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限界突破のエリクシール  作者: 鈴木君
冒険者学校と狂人の宴

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36/40

候補達とのあれこれ


 牧場(ファーム)での依頼から数日後の朝、クラスの雰囲気にも慣れてきた進夢(すすむ)が教科書を机に出そうとしていると、1人の男子生徒が腰に差している刀をガチャガチャとあちこちにぶつけながらやってきた。


「す、進夢! (それがし)を匿ってくれ!」


 細身で中背の男は言うが早いか進夢の背中に隠れた。黒い髪は肩にかかるほど長く、切れ長の瞳は臼灰石(グレーストーン)だ。骨を感じるシャープな顔つきは冷静(クール)な印象を受けるが、情けなく"何か"から逃げ惑っているようだ。


「んだよ宗接(むねつぐ)またか?」

「またとはなんだまたとは! 今日はたまたまだ!」


 威勢はいい。だが進夢の背中から何度も顔を出して引っ込めている姿はマヌケそのものだ。


「…………お前いきなり逃げ出したら相手が傷つくぞ」


 呆れた進夢に宗接(むねつぐ)は細く息を吐くと、自信に満ちた表情を作った。


「某を甘く見ないで頂きたい、話しかけられる前に逃げた!」

「余計ダメだろ!」

「馬鹿者! でかい声を出すなとあれほど言っただろう!」


 結べばちょんまげも作れそうな髪を振り乱し宗接は大声をだした。


「言ってねえよ! てかお前の声のほうがでかいからな! つか音もでけえ! 逃げるなら音だすなよ!」

「なんだと! お前は()()()()()側の人間だから()()()側の人間の気持ちはわかるまい! ゾンビめ!」


 "スキルアーツ"の試合がきっかけで聖女のセシリアから逃げられていると揶揄された上に、その時の不名誉なあだ名で蔑まれた進夢に匿うという選択肢はなくなった。


「はいもう知らねえ! おーい! ここに宗接(むねつぐ)いるぞー! 誰か探してないかー?」


 教室中に聞こえるよう張り上げた声はしっかりと目当ての人間の耳にも届く。


「はいはーい! あたしでーす!」


 手を上げてスキップするようにポニーテールを揺らし現れたのは重樹里(しげしじゅり)。進夢達の事情を知っている数少ない人物で、今は同じ依頼を受けた仲間でもある。


「ああ樹里か。そりゃ逃げるよな」

「ええー! 聞き捨てならないな! なんであたしだと逃げるの!?」

「女の中でも女っぽいから?」

「ふふん。まあねーあたしは努力する女ですから!」


 ぷんすかしていた樹里は一瞬でご機嫌になった。彼女の言う通り進夢から見ても樹里の立ち振舞いに感じるものがあった。彼女の使う小物は可愛らしい物が多いし、暇があれば化粧を直している。いつでも明るく軽薄なようだが人を気づかって努めているようにも進夢には見えた。


(まあ確かに?)


「………………」


 2人が話している間、宗接は存在を消していた。進夢の背からびどうだにしていない。


「じゃあ今日も相手にしてくれない宗接と仲良くなろうと努力してたってことだな」

「そゆこと。おはよ宗接!」


 樹里は進夢の背中に隠れた宗接に回り込んで挨拶をした。


────しかし


「っ~~~~~」


 宗接ぐは進夢を挟んで樹里と対角線になるようにしゃがんで逃げる。進夢が呆れて見ているとと宗接の顔が真っ赤になっていた。馬鹿にするのは簡単だがこの宗接という男の女性耐性の低さは小学生でも驚くほどだ。進夢は傍観することにした。


「んーー………おはよ!」

「~~~~っ」


 手強いなと思いつつも樹里は面白がって宗接を追いかける。追いかけられると宗接はまた回る。その繰り返しだ。


(ムキになってる感は否めないけど露骨に仲良くなろうとしてんな。まあ金ももらってる依頼だしな。でもこれで純情な宗接の恋心でも刺激したらどうすんだよ、やり方がいちいち思わせ振りなんだよな。…………つかいつまでやんだコイツらは)


