魔王と詭弁
黒いワンボックス高級車、車内は冷蔵庫やマッサージ機能がついているホテルのような内装をしていた。6席あり、椅子は対面している。運転は全てAIの自動運転だ。
車へと乗り込んだ進夢はキョロキョロと機能を見て童心にかえっていた。
「やっぱ高LEVELの冒険者ってすげー」
最初一言がそれだった。
進夢とドーラは冷蔵庫から好きなのを飲んでいいと言われ、飲み物を貰う。
「……ハイポーション以外の飲み物」
ドーラは目を輝かせてお茶を大事に持った。その様子を見ていた舜が眉をひそめて内心でごちる。
(ハイポーション? なぜ飲み物で表情が変化するんですか……)
全員が喉を潤して一息ついたところで力羅が頭を下げた。
「改めて申し訳なかった。進夢が【憤怒の塔】に落下したのは大地竜の討伐を甘く見てた俺達の責任だ」
「申し訳ありませんでした」
続けて舜も頭を下げる。
いつまで頭を上げない2人に進夢はあわてて頭を上げて欲しいと懇願した。
「ふふふ。いい気分ですね、人が私に頭を下げるというのは」
空気を読まないホムンクルスはふんぞり反ってペットボトルのお茶を口に含む。お茶が美味しいのか気分が高揚している。
「お前にじゃねーよ! 頼むから、いつかキレられるから!」
進夢の懇願も何も聞こえないと言わんばかりにドーラはお茶をあおる。
そんな失礼な態度でも力羅は大笑いし、舜もクスリと笑った。
「ドーラちゃんは面白いな」
「はい。ジョークは人間にしか使えない特権ですから。大いに行使したいものです」
失礼な態度をジョークと切り捨てるその胆力に舜はさらに相貌を崩した。
「大物になりますよ、ドーラさん」
「俺は気が気でないです」
舜に話しかけられ、進夢はドーラを見ながらため息まじりにそういった。
「じゃあ本題に入らせてもらうぞ」
そう口にした力羅の表情は真剣だ。紫紺の瞳が進夢を見据えている。自然に背筋が伸びる。
「はい」
うなずいた進夢を確認すると、軽く息を吸った力羅は唇を開いた。
「単刀直入に言おうか。俺は【嫉妬の塔】を攻略したことがある」
「ちょッ力羅!?」
「アマ姉、話すべきだ」
突然のカミングアウトに驚いたのはパーティーの舜。力羅に制されると「わかりました」と背もたれに身体を預ける。代わりに進夢は椅子から腰が浮いていた。
「【嫉妬の塔】? いや、大罪シリーズの塔は1つも攻略されてないですよね?」
「いや、されてるんだ。他にも攻略されてる塔がある。これで3つ目だ」
にわかには信じ難い内容だが、進夢は力羅を信用している。すんなりと頭の情報が更新された。
「じゃあなんで公表されない…………」
(そういうことか。大罪シリーズのダンジョン攻略には不死原やドーラのような機密しなければならない情報があるんだ。それこそどの塔にも意図して世界の分岐点の秘密が暴露されているとか)
話している途中で進夢は気がついてドーラを見た。
「頭は回るようですが腹芸は苦手そうですね。それでは彼女が【憤怒の塔】と関係があると言っているようなものです」
鋭い目付きは進夢を叱っているようだった。ただ舜の意図する所はその通り進夢への警告。1つの失敗がドーラの命を奪うことになりかねない。
「まあ進夢ですから」
即座にドーラのカバーが入ったが、進夢は失敗を悔いた。マリリン・ヒルデガードの折りも進夢が使用した能力でバレてしまっている。2度目の過ちだ。
「……いや、悪いドーラ」
「別に気にしてないです。私よりLEVELの低い進夢に心配される筋合いはありませんからね」
声音の違いで落ち込んでいるのに気がついたドーラは、いつもの毒舌で進夢を焚き付ける。効果はあった。悪いほうに。進夢にはドーラが気づかってくれているのがわかってしまったのだ。より情けない気持ちが強くなった。
「反省するのはいいことだ。本人が一番わかってる。ただ悪いけど反省は帰ってからにしてくれ。俺も腹芸は苦手だから事実だけ話す。そしてもし、その話しが信用に値すると思ってくれたなら、全部じゃなくていい、【憤怒の塔】であったことを話して欲しい。聞いた上で話したくないなら話さなくても咎めない」
力羅は2人と交互に目を合わせた。
「私はいいですよ。ただ話すか否か、それと範囲も進夢に委ねます。私が誰よりも信用している人間ですから」
更に進夢の背中を押す答え。だがここまで言わせて情けなくなるほど進夢は落ちていない。
「……わかりました。話を聞いて俺が判断します」
力強い眼光と視線を合わせうなずいた。そこに弱気はない。
進夢が立ち直るとドーラは舜を一瞥し、鼻で嗤った。
(この娘、以外とわかりやすいのかもしれないですね)
煽られたはずの舜はドーラの理解に1歩近付き満悦した。
