ヤンキー望愛
一斉に走り出した2人だがドーラの速さは圧倒的だ。ゴブリンがドーラに気づいて声をあらげた時には彼女はゴブリンの隣に立っていた。手には走りながら取り出した憤怒竜のナイフが握られ、ゴブリン目掛けて振りかぶっていた。
「遅いですね」
素手のゴブリンにナイフを振り下ろす。躱す瞬発力も時間もない。ゴブリンはただ振り下ろされる白い刃を見ることしか敵わなかった。
「──ギッ」
小さな声を漏らしたゴブリンは自身が真っ二つになったことにも気づかずに消滅する。ダンジョンで魔物を倒すと死体が赤いドットになって拡散する。ゲームで魔物を倒したような効果だ。
もう一匹のゴブリンは仲間がやられ、目を見開いて固まっていた。ドーラの動きが追えないで状況が理解できないでいた。その隙は後続の進夢には好都合だ。
「速すぎなんだよ!」
ドーラへの文句と共に進夢は拳にネオンの雷を纏わせてゴブリンを殴り飛ばした。吹き飛んだゴブリンは空中で消滅していく。
「ドーラ警戒だ」
「わかりました」
ダンジョンでは勝利を確信した瞬間が一番危険だ。とくにどこに伏兵が潜んでいるかわからない岩石地帯で気を抜くのは自殺に等しい。
10秒ほど辺りを警戒し、何事もなかった2人はやっと肩の力を抜いた。
「余裕そうだね」
ニコニコしたルカが岩の天辺を飛び移って合流する。森人らしい軽業だ。
「思っていたより思考が馴染んでます。憤怒電光竜との死闘で一気に経験値を得ていたんでしょう」
「俺もそんな感じだな。憤怒竜と戦ってた時より動きやすくなってる」
「格上相手にして一気に成長したのかもね。じゃないと勝てないって物凄い集中してたんだよきっと」
「だな。お! 魔石落ちてるぜ」
【憤怒の塔】100層で大量に落ちていた魔石よりも小粒だが、青白く発光する小石は魔石だ。魔物の強さで魔石の大きさも異なり、強ければ大きく、弱ければ小さくなる。
「1個200円くらいかな」
進夢が拾った魔石をルカが感覚で鑑定する。といっても推奨LEVEL2のダンジョンの魔石の相場はそのくらいだ。
「命かけて200円じゃ割に合わないわな。ドーラいるか?」
「もらいます」
命をかけたと言う割に簡単に手放した進夢は、魔石に興味がないようであった。一方ドーラは牧場の飾り付けという意味で魔石を欲していた。
「この調子なら今日はすることなさそうだね。せめて食べ物が自生してるダンジョンだったら暇も潰せたんだけど」
【雨間岩窟】には特産品がない。ドロップするのは魔石と錆びた装備とダンジョンコイン。どこでもドロップする物ばかり、臭いキモイと嫌われるゴブリンを相手にしてまでここに潜るメリットはない。ただ人目を忍びたい進夢達にとっては都合のいいダンジョンなのだ。
「腹減ったからってコケ食うなよ」
「ルカならあり得ますね。せめてこれにして下さい。私達が何も食べさせてないみたいになるじゃないですか」
取り出したのは黄金のリンゴ。すでにドーラの次元創作内には大量の黄金リンゴ、ブドウ、モモがストックされている。
「…………腹も立たないほど盛大に煽るね。今はモモの気分かな」
「我が儘な女です」
といいつつも素直にモモを出したドーラは、余ったリンゴを噛った。
「お前らよくあの臭い嗅いだあとに食えるな」
「倒したから臭くないじゃん」
「美味しいですよ?」
幸せそうに果物を頬張る2人に進夢は首を横に降った。気分的な問題で食べる気にはならない。
(ドーラのやつ初めて人形の魔物を倒したのによく平気だな。俺なんかまだ殴った感触が残ってんのに)