 樹里のやり方に疑念を抱いていた進夢だったが、いい加減席の回りわをぐるぐる回り続ける2人が鬱陶しくなってきた。

 

 進夢がどうにかならないかと考えていると、2人が目立っていたのだろう、奇行を目にした1人の男が豪快に笑いながらやってくる。


「なんだよ宗接! お前も女の子を追いかける楽しさが分かるようになったのか!」


 綺麗な歯を見せる赤髪オールバックの偉丈夫はアスラ・グラトナ。彼の目には宗接が樹里を追いかけているように見えたらしい。


「お前は眼科に行け。……なんだここはボケる奴しかいないのか? 頼む夕闇(ゆうやみ)助けて」

「死ね」

(テメーのそれもボケの範疇だろうが。オレが一番の被害者なんだよ)


 進夢の隣の席というある意味一番の被害者である夕闇望愛(ゆうやみのあ)はひと睨みして頬杖をついた。先ほどから宗接の刀が机にカツカツ当たっているが彼女は無心になって凌いでいた。切れた所で自分の風評が更に広がるだけだと理解しているからだ。かといって冒険者協会へ肌を露出させて出向く危うい判断をしてしまうこともある爪の甘い少女だ。


「おい宗接、夕闇なら平気なんじゃねーの。一人称オレで男っぽいし」

(こいつ殺す)


 望愛は視殺でもするような視線で進夢を睨んだが、見向きもされないので舌打ちをした。


「そ、そ、某はそれどころではないのだッ!」

「ほれほれー可愛い樹里ちゃんですよー!」


 しゃがんで逃げ続けている宗接は息を上げて逃げ続けている反面、樹里は楽しくなって追いかけている。


「かあああ!! 馬鹿だな進夢! お前は望愛ちゃんを何一つ分かってねえ! オレっていう一人称は男好きな本心を隠す為の拠り所に過ぎねえんだ、オレという一言で男っぽいなんてバカの考えだぞ進夢! いじらしい魅力じゃないか!」

「誰が男好きだと色ボケ! 好き勝手いいやがってオレがオレっていって何が悪ぃんだコラ!」


 宗接と樹里の鬱陶しさ、進夢の煽りに耐えた望愛だったが男好きという一言でついにキレる。立ち上がった彼女の右手は深い緑の液体のような物に包まれていて、ボコボコと吹き上がる気泡は粘性があって毒々しい。


能力(スキル)はまずいって望愛ちゃん!」


 アスラのいつも張り付けている笑顔が焦りへと変化していく。望愛の有する闇魔法士(ダークマージ)はいくつもの能力(スキル)を内包した職業能力(ジョブスキル)だ。その1つに毒液を飛ばすという凶悪極まりない能力(スキル)があった。


「おいおい教室でお前の能力(スキル)使うか普通!? うわっ何か目に染みるぞそれ!」


 恐怖耐性が無駄に高い進夢は席に座ったまま文句を言った。狙いがアスラなら別にいいかとたかをくくっているのだが、周囲の人間は逃げ出している。


 その時に小細工をしたのがこの男だった。


「それじゃ(それがし)は!」


 振り向きもせずに教室を駆け抜ける宗接の危機意識は至ってまともだ。それを追おうとした樹里は足をとられてつまずきそうになったのだが、両足が床にくっついて持ち上がらないことに気づく。


「ちょっ! 宗接くっつけたなー!」


(剥離接着(マジックグルー)すまんな樹里殿、仕返しだ)


 宗接はチラリと樹里を見ると教室から出ていってしまう。能力は望愛の脅しだろうと踏んでの悪行だが、動けなくしていくのは鬼畜の所業だった。樹里は見えなくなった宗接に文句を言いながら足に力を入れると、上履きが脱げて前のめりに倒れた。くっついていたのはあくまでも上履きなのだ。


