大地竜
岩窟を2つの影が凄まじい速度で駆け抜ける。力羅と美怜は既に大地竜から見えない位置まで逃げていた。
『ギイヤオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!』
(うるせ! クソ。でかトカゲめなんで起きてんだよ。この時期はだいたい寝てるって話しだったけど間が悪かったか。────いや、たぶん能力だ)
大地竜は最初から力羅達を見据えていた。その違和感に能力を疑う。力羅は寝てれば一瞬で終わったのにと1人ごちた。
『力羅プランB!?』
『ああ! プランBだ! 上から一方的にやる!』
『オッケー!!』
力羅は片耳に手を当てた。
*
────30秒前。
1人残された舜を映す為にドローンが数機残り、映像も同時に2つ流れる。
『さあ、どうしますか? ドラゴンさん』
悠然と歩みを止めない舜に向かって大地竜は巨大な口を開いた。
『ギイヤオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!』
舜は咄嗟に耳を塞いだが、耳鳴りがするほどのダメージは受けている。それでも表情はいまだ涼しい。
『うるさいですね……』
『ギャオッ!』
大地竜は射程にのこのこと入ってきた人間を叩き潰す。だが叩き潰した筈の手に感触がなかった。大地竜にとって人間なぞ虫のようなものだが、潰したのがわからないほど小さくはない。そして先ほどから自身に向かってくる何かを大地竜は避けていた。
『動きが速い。さすがに私1人じゃ時間がかかってしまいますか。────それに避けてますね』
隙があれば倒してしまおうかと考えていた舜だったが、大地竜の身体能力が想像以上だったので、即時あきらめて予定通り釣りだすことにした。
作戦では寝ている隙に倒してしまうのがプランA。起きていた場合は舜が外まで連れ出して遠距離で倒すのがプランB。大地竜は空を飛べないドラゴンなので、遠距離は力羅達に有利な戦法だ。
『ギイャオーー!!』
ムキになって腕を、足を、尻尾を振り回す大地竜。だが捉えたと思った瞬間、別の場所に人間が現れる。大地竜は虫を潰すくらいの気持ちでいたが警戒心を強めた。
────この人間はここで潰さなければと。
*
そして同時刻。
無線のイヤホンから力羅の報告が入る。
『あま姉、こっちまで飛んできて』
『釣りはいいんですか?』
『たぶんそいつ感知系の能力持ちだ、追ってくるよ』
確証はない。だが長年付き合ってきて、力羅が言うことなら信じられた。舜は間髪なく折り返す。
『わかりました行きます』
次の瞬間には舜は力羅の隣に現れた。
『あま姉とりあえず奴が出てくるまでは掴まってて』
『はい』
宙に浮かぶ3人は岩窟の入り口を凝視している。美怜は舜の反対側の力羅の肩に掴まって能力を貯めていた。空いてる手の先は頭上。そこには周囲の雪や氷を集めて固めた氷塊ができていた。そのサイズは大地竜を越える。そしてまだ大きくなっている。
「う、うおおおお! 話してる暇がない! あんな氷の塊当たったら町がなくなるぞ!」
「ね! てかやっぱり瞬間移動って凄いよ! というより舜さんが凄いのかな、隙あらば落ちてる石とか大地竜の体内に送ろうとしてたもんね!」
竜と離れた少しの暇。その隙に進夢とルカは感想を吐き出した。とにかくこの興奮を共有したかった。
「そうそれ! 普通の瞬間移動って触れないと使えないとか制限があるんだけど、舜さんのはそれがないからな! マジで強いよ」
舜の能力、瞬間捕縛は自身以外でも、最大重量さえ越えなければ瞬間移動させることができる。それが進夢の知ってる舜の能力だ。
「それを1度も受けなかった大地竜も凄いよね、あの身体のサイズで全部避けてた。遅そうな見た目なのに」
「災害級の魔物だからな、迷宮の推奨LEVELでいったら10とかの魔物だろあれ」
LEVEL10なんてファンタジーだなとルカは笑う。人類の最高LEVELですら今のところ8なのにと。
「でもほんとにそのLEVELのモンスターだよね」
「間違いない。LEVEL7が3人で戦ってるモンスターだからな…………くるぞ!!」
ズシンという重い音と共に地鳴りが響き、岩窟の入り口にある大きなつららがパラパラと砕け落ち新雪に突き刺さる。周囲では小さな雪崩も起き始めて、富士山が噴火するのではという様相だ。
地鳴りが大きく、大きくなっていく。
────そして。
『ギイヤオオオオオオオオオオオオッ!!!!』
岩窟入り口の上部を粉砕しながら飛び出した大地竜は口の端の薄革も震わせ今日1番の砲口を上げた。
大地竜が砕き飛ばした氷や岩石の塊は散弾となって上空にいた3人へ襲いかかるが、すでに大地竜の倍になる美怜の巨大氷塊が容易くそれを巻き込んでしまう。
『美怜外すなよ!』
力羅は発破をかけた後すぐに大地竜と巨大氷塊の引力を結んだ。
『美怜さんいまです!』
『────わかってるわよ! いッけえ! フリージングライトオオオオオオオッッ!!』
時間いっぱい最大のチャージ。
野球ボールを投げるような上投げの動作をとった美怜は、気合いの裂帛で腕を振り切る。
