魔王候補
盛大かつ、つつがなく進行した入学式。めでたく進夢達は2年生に、そして1年生の先輩となった。じっとしているのが嫌いな進夢は肩のこる無駄な儀式だと斜に構えているが、一緒に教室に戻って来た3人はそうでもなかった。
「今年の新入生も有望株がたくさんいたねー!」
「樹里ってばもう先輩風ふかしてるの?」
「さすが偉そうな態度してる男の妹なだけありますね」
各々好きに席を陣取って向かい合っている。重力羅の妹で勇者パーティーの重樹里は孔雀石の瞳を輝かせ、新1年生の面々を想起していた。
「えー! 違うよー!」
ルカとドーラにからかわれてた樹里はじゃれるように否定した。彼女は体育館の帰り道に3人が歩いていると「私もいくねー」と合流してきたのだ。兄の話しに興味があるようだ。進夢としては力羅の話しが樹里に話していい内容なのか分からないので一抹の不安が残るが、気にしても仕方ないと快く樹里を合流させた。
「ほんとにー?」
「怪しいです」
女3人よれば姦しいと言ったもので3人は下らない話しできゃっきゃっと盛り上っている。因みにアスラほど女子との交流に慣れていない進夢は話しに入れないでいる。
──それを見かねたのか。
「ほんとほんと! でもでもーかっこいい子がいないかなーっとは見てたけど?」
樹里は蠱惑な笑みで進夢にウィンクする。
(……違うって分かってるけどさ。俺のこと好きなの?)
彼女からすれば善意の会話に入れという振りだが、その思わせ振りな態度は男子生徒達を勘違いさせる。樹里の小悪魔ぶりは有名で進夢は知っているし何度も味わっているが、それでも考えてしまうのだ。それもひとえに樹里の人当たりの良さが原因だ。誰の懐にでもすんなりと入ってしまう愛嬌は真似できるものではないだろう。
「樹里は面食いなんですね。やはりクラスでは勇者ですか?」
「えっ!? ドーラそんなの聞いちゃうの!」
進夢の胸の内は置いて話しは進む。
「ノンノン。こう見えてあたしは性格重視派だよ。もちろん勇也は性格も見た目も格好いいと思うけどね。タイプじゃないかなー」
(……俺のいる所で話さないでくんないかな、気になるんだよ)
興味ないふりをして進夢はフリフォを弄っているが、ダンジョン攻略のホログラム画面は次々に跳ばされていく。
「では誰ですか?」
「だ、誰誰っ!?」
遠慮していたはずのルカは誰よりも興奮している。恋ばなが好きなお年頃なのだ。そして進夢もフリフォを弄る指を止めている。
「うーんそれはねぇ………………進夢とか、かな」
口と目をハニワのように開いた進夢が樹里を見ると、イタズラが成功した子供のようにニシシと笑った。進夢が聞き耳を立てていたのに気づいていたのだ。
「え、ええええっ!!!!」
「どこが? どこがいいんですか!?」
赤面を隠すようにうつむいた進夢と嬉しそうに笑う樹里。ルカとドーラには進夢が満更でもないような反応をしたと見えた。つまり見過ごすわけにはいかないということだ。
「どこがかー。激しい夜が過ごせそうな所とか?」
「ど、ど、どういうこと!?」
「さ、最近の女子高生は進んでいるようですね」
(こ、こいつ人が言い返せないの分かって下ネタまでぶっこんできやがった!)
