冒険者協会
八王子駅北口を出て直ぐに視界に入る木造建築のレトロモダンな建物、それが冒険者協会だ。西部開拓時代の酒場のような雰囲気がでていて、ここ30年で大きく繁栄した日本の街並みではよく目立っている。
「瀟洒な建物ですね」
「オシャレだよね。ゲームとか漫画に出てくる冒険者ギルドを参考に作ってるらしいよ」
「掲示板に貼ってある依頼書を剥ぎ取って依頼を受ける、みたいなやり方はしてないけどな」
協会の前で建物を見上げた3人は口々にした。
「まずはドーラの登録からだね」
ルカが入り口に立つと両開きの引戸が自動で開く。見た目はレトロでも技術は現代的だ。協会の中は遮蔽する物が少なく、フードコートのようにテーブルとイスが並んでいて、400人分の座席が用意されている。内装も木で統一されているが、植物や呼び出しの案内などはホログラムが採用されている。
夕方とあって込み合う時間帯なので半分ほどの座席が埋まって、居る者の殆どが冒険者だ。ルカのように装備した者も多いが、逆にドーラのようにコスプレのような格好をした者もそれなりいる。ダンジョンでドロップする装備は様々だ。
因みにルカはコートを羽織り帽子を被っている。ナンパ防止策だ。
「すごい人ですね」
「あんまキョロキョロすんなよ。こっちだこっち」
放置していたら服屋の時のように誰彼構わずに絡んで行きそうなので、進夢はドーラの腕を掴んで発券機の方へ連れていく。入って右の壁沿いにある。正面は買い取り所で、左面は飲食店が立ち並ぶ。
冒険者は力を使う仕事だ。魔物との戦いは命を掛ける。そんな仕事なので攻撃的な人間が冒険者に向いているのは仕方ないことだろう。進夢はドーラの手を離すつもりはなかった。
幸い発券機は空いていた。殆どの用事がフリフォ内の冒険者協会アプリで済んでしまうからだ。ドーラの協会登録もフリフォで出来るが、施設の説明がてら利用することにした。
「これで登録するんですか、ATMみたいな物ですね」
「そうだね。フリフォと同じような感じだから簡単だよ。新規登録で言われた事を記入してくだけだから」
「────んじゃ俺は待ってるぜ~」
「──あっちょ」
ルカが振り向いた時には進夢は座ろうとしていて、座るとテーブルに頬杖をついて人間観察を始めていた。諦めてルカはドーラの世話をする。
(誰か有名な冒険者いねーかな。冒険者協会にくる楽しみってこれだよなマジで)
人間観察をしている進夢の原動力は、有名人に会えないかなというミーハーな思考だった。この辺りを拠点に活動していればテーブルで食事をしていても不思議はない。進夢はざっと見回しただけでメディアやSNSで見かける人を数人発見した。
(……あの人LEVEL5の懸賞金冒険者だ。あの人は確かLEVEL4の配信者だ、確か攻略冒険者だったな。すげーやっぱ東京は有名人が多いな)
懸賞金冒険者の男は琥珀色の液体が入ったグラスを揺らして氷の音を楽しんでいる。カーボーイハットの似合う渋い男で、アメリカ人だ。冒険者協会によく似合っている。攻略冒険者の男は数人の仲間と終始笑顔で談笑している。よく見るとカメラを置いて撮影もしているようだった。髪の色を派手に染めて、装備も派手だ。渋谷、原宿の街並みに似合いそうだなと進夢は苦笑い。
(……なんか居る人間の世界観が違い過ぎて混乱するな。うちのメイドも人のこと言えないけど。──ん?)
進夢の瞳が捉えたのは買い取り受け付けの個室から出てきた蝙愛人の少女だ。泣きぼくろを歪ませた彼女の表情はいかにも不機嫌そうだった。
(夕闇…… あのバカなんの対策もしてないぞ)
夕闇望愛が個室から出ると、テーブルで談笑していた男達が望愛を盗み見ている。蝙愛人のフェロモンは異性の関心を嫌でも集めてしまう。望愛もルカのように身を隠すべき1人なのだ。
いつの間にか配信を止めていたLEVEL4の配信者も、望愛を見て指をさしている。笑みを深めるパーティーはどこか不気味だった。そしてカーボーイハットの男も一瞬だが望愛を盗み見ている。
(おいおい、頼むから厄介なことにはなんないでくれよ……)
望愛は不躾な視線を送る男にガンを飛ばしながら、憮然と協会の出口へと向かっていく。進夢の願いが通じたのか無事に望愛は協会を後にした。彼女を追うようなバカもいないようだ。
(──危ね~。何かあっても俺じゃ助けられないぞ)
冒険者を生業とするには最低でもLEVEL2が必要と言われている。つまりここに居る人間の殆どはその基準を満たしている上に、進夢よりも経験が豊富だ。とても敵わない。
「ちょっと進夢押し付けないでよ! …………何かあった?」
会員登録が終了したルカがドーラを伴い怒りながら戻って来たが、進夢の様子がおかしいので顔つきが変わる。
「いや、ありそうで大丈夫だった。夕闇が居たんだけど、あいつダンジョンの格好そのままで協会に来ててさ、かなり見られてたから」
ルカにはその説明でおおよその検討がついた。
「それ危ないよ…… 望愛ちゃんは本来私なんかよりずっと気をつけないといけないのに」
「だよな。俺も見ててハラハラしてさ」
「やっぱりちゃんと注意しないとダメだね」
「あいつが人の話しを聞くとは思えないけどな」
頷いたルカは考え込んでいる。これまでも同じように協会に来ていたとあれば問題だ。