進夢の覚悟を受けとった力羅は水に口をつけると、早速本題に入った。
「大罪の塔は最奥のセーフルームに重要な情報が残されている。例えば俺が攻略した【嫉妬の塔】では、勇者、聖女について記述されたノートの切れ端が見つかった」
「……はい」
(ノートの切れ端って不死原プロットノートのことだ)
ドーラもあまり目を通していないノートの中身が、別の塔にあるということが判明する。
「勇者と聖女はよく知ってるよな?」
「はい、多少の親交があるので」
能力には職業能力と呼ばれている特別な能力がある。その名の通り職業の名を関するものが大く、【勇者】や【聖女】もそれにあたる。なぜ職業能力が特別と言われているか、それは複数の能力が使用できるからだ。
勇者ならばゲームのように攻撃魔法や必殺技、聖女なら回復魔法や強化魔法など、1つの能力から使用できるのだ。
その中でも勇者と聖女の能力を持つ人間は世界に1人ずつしかいない。もちろん進夢も知っていた。
なにより。
(ルカがその2人のパーティーなんだよな)
ダンジョンの攻略は同LEVELの人間と行くのがセオリー。優秀な同級生のルカとパーティーを組むのは必然だった。
「そうか。そのノートには続きがあった、"魔王"について」
「魔王ですか……」
勇者と聖女とくれば魔王がいるのは必然的。しかし魔王の能力を持った人間はいない。
「ああ、魔王は勇者と聖女が18歳になると覚醒し、世界を滅ぼすとノートに記されていた」
「…………はあ!? それじゃまるで──」
「ゲームみたいだよな。俺はそれを読んで確信した。この世界は誰かによってゲームの世界にされたんだってな。神なのか、宇宙人なのかは知らないがな」
ファンタジーな会話内容に世界滅亡の危機。頭がどうにかなりそうな内容だが、進夢とドーラは甚だしく身に覚えがある話しだった。
「魔王は覚醒すると手がつけられないほど強くなるらしい。そして魔王は勇者と聖女の近くで誕生するって話だ」
「てことは日本冒険者専門学校に魔王がいる可能性が高いってことですか?」
勇者、聖女は進夢と同じ学校へ通っている。つまり魔王も同じ学校にいる可能性が高い。
「そうなる。ただもういるのか、これから現れるのかはわからない。俺が手に入れた情報はこんなところだ」
「…………わかりました」
考えるのは勇者、聖女、魔王じゃない。ドーラのことだった。進夢の中で【憤怒の塔】でのことを話すのは既に決めていた。しかしドーラをどう話すのかはちゃんと考えたかった。同じ轍を3回踏むつもりはない。
「じゃあ俺達も話します。ドーラ捕捉頼む」
「了解です」
そうして話したのはドーラが不死原の作ったロボットだ、という所以外の殆ど。映像も見せなかった。ドーラに関しては実験室にあったPCが進化したということにした。
話を聞き終わった力羅と舜はまばたきを忘れて停止していた。ドーラがお茶を飲み終わり、もう1本取り出したところでやっと感情が戻ってきた。
「通りでゲームみたいだと思ったぜ」
「私も神か上位存在の介入だと思っていました。まさか原因がたった1人の科学者の薬品ハザードだったなんて」
映画鑑賞後の感想を話し合うように2人は話している。ショックはあるが楽しんでいるようだった。
「けどこれで魔王の存在も信憑性が出てきたな」
「ですね。疑う余地はないかと」
力羅はため息をつく。
「そんなのはあり得ないって証拠が出てきたほうが嬉しいんだけどな」
「不死原という科学者の人物像を聞く限り、まだまだ何かありそうですが」
「やめてくれ…………」
心底嫌だという力羅の顔は疲れ気味だ。それも仕方ない。昨日は大地竜と戦い、今日はマリリンと対峙しこれだ。
力羅と舜が、進夢とドーラが互いに感想を話し合い30分ほど。
力羅から声がかかる。
「2人はトイレ平気か?」
飲み物をかなり飲んでいた2人は正直に口にした。
「いきたいです」
「私もです」
程なくして2人が降りると舜が力羅に冷然とした視線を送っていた。
「嘘をつきましたね」
「いや嘘はついてない。ちょっと話すのを忘れたことはあるけど」
白々しく肩を竦める力羅。
「詭弁です」
「でもさ、いいずらいだろ。魔王の能力が発現するのは勇者と聖女の近くにいる負の感情を抱えた人間だなんて」
馬鹿正直に話していないのは力羅と舜も同じ。敢えて2人をトイレに誘導したのだ。
「それはそうですが……」
「もし進夢が死んでたら魔王になったのはルカちゃんだったかもしれないんだぜ。それに──」
「進夢さん自身も次世代孤児。候補に上がるっていいたいのでしょう」
「ま、進夢は無さそうだけどな」
力羅は窓の外を眺めながら答えた。




