不屈の決着
進夢は以前疑問に思い調べたことがあった。それはヘビや巨大なトカゲなどの獲物の丸呑みについて。腹の中で暴れないのかと憂慮したのだ。その答えは大抵食べる前に止めをさす。あるいは丸呑みしても強力な胃酸で溶かしてしまうというものだった。
その時はそんなものかと軽く流した進夢だったが、自分が丸呑みにされるとは露にも思っていなかった。
憤怒電光竜の食い付きは、LEVEL2の進夢には速すぎた。結果、口内の肉に衝突した進夢は気絶。動かない進夢を死んだと勘違いした憤怒竜が丸呑みした。
気絶すれば目を覚ますもの。しかしこの状況、16才の少年には酷過ぎた。目を覚ます進夢はそのまま死ねていれば楽だったと言う経験をする。
「…………うっ………な、なんだ。……いてえ。い、いたい。いたい!いたいいたいいたいっ! う、うわあああああああああああああああああああああッ!!」
進夢は痛みで目を覚ました。全身の焼けるような痛み。激痛に驚き身体を見た進夢は発狂する。皮膚が爛れ溶けて、肉が見えていたからだ。
ぼんやりと明るい体内は生暖かく脈動している。ねっとりとした胃液がどこにでもあり、動こうとした進夢は滑って倒れる。
「ぐあああッ!!」
デロリと皮膚が剥がれる。一部は既に骨が見えている状態だった。しかし進夢の能力は起死回生、自己回復の能力だ。LEVEL2となり能力の効力も良くなり、肉や皮の再生が目に見える速度で進んでいた。
だが今回はそれが仇となる。回復した端から胃液に溶かされてしまうからだ。進夢は終わらない激痛の拷問に死にたいとすら願ってしまう。
(痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。死にたい。痛い。死にたい。死にたい。死にたい。痛い。死にたい。死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい)
だがそれは叶わない。起死回生は常時発動能力。進夢の思考で制御できる能力じゃない。
「ぐっあああ! なんで、なんで俺がこんな目にっ!」
激痛と共に片目の視界が消える。
口内に入りこんだ胃液が内部からも進夢を焼き溶かす。
喉が潰れ声も出せなくなる。
「ぐばっがばっ! だぼがじがざばば」
再生と消化は、やや消化が速い。いずれ進夢が死ぬのは必至だった。
進夢は痛みと死への欲求。そして死への恐怖で半狂乱に陥り、皮膚が剥がれるのを無視して動いた。
転んでもがき、血肉を撒き散らし、とにかく進んだ。どこへ向かっているのかは誰にも分からないし、なぜ進んでいるのか進夢にもわからなかった。
ただ明るい方へ、明るい方へ虫が灯りに群がるように向かっていった。
この時、なぜ憤怒竜の体内が明るいのか、そんなこと進夢には考える余裕はなかった。
そのなんの思考もない本能だけの行動。
死んだように這いずっている進夢の瞳に光が灯ったのは、ネオンピンクに光る魔石を見た瞬間だった。魔石はボーリングの玉ほどの球体で、見たことも聞いたこともない巨大サイズ。赤黒い内臓に半分ほど呑み込まれるようにしてそれはあった。
魔石に驚愕した進夢は、冒険者ならば誰もが知っている知識を思い出して叫ぶ。
「あ゛あああ゛あ゛ああ゛ああああッッ!!!!」
魔石は全ての魔物に共通する弱点。破壊すればどんな魔物もたちどころに死ぬ。
発狂なのか歓喜なのか進夢にもわからなかった。身体中の焼けるような痛みもこの時ばかりは感じない。アドレナリンの大量分泌は痛みを消し、そして進夢の理性のタガが外れた。
(殺すッ!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!死にたくない!死にたくない!死にたくないッッ!)
