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限界突破のエリクシール  作者: 鈴木君
憤怒の塔と世界の秘密

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15/33

挑戦者の敗北


 滞空している憤怒電光竜(ネオンライトラースドラゴン)は、大きく口を開いた。禍々しく尖った牙は容易く人を両断するだろう。


「またタックルか!?」


 進夢は直ぐに走り出していたが、先程までの行動とは違っているので迷いがある。


「違います! ブレスです!」


 薄い玉虫色の瞳は口元に憤怒竜(ラースドラゴン)(いかずち)が集まってい行くのを見逃さなかった。ドラゴン系の魔物(モンスター)が必ず持ち合わせているブレス攻撃、その予兆を。


「どっちにしろ走るしかないぞ!」

「走れ!」


 内心もう走ってると愚痴りたい進夢は、ドーラに抜かされまたしても腕を引かれる。


(情けねえ!! LEVELが上がっても足を引っ張るのかくそ!)


 圧倒的力の差。LEVELが違うというのはそういうことだった。そしてドーラの種族ホムンクルスという生き物は、同LEVELの人間より優れた力、魔力を持ち合わせている。


 しかしそんな劣等は些末な感情だ。進夢の思考は憤怒竜(ラースドラゴン)の口元に集まり大きくなっていく雷玉(サンダーボール)に塗り替えられた。


「ッッッッ!」


 脳内が"死"という文字で埋め尽くされる。


「もっと早く走って!」

「これが限界だ!」


 固定砲台。狙撃の微調整は首を少しずらすだけで簡単に出来る。いくら走っても2人は射線から出ることができない。


(……ここまでですか)


 ドーラが覚悟を決めると同時に、憤怒竜が翼を小刻みに羽ばたき、雷玉(サンダーボール)の光が強烈に明るくなる。その光景は色違いの太陽のようであった。


 射出される直前、ドーラは急停止。


「ッおい!」


 進夢が走ってくる勢いを利用して進夢を走ってきた方に投げ飛ばすと、自分は憤怒竜へ向かって疾駆した。


 しかし太陽のように明るい雷の玉。目を焼くようなネオンピンクの明かりがドーラの視界を覆う。ドーラはその光景を見ながら悔悟する。


(まったく私はなにをしているんでしょうか。会ったばかりの少年を助けるために囮になるなんてらしくない。むしろLEVELを生かして進夢を憤怒竜(ラースドラゴン)へ投げるべきだったんです)


 時が止まったような長い時間。ドーラは自分へ投げかけるように説いた。しかし彼女の本心は別にある。


 世界に進化薬(エリクシール)を撒かれないよう不死原(ふしはら)を止めた時も気付いたら身体が動いていた。


 そして今回もそうだった。どうやっても2人は助からない、そう思った瞬間、進夢を投げていた。


(そのようにプログラムされているんでしょうかね)


 作った人間へ選択を押し付ける。しかし不死原(ふしはら)がそんなプログラムをした事実はない。意思を持った瞬間からドーラの思考は自由だったのだから。


 彼女は素直じゃない。自分の選択にも素直に従えない。心に意識が灯った瞬間からあまのじゃくなだけ。


 それでも世界の人々が危険だから立ち上がった。目の前の少年が危険だから身を呈して守った。素直じゃないだけでドーラは心根の優しい女性なのだ。


「ドーラッッ!!」


 進夢の声を聞いたドーラはニコリと微笑んで口を動かした。声は聞こえない。しかし耳元で囁かれたようにハッキリと分かる。『勝って』という言葉が。


(最後くらい認めてもいいかもしれませんね。私はどうしようもないお人好しなのかもしれません。こんな時まで進夢を心配になってしまうのですから)


 光に呑まれるドーラは最後まで全力で回避を試みていた。しかし無情にも雷玉(サンダーボール)はドーラをボーリングのピンのように弾き飛ばした。


「くッッッそおお!!」


 進夢はドーラの元へ走ろうとした。だが手に違和感を感じて一瞥すると、()()()()()()小さなカバンを持っていた。自分の物じゃない。しかしカバンから()()()()()()()ナイフの柄が飛び出していた。


「あのバカが!」


 進夢は急いでドーラに駆け寄る。その姿は酷いもので、服は千切れ肌は炭のように黒く焼けてしまっていた。片足がなくなりそこから腹も半分ほど抉れて消えている。傷口からは血の代わりに透明な粘性の強い液体が少量流れ出している。


