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限界突破のエリクシール  作者: 鈴木君
憤怒の塔と世界の秘密

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憤怒電光竜


 深夜。

 黒みの強いすみれ色の髪を煌めかせた少女が、窓際に腰かけてカーテンのかかったボス部屋を見据えていた。その姿は外の青白く光る小石や、色とりどりに光る花々にぼんやりと照らされて幻想的だ。


 美しい光景。しかしメイド服に身を包んだ少女ドーラの内心は穏やかではなかった。


(……………怖い。またあそこに行かなければならないんですね)


 その視線はボス部屋に。周囲の光景は不思議な瞳に反射するばかり。決断したばかりでも、それが揺らいでしまうほどの恐怖。それがそこには存在している。


(はあ。今夜はあまり寝れそうにありませんね)


 震える夜を過ごす覚悟をしたが客人が目を覚ましてしまう。


「あー結構寝た、回復した」


 頭をかきながら起きてきた進夢(すすむ)にはドーラが黄昏ているように見えた。


(んー長い事いるし思い入れもあるのか)


 そう理解した彼の頭の中にドーラが怖がっているという考えは一切ない。


「起こしてしまいましたか」

「いや、だいぶ寝た」

「6時間ほどです」

「早かったしな、まだ夜中じゃん………ってマジで綺麗だな」

「私ですか?」

「は!? 庭だよ! 庭!」


 寝起きトーンだった進夢が焦って否定する。そんな姿を見たドーラはほんのりと笑みを浮かべた。


(私も単純ですね。さっきまで怖がってばかりいたのに、少し人と話しただけで気持ちが明るくなるんですから。それにこの光景を見れるのは最後なんです、しっかり目に焼き付けないとですね)


「わかってますよ。まさか進夢に景色を誉めるふりをして女性を誉めるなんて迂遠なアプローチができるとは思いませんでした」

「なんにも分かってねえ!」

「フフフ」

「でたよ変な笑い。ロボ時代の名残か」

「私は普通に笑ってるつもりです。ホムンクルス差別はよくないですよ、人間はそんなに偉いのですか?」

「個人の話しなのに種族単位になってるじゃん。てかホムンクルスってドーラ以外にいんのかな、見たことないんだけど」


 種族の進化は多岐に渡った。一番多いのは普通の人間、次いで獣人(じゅうじん)だ。進夢の友人のルカは森人(エルフ)でとても珍しい種族だが、全く見ないほどでもない。しかしホムンクルスという種族は聞いたことすらなかった。


「どうでしょう、私は外に出たことがないですから。ですが当時のAI技術を鑑みると私と同じような汎用型人工知能は存在してません。かなり劣るなら相当数ありそうですが、生物に進化というより魔道具に進化してそうですね」

「やっぱそうだよな。もしかしたら見た目が人間と同じだから分からないだけかもだしな。あ、動画とっとこうかな」


 進夢はブレスレットになっているハンズフリーフォンを腕ごと外に突き出した。


(やっぱ電波はなし。無事くらいルカに連絡したいけど、ダンジョンは外と連絡できないんだよな)


「ありえます。 ……………さ、そろそろ寝ましょう。寝不足で勝てる相手じゃないですから」


(元からそんなに寝なくても平気な身体ですが、寝れるなら寝た方がいいですしね)


 だが進夢と話して気持ちが落ち着いたドーラは眠くなってきていた。


「そうするか、俺もまだ寝れそう」


 あくびしながら進夢は寝床に戻っていく。ドーラは庭の景色を今一度視界に納め、それに続いた。



「まだ寝るつもりですか進夢、闖入者のクセにいい度胸です」

「………………最悪の目覚ましだ」


 肩を揺さぶられ目を覚ます。文句つき。


「最高の間違いでは? 美少女メイドに起こされたと学校で話せば全男子生徒に嫉妬されること請け合いです」

「大事なのは中身だろ」

(ルカと仲がいい時点でかなりヘイト買ってるしな)


 だがこの娘に起こされたとホロを見せて自慢したら殴られるんだろうなと、進夢はドーラを見た。


「私は高額な希少金属で出来てます。たんぱく質の塊という経済的価値の低い愚かな人間どもと違って外も中身も全てが完璧です」

「中身がゴミですって自己紹介してるようなもんだぞそれ」


 なぜか目がバッチリ覚めた進夢は、もしかしたら目覚ましとしたら優秀かもとアホな事を考えながら起床した。


 しかし起きたら黄金じゃがいもの炒め物が出来ていて、配膳までこなされていた。後は食べるだけだ。


(毒を吐く以外は完璧なメイドかもしれん)


