本物の冒険者
憤怒の塔から背を向け歩く進夢とドーラの背中を見据えるマリリン・ヒルデガードは大きく嘆息した。
(楽な仕事だと思ったのに。マリ、辟易であります)
「止まりなさい」
マリリンは太股に巻いてあるホルスターから拳銃を取り出し構える。
振り返る2人。そこには拳銃を構えたマリリンが立っているのだが、腕が細いので頼りない。迫力に欠けていた。
「進夢、あの人拳銃もってますよ。平和ボケと言われた日本で」
「いつの話ししてんだよ。今は誰だって拳銃くらい持ってるよ」
ドーラは手に口を当てて驚いているがわざとらしい。脅威に思ってなさそうだ。しかし先日までLEVEL1だった進夢にとって拳銃は恐ろしい物。背筋に冷やりとした感覚が通った。
「恐ろしい世になったものです」
「LEVEL7相手にして余裕なドーラのほうが俺は恐ろしいよ」
ドーラという人間は誰を相手にしてもこの調子なのだろうかと、進夢は呆れながらも感心する。
「…………腕が」
構えた拳銃の重さに耐えかねたマリリンは腕を降ろしてしまう。表情は筋トレをしてるボディビルダーのように険しい。
「あの人LEVEL7なんですよね?」
「う、うん。まあ、そうゆう人なんだよ」
どこか言葉に詰まる進夢だったが、本当の実力はわかっている。
マリリン・ヒルデガードの非力は有名な話しだった。彼女はあまりメディアやSNSに露出しないが、1億再生を越える1分の動画がある。それは拳銃を発砲して肩を外すという動画。彼女が痛みに呻いている間に強盗をした犯人は逃げてしまった。因みに弾丸は地面にめり込んでいた。銃の重さに負けて銃口が下を向いているのだ。
「進化薬は身体能力も高めるはずですが……」
「たまにいるんだよ、身体能力が全く上がらないかわりに能力がやたら強い人が」
(まあ逆もいるんだけどな)
進化薬の効果は寿命の延長が前提にあった。それを目指す上で肉体や内臓などの強化が必須になり、付随して身体能力が上がる物になった。しかし結局のことろショックアブソプションという思考を読み取る機能が進化の幅を広げた。
(進化薬がどう作用するのか未だに把握しきれませんが、途方もなく自由に進化してますね。)
「そもそもLEVELが上がらない人もいますしね」
「うるせえ」
2人が普通に会話できているのはマリリンが銃をホルスターに戻して手をヒラヒラを振っているから。細腕の彼女にはよっぽど重かったらしい。
「……大人しく連行されて欲しいであります」
懇願する視線。
弱々しいところばかり見せられたドーラは、毒気を抜かれていた。
「進夢。話しをするくらいはいいんじゃない──」
マリリンに向かって1歩踏み出そうと足を上げた所で、進夢の腕がドーラの眼前に伸びた。
「いや、自衛隊は信用できない。そもそも話すだけなら人払いする必要もないだろ」
「自衛隊が信用できないんですか?」
「昔はどうだったか知らないけど、少なくとも今は黒い噂ばっかだぜ」
進夢は会話しながらもマリリンから視線を離さない。
警戒心を解かない2人にマリリンは手をかざした。
「はあ、めんどうであります。マリ、実力行使に移るであります」
手をかざされた瞬間、足元から這い上がる恐怖。2人は同時に逃げ出した。野生の本能がそうさせたのか、2人は確かにその瞬間に"勝てない"と悟った。
────しかし逃げることはできない。
ゴンという鈍い音が2つ同時に鳴る。
「いてっ!」
「ッ!」
走ろうと振り返った瞬間、見えない壁に阻まれたのだ。
「マリからは逃げられませんよ」
ゆっくりと近付いてくる彼女は死を告げる死神のようにも、慈悲を与える女神のようにも見えた。
「これが進入禁止……」
「……なんですかこれ」
絶望する進夢と、冷静に見えない壁を触ってパントマイムするドーラ。触っていくと四方が囲われて捕まっていることに気がつく。
「能力だ。何でも阻み何でも反射する最強の盾」
「矛でもありますよ。マリ、補足するであります」
2人の間に立ちマリリンは口にする。近付いてきたマリリンに向かってドーラは拳を振りかぶる。隙をついた容赦のない一撃。
────ガインッ!
LEVEL4の全力の拳。進夢には動きも追えない速さ。
────だが。
「速い。メイド君は高LEVELでありますね」
マリリンは余裕の表情だ。
「ならこれは?」
手をかざしたドーラが発動した能力は牧場。しかし発動した感覚があっても不可視の壁に阻まれ牧場への入り口が開かない。
「ん? 次元系の能力でありますか。珍しい」
何でもというのは伊達じゃない。余程自身の能力に自信があるのかマリリンは一切動揺しない。
「これはどうだッ!」
進夢のネオンを纏った拳。しかしそれも弾かれ、進夢は無様にひっくり返る。だがそれを見たマリリンは眉をひそめる。
「……情報と違うであります。能化進夢君はLEVEL1で再生能力だけのはず。…………やはり攻略しましたね?」
真っ赤な瞳が進夢の確信を突く。表情を変えそうになったその時だった。
「悪いけどそいつら俺の客なんだ」
「間に合いましたか」
3人の目の前に現れた2人の人物。
ヤンキー面の男と美人秘書のような女性。
「…………力羅君と舜君。マリ、困惑であります」
LEVEL7同士、知っているし会ったこともある。だからといって友人というわけでもない。突如現れた2人に困惑したマリリンだったが、理解は早かった。
(警察でありますか)
「能力解除してくれないか?」
力羅は笑ってお願いをしているが、明らかに脅しているように見える。
「任務であります」
しかし動じない。マリリンも表情の動きがドーラ同様少ないタイプだった。表情が変化したのは重い物を持った時くらいだ。
「これはどうなってるんですかね進夢」
「俺らは黙ってよう」
(うおおおお!! LEVEL7が3人もいるぞここ!!)
