LEVEL7の生配信
ベッドに置いてあったハンズフリーフォン通称フリフォからベッド上の虚空に立体映像が映し出される。それは進夢の待ちに待ったランキング6位の生配信だった。
『こんにちは。こちらは重力羅の動画配信チャンネル、チカチャンネルです。私はこの度挨拶を任されました花霞舜です。どうぞよろしくお願いします』
『……舜さん相変わらずですね。雪村・美冷・ベリングラードよろしくね』
『あま姉固いって、重力羅です。よろしく』
ベッドの上に縮小されながらも、実物さながらに映し出されたのは3人。場所は森林地帯で、3月半ばの昼間だが3人はダウンジャケットに手袋と着込んでいた。周囲には3人を立体に映すための最新鋭ドローンが数機飛んでいる。だが使用されているドローンは完全自立型の防御と回避を得意とする機体で、タコやイカのような保護色を変化するステルス機能でほぼ見えない。骨組みは固さと魔力伝導率を誇る世界1軽い金属、魔法銀が使用されている。
進夢は1人1人名乗る度に奇声をあげる。
「もううるさいな! そういえば私この最初の人のことしらないんだけど。なんか事件の報道するアナウンサーみたい」
ルカの瞳に映っているのは艶のある黒髪を腰まで伸ばした美人で、170cmを越える身長はまるでモデルのようだった。しかし言動からもわかる堅物っぷりは人間味を感じられない。ルカは花霞舜を推し量れずにいた。
「たまにしか出ないしランカーでもないからな! でも能力は美怜さんにも力羅さんにも劣らない実力者なんだぜ! 詳しいことは語られてないけど、小学生の頃に力羅さんの両親に引き取られた次世代孤児らしい」
「次世代孤児……」
「ダンジョンやモンスターに親を殺された子供、俺と同じ。なんか親近感あって応援したくなるんだよな」
「そうだね、応援しよ!」
「おう! ほんとはもう1人いるんだけど今回はいないな」
「へー!」
ダンジョンが出現してからというものの、親がいない、兄弟が魔物に殺されたなんて話しはありふれていた。しかし次世代孤児、幼なじみ、家族、2人はそんな言葉にめっぽう弱かった。
『すみません。ですが挨拶は大事ですし、力羅はただでさえ勘違いされやすい風貌ですから私がしっかりしないと』
『それは確かに……あんたのせいよ力羅』
『おい! 見た目が全てじゃねーぞ!』
女性2人に見た目を揶揄されるランキング6位は、一目だとヤンキーという風貌だ。短い栗色の髪にいかつい顔、進夢以上の上背に盛り上がった筋肉。そして何よりその鋭い眼光は視るものを震え上がらせる。
「立体映像でもこえーよな」
「うん。女性2人を侍らせてるようにしか見えない」
ルカのあまりの言いように進夢は爆笑する。
「確かに! その実2人の尻に轢かれてる感じなのにな!」
「うん。パーティーを組んでる美怜さんは完璧そうだよね」
「ああ。美怜さんにかかったら誰でもそうなりそうだけどな。めっちゃ可愛いけど」
「本当可愛いよね。こんな凄い人達がちょっと前まで私達と同じ学校に通ってたんだね」
「2人は日本冒険者専門学校からの同級生で舜さんは2つ上なんだったかな、俺達の5個上と7個上だな。先輩に聞いた話しだと学校にいた頃からこんな関係性だったらしいぜ。実力も飛び抜けてたって」
「やっぱり昔から凄かったんだ」
映像を見ながら話す2人の前ではちょうど雪村が力羅を攻めているシーンだった。肩にかかる瑠璃色の髪が話す度に揺れている。
雪村・美怜・ベリングラードは日本人と北の国に両親を持つハーフだ。目鼻立ちが整い雪の花が咲いたような可憐な女性で、身長は高くないが足が長い。肌は陶器のように白く瞳は菫青石。そして先ほどから感情の高ぶりにつられて、足元から能力が漏れて地面に霜が降りていた。
『美怜! 怖いからその地面氷らせるのやめてくれ!』
普段から彼女と行動している力羅は足元の氷が攻撃の準備にしか見えなかった。まさに目の前で拳をあげられているような感覚だ。
『うるさいわね! これがアタシの能力なのよ!』
『2人とも話が進みませんよ』
3人は自己紹介をしただけでこれから何をするのか未だに宣言していない。前々から告知はあったが今日なにをするか宣言するのが配信者というものだった。
重力羅の紫紺の瞳が力を帯びる。
『…………それもそうか。じゃああらためて、今回俺達の目的は世界の分岐点以来、日本の象徴とも言われる富士山をねぐらにし、日本国民の安息を脅かす魔物【大地竜】だ。…………今まで奴は数々の冒険者を返り討ちにしてきたし、出現当時は大勢の市民が被害にあった。今となっては富士山は立ち入り禁止だ。そんな場所が日本の各地、世界中に無数にある。これは看過できない問題だ。俺達の国を魔物なんぞにいいようにされていいのか? いや、よくない』
