああッッ!!」
「くそおおおおッッ!」
「落ちるぞおおおおッ!!!!」
「つかまれーーー!」
まさに一蹴。大地竜の岩のような鱗は冒険者達の能力を一切通さなかった。まるで羽虫でも払うような前腕の一振で、ホブ・ホバリングの4枚の内2枚の羽を破壊。そして外に出ていた冒険者達は全員がホブ・ホバリングから空へ放り出されてしまった。機内で迎え撃った冒険者達も機内の壁や天井、床と様々な所に叩き付けられた。
そしてVIPルームにいる進夢は。
「うああああああああッ!!」
絶叫していた。
きりもみ回転する機体の慣性は無茶苦茶だ。どっちが上でどっちが下なのか1秒もかからずに把握できなくなる。
そんな中。大地竜が追ってきていると言われた時は動揺したルカだったが、窮地に陥り逆に落ち着いていた。
「進夢落ち着いて!」
「うああああああああッ!」
動転して声が聞こえていない。ルカは進夢の胸辺りを掴んで引っ張った。
「──進夢ッ!! 落ち着いてッ!」
動転しながらも進夢はルカを見た。
「お、落ち着けるか! 墜落してんだぞ!」
「私の能力なら何とでもなる!」
ルカの能力。彼女の能力は空中でも作用する便利で強力な力だ。それを思いだした進夢はいくらか落ち着きを取り戻す。
「…………そうかルカの能力なら」
「うん! だから落ち着いて! それに脱出装置が働く筈だよ!」
ホブ・ホバリングの座席は全て脱出装置が備わっており、機体異常の検知か機長がスイッチを押した場合のみ作動する。ルカは自身の能力に加えて脱出装置があれば助かると確信していた。
急場でこそ実力を発揮する。それこそがルカ・ブリーゼという少女だった。
《ビイイイーッッ! ビイイイーッッ! 墜落します! 墜落します!》
《ビイイイーッッ! ビイイイーッッ! 墜落します! 墜落します!》
けたたましい警告音。乗客に恐怖を煽る音量だが、すでにその上の恐怖心から誰も耳に入っていない。
《機長です! 脱出装置を作動させますッ!! 身構えて!》
機長のアナウンスを聞いていたのは機内で数人。その内の2人はルカ、そしてルカに窘められた進夢だった。後に機長は映像記録から適切な判断を下したとして勲章される。実際に搭乗していた乗客からの感謝の言葉も多かった。
機長のアナウンスと共にきりもみが優しく感じるようなGが進夢とルカにかかり、宙に射出された。
内臓を損傷してしまうほどの圧力は少しずつ軽くなり、進夢は目を開ける余裕ができた。
座席に座ったまま宙に滞空する乗客達を支えているのは緊急用ドローン。1席に1台、射出すると座席の内部から自動で起動する。コンパクトながら500キロの荷を運べる量産化された優秀なモデルで、頭上から座席をワイヤーで持ち上げている。
「……た、助かった」
げんなりした声音で呟いた進夢は周囲を見渡した。上空は緊急脱出装置で逃れた乗客が多く見られる。足元では2枚の羽が砕けたホブ・ホバリングが炎を上げながら小さくなっていき、直ぐそこには【憤怒の塔】が聳えていた。
そして違和感に気付く。
「どこだルカ! 大丈夫か!?」
周囲になければならない景色がない。ルカがいないと慌てるが、少し離れた空でルカは冒険者を助けていた。
「大丈夫です! 今助けます!」
視線の先ではルカが空を自由に飛び回り、座席に戻れなかった冒険者達を他の乗客の座席に誘導していた。ルカは風を操る能力を有している。名を【操風絶技】。今は自分から風を噴出し、その膂力で空を飛んでいる。
「────大丈夫だったか」
胸を撫で下ろした進夢はここでやっと現況を探した。油断していたと反省したがそれどころではない。しかし上下左右に首を振ったがそれはいない。訝しげな表情を浮かべるが、しかたないと座席に深く座った。
────すると。
「全員地上へ送り届けますッ!」
瞬間捕縛で花霞舜が颯爽と現れた。そしてその少し上では重力と雪村・美冷・ベリングラードが警戒態勢を取っていた。
「アタシ達はドラゴンを!」
「あま姉頼んだ!」
2人は大地竜を探しに散開、舜は上空の乗客を地上に瞬間移動させ始めた。
(うおおおおおおおお!! 生のLEVEL7パーティー!!)
進夢は声にならない雄叫びを上げた。周囲を警戒する2人に救助に徹する舜。瞬時に役割分担する抜群のチームワークは、目を見張るものがあった。
しかし乗客は300人。乗務員を含めればさらに増える。優秀と言えど全ては賄いきれない。
進夢の近くを漂っていた小学生に成り立てくらいの少年。彼は母親を見つけられずに目尻に涙を溜めていた。
「ひぐっ! お、おがあさんっ!」
憧れのランカー。強力な能力者。驚異的な集中力で彼らを眺めていた進夢も、さすがに近くの少年がグズっていれば無視はできない。
「直ぐに助けが来るから大丈夫だぞ! LEVEL7の能力者だぜ!」
進夢なりに宥めたつもりだが、上空に放り出され親と離ればなれになった少年はその程度ではあやされない。
「…………ううう。帰りたいよお。お母さんどこーー!?」
パニックだった。そもそも進夢の言葉がいっさい聞こえていないようにすら見える。
(ああくそ! こうゆうのはルカの分野なんだよ)
毒づいてもルカは依然、救助にあたっている。ルカはたくさんの人を救助しているのに自分は子供1人助けられない。挙げ句には内心で助け求めてしまっている。進夢は情けなくて子供の顔が見れなかった。
「お、落ち着いて! お母さんも大丈夫だから」
確信のないはったり。これで母親が無事じゃなければこの子に恨まれるなと苦笑いで話しかけた。
「ほんとに!?」
泣きべそをかいた少年の始めての反応。シートベルトを強く握りしめ、身体を乗りだしながら進夢にすがった。
「あ、ああほんとほんと! たぶんもう下に連れてってもらったのかな」
(良かった。 やっと反応してくれた。たいした事は出来ないけどこれで俺も人命救助1名だな)
ほっと一息ついた進夢。
だが10にも満たない少年の行動を理解することは難しかった。
「下いかないと!」
「おおそうだな! 急がないとな…………」
さっきまで泣いてたのに子供って可愛いもんだなと横目で少年を見た進夢は、顎がハズれるくらい口を開いた。
「これじゃま!」
「────っんな! バカ! 外すなッ!」
焦る進夢を不思議そうに見ている少年のシートベルトは制止むなしく押し込むだけで簡単に外れる。進夢は怒鳴りながら自身のシートベルトをやむなく外した。
そして少年は座席からこぼれ落ちる。
「ッッッッッッ!!」
声にならない叫びを上げて、進夢は少年に向かって飛びついた。
「────────っぶね」
少年を抱き止めた進夢は、間一髪の所で座席からむき出しになった足を掴むことに成功した。
────だがその刹那。
「ギイャオ!!」
真下からの短い咆哮。
瞠目した進夢が見たのは雲を割って突き上げるように上昇する大地竜。その進行ルートは少年と進夢を通る位置だった。