顔を上げたくない進夢は口を出せない、樹里の独壇場だ。
全員が手のひらで踊らされている。パーティーを組んでいるルカは気づいてもいいところだが興味津々の恋愛トークで、ましてや進夢が絡むとあっては冷静じゃない。ドーラは鯖読み高校生の設定を露見してしまいそうだ。
しかしここでタイムアップ。
「おー全員そろってんなーって樹里いるし」
「予想はできたじゃない」
LEVEL7教師の力羅、美怜コンビが教室に入ってきた。ドーラとルカは続きが気になったが、樹里はもう話すつもりは無い。
(助かったー何言われるかわかったもんじゃねーよ)
ほっとしている時間もなく、力羅から指示が出る。
「農場で話したい」
「了解しました」
話の早い会話だ。ドーラは直ぐに空間を歪め農場への入り口を作った。ここにいる人間だけの通行を許可して。
樹里だけは驚いていたが、皆が入って行くのに付いて問題なく入り口を潜っていった。
牧場についたドーラは普段ののらりくらりとした言動や、人をおちょくった行動をする人間とは思えない手際の良さで、テーブルや椅子を用意する。カットした果物の軽食やペットボトルのお茶まで準備した。彼女なりのメイドとしての矜持があるのだ。
メイド服への早着替えや離れた場所への設置など、次元創作の扱いにも磨きがかかっている。
重兄妹と美怜があっという間の早業に拍手をしてしまったほどだ。
「ではどうぞご着席ください」
ドーラはこれ見よがしに最初に座りふんぞり返った。ここまでして誰も文句を言う人間はいなのだが、ドーラなりの照れ隠しのようなものだった。
「……凄いわね」
「わードーラって凄いんだね! 能力牧場だけじゃないんだ!」
「ありがとう。羨ましい限りだな……」
ドーラの能力を初めて体験した3人の感想だ。ダンジョンの攻略経験豊富な力羅と美怜その利便性に舌を巻く。
全員が席につくと早々と本題に入る。
「早速だけど魔王のことで話しがある」
「アタシは話すの反対なんだけどね、パーティーの総意ってことになってるから」
(【憤怒の塔】を攻略できる人間をみすみす逃せないってのが本当のところだけど、大人が揃って情けない話しよね)
美怜にとってこの会談は不服なのだが、話さないわけにもいかないと踏ん切りをつけてきた。
「…………魔王ですか、確か勇者と聖女の近くに現れるけど誰かは分からないって話しでしたよね」
真剣な表情をしている力羅に進夢は真面目に答えた。
「そうだな。ただ魔王になるって言うくらいだ、それなりに人間性が問われるんじゃないかと推測してる。たとえば人を傷つけることに躊躇いがないとかな」
「確かに。魔王になるってことは魔王らしい性格をしてないとおかしいですよね」
進夢は納得して頷いた。力羅と美怜の前とあって話すのを躊躇っていたルカだったが、ある可能性を憂慮して発言することにした。
「でも能力が勝手に付与されたとしたら魔王の能力に性格が変えられるって可能性もあるよね」
「それは私達も考えたわ。でも勇者の柚木勇也と聖女のセシリア・アスフォートは元々の性格がゲームや文献にある勇者像、聖女像に近しいものだったらしいし昔から今の性格だったということね」
興味のない話ではあるがドーラは頭に入るように聞いていたので、美怜の言いたいことはわかった。
「魔王もまたそれに倣うのが妥当ということですね。私もそれには同意見です。だからといってルカの考えも無視はできませんが」
力羅が頷いた。【嫉妬の塔】を攻略し魔王の出現条件の記載された紙を手に入れた彼等だが、妹と含め進夢達に持ちうる知識を正確に伝えていない部分がある。勇者、聖女の近くの人物で負の感情を抱えている人が魔王になるという箇所だ。
そして彼も"負の感情"という漫然とした言葉に、どこまでの範囲が負の感情なのだろうかと疑問を持っていた。ムカつくことは日常に転がっているし、大地竜の討伐で進夢達に迷惑をかけたことは悔やんだ。そしてこれが"負の感情"だとするのなら勇者の担任として教壇に立つ自分自身も魔王の資格があるのかもしれないのだ。そして魔王の能力が付与されれば、ルカの言うことも可能性の1つとしてあり得ると考えている。
ここにいる生徒達が魔王になるとは考えにくいと思ってはいるが、絶対はない。ここは敢えて性格が関係していると説明した。それもあながち間違ったことではないから。
