幼馴染みと痴話喧嘩
東京西多摩エリアはダンジョンが密集していて世界でも有数のダンジョン都市となっている。ダンジョンの恩恵は人間個人に留まらない。魔石やダンジョンで採取する鉱石は文明進化を加速させた。地を浮く足場が人を運び、車は完全自動運転、治安を守るロボットが町を巡回しているのが当たり前となっていた。
東京都の西多摩エリア、福生市。それが進夢の住んでいる場所だった。ダンジョン攻略で死んだ親が残した遺産で、家は大きくないものの未だに地価が上がり続ける一等地だ。かといって進夢に大金が残されているかといれれば否である。
親の貯金を切り崩し、ダンジョンで稼いできた小銭で何とか暮らしていくのが精一杯だった。
「ドーラの戸籍まで面倒みてくれるとか凄過ぎだろ力羅さん」
日が沈みかけている時間帯だった。
家の前に降ろしてもらった進夢は、車を見送ると興奮気味に賛辞を述べた。
「本人がLEVEL7で世界6位の実力。その上で警視総監である親の威光まで借ることができる………… 進夢、今からでも靴の1つでも舐めてきたらどうですか?」
「俺よりドーラのほうが世話になったよな?」
「……さて、速く開けていただけますか? 私の部屋はどこでしょうか」
進夢の家は2階建住宅で4LDKだ。1階にリビングと1部屋、2階に3部屋で1人暮らしには大きすぎる。だがドーラが向かおうとしているのは隣の家の豪邸だった。進夢の家の5倍はあるであろう敷地に洋風な家が建っている。庭はガーデニングが綺麗にされていて、白い大きな犬が似合いそうな雰囲気を出していた。
「そっちじゃねー都合が悪くなるとすぐこれだよ」
文句をいいつつも進夢は玄関の取っ手を握る。
『指紋、声帯、顔、認証しました。お帰りなさいませ進夢様』
多くの家で採用されている認証機能が作動。取っ手を握るとほぼタイムラグ無しで玄関の鍵が開く。
「私のライバルですね」
腕を組んで頷くドーラは扉に感心している。
「どう考えてもドーラは人間枠だろ」
「私が人間? ロボのアイデンティティーが…………」
ドーラの感情の起伏はわかりずらい。しかし進夢も慣れたもので、視線が下がっているのを見て直ぐに気づいた。
「意味わからんとこで落ち込むなよ……グフッ!!」
落ち込んでいるドーラに苦笑いで声をかけ、玄関をくぐった進夢はLEVEL2の身体能力を持ってしても耐えられない衝撃を腹に受けた。
「進夢っ!!」
飛び込んできたのは緑がかった金髪に翡翠の瞳を持った森人の少女、ルカ・ブリーゼだった。Tシャツにホットパンツの部屋着のまま飛び出してきたルカは目を赤く腫らしていたが、その美貌が曇ることはない。
「っててて」
ルカに抱きつかれ尻餅をついた進夢。腰に巻き付いたルカの頭を、よしよしと恥ずかしがりながら撫でていると、後ろからドーラが現れる。
「人間の生殖行動とは興味深いですね。そのような方法が?」
「してねーよ!」
感動の再開は台無しだった。
第三者に見られているとわかったルカは涙を擦り立ち上がる。そこにはメイド服を着た美少女が。
目を白黒させてメイドがいる現状を理解しようとするが、わからない。その疑問は進夢に向かう。
「だ、だれこの娘?」
「この娘とは生意気ですね小娘」
ドーラのイカれた発言に、ルカは鳩が豆鉄砲を食らったような顔で驚いた。ドーラには空気を読むという概念がなかった。
「あーすまん。こうゆう奴なんだよ」
ルカに向かって謝った進夢だったが、答えは別の方向から聞こえてくる。
「そうですか、仕方ありませんね。次からは気をつけるように」
「お前のことだよ!」
進夢の突っ込みで満足したドーラはフフフと笑い仁王立ち。ルカはぽかんと口を開けて涙は引っ込んでいた。
「え?え? ほんとに誰なの?」
「わた──もが─もが──」
話している途中でドーラの口は進夢の手のひらに覆われた。こうなるとドーラは余計なことしかしないと進夢は判断した。
「ちょっと長くなるから座ろうぜ」
進夢はそういってリビングに向かっていった。
「う、うん……」
口をふさいだメイドを引き摺っている幼なじみに戸惑いを隠せないルカだったが、言われた通りについていく。引き摺られているドーラと目が合うと、無表情のドーラは手を振ってきた。
(………変な娘だ)
ドーラの人間性を正しく理解した瞬間だった。
*
「───てことがあったんだよ」
進夢にとってルカは幼なじみだが家族にも近い関係という複雑な間柄だ。そして友達としても1番仲が良く、冒険者としても負けたくないライバルであった。その上でお互いに異性としても意識はしている多感な年頃だ。
そんな間柄のルカに進夢は嘘をつきたくない、そう考えた。つまり全て話してしまったのだ。最後まで質問もせずに聞いたルカだが、最後には眉根を押さえて目を閉じていた。
「えっと…………ちょっとまってね?」
「全く理解力のない小娘です」
「ドーラはちょっと黙っててね」
この短い時間でルカもドーラの扱いを理解することができた。元からルカはコミュニケーション能力が高いので心配はしていなかった進夢だが、実はドーラが馴れ馴れしいから上手くいくのかもしれないとメイドを遠い目で見ている。
