パーティー勧誘
新学期早々1日学校を休むことになってしまった進夢が目覚めたのは空が茜色に染まった頃だった。授業は終わり部活やサークル活動に勤しむ生徒達も活動を切り上げて校内は静まっている。
「よく寝たな…………保健室か」
白く統一された清潔な部屋のベッドから身を起こした進夢は呟く。手の甲に貼られている小さなチップ付きのシールは進夢のバイタルを測るもので、ベッドの脇に数値を表す機材が一定の音頭をとっていた。
冒険者学校とあって実技の含む授業は怪我が絶えない。学校が有する保健室の数は5、1学年につき1つの保健室だ。設備に関しても大型病院と差し支えないといっていいほど揃っており、校内で外科手術が行えるだけの医療体制が整っていた。
気だるそうにベッドを出ようとした進夢は、見舞席の人物に気づく。
「夕闇?」
驚き、つい声に出してしまったが腕をくんで寝ている彼女を起こそうとはしない。昏倒させられた本人なのだが進夢は大概お人好しの傾向がある。
(何で夕闇? ルカかドーラなら分かるけど。やった本人だから責任を持ってって感じか)
小さな寝息を立てている少女の寝顔は安らかだ。普段の寄れば噛みつくぞと言わんばかりの表情は、寝ている時だけはなりを潜めている。
(普段からこんな顔してればいいのに。なんでいっつもピリピリしてんだろ)
大抵ヘラヘラしている自分にはよくわからない感情で生きているのだろう。結局、進夢にはそんな答えしか出て来なかった。
「…………ん」
なるべく気配を消していた進夢だったが、小さな音を感じ取った望愛は吐息を漏らし身動ぎした。起きる前兆だ。
「────ああ悪い。起こしたな」
「………………」
何か答えるでもなく望愛は眉根を寄せる。
(あーあ。いつもの夕闇に戻っちゃったな、寝てると可愛かったのに)
「お前なんかしたか?」
不満げな表情が出てしまっていたのか、望愛が勘ぐってしまう。
「いや何も」
平静を装おった返答に怪しいと思ったが望愛は勘ぐりを諦める。そして何のために保健室に残っていたのかも思い出した。
「あっそ。──────その、朝は悪かったな」
望愛は床のシミを見ながら気恥ずかしいそうにして謝った。まさか謝ると思っていなかった進夢は面食らったが、笑って望愛をからかう。
「お前にも可愛いとこあるんだな、止め刺しに来たのかと思ったよ」
内心では"可愛い"という言葉に動揺していたが、表層に出てきた態度は舌打ちだった。
「平気そうだし帰る」
このままだと調子に乗って馬鹿にされそうだと、望愛はさっと立ち上がり背を見せた。慌てた進夢は声をかけた。
「悪いって、ちょっと待てよ! どうせだし少し話そうぜ」
その言葉に望愛はポカンとして振り返った。自分に話そうと言う人間が珍しかったからだ。
「別に話すことねーだろ」
「まあ付き合ってくれよ。先生いなきゃ勝手に帰れないしさ」
保健室の中を見渡すと寝る前までいた保険医がいなくなっていた。自分がやったという罪悪感で無視して帰ることのできない望愛は乱暴に座り直した。
「…………しょうがねーな」
(変な奴。にしてもあのガキ迷子になってんじゃねーだろうな)
保健室の扉の方を見ながら保険医の心配までしてしまう彼女の本質は意外にも心配性でお節介だ。
「お、サンキュー。んであの後どうなった? マジで一瞬でぶっ倒れたから全然わかんないんだよな」
「どうも何もお前が死にそうで聖女様に助けてもらったんだよ」
「ああそうなの。じゃあお礼しないと」
「何でお前がするんだよ。オレがするからお前はいいよ、聖女様もお前には近寄られたくねーだろ」
「どうせ俺はセシリアさんから避けられるような人間ですよ。しってるか? あの人俺以外の奴ならどんな人間にだって笑顔で対応するんだぜ。常にナンパしてくるアスラ、転入早々ぶちかましたドーラ、ヤンキー夕闇望愛にも」
「お前がオレに喧嘩を売ってるのは知ってるな。もっかい寝るか?」
脅しで手のひらに毒を纏わせた望愛だが口調は優しかった。そんなやり取りを楽しんでいた進夢は謝りながら笑ったが、寝起きで喉が渇いて咳き込んでしまう。
「大丈夫か? ったく、ほら水買っといたから飲めよ」
カバンから出したペットボトルの水を手渡す。
「────ゴホッ あ、ああ悪いサンキュー」
相当喉が渇いていたため、1度傾けたペットボトルは中身がなくなるまで進夢の口から離されることはない。
「あー喉渇いてる時の水ってうめーよな」
「まあな。ほらこっちはスポーツドリンク」
「おお、ありがと」
スポーツドリンクにも少し口をつけた進夢は、望愛をまじまじと見た。
(用意いいな。というか面倒見がいい。見舞い用に持って来てたなら最初からくれればいいのに)
「あの森人と糞メイドに連絡しねーと」
「ん? ルカとドーラか。俺が言っとくよ」
「いや、オレが連絡するっつったからオレがする」
当初ルカとドーラが残って看病するという話しになったが、望愛は2人に頭を下げてその役目を買ってでた。それが望愛のスジだったからだ。
(面倒見がいい上に責任感強いな)
「いいのか? ドーラと喧嘩してたろ」
「チッ別にいい。もう忘れた」
