LEVEL7の本気
時は戻り進夢が【憤怒の塔】に落ちた後。
「ああもう限界!」
叫んだのは瑠璃色の髪を持った女性、雪村・美怜・ベリングラード。彼女は突進してきた大地竜を氷の壁で押さえていた。雲に隠れた大地竜の奇襲が一般人に被害をもたらすのを防いだ形だ。
氷に両手をついて押し合いをしているが、逆立ち状態で血が頭に上る。スノーボードから吹き出る大量の雪で押し合いは拮抗しているが、今にも力が底をつきそうだった。舜が避難を終わらせていたが、大地竜の行動が読めないので押さえて時間を稼いでいた。
「待たせた!」
「遅い!」
5つの球体である魔道具の衛星球を従え、声をかけたのは重 力羅。エルフの少女ルカを止めていたが舜に交代させられた。
彼は非常にムカついていた。
(クソッあの女の子の声が耳から離れねぇ。あいつも格好つけやがって)
高校生くらいの少年は間に合わないとみるや子供を投げた。そこから泣くような悲鳴、伸ばした手、それを遮る自分自身。仕方のないことだった。放置すればエルフの少女も塔に呑まれていた。
後味の悪い光景を作ってしまったのは力羅達のせいだった。
仲間に当たることはしないが、その怒りの矛先は目の前。
「……やってくれたじゃねぇかトカゲ野郎」
鍛えられた身体に恐怖を煽る顔。低い声で睥睨する彼の顔はもはや般若のようであった。
「もう持たない!」
「5秒持たせろ!」
「ッわかったわよ!」
力羅の横顔を見た美怜は息を呑んだ。
力羅は左手で右手首を掴み、右手に能力を収縮させていく。
(かなりキレてるわね…………ッて!)
「ちょっと! どんだけ強くしてんのよ! ここはダンジョンじゃないっつの!」
収縮して、収縮して、収縮させていく。
風を吸い込み、光を引き込み、氷を、大地竜を離さない。
まるで手のひらが全てを引き込んでいるよう。
だがそれは違った。手のひらの先に卓球球ほどの真っ黒な球体が浮かんで、それが全てを吸い込んでいた。その球は黒く暗い深淵で、見る者に夜の海を見ているような恐怖を掻き立てた。
正にそれはブラックホールだった。
美怜と押し合いをしていた大地竜は小さな球体に恐れをなした。野生の感が、あれは危険だ逃げろと大地竜に警鐘をならす。
『ギイヤオオオッ!』
大地竜は器用に空中で1回転すると、美怜の分厚い氷を足場にして、地上へ向けて踏み切った。
───しかし
「逃がさねーよ」
大地竜の重さ、空中跳躍の膂力、翼の運動エネルギー全てを持ってしても、小さな黒い球の吸引力には届かない。
その効果は敵味方関係なく及び、効果がないのは本人のみ。
「あんた覚えてなさいよ!」
魔力の残りかすを振り絞り球から逃れようとする美怜の怨み節、だが彼女が引き込まれることはない。
「ッ先に戻りましょう」
「舜さん!」
能力の瞬間捕縛で現れた黒髪の美女、花霞 舜は、美怜を喜色にし、2人はたちどころに消えていった。
「これで本気を出せるな大地竜」
力羅は笑い呟く。
「グラビティ」
黒い球が手を離れゆっくりと大地竜へ近づいていく。焦り翼を羽ばたく大地竜だが、進めない。しかし球はゆっくりと近づいていく。
大地竜は最後の手段に出た。竜種が必ずといっていいほど使用する力、ブレス。おお顎を開いた大地竜の口内に茶色の魔力が視覚できるほど集約していく。
そして口内を一杯に満たした魔力が巨石を生成し、発射される。
空を切る巨大な岩。しかしその岩はピンポン玉サイズの黒い玉に進行を阻まれる。
───ゴゴ、ゴゴゴコ。
岩を擦り付けるような音がする。音と共に巨大な岩が一回り小さくなり、徐々に、段々と岩が小さくなる速度が速くなる。
突如。音もなく岩は黒い玉に全て吸い込まれる。
大地竜は再び翻り、捥げるような勢いで翼を動かした。
────そして。
阻むものがなくなった球が大地竜へ触れた瞬間。
音が消え、大地竜が歪み、小さくなっていく。
標的を呑み込んだ瞬間だった。
──ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!!
