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限界突破のエリクシール  作者: 鈴木君
冒険者学校と狂人の宴

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38/40

家庭の事情


 車がヘッドライトの電気を付け街灯が灯る。立体広告の明かりが強調され、街中は人で溢れかえっていた。そんななか街中の明かりに負けじと目を引くマゼンタ色の髪を持つ少女、夕闇望愛(ゆうやみのあ)は人混みを縫うように早足で歩いていた。


(遅くなったな。余計なことしちまった)


 ついカッとなって闇魔法士(ダークマージ)能力(スキル)のひとつ、毒魔法を使ってしまった望愛は、結果的にそれを進夢に叩き込んでしまった。能力(スキル)は軽々しく使う物じゃないなと軽く反省している。 


 しかし、副担人の美怜(みれい)に叱られ『あんたもよく能力(スキル)暴発してるだろ』と言い返した際には顔を真っ赤にして『反省してないでしょ!』とキレられたのは、いいストレス解消になったと思い出し笑いする。


 なので軽々しくナンパしてきたアスラや足を接着した宗接(むねつぐ)の行いは一旦腹の中にしまうことにした。


(あいつらにはスキルアーツの授業で落とし前つければいいか)


 スーパーで買った食材を入いれた袋を握る望愛はスッキリした顔で家路を急ぐ。


 望愛の家は所謂ボロアパートだが、家賃の安さと部屋の広さだけは悪くない物件だ。冒険者育成推進の制度で家賃は実質無料だ。しかしスプレー缶で壁にアートをこさえられ、そこらに酒の空き瓶が転がっていて治安の悪さが目立つ。


 認証システムの導入すらされてない旧世代の扉は鍵を自ら鍵穴に挿して解錠しなければならない。


「ただいまー」


 張りつめた緊張をといたような声を出した望愛。すでに家には明かりがついていて、お米を炊いている匂いが望愛の腹を刺激した。


「お姉ちゃんお帰りー」


 望愛を出迎えたのは声変わりが済んでいない10歳前後の少年だった。マゼンタ色の髪と紅水晶(ローズクォーツ)の瞳が望愛と同じで、右目に泣きぼくろがある。幼いながらも整った顔立ちの少年は、大人の女性でもほおってはおかないだろう。そして望愛を姉とよぶ彼もまた羽と尻尾がついた蝙愛人(インキュバス)だ。蝙愛人(サキュバス)は男と女で呼び方が変化するが種族は同一で親も同一だ。


「おう、今ご飯作るからな理玖(りく)


 買い物袋を机に置いて、制服の上からエプロンを着用しながら望愛は笑顔を作った。学校ではみせない朗らかな表情だ。


「ご飯は炊いておいたよ!」

「偉いな、さすがオレの弟だ」


 クシャクシャと頭を撫でられ髪の毛が目に入りそうになった理玖(りく)は片目を閉じているが、その顔は嬉しそうであった。


「うん!」


「今日は学校どうだった?」


 手を離した望愛はパックされた肉を出し、キャベツをまな板に乗せる。会話しながら献立を考えて調理を始める姿は、手慣れており日常的に料理しているのが窺えた。


「今日はね、結衣(ゆい)ちゃんに好きって言われた」


 望愛はキャベツをザクザク切っていたが、手を止める。当たり前のように告白されたことを告げられて驚いたわけではないが。その頻度に驚いていた。今週で3人目だ。


「…………またか。結衣(ゆい)ちゃんって誰? 始めて聞く名前だな」

「分かんない。別のクラスの娘で初めて話したし、付き合うってよくわかんないから断ったけど」

「そうか。匂い(パヒューム)はちゃんと抑えられてるよな?」


 蝙愛人(サキュバス)蝙愛人(インキュバス)の発する匂い(パヒューム)は、汗と同じように分泌され異性を興奮させるが、意識して抑えることができる。理玖は自分でシャツを掴んで匂いを嗅いだ。


「うん。大丈夫だよね?」

「…………そうだな、平気そうだ。まあ姉ちゃんも昔は大変だったしな」


 望愛も理玖の匂いを嗅いだが問題はなかった。といっても匂い(パヒューム)は完璧に抑えられるものじゃない。多少は漏れているし、好き嫌いがはっきりしている小学生くらいだと簡単に告白してしまうのもおかしくなかった。


(私から見ても格好よくなってきたしな。理玖が女を泣かせるようなクズに育たなきゃいいけど……)


 心配はそれだけだった。好意を寄せられ過ぎて調子に乗るような男になってほしくなかった。

 

「お姉ちゃんもたくさん告白されたの?」

「オレはお前と違って下手くそだったからな、そのせいで学級閉鎖になったんだぜ」


 下手を打てばそんなことにもなるぞと脅しをかけたつもりだったが、理玖の瞳はキラキラと憧れを抱いていた。


「お姉ちゃん格好いいね!」

「…………お前は気をつけろよ」


 ばつの悪い顔をした望愛は調理を続けた。


「うん!」


(オレのせいなんだ。なのにこんな……)