「ふーん。珍しいよねお兄ちゃん達があたしに危ない話しを教えてくれるのって。…………でもそっか仕方ないよね、怪しい生徒の過去を調べたって全てが分かる訳じゃないし私達に協力して欲しいんだ」
合点がいった樹里は厭らしく微笑んだ。力羅と美怜の事情を汲み取って看破したのだ。
2人は顔を見合わせてため息をついた。
「……そういうことだ」
「情けないことにね」
「やっぱり。じゃあ候補も絞れてるんでしょ。誰を調べて欲しいの?」
樹里は前のめりになって情報を引き出そうとする。これまで子供扱いされ力羅パーティーに参加できなかった樹里は彼等に頼られるのが嬉しかったのだ。
しかし樹里が自然とこの会話に混ざっていることに違和感がある進夢は、これ以上話しが進む前に聞くことにした。
「今さらだけど樹里は魔王のことも、俺達のことも知ってるんだな」
「ん? ああごめんね! 言ってなかったけど聞いちゃった。どっちも知ってるよ」
前のめりだった姿勢は慌てて謝ることで戻りお茶目な笑顔を浮かべている。誰もが許してしまいそうな毒気のなさだ。しかしパーティーのルカは見逃さない。
「私も聞いてなかったよ?」
「ごめんルカー! あたしも聞いたばっかりだったから言う暇なくてさ! これでもルカが大変だったこと聞いてお兄ちゃんから色々聞き出したんだよ!」
ルカの腰にわっと抱きついた樹里はルカのお腹に顔を押し付けている。何か誤魔化されているなと思いつつもルカは樹里の頭を撫でてこれ以上追及はしなかった。
2人がじゃれて話しが止まると進夢が頭を下げる。
「すいません何か俺のせいで話しそらしちゃって」
「申し訳ありませんうちの進夢が。この子要領が悪くて話の流れに付いていけないんです」
「お前は黙っとけ!」
さらに話しを拗らせようとドーラがでしゃばるも進夢が一喝する。それで響くような人間ではないが。
「お前ら仲いいな」
そのやり取りをみて力羅が笑っているので、頼りにならないと美怜が力羅を押しのける。任せていたら彼等と一緒になってふざけだし兼ねないと分かっているのだ。
「邪魔。────それじゃ要件を言うわ。これから皆に頼むことは危険が伴う可能性があるの、だから強制はしないし断っても文句はないわ。どっちにしても他言無用よ」
気の強い美怜が全員を見渡す。少々足元から冷気が漏れているのは注目させるためだ。けして文句を言いかけた力羅への牽制ではない。
彼女の真剣な視線に全員が頷いた。
「私達は性格、家庭環境、能力を頼りに魔王になりそうな人物をピックアップしたわ。もちろん学校の生徒だけでなく勇者と聖女の身近な人間全員ね。でも魔王の話しを知っているのは少数だし人手が足りないのよ。学校外のことは任せてあるけど校内のことは私達4人で見なきゃならないの」
「圧倒的人材不足だな」
力羅が合いの手を入れ、皆が相槌を打った。
「そこで事情をしっていて信頼できる皆に手伝って貰いたいという話しよ。因みに報酬と費用もちゃんと出すから」
報酬という言葉に学生達は色めく。LEVEL7の超がつく金持ちからの依頼に期待しないほうがおかしいのだ。
「それなりの金額を出すつもりだけど、それは依頼が危険な上に精神的にも良くないからよ。依頼を受けるなら皆がやることは友達へのスパイのようなものだしね」
友人を怪しむという裏切りは精神的に良くないし、1つ1つの行動に疑心暗鬼を生みかねない。大きな金額は精神のケアにも必要だと力羅パーティーは考えている。
神妙に頷こうとした学生達だったが、力羅の一言でまた色めく。
「とりあえず依頼を受けたら1人1000万が前金として振り込まれることになってっから」
金額を最後に言おうとしていた美怜は力羅を睨み付ける。1000万という金額に学生が浮き足立つのは当たり前なのだ、具体的な依頼内容を説明する前に言って欲しくなかった。
美怜は誰にも見えないように力羅の椅子から小さな氷を生やしてお尻を刺した。
「──いてっ!」
彼の悲鳴に皆が驚く。そして愕然とした力羅が見つめる先には美怜がいた。そこで彼女はフリフォで3人のホログラムを写し出した。
「で、皆に見ていて貰いたい人をこれから教えるわね、質問は全員話した後で。まず1人目は素行不良の夕闇望愛。2人目は施設育ちのアスラ・グラトナ。3人目はNESUと契約している本田宗接、クラスでは特にこの3人が怪しいと思ってるわ」
進夢、ルカ、樹里3人の息を飲む音だけが、陽気のいい牧場内に虚しく広がった。