ドーラの顔が浮かびイラッとした望愛だが、フリフォで宙に浮いた画面を手早く操作する。
「そっか。じゃあ俺とドーラとパーティー組まねえ?」
「ん? ああ…………は? 何だって?」
チャットの最中に生返事を返していた望愛はあり得ない要望を耳にした気がした。
「だからパーティー組もうぜ」
以前から考慮していた提案だった。実力がなく誰ともパーティーが組めなかった進夢は、ここでLEVELが上がり同級生と肩を並べる事ができるようになった。しかしほぼ全ての人間が既に固定のパーティーを組んでいる。既に出来上がっているパーティーへ加入するよりも、自身で仲間を募りたいと考える進夢にとって仲間集めが難題となっていた。そこで望愛に目を付けたということだ。喧嘩っぱやいが悪い奴じゃない。この保健室で更にパーティーに迎えたい欲が高まっていた。
「わけわかんねーなお前」
望愛にとって進夢の評価は"根性のある奴"だった。LEVEL1でも諦めずに食らいついている姿には好感すらある。聖女セシリアとのスキルアーツでの勝利は馬鹿にされているものの、彼を認める1つ要因でもあった。その評価は自分だけでなく他の連中もそうなのだと思っていた。なぜなら進夢は最弱という看板を背負っていながらも、友人が多い奴だったから。だからこそ望愛の口から出てきた言葉は"わけがわからない"だった。実力のついた進夢なら誰のパーティーにでも入れるだろと。
「別にわけわからんことはないだろ」
どっちとも取れない返事に進夢は笑う。望愛は視線を左右に考え込んだ。
────だが
「……わりいけどオレはソロが好きなんだ」
色のいい返事は聞けなかった。
「そっか、しょうがないか。気が変わったら何時でも言ってくれよ、まだ俺とドーラしかいないからさ」
「……分かった」
目をつぶって何を考えているのか分からなかったが、進夢は彼女が入ってこれる余地を残した。しょうがないと口にしてはいるが、内心では望愛の加入を諦めていないからだ。
話が終わり、望愛が黙りこくっていると保健室の扉が勢いよく開く。
「おーす! 起きたのか、良かったの!」
ニコニコの笑顔でベッドに駆け寄ってきたのは白衣を着た小学校3年生くらいの可愛らしい少女だった。少女は褐色の肌をしていて、結んだ暗緑色の髪束を肩にふんわりと乗せて垂らしている。クリっとした丸い深緑の瞳とちょこっとはみ出している八重歯が特徴的だ。
「ガウリカちゃん、ありがとう」
名をガウリカ・ブラーミン。進化薬が散布され得た能力が、進夢の起死回生の上位互換である生体復旧だった。しかしその副作用で必要以上に若返ってしまった保険医である。実年齢は3桁を越えている。
素直に礼を言う進夢と違って、望愛は先生に向かっても態度を改めたりしない。
「やっと戻ってきやがった。患者ほっぽって遊び回ってんじゃねーよチビ」
「誰がチビじゃ! 余はこれでも昔はナイスバデーだったんじゃ!」
ムキーと猿のように地団駄を踏んだガウリカの見た目は、保険医をできるように見えなければ、ナイスバディーでもなかった。
「何がナイスバデーだよ。昔はヨボヨボだったんだろ? そのディーが発音出来ないのがまさに年寄りって感じじゃねーか」
「んじゃと小娘! ヨボる前はナイスバデ………いーじゃったのじゃ!」
「言えてねーし、のじゃのじゃうるせー」
「ムキー!! なまいきなのじゃ!」
望愛はガウリカの憤慨してる姿を見てゲラゲラと笑う。
「あんまりイジメんなよ……」
「なにー! 余はイジメられてなんかいないのじゃ!」
ちりばめられた地雷を意図も簡単に踏んでしまった進夢は、背伸びして威嚇してくるガウリカに両手のひらを向ける。
「まあまあガウリカちゃん落ち着いて。今日は巡回でもしてたのか?」
直前まで怒っていたガウリカだったが、質問1つで怒ることを忘れてしまう。
「ん? そうそう、どうせスキルアーツ部の連中が怪我してると思って先に見てきてやったのじゃ。案の定怪我人だらけだったから余が治してきてやったのじゃ!」
えっへんと胸を張ったガウリカは褒めて貰えるだろうと薄目を開けて2人の称賛を待った。
(単純だなーこれ褒めて欲しいんだろうな)
保険医でありながら学生から少女のように可愛がられ、いざ怪我をすれば頼りになる能力でたちどころに治癒してしまう。進夢は学生から絶大な人気を誇る理由もわかる気がした。
「さすが! スゲーじゃんガウリカちゃん」
パチパチと拍手までつけた進夢だが、隣の望愛の進夢への視線はおぞましい者を見るそれだった。
(え、キモ。ロリコンかこいつ…… 間違ってもパーティーに参加しなくて良かったわ)
進夢に次いで望愛からも褒められたいガウリカは1歩、2歩と近寄った。しかし望愛の思考では年齢3桁を越えたババアが子供の姿になって、思考回路までガキに戻りやがったである。
「いい年こいて自慢すんなチビ」
「な、な、ぬわんじゃとーー!!」
進夢の視界に映っているのは教師が生徒に、両手ぐるぐるパンチを当てようとして頭を押さえられているところだが、事情をしらなければ少女の癇癪や我が儘としか見えなかった。