ブラックホールの破裂。
吸い込んだもの全てを吐き出すような爆発音。
大空に広がったそれは紫紺のビー玉のように見えた。
*
大地竜の討伐成功は全世界を歓喜に震わせた。世界にダンジョンが出現し30年、1度は全滅すらありえた人類が着実に生活圏を取り戻しつつある。ニュースでは速報で討伐成功を伝えられ、配信サイトでは動画が拡散されている。
力羅達は称賛され、大地竜にかかっている莫大な懸賞金を得る。だがその傍らで、被害にあった1人の少年が居たのは確かだった。
しかしこの時代、命の価値が軽い。
一般的な意見としては、「見に行った方が悪い」「よく1人ですんだ」というもので、進夢の死は大きな話題になっていない。
大地竜討伐の翌日。
西多摩某所で力羅達パーティーが集まっていた。場所は彼らの所有する拠点の1つで、建て売り2階建て住宅だった。
「ワタシ達を責めるような意見はほぼないわね」
ハンズフリーフォンでSNS、ニュースなどを通じて情報を集めている美怜が言った。彼女の前には立派の映像や掲示板の投稿などが映されている。
その答えに力羅は嘆息。
「それを聞いて安心する自分に腹がたつよ」
「私もです。バッシングは恐ろしい」
もれなく全員が著名人。誹謗中傷の恐ろしいさはよくわかっていた。冒険者として有望でも、ネットで叩かれて消えていった人間を何人か知っていた。
「それで舜さん、例のエルフの女の子はどうなんですか?」
手首に触れてフリフォを消した美怜が言った。
「……手に負えません。LEVEL3もありますからね、仕方ないのでダンジョン産の手錠で動けなくしてきました」
短く息を吐き出す舜の顔には疲労がみえる。
エルフの女の子、ルカは目を覚ますと【憤怒の塔】へ行くと言って聞かないので、舜と力羅で押さえている。親と連絡を取って迎えに来てもらう予定だが、それまで油断ならなかった。
「美怜は会わないほうがいいぞ、今んとこ俺とアマ姉に怨みが向いてるからな」
「ううん、ワタシも謝る。許されないのはわかってるけど、逃げちゃいけないことだから。あれは私達の責任よ」
首をふった美怜に舜はうなずいた。
「あれは私達のリサーチ不足と慢心が招いたことです。情報不足だとわかっていながら観光機の進入を許可し、何かあっても私達なら対応できると思っていた。…………愚かでした。そのシワ寄せが私達ではなく16歳の少年少女にいってしまったんです」
冬季の大地竜は寝ているという情報も間違っていた。実際は危険を探知する能力を持っていて、寝ていても近づくと目を覚ましたのだ。
そしてダメージを受けた後の第2形態で、翼が生えて空を飛べるようになった。敵わないとみるや雲に隠れて奇襲を狙う狡猾さ。
しかしこれらはLEVEL7に至るまでに経験してきたことで、想像しなければならなかったし、出来たはず。
全人類の頂き故の驕り、慢心だった。
「3人で70は無理だけど、50までなら何とかなるよな」
力羅の言いたい事は2人もわかった。
「そうですね、でなければルカさんも納得しないでしょう」
「連れてくってことよね? 40までにしたほうがいいと思うわよ、慢心はもうこりごり」
力羅の言いたい事はルカに現実を見せること。そして謝罪も込めて行ける所まで【憤怒の塔】を上がろうということだ。
「そうだな、被害者を増やすわけにはいかないし………ん、電話だ」
力羅のフリフォから着信音が。フリフォからは力羅の顔を優しくして大人っぽくした顔の男性が表示されていた。
「親父かよ……」
(親父からの電話ってろくなことねーんだよな。今回の討伐だって元を辿れば親父発信だし)
「匠さんですか?」
次世代孤児の舜からすれば、力羅の父、匠は義理の父親のようなものだ。
「……うん」
力羅は通話をオンにした。
「──もしもし親父? ………ああ、そうだけど。 ……うん ………………はあ!?」
力羅の父親は警視総監であり、警視庁の長だ。ダンジョン発生後、主に治安改善で活躍、その手腕で長まで登り詰めた。そんな男からのとんでもない一言で力羅は【憤怒の塔】へとんぼ返りすることとなる。
「力羅。【憤怒の塔】が攻略されたぞ」