痛みを忘れた進夢の動きは不恰好ながら素早い。皮が剥がれようとも、骨が顔を出そうとも、眼球がこぼれ落ちようとも、魔石に向かって這いずった。
そして魔石にたどり着いた進夢は拳を振り上げる。
「じね゛ッ! じねッッ!」
LEVEL1の壁を破った男の全力の拳を魔石に叩きこむ。1回、2回と硬質な硝子板を殴ったような音がする。しかし魔石は壊れない。魔物が体内に隠すほどの弱点だが、脆くはない。
「あ゛あ゛あ゛ッッ!!あ゛あ゛あ゛ッッ!!あ゛あ゛あ゛ッッ!!」
裂帛の絶叫。血を口から撒き散らし、拳が歪み腕の骨が肌を突き破ろうとも、拳は止まらない。
進夢の脳には助かりたいという言葉より、助けたいという言葉が浮かび上がってきていた。
(外はどうなってる! 速く倒さないとドーラも食われるッッ!)
思考が働くようになったのは痛みが麻痺して感じなくなったから。そして死への恐怖よりも仲間の安否のほうが勝った進夢は、身体を粉にしてでも魔石を破壊すると決めた。
──ピシッ。
「あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
拳を振り上げて振り下ろす。拳を振り上げて振り下ろす。拳を振り上げて振り下ろす。
──ピシッピシッ。
『ギェアアアアアアアアアッッ!!』
魔石にヒビを入れられた憤怒竜はその痛みに地面を転げ回った。付近に倒れていたドーラが踏み潰されなかったのは運が良かった。あと数秒で食べられる所での魔石攻撃も運が良かったとしか言えない。
その声が聞こえると同時に進夢の天と地が逆になる。続けて壁が天になったり地になったり。シェイカーの中に入れられたような動きに、身体を丸めるしかなかった。
だがそれでも進夢の口元は獰猛に弧を描いていた。
(…………あと1発殴れば壊せる)
片目を失った視線はネオンピンクに光る石へと注がれる。天が地になろうとも、壁が天になろうとも。
────そしてその瞬間が訪れる。
弾力のある腹の肉に当たり跳ねた瞬間だった。その起動は真っ直ぐ魔石へ向かう。
爪が食い込むほど握りこんだ拳。
噛みしめる歯茎からは血が滲む。
進夢はボロボロの拳を振り抜いた。
「ごれ゛をま゛っでだあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッッ!!」
────バリイイイイイイイイイイイイインッッ!!
魔石はついに進夢の拳に負けて砕け、魔石のかけらが熱した鉄を打った火花のように飛び散った。
「…………………や゛っだ」
受け身を取ることなくドチャリと落下。憤怒竜が暴れることはなくなり、緊張の糸が切れた進夢は意識が途絶える。
*
次に進夢の目が覚めたのは髪を触られている違和感からだった。
「…………んっ」
「やっと起きましたか、置いていこうか悩みましたよ」
癪にさわる憎まれ口だった。それでも進夢はそれが聞きたかった。
「ドーラ?」
「見れば分かるでしょう」
吸い込まれるような薄い玉虫色の瞳、黒みの強いすみれ色のボブパーマ。ドーラはいつものように毒を振り撒いていた。しかしその手は進夢の頭を撫でている。
ボスが倒された影響なのか、部屋が明るくなっていてドーラがよく見えている。
「はは、その感じ間違いないな」
「スーパー美少女ロボな感じでしょうか」
「もう30だろ? 美少女はおかしくないか」
「もう一度寝たい。そういうことですね?」
頭を撫でていたドーラの手がグーになる。
「待て待て! 冗談だよ!」
「…………まあ今日は許しましょう」
「やけにあっさり引くな」
「ええ。進夢のおかげですから」
そういったドーラの視線を追うと、意匠の凝った宝箱がドシンと鎮座していた。
「…………勝ったんだよな」
「勝ちました」
ドーラは笑みを浮かべた。感情と表情が一致しない無表情の少女、それがドーラだった。だが進夢の視界に写っているドーラは柔らかい笑みを浮かべ、優しく進夢の頭を撫でている。そこにはホムンクルスと言われて納得のできる固い表情はなく、年頃の少女にしか見えないドーラがいた。
「えっドーラ笑うと可愛いな!」
「………………………」
ゴチンと軽く拳が額に落ちる。
「いてっ」
「さっ休憩は終わりです」
膝の上に進夢の頭が乗っていたが、ドーラは容赦なく立ち上がり、進夢の頭を落とす。
「いってええ!」
頭を抱えて唸る進夢に背を向けたドーラの耳はほんのりと朱が差していた。