 ポニーテールが頭の上に乗り腰が若干浮いているその姿に腹を抱えて笑ったのは進夢だ。普段から思わせ振りな態度と女の子らしくたち振る舞う彼女のあまりの姿に、ツボを刺激されてしまったらしい。ポツンと残る上履きもひとしおだった。


 樹里は羞恥で顔を赤くさせ、なかなか立ち上がらないので進夢がさらに爆笑する。


「あんなに宗接煽ってたのに、じゅ、樹里! 面白すぎ! 写真とっていい?」


 羞恥の次に台頭するのは憤り。危険を前に置き去りどころか生け贄にされ、慌てて逃げようとすると恥を欠かされた。樹里は怒りを糧に立ち上がる。


「ゆ、ゆ、ゆるさな~~~っい!」


 そして宗接を追って教室を出ていったのは自分が出ていきたかったかもしれない。そして教室から出ていった次の瞬間にはドアから顔を覗かせて進夢を睨んだ。


「進夢もゆるさないから!」


 そして靴下姿の彼女は今度こそ廊下を滑りながらバタバタと走っていった。


 樹里の派手な転倒で教室の時間が止まっていたが、彼女がいなくなりまた動きだす。


「お、おい、色ボケ覚悟は出来てんだろうな!」


 無理をしてアスラを恫喝する望愛は口元がひくひくと笑いそうになってしまっていた。彼女もまた樹里の格好が面白かったらしい。進夢と違い笑わないようにする気遣いが出来ていたが。


「望愛ちゃんここは矛を納めるいいタイミングだよ!」

 

 どうにか助かりたいアスラは引き際を示唆するが、望愛に対してはそれが仇となる。


「うっせえ! オレはせこい奴が嫌いなんだよ!」


 望愛がアスラへと一歩踏み出そうとしたその時だった。その場にいた全員が宗接の小細工が複数に仕掛けられていたことを知った。


「──あ゛っ?」


 接着した上履きで望愛が転んだ先には進夢がいる。


「うわあっ!!」


 上擦った声を出した進夢の顔面の前には、すでに深緑の毒々しい液体に包まれた手があった。分かっていても対処できない間合い、それは綺麗に顔面に吸い込まれていった。


 カエルが鳴くような野暮ったい悲鳴を残し進夢は昏倒した。


「────ってぇな。げ……………」

「す、進夢ーー! 俺の身代わりに!」


 大袈裟に倒れたと思ったアスラは倒れた進夢の肩を揺すって声をかけているが、口から泡を溢れさせるだけで反応がないのを見て焦りだす。元々当てるつもりのなかった望愛は少し戸惑ったが、切り換えの速さは冒険者(ハンター)らしく機敏だ。


「聖女様! このバカ見てくれ! 死んじまう!」


 進夢の起死回生(リストレーション)ならば余程の毒でないと死に至ることはないが、一撃で昏倒するような毒は回復に時間がかかるだろう。しかし能力(スキル)の潜在力を正確に把握しているのも本人のみ、望愛は焦った。そしてアスラもそれに続く。


「ヤバイぞセシリアちゃん!」


 切迫した声は傍観者の1人であった聖女セシリアを動かすには十分だった。おっとりした笑顔を潜め青玉(ブルーダイヤモンド)の瞳を引き締めた。


「はい。毒だけですか?」


 セシリアの瞳は望愛を貫いている。それだけじゃないだろうと。真剣な彼女はふんわりした聖女ではなく、戦場の衛生兵のようにハキハキとしていた。


「あー睡眠系も入ってる」

「了解です。離れて」


 すごすごと下がる望愛は背中に柔らかい物が当たり人集りが出来ていることに気づく。その背にいたのは耳を萎めさせたルカと、珍しくおどおどしているドーラだった。


 罰の悪い望愛は頭をかいて溜め息をついた。


(聖女がいればひとまず安心か。ほんとに当てるつもりはなかったんだけどな………… 誰も信じやしねえか)


 彼女の周囲だけは人集りが捌けていっている。恐ろしいのかその避けかたはまるで望愛が毒その物であるかのようだった。

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