「えっとじゃあ、【憤怒の塔】に落ちた進夢はドーラに出会って世界の分岐点の秘密を知った。その後ボスを倒す為に進化薬を飲んでLEVELを上げて何とか倒せた。外に出たらマリリン・ヒルデガードに絡まれて、それをあの人達に助けられたってことでいい?」
「そうだな」
長い溜息をしてルカは机に身を任せる。長い金髪が机に広がってキラキラ光って美しい。ドーラの目にもそれが綺麗に見えたのか、興味深そうに毛を摘まんだり擦ったりしている。ルカの視線にはその光景が映っているが、止めようという気力が出て来なかった。
只でさえ死にかけていたのに更に危険な目に逢っていた。話を聞かされたルカの脳裏には【憤怒の塔】でのことが思い浮かんでいた。伸ばしても届かない進夢の手を。
「自分の身を犠牲にしてまで子供を助けたのは格好良かったけどさ、でも私は子供より自分の命を優先して欲しかった。ホントは怒りたかった。でも出来ないよね、進夢は命をかけて男の子の命を救ったんだから。それにこんな命がいくつあっても足らないような話しされたら怒る気力もなくなっちゃうよ」
ルカはドーラに髪を弄られながらそう口にした。どう返せばいいかわからない進夢が迷っていると、ルカはそのままの体勢でさらに唇を開いた。
「…………でも帰ってきてくれて良かった」
「ああ、ありがとう」
ルカの微笑みを見た進夢も、ようやく生きて帰ってこれたという実感が沸いてきた。ここまで休憩する時間はあったが、完全に気の休まる時間というものはなかった。ずっと気を張っていたのだ。それをやっと緩めることができた。
だが緩めていられるのもつかの間。だらりとしたルカが起き上がり、すっと目を細め進夢を見据えた。
「で、問題はドーラのことよ」
付き合っているわけでもない娘と同棲する。家族に片足を突っ込んでる進夢にルカはそう言われたのだ。文句もある。
「……まあそうなるよな」
「私が預かる」
「んー最初そう思ってたんだけどな、そうもいかなくなった」
「どうして?」
そう聞きなかがらもルカは進夢がどう答えるのか予想はできていた。
「ドーラは……というか俺とドーラは【憤怒の塔】で秘密を知った。そんでそれはバレてる。どれだけの人にバレてるのか知らないけど、少なくとも自衛隊と警察にはバレてるし、自衛隊は信用ならない」
昨今の自衛隊は国の自衛の枠を超えて活動している。というよりも警察と自衛隊の区分がなくなったというほうが正しい。警察も自衛隊も国を守る。そして法を行使し捕縛する権利を持っている。そんな2つの組織だが、自衛隊は怪しげな実験をしている噂や、金に目がくらみ他国と手を組んでスパイ行為をしているなど黒い噂が絶えない。
「現にマリリン・ヒルデガードは武力で従わせようとしてきたしな。これからもそんな事が起こるかもしれない。しかもそれが自衛隊だけかって言われたらわからない。いつ誰が俺達に襲いかかってくるかわからないんだ、ドーラを任せるわけにはいかない」
納得はしていない。しかし言っても聞かないのは長い付き合いでわかっている。しかしルカも引かない所は引かない。
「そうゆうと思った……進夢らしいけど。でも何かあったら困るでしょ。いつでも家に入れるように登録はそのままにしておいてね」
「まあいいけどよ、家が隣だからって勝手に入ってくんなよ。チャイム鳴らせよチャイム」
進夢の家の認証機能にルカも登録されている。小さい頃からお隣さん同士仲良くしていて、頻繁に遊んでいる内に勝手に入ってこいと言って登録させて、今もそのままだった。
「ふーん。人ん家に入って覗きはするくせに?」
ジトっとした横目で進夢を睨んだルカ。
「おい! それはもうすんだろ!?」
「進夢が犯罪を? 詳しくお願いします」
ここまで黙っていたドーラが進夢の弱味とあって反応する。するとルカは破顔してドーラに向き直った。
「うん。ちょっと前のことなんだけどね。進夢が私ん家に不法侵入して私の裸を覗き見してたの。怖かったなー」
「そ、そんなことを…… 今からでも舜を呼び戻しましょう」
口元は笑みだが目は笑ってないルカに、立ち上がり大げさに驚いている無表情ドーラ。
立場がどんどん悪くなる進夢。流石にのんびり座っていられなくなってきた。
「まてまて! そもそもお前が俺ん家に無断で入ってくるからやり返したんだろ! それに裸じゃなくて下着だったし!」
「……ふーん。あの時は見てないって言ってたのにやっぱり見てたんだ?」
ルカのちょっとした引っかけに騙され自供してしまった。顔に「しまった!」と書いてあるよう表情で進夢は驚いて、カエルのような声を出してしまう。
「げっ」
「進夢っ!!」
整った眉を寄せて睨みつけると、長い髪が風でふわりと浮かび上がった。
「落ち着け! 家の中で能力は止めてくれ!」
ルカを中心に吹き荒れる操風絶技。紙のような軽い物は飛び散って無作為に動き回る。進夢は身を持って知っていた。ルカを怒らせると片付けが大変なのだ。
スカートとプリムを押さえたドーラは2人の関係性を見て、ポロリとこぼす。
「──これが痴話喧嘩ですね」
「「違うッ!!」」
この後、進夢はリビングを片付けるのに30分を要した。