ゴブリンを相手取るのは初めてではないにしても、LEVELの低かった進夢には経験が少なかった。砕けた骨の感触や肉の弾ける音が鮮明に残っている。
冒険者ならば誰もが通る道。吐くものいればドーラのように平然としているものもいる。進夢の反応は一般的なものだ。
「食い終わったなら行こうぜ」
「はーい」
「了解です」
その後も同じような光景の岩窟内を、着実に攻略していく。たまに現れるゴブリンを進夢とドーラで問題なく消滅させ、遂に2層への坂を発見する。
「まあ降りてもゴブリンなんだよな」
「うん。というかゴブリンしかでないけどねこのダンジョン」
「憂鬱です」
【雨間岩窟】は全5層のダンジョンで、ゴブリンしかでない。5層のボス部屋でもゴブリンパーティーとの戦闘で、魔法を使うゴブリンマジシャンがパーティーに1体組み込まれるだけだ。
2層に降りてからも探索は順調で、4層まで何事もなく攻略していった。その間に20体のゴブリンを倒し、得たアイテムはダンジョンコインが3枚と魔石が7個。ダンジョンコインは3人で分け魔石はドーラの懐に入った。
「2人の肩慣らしに来ただけなのに結構奥まで来ちゃったね」
前方を進んでいる2人のいざというときの保険としてついていってるルカだったが、ほぼ無意味。2人ともLEVELが身体に馴染み連携までとれている。ドーラに至ってははLEVEL3のルカよりも強い。
「もう身体もいい感じに慣れてきたし、ついでにボスも倒すか。帰還ゲートのほうが戻るより速いし」
「賛成です。この道を戻るのは面倒です」
「じゃあ私も参加しよっかな。暇でしかたな────ん?」
ルカの耳がピクピクと盛んに動いている。進夢とドーラは空気を読んで口を閉じ動向を見守っている。目を閉じ集中したルカの耳には4層の奥から自分達へ向かってくる音が。
「…………人がこっちに来る」
「人? こんなショボいダンジョンで?」
信じ難い。LEVEL3を目指すにしても効率のいいダンジョンが他にいくらでもある。進夢は思わず聞き返した。
(俺達みたいに目立ちたくない奴かもしれないか)
「多分。ドーラ分かってるよね」
「分かってます。関わらなければいいんですよね」
「うん。普通にこのまま歩いて行けばいいから」
視界と耳を澄まして進むこと1分、ドーラと進夢にも人の足音が聞こえてきた。ドーラは自分よりもLEVELの低いルカの耳の精度に驚愕した。
(種族の特性というのは馬鹿になりませんね)
横目でルカを見ると目を閉じて耳に手を当てている。その耳には着実にこちらに近づいてくる人間の足音が響いていた。
(数は1、体重が軽そう。女の子だ。……ダンジョンに1人で? よっぽどの自信家か高LEVEL、かな)
そこからまた1分。相手の輪郭が岩窟の奥からぼんやりと現れ始めていた。進夢達、そして相手は互いに壁の左端を歩いている。接しないよう相手も配慮していると進夢は思ったが、注意は必要だ。
(油断を誘うって可能性もあるし。……派手なマゼンタ色のショートカットに露出の多い服……あ)
「夕闇じゃん」
「え? ほんとだ! 望愛ちゃんだ」
不躾に指をさした2人は夕闇からあからさまな舌打ちを浴びる。
「んだよ雑魚と勇者のハーレムかよ……メイド?」
ドーラを見て紅水晶の瞳を丸くしたのは夕闇望愛。袖のないエナメル質のジャケットにヘソの見えるインナーと際どいミニスカートを着た少女だ。目つきが鋭く口が悪いが黙っていれば学校でも指折りの美少女。左目に泣きぼくろがあるのが特長で種族は蝙愛人。蝙蝠のような黒羽と黒く細い先がスペードの形をした尻尾を持っている。
「誰が雑魚だとオイコラッ!」