「どうぞ座ってください。食べましょう」

「ん、ありがと。いただきます」

「はい。いただきます」


 2人はパクパクとじゃがいもを胃に納めていく。1人は作業をするように、1人は目を輝かせて。


「あーやっぱ旨いなこれ」

「美味しいと思えてる内にここからでましょう」

「だな。俺も既にしょっぱい物が食べたくなってきた。外にでたらじゃがいもにマヨネーズとバター乗せて食べようぜ」

「はい。食べてみたいです」


 朝食を食べた2人はボス戦の準備を始める。


 進夢は洗濯した服に着替えるくらいしかなかったので、武器になりそうな物を探す。ドーラは必要な物を片っ端から能力(スキル)で仕舞っていく。じゃがいもの芽、実験道具、庭に転がっている魔石や果てにはハイポーションを出している噴水も仕舞っていった。


「いや、それどんだけ入るんだよ」


 準備が終わり、作戦を練ろうと2人は対面に座った。


「さあ私も分かりません。まだ限界まで入れた事がないので」

「ええ……大きさは? 何か制限あるだろ」

「5立方メートルです、その内に収まれば重さに制限はないですよ」

「すげ! 車も入るな」

「車ですか…………家ごと入れば楽なんですが、LEVEL(レベル)が上がれば入りますかね」

「贅沢な悩みだな!」


 LEVELが上がっても能力は自己再生の進夢には羨ましく感じた。他人の芝は青く見えるとはよく言ったもので、不老になる進夢の能力は大勢に羨望される。


 しかし攻撃に難があるのは確かで、ボス戦で役に立てる気がしないのも確かだった。


「なあ。ボスを見たら挑む気力がなくなるのは分かったけどさ、参考までにどんな相手かくらい教えてくれよ。対策のしようがないし」


 ドーラは頷いた。


「そうですね、教えましょう。ボスの名前は【憤怒電光竜(ネオンライトラースドラゴン)】強力な電気を操るドラゴンです」


「ドラゴンか…………」


 ドラゴン種は魔物の中でも総じて強い傾向にある。人類にとってドラゴンは畏怖の象徴だ。富士山を占拠していたように、他にもドラゴン種が占拠している土地がある。単純に強いというだけでなく、敵わないという刷り込みが人類にあった。進夢は大地竜(アースドラゴン)に瀕死にされたばかりだ。


「まず電気を常に纏っていてまともに近付けません。近付けたとしても身体の一部が当たっただけでもよくて重症。それでいて遠距離からの攻撃はほぼ打ち落とされ、運良く当たったとしても鱗に阻まれます。離れれば目にも止まらぬ雷撃が待っていますしね」

「…………なんか作戦思いついた?」


 進夢の頭の中で思い浮かんだ言葉は"無理"聞く限り攻略なんてとても思いつかなかった。


「一応あるにはあります」

「一応でもあるのか……」

「まずこれを見てください。憤怒電光竜(ネオンライトラースドラゴン)の鱗でできたナイフです」


 ドーラが取り出したナイフは革の鞘に納められていた。進夢はナイフを抜くと、ナイフは厚みがあってずっしりと重い。両刃で切るというより刺すための形。その刀身は蛍光ピンクに光り、直視すると眩しいほどだった。


「すげ…………」

「LEVEL5の方と挑戦した時に鱗を1枚手にいれて、それを加工しました」

(全然削れなくて5年もかかったんですけどね)


「芸術品になりそうだな」

「ええ。ですが破格なのは性能です。【憤怒の塔】最上階ボスの1部、それを加工したナイフですから。もちろんそのボスにも通用する武器ということになります」

「おお!」


 絶望的な現実に光が射した、そんな反応をした進夢だが、もちろん落とし穴はある。


「私達に鱗を貫通する力があればの話しですが」

「…………無理か」

「ほぼ無理です。できることと言えばこのナイフで目を狙うくらいですね。2箇所潰せば勝てるかもしれないです」

「それこそ無理そうだけど