(人の少ないダンジョンを選ぶ警戒心はあるのに…… 気をつけないといけないのはダンジョンだけじゃない)
ルカは帽子を深くかぶり直す。
「超絶美少女ロボの私は仮面でもつけたほうがいいでしょうか」
「その前にルカみたいにコートでも着てくれ」
多様な装備でコスプレのイベント会場もかくやといった協会内だが、ルカのようにちゃんとした装備が殆どで、ドーラのような本格的なコスプレ感のある装備は少数だ。目立つものは目立つ。
「仕方ないですね」
虚空に腕を埋めたドーラは先日購入したコートを取り出して羽織る。このような場面も想定して購入していたルカは優秀だが、始めから羽織らせるべきであった。
「あ、バカ!」
「ちょ! ドーラ!」
2人とも小声でドーラを怒鳴り、周囲を見渡す。人前で能力を使うべきではない。特にドーラの次元創作は珍しい上に、ダンジョン探索で非常に有効だ。無理な勧誘があってもおかしくない。幸い誰も見てはいなかったが。
「あ、無闇に使ってはいけないんでしたね」
「頼むぜ?」
「……もう」
反省しているのかわからないドーラに念を押した進夢は買い取り所に足を向けた。
「早く済まそう」
「うん」
「了解です」
買い取り所は予約受付機を操作すれば予約できるが、フリフォの冒険者協会アプリでも予約できる。ルカがドーラの登録を終えた時点で予約をしていたので順番待ちは数分で済んだ。混んでいても元々回転が速いのだ。
呼び出し番号をホロで確認し、防音の個室に3人は入っていく。室内は椅子が4つ、そしてカウンターがあり、その向こうに受付嬢が1人というシンプルな作りをしていた。個室の上に防音という仕様には高額買い取りを周囲に露見させないためだ。以前は大きな窓口で買い取りをしていたが、高額の買い取りの後に強盗される事件が頻発したため改められた。
「ご利用ありがとうございます。本日のご用件は買い取りでよろしいですか?」
室内に入ると受付嬢に笑顔で迎えられる。受付嬢はタイトで可愛い制服にスカーフ。髪はポニーテールに結んで清潔感がある美しい大人の女性だ。彼女の笑顔と声でそこは外のガヤガヤした空間から静謐で落ち着いた場所へと早変わりした。
進夢とルカはペコペコと頭を下げてカウンターの前に座る。ドーラは普通に座った。
「はい、そうです」
代表したのはルカ。彼女は早速ドロップ品を腰ベルトのポーション入れから取り出した。3本のハイポーションだ。
機械的に対応していた受付嬢だったが、試験管を目にした途端に3秒ほど停止した。妙な間があったが笑顔を取り戻し受付嬢は口を開いた。
「………………これはハイポーションでしょうか?」
「はい、そうです」
「失礼ですがこれはダンジョンで?」
受付嬢はここで3人を見る。
(えっと確かこの娘はルカ・ブリーゼさん、16歳でLEVEL3か、優秀だ。2人は分からないけど若いなあ。流石に盗品じゃないだろうし、平気だよね。いい宝箱でも見つけたのかな、羨ましい)
「はい、そうです」
受付嬢の質問でルカは内心ドキドキしていた。悪いことをしている訳ではないのになぜか心が落ち着かない。警察官が近くに居るとなぜか挙動不審になってしまう、そんな心境であった。
(い、いいんだよね。ハイポーションを3本も! どこで手に入れたか教えろって言われたらどうしよう…… それになんか疑われてる? へ、平気だよね?)
表情から緊張は読み取れないが時折帽子の中で耳がピクリと動いていた。
「分かりました。それではお品を預かり鑑定の後にアプリにて連絡させて頂きます。確認して頂いて了承の返事を受けましたら、購入代金のお振込みを致します。」
「はい、わかりました」
買い取り受け付けの回転が速い理由はこれだ。品を預かり後日振り込む。買い取り額に納得いかなければ自宅まで配送もしてくれる。
「お振込みはルカ・ブリーゼ様の口座でよろしいですか?」
「あ、いえ、3人の口座に均等にお願いします」
「はい。そうしましたらお2人のギルドカードか、アプリの会員証ホロの提示をお願いします」
「はい。進夢、ドーラ」
2人は直ぐにQRコードのホロを投影した。受付嬢はそれをペンライトのような機材で読み取る。
「……はい、確認しました。能化進夢様とドーラ様ですね。では3人の口座に均等に振り込むように手配致します。他にご用件はございますか?」
(え? この娘LEVEL4だ、年齢は16歳…… 天才だ。 え!? こっちも同い年だけどLEVEL1!? ヒモなの?)
登録の更新をしていないので進夢の表記はLEVEL1になっていた。受付嬢は蔑んだ視線を進夢に送ったが、進夢は美人に見つめられて恥ずかしがった。
(な、なんかめっちゃ見られてる)
ドーラの年齢や口座の作成は力羅が手を回していた。進夢の帰還の翌日にはドーラはしっかりと日本国民として存在を保証されている。
「大丈夫です」
「はい、ではまたのご利用をお待ちしております」
頭を下げ続ける受付嬢に見送られ、そのまま冒険者協会を出ると、ハッとしたルカが口を開いた。
「魔石とか売るの忘れてた!」
笑う進夢。緊張して3人してハイポーション以外のドロップを忘れていたのだ。また並ぶのも面倒ということでそれは後日売るとして3人は帰宅していった。