「私ハーレムじゃないよ!」
鋭い目つきに負けじと眉間にシワを寄せる進夢と、手を広げて必死に弁明するルカ。そして置いてきぼりになったドーラはぼそりと呟いた。
「あれだけ話しかけるな、近寄るなって言っておいて自分達から話しかけるとはやりますね。盛大なフリでしょうか」
しかし彼女の問に答えるものはいない。全員自分のことで手一杯だ。
進夢の啖呵を受けた夕闇も、ドーラへの興味は一瞬で逸れていた。
「あ゛あ゛ん? 雑魚を雑魚っつって何が悪ぃんだよカス」
ズカズカと歩み寄り躊躇いもせずに胸ぐらを掴んだ夕闇は、進夢とメンチを切って火花を散らしている。
(雑魚のクセに度胸だけは一丁前だなコイツは)
怯むことを知らない進夢の胸ぐらを乱暴に離した夕闇は舌打ちをした。
「残念だったな望愛ちゃんよー! 俺は春休みの間にLEVELが上がったんだよー! 雑魚の俺とLEVELが並んじゃったんじゃないですかー?」
夕闇を見下ろした進夢は語末を伸ばして煽り、人差し指をコイコイ動かしている。しかし夕闇は率直にいう所のヤンキーだ。煽られたから煽り返してやるなんて可愛い思考回路をしていない。肉体言語だ。
「──ゴフッ」
腹に受ける衝撃。目を白黒させて驚く進夢の視界には拳を振り抜いた夕闇が映っていた。
「はっ! ほんとにLEVEL2か? こんにゃくみてぇじゃねぇか。オレにはまだまだ届かねぇな」
「いってえ! お前喧嘩っぱや過ぎだろ!」
「うるせぇオレに楯突くからだろ」
「なんなんだよこの狂暴女は。だから友達いねーんだよ」
「あ゛あ゛ん?」
学習した進夢はバックステップで腹パンを避ける。どや顔だ。頭に血が登った夕闇が更に追い討ちをかけるべく踏み込もうとした時だった。
「羽も尾もツルツルですね。これで飛べるんですか? コスプレ?」
ドーラが羽と尻尾をベタベタと触っていた。
「テメーに言われたくねぇよ!」
初対面で身体を触るドーラと初対面でぶん殴ろうと拳を振るう夕闇。しかしドーラは軽く後方にジャンプして避けてしまう。
「ちょ、ちょっと皆ストップ! 落ち着こ! ダンジョンだよここ」
割って入ったのはルカ。ダンジョンで無警戒にふざけるのは危険だ。全員がそれを理解しているので、その一言で簡単に暴走は収まった。ただ夕闇はドーラの動きを見て舌打ちをしている。
(……コイツ強いな)
「てかお前いくら友達いないからって1人でダンジョン潜るなよ」
「あ゛あ゛?」
1度落ち着いた瞬間にこれだ。ルカは進夢を睨む。
「ちょっと進夢!」
怒ったルカの相手はしたくない進夢は両手を上げて一歩下がる。それでも暫くルカは進夢を睨んでいたが、また口を開いた。
「でもほんとに危ないよ。望愛ちゃんLEVEL2だよね? 推奨LEVELが2のダンジョンは、4人のLEVEL2がいるのが前提なのは分かってるでしょ」
ルカの正論に望愛は眉をしかめる。彼女に正論を叩きつけるのは逆効果、ルカもそれは分かっているがそれでも口を出さずにはいられなかった。進夢もやりかねないからだ。なんとなく行動が進夢と重なる望愛を放って置けなかった。
「うるせぇな。オレはお前らと違って高LEVELのメイドを雇えるほど金がねぇんだよ。ほっとけ」
舌打ちをした望愛は何も言わずに進みだす。
「あ、ちょっと! 私達と行こうよ!」
「オレはつるまねぇ」
焦って誘ったルカだったが返事は芳しくない。立ち止まることもなく出口を目指して進んでいく望愛に、今度は進夢が声をかけた。
「学校でな」
返事はない。代わりに立てた中指を残して彼女は岩窟を進んでいってしまった。