「おい! まだ生きてるか!?」


 進夢は藁にも縋る気持ちでカバンをひっくり返した。そこには予想通りハイポーションの試験管が大量に入っていた。そして憤怒竜(ラースドラゴン)の鱗で出来たナイフも。


 声掛けに反応はなかった。しかし進夢は試験管の蓋を抜いてドーラの口に突っ込むと、何本も同時にハイポーションを開けてドーラに掛けた。


 しかし進夢に出来たのはそこまで。


『ガアアアアアアアアアアアアアアッッ!!』


 歓喜の咆哮。

 目を刺した虫を1匹潰してやったと、嬉しそうに尻尾を揺らす。しかしドラゴンは憤怒(ラース)を冠するボス、チョロチョロと仕止めた獲物の周りを動く虫を意識すると、内から絶えない激情が溢れ出してくる。


「かんべんしろよ」


 ドーラから離れるしかない。

 進夢はポーションの栓を抜く手間を惜しみ握り潰す。LEVEL2の膂力は試験管を飴細工のように破壊し、ガラスで手を切ることもない。そして世界の分岐点(ターニングポイント)が起きる前のどんな人類より速く走る事ができる。


 しかし魔物(モンスター)の頂点ドラゴンには、その動きが亀や芋虫のように鈍い。先に潰した虫は目障りだったが、この虫からは脅威を感じない。さっさと潰してしまおう、そう思えるほどに。


 進夢の100歩は翼の羽ばたき1回で十分だった。


「くッ」


 目前まで迫ってきた憤怒竜(ラースドラゴン)、進夢は覚悟を決めて対峙する。ドーラから離れた今、セーフルームに戻ることも叶わない。とれる選択は1つしかなかった。


『グルルルル』


 頭を身体より低く下げ、威嚇する犬のような低い唸り声を上げる。羽ばたきが小刻みになり、今にも降下してくる体勢だ。


(タックルか)


 避けられるかもしれない。1度は死なずにすんだ。


(でもブレスがきたら終わりだ)


 ここに立っていられるのはドーラがブレスを引き付けてくれたから。進夢1人では間違いなく避けられなかった。


(悠長に逃げてたらまたブレスを撃たれる。ここで決めないと後はない!)


 このタックルは最後のチャンス。九死に一生を得るならば、ここで反撃に出るしかない。避けるだけじゃなく攻撃も。2人分の仕事をしなければならなかった。ナイフを持つ手に力がこもる。


 憤怒竜(ラースドラゴン)は狙いを定めると空中を蹴るような動きで降下する。その速さは初速からトップスピード。地上からのタックルよりも僅かに速い。そして憤怒竜(ラースドラゴン)が通った後には飛行機雲のようにピンクの残光が残っていた。

 

 降下した憤怒竜(ラースドラゴン)は地面すれすれの低空飛行で大口を開けた。鋭く密集した牙、その威容に進夢は恐れを抱きつつも踏み込む。


「うらああああああ!!」


 1度目は避けきれなかった。しかし2度目は避けきらなくていい。僅かに速くなったタックルだったが、1度目よりも余裕を持って避けられる彼我の距離。しかしそれは理屈、憤怒竜(ラースドラゴン)は近ければ食い付いてくるのだから。


『ガアッ!!』


 口をギリギリで避けて瞳を狙う進夢だが、憤怒竜(ラースドラゴン)はそれに反応する。しかし進夢の覚悟は半端なものではなかった。


「ぐうあああああッッ!!」


 進夢は憤怒竜(ラースドラゴン)の噛み付きを完璧によけなかった。その結果、左腕を肩から損失。そして憤怒竜(ラースドラゴン)の残った瞳への道を切り開いた。


 一瞬の痛みと大量出血からくる震え。それでも進夢は笑い、残った腕に掴んでいるナイフを強く握った。


「腕はくれてやるよ、その代わり目をよこせええええええッッ!!!!」


 黄色と黒の混じったワニのような瞳に進夢がナイフを振り上げる姿が写っていた。1度受けた瞳への直接攻撃は憤怒竜(ラースドラゴン)の脳裏に焼き付いている。


 予想外の進夢の動きに思考がついていかなかった憤怒竜(ラースドラゴン)だったが、()()という記憶が脊髄反射のように瞼を閉じた。


 そしてその上から進夢のナイフが突き立てられる。


 ────しかし。


 ネオンピンクのナイフが瞼を突き破ることはできなかった。

 

 まるで鋼鉄に突き立てたように弾かれるナイフ。唖然とナイフを視線で追う進夢。


 瞳に直接なら刺せていた。

 LEVEL3なら瞼の上からでも刺せていた。

 1度刺された経験がなければ瞼を閉じていなかった。


 脳を過る失敗の理由。しかし悠長なことを考えている時間は進夢にはなかった。


 顔にかかる影に気がついた進夢が振り返る。するとそこには巨大な牙と舌があり、眼前を覆い尽くしていた。


 1口丸呑み。進夢は生臭い口内の匂いを感じた瞬間、憤怒電光竜(ネオンライトラースドラゴン)に食べられた。


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