冷静な口調だが表情豊かに興奮する進夢。ドーラは無表情で引いていた。
「マリリン・ヒルデガードさん。私達は正式に能化 進夢さんの捜索願を受けています。速やかな引き渡しを」
理路整然とした態度の舜。彼女は見た目通り頭も回る。
「ですがメイド君にはでていないであります」
最低でも1人は連れて帰る。マリリンは穴を突いた。しかし舜はその程度で引く人間ではない。
「彼女には不法滞在の容疑が掛かっています。署までご同行を願います」
張り詰めた空気。マリリンと舜の視線の殴り合い。
「任務であります」
言い返す言葉が見つからないマリリンは再度繰り返した。
舜がもう一度口を開こうとした時、空気を弛緩させるフリフォの着信音がマリリンの腕から流れた。
「はいマリ。…………はい、…………はい、了解であります」
音声のみの通話を終えた彼女は背を向ける。
「任務は中止、人使いが荒いであります。さて、マリはこれで失礼するでありますよ。進入禁止」
マリリンは見えない段差を1段上ると、バリアーの上に乗り白髪をたなびかせ、飛んでいった。その動きは空中に高速のエスカレーターがあるような動きだった。
マリリンが視界から見えなくなるとようやく時が動きだす。
まずはマリリンと対峙していた舜が息を吐き出した。
「はあ。大地竜と対峙したほうがまだ気楽でした」
そういって彼女は首と肩を揉んでいる。
「実際、大地竜なんかより強いだろうしな。アマ姉勝てると思う?」
「私は無理です。力羅は?」
「……わかんね、五分かな」
五分といいつつも自信はなさそうに眉を落としている。LEVEL7同士といえど能力の相性もあれば個人差もでてくる。ランキングもマリリンのほうが上で、勝てると簡単には口にできなかった。
2人が話しに夢中になり放置された進夢とドーラだったが、こっちも会話を展開していた。
「では、初めて地上に立った私は世界のトップ10に入る2人を見ていたと。それにもう1人も実力はトップ10と変わらないと」
「そうなるな!」
ランカーの説明をしたのだろう、進夢はいつもの倍はいい笑顔をしていた。ドーラは呆れた声をしていたが。
「あ、そっちの2人悪いな放置して」
力羅と舜が2人に寄ってくる。ドーラは若干身構えたが、進夢はむしろ浮き足だっていた。
「いえ、そんなことないです!」
「そうか。進夢だったよな?」
「はい!」
食いぎみに寄ってくる進夢に力羅は驚いたが、話を続けた。
「よくやったな。お前が俺に向かって投げた子供。怪我1つなく親の元に帰したぞ」
太い腕がガッシリと進夢が肩を掴む。そして凶悪な笑顔で進夢を称賛した。
「……ありがとうございます!!」
進夢は瞳に涙を溜めるほど感動した。憧れのランカーに誉められたのだから仕方ない。だが、本当に感動したのは教えて欲しいことを真っ先に伝えてくれた力羅が、それを理解してくれていたからだった。進夢にとって力羅は幻想じゃない、憧れた本物の冒険者だった。
(やっぱ俺はこの人みたいな冒険者になりたい!)
「おう。あとルカちゃんも無事だ。速くお前を連れて帰らないと俺達が切り刻まれそうだけどな」
続いた朗報は苦笑いでつげられた。
「ははは。あ、そうだフリフォが壊れちゃって。貸してもらえませんか?」
進夢と力羅が話す横で女性2人も話しをしていた。
「進夢さんは元気ですね」
「いつもはもう少し落ち着いてるんですが、たまにネジが外れるんです」
(無表情で灰汁の強いことをいいますね)
舜も冷然とした態度を持っていると、人があまり寄り付かない人間だが、その舜を持ってしてもドーラの感情は抑揚がないと感じた。
「そうですか。ところでお2人は【憤怒の塔】から出てきたと聞いておりますが、攻略したんですか?」
にこやかに、されど踏み込んだ質問。舜としても【憤怒の塔】を攻略した2人のことが気になっていた。
「黙秘します」
「黙秘ですか…… また古い手ですね。今の時代黙秘なんて捕まってしまえばなんの意味も持たないですよ」
捕まってしまえば警察お抱えの逆流思念に思考を読まれてしまうのが落ちだ。治安の悪化した現代に黙秘なんて甘い言葉は通用しない。
(まあこんな脅しが通用するタイプじゃなさそうですね)
舜が諦めて別角度から攻めてみようとすると、ドーラがうつ向いていた。
「…………ふ、古い。ショックです」
なぜか落ち込んでいるドーラを見て舜は遠い目をした。
(私には荷が重い。こうゆう変わり者ってLEVELが上がりやすい人が多いんですよね、なぜか)
周囲にいる高LEVELの冒険者達の顔を思い浮かべ苦笑い。ドーラを眺める。
(敵意はなさそうですね)
警察の持つ戸籍情報、犯罪情報、あらゆる写真から人物を特定するシステムを持ってしても目の前の少女の情報は霞すら出てこなかった。そして、過去十数年間のデータを洗ってもドーラと思わしき人物が【憤怒の塔】に入った記録はない。それが情報部からの答え。
とするとドーラという少女はどこから出てきたというのか。
「まったく何がなにやら」
わからない事を考え過ぎるのも疲労を重ねるだけだと、力羅パーティーの頭脳は思考をやめる。