力羅はここで大きく息を吸った。
『今日俺達が大地竜を討伐する!!』
進夢とルカ双方全身が鳥肌たつ。
「うわ、急にかっこいいね」
「だろ? 普段は2人の尻に轢かれてるけどいざって時はマジでかっこいいんだよこの人」
「なんで進夢が得意気なのよ」
「1ファンとしてな!」
ここからは瞬きも許されない。進夢は拳に力が入る。
『────それじゃ行くか』
『ええ』
『いつもそれくらいシャキっとしてなさいよ』
3人の瞳に闘志が灯る。
いつの間にか足元に置いていた黒いアタッシュケースを力羅が軽く蹴ると、蓋が開き中身が露になる。中身は螺旋状の光る紫のラインが入ったソフトボール大の黒い球体が5個。重力羅の代名詞でもある魔道具、【衛星球】。それはフワリと浮くと衛星のように、されど規則性なく力羅の周囲をゆっくりと周る。
『よし、美怜はどうする?』
『上までは乗せて』
『姉さんは?』
『では私も』
短い会話をすませると3人は宙に浮いていく。そしてだんだんと速度を出して富士山の山頂を目指す。
「えっと力羅さんの能力って【遠心万有】だったよね」
ルカは戦闘が始まる前に3人の能力をあらためて冒険者オタクの進夢に聞いた。
「そうだな。重力を使う能力らしい。因みにあの黒い弾の魔道具は衛星弾。平たく伸びて盾になったり、そのままぶつけて攻撃できたりしてかなり応用がきく力羅さんのためにあるような魔道具だよ」
「さすがランカーだね」
「ああ。そしてもう1人のランカーの美怜さんの能力は【冷却装置】氷を操る能力で広範囲ブッパがとにかく強い。あと履いてる靴が魔道具で色んな履物に変化する」
「うん。雪村さんも凄いよね、ランキング9位だもん」
「だな。そして舜さんの能力は【瞬間捕縛】なんと瞬間移動だ」
「え! 瞬間移動なの!? 珍しい……」
「あとよくわからないけど舜さんの武器は手錠だ」
「手錠?」
「手錠。対人なら最強だな」
「最強? そうなんだ…………あっ! 着くみたいだよ!」
高速で空を駆ける3人はついに富士山の山頂に到着した。気温はマイナス4°いつの間にか吐く息が白くなっているが、天気はいい。辺りは雪が積もり誰も足を踏み入れた跡がない。魔物に占領され数十年、人の手が入っていない富士山は、人を感じる建造物やゴミなど全く見当たらない自然そのままの姿だった。
『いよいよだな……降りるぞ』
『作戦通りに行くわよ』
『了解です』
ゆっくり降り立った3人は無言。そしてこの生配信を見ている500万人の同接者もこぞって息を潜めた。人気のない空間、大地竜の脅威、ランカーの緊張感が動画でも伝わってきていた。
歩きながら美怜の靴が粘土をこねるように形状をかえてスノーブーツになった。その間彼女は足元に視線も送らずに歩き、先頭をきって迷わず山を下っていく。彼女が通った後は踏みしめた箇所以外も雪が押し固められ、後続を手助けしている。彼女の能力がなければ歩くのもままならなかっただろう。
歩くこと数分。美怜が腕を水平に上げる。
『ここよ』
息を潜ませた声。山の斜面に位置する場所だった。そこには巨大な横穴が空いていて、入り口には人の身長よりも長いつららがひしめき合うように垂れている。大地竜の巣だ。
3人は顔を合わせて頷いた。
より慎重に歩みを進める。中は土よりも岩が中心でできた岩窟で、壁には青白く発光する苔が生えているので光源に困る事はない。
巨大な横穴を進むこと数分、穴幅が徐々に広がり巨大な空間が3人の行手に現れた。
そしてそのドーム場になっている空間の中心に大地竜はいた。全長は40mを越えるその体は鈍色の鱗で覆われていて、鱗の1枚1枚の形が歪で岩同士がくっついているかのようだ。この鱗の頑強さ、それで数々の冒険者を返り討ちにしてきた。
身体や手足はイグアナのようで、尻尾は身体と同じくらいの長さがあり、鋭い爪は一振で人が粉々になりそうな禍々しさがあった。
ドラゴンにしては短い首はがっしりしていて、ワニのような目は黄色と黒が細かに入り交じった色をしている。身体の半分ほどもある巨大なな口は鋭い牙が無数に並んでいた。
そしてドラゴンの目は侵入者の姿をしっかりと見据えていた。
『奇襲は失敗よッ!!』
『美怜出るぞ! あま姉は囮頼む!』
ランキング6位の指示は速かった。美怜は返事をする時間を惜しみ走りだす。異常なまでの足の速さは彼女のLEVELの高さと力羅が能力で美怜を引っ張っているからだ。
『わかりました』
うってかわって冷静な返事を返した舜は、逆に大地竜に向かって散歩でもするように歩いていった。