大地竜に向かう氷塊は巨大過ぎる故に遅く感じるが、時速150キロを越える速度で襲いかかろうとしていた。
大地竜は怯むどころか足踏みして喉を鳴らした。氷塊を睥睨すると、足に力を貯めて自身より遥かに巨大な氷塊に体当たりした。
『ギオッッ!! ギイヤオオオオオオオオオオッッ!!!!』
鈍く強烈な衝突音。短く漏れる砲声、そして勝利の雄叫び。砕け散った氷塊はまるでダイヤモンドダストのように周囲を演出した。
『げえ。アタシ今のでかなり疲れたんだけど!』
そういつつも美怜は行動する。停滞は死に直結するからだ。美怜は魔道具の靴をスノーブーツからスノーボードに変えた。彼女の上空での戦闘スタイルだ。自ら生み出した雪で滑ったり押し出したりして機動力を得る。
『ですが』
『ダメージは』
『あるみたいですよ』
舜の上空戦闘手段は瞬間移動で常に移動し続けるというもの。移動時の運動エネルギーは残すか残さないか舜の意のままだ。舜は高い所から落ち、そしてまた上に瞬間移動して落ちを繰り返し、落下速度を速めた。
そして次の瞬間。
『くらいなさいッ! テレキャプチャーッッ!!』
大地竜の頭上に現れた舜は前宙1回転かかと落としを繰り出した。自身の体内に送られてくるのとは違い、直接の害を感じなかった大地竜は反応が遅れた。
────そして。
『ギオッッ!!』
後頭部に着弾したかかと落とし。大地竜はくの字に折れ曲がる。LEVEL7の身体能力、落下速度の充填、氷塊との正面衝突。数多の冒険者の攻撃を防いできた大地竜の鱗が砕けた。
『やっぱりです。頭の辺りから突っ込んでましたからね、脆くなってると思いました』
『さすが舜さん!』
いつの間にか美怜の後ろに2人乗りしていた舜が大地竜に弱点を作った。鱗が砕けた辺りは赤黒い肉が見えて、大地竜は地面を揺らしながらもがいている。
『後は頼みましたよ力羅』
『まかせろ!!』
ここまで力羅は補助に徹していた。3人分の空中浮遊の保持。氷塊と大地竜で引力を結び氷塊に落下の属性を付与。舜の重力を重くすることで落下速度の上昇など、細かな配慮が目に見えない所で行われていた。
だがそれもここまで、舜が肩から瞬間移動して補助の時間は終わった。鋭い目付きで粗野な笑みを見せた力羅は、魔道具の衛星球に腕を軸にして回転するよう能力を発動する。回転は速くなり、紫に発光する5つの衛星球の軌跡が線になる。形状がラグビーボールを更に細くしたような形に変化していくのは、衛星球の能力の1つだ。
力羅が自身と大地竜の引力を結び、繋がっている自分ごと強力な重力で落下しだしたその瞬間だった。
『グギイャ!! ギャオ! グギヤオオオオオッッ!!』
大地竜を覆う鈍色の鱗が蠢く。砕けた後頭部の鱗が再生し、腕から脇の下にかけて新たに翼の形に鱗が生えてくる。
『くらえッ! グラビティイイイイイイイイッッ!!!!』
大地竜の挙動がおかしかったが力羅は攻撃を止めない。
しかし大地竜はできかけの翼で宙を1扇ぎしただけで数十m後退し、力羅は既所で遠心万有を外した。大地竜の代わりに遠心万有を受けた斜面は力羅を中心に抉りとられたようなクレーターとなり地形を変えている。
『くそっよけやがった!』
2人が滑空する場所に上がり力羅は愚痴る。
『翼…………でしょうか?』
『ちょっとちゃんと重力かけたの!?』
『全力でかけたよ! でも動いた!』
LEVEL7最大出力の能力、一般人であれば地面の染みになっていた負荷だったが、大地竜はできかけの翼1扇ぎで避けてしまった。
『素の力だけで避けたなら化け物ね……』
『────わかりません。竜種ならありえるかもしれません』
『ああもうっ! 聞いてないことばっかじゃない!』
美怜達3人は事前に大地竜に挑んだ冒険者達の映像を見て予習してきていたが、探知も再生も翼も映像には出てきていなかった。そもそも殆どの冒険者が瞬殺され、大地竜がダメージというダメージを受けている場面がなかったのだ。
『翼が完成した! 来るぞ!』
ジロリと3人を睨んだ大地竜は、低い声を漏らすと翼を羽ばたき跳躍。滞空した。
バサリ、バサリと一定感覚のはためきが速くなり、大地竜は3人に突進する。
『衛星球ッ!!』
5個で1組の魔道具である衛星球の形状を平たい丸、盾のようにして大地竜を迎える。その間、美怜は貯め攻撃の準備、舜は2人をつれて逃げられるように構えていた。
────しかし。
『ギオオオッ!』
いつまでも経っても衝撃がこない。不審に思った3人は衛星球から顔を覗かせたが、肩越しを大地竜が駆け抜けて行くところだった。
フェイントを入れて来たのかと力羅は後ろに回って2人の前にでて再度構えた。しかし大地竜は待てど未だに背を向けて羽ばたいている。
『…………まさか逃げたのか?』
『竜種は賢いと聞きます。旗色が悪ければ退くかもしれません』
力羅と舜が呑気に状況確認をしていると、最悪の状況を思い浮かべた美怜が叫んだ。
『言ってる場合じゃないわよッ!! 辺りは私達の戦闘を間近で見ようって観光機だらけなのよ!! 周辺で見てる奴ら全員逃げなさいッッ!! 舜さん追って!』
『ッわかりました!』
花霞舜の自責する表情。それを最後にドローンは3人の姿を見失った。