 胸を張って弟の憧憬の眼差しを正面から見ることができない。激安スーパーで買った食材は賞味期限切れ寸前の半額シールが張ってあるものばかり、老朽化の進んだ家賃5万の家の周辺は治安が悪く、小学生を1人で歩かせていい場所じゃない。それは全て望愛の責任だった。いや、望愛はそう思っていた。


(オレが匂い(パヒューム)を抑えられてれば理玖に苦労させることもなかったのに)


 望愛の脳裏浮かぶのは冒険者(ハンター)だった両親が亡くなった後のこと。


 望愛は母子家庭で育ち、父親の顔は知らないし知りたくもなかった。母親は人間から蝙愛人(サキュバス)に進化した人で、明るく向こう見ずだったが望愛はそんな母親が好きだったし、女手1人で育ててくれていることに憧れてすらいた。


 男遊びが好きだったため望愛と理玖の父親は別だが、望愛と理玖は気にしていなかったし、金は少ないが幸せな家庭を築いていた。しかしある日を境に家庭に陰が差すことになる。


 冒険者(ハンター)として金を稼いでいた母親がダンジョンから帰らなくなったからだ。


 1日経っても連絡がない。この時すでに望愛はおかしいと思っていた。1日帰ってこないことはザラにあったが、必ず連絡があったからだ。


 それから2日、3日、そして1週間経っても帰ってこない。望愛は中学生になったばかりだったが、覚悟していた。冒険者(ハンター)は自己責任だ、助けて貰うにも金で依頼を出すしかない。しかしそんな金はどこにもないギリギリの生活をしている家庭だった。後から聞いた話しだと望愛の母親はLEVEL2、冒険者として生計を立てるにはギリギリなラインで、3人で生活するのは難しいと言われていた。


 望愛は母親が帰ってこなくなってからただ待ち続けてい訳じゃない。2日目には親戚に連絡して、3日目には冒険者協会に相談した助けを求めた。しかし親戚にはいつものことだと取り合って貰えず、母親の奔放な性格があだとなった。冒険者協会には金がないので依頼はできなかった。


 望愛の親戚が家に来たのは母親が帰ってこなくなってから20日経ってからのことで、数人でやってきた親戚は望愛と理玖がいる前で誰が引き取るかと喧嘩をはじめた。主に問題は望愛と理玖の種族だ、異性を誘惑する匂い(パヒューム)が抑えられていなかった望愛は親戚の男も狂わせた。望愛を見る視線が雌を見る雄のそれだったのだ、そうなれば女の親戚に嫌われるのは当然で、誰も引き取ろうとしなかった。


 弟の理玖は幼く匂い(パヒューム)がまだ出ていなかったため、引き取ることができたのだが、理玖が望愛と一緒じゃないと嫌だとテコでも動かなかった。その上、親戚は理玖が嫌がるのならと喜んですらいたのだ。それは望愛の匂い(パヒューム)で学級閉鎖にしてしまった前例もあり、理玖がそうなるのではという懸念があってのことだが、そもそも奔放な望愛の母親の子供を引き取りたくないという前提が全てを集約していた。


 結果は資金の援助という形に収まった。しかし決まったのは母親が失踪してから2カ月が経った頃のことだ。その間何度も望愛は親戚の喧嘩を見せられ、最後にはこの人達に引き取られなくて良かったと思うほどに人の腹黒い面を見せつけられた。

 

 母親の死を悲しむ暇すらなかった望愛だったが、やっと安心できるとほっとしたのもつかの間で、問題が起こった。援助の金額が3万円だったのだ。当初は毎月10万円という話しだったのだが蓋を開ければ月に3万円しか振り込まれていなかった。


 中学生になったばかりの少女にたった3万円で1月のやりくりが出来るだろうか。否、できる筈がない10万でも難しいだろう。望愛は歯を食い縛り母親の遺品を売り、安い家に引っ越し家事を勉強した。毎月の3万円は振り込まれていたが、親戚が家を訪ねてくることは一切なかった。連絡があったのは望愛が高校生になる時に援助を止めるという話しを聞かされた時のみ。しかしその電話で望愛は感謝の言葉を口にした。『毎月ありがとうございます、貴方たちのおかげで生活できています』と。


 その時どんな気持ちでその言葉を口にしたのかは望愛以外に誰も知らない。


 1年が経ちその生活になんとか適応した望愛はいつの間にか匂い(パヒューム)を抑えることができるようになっていたが、目付きが悪く、口調まで変わってしまっていた。


 1年かけて学んだことは"世の中金"ということと"誰も信用できない"ということだった。


 そんな彼女が目をつけたのは何の因果か母親と同じ冒険者(ハンター)だった。LEVELが上がれば1人で活動しても贅沢して暮らせる金が手に入る。自分が匂い(パヒューム)をコントロールできなかったせいで苦労した理玖に楽な生活させてやれる。


 彼女が冒険者(ハンター)をやる理由はそれだけだった。


「っと理玖できたぞー」


 テーブルの上に置かれた料理は肉の野菜炒め。昔を考えれば進歩し贅沢になった。しかしこれでは足りない。外では見せない柔らかい笑みを浮かべているが、彼女の身体の中はいつでも燃えている。


「美味しそう! ご飯よそうね」


 この生活を守るため、そして良くするために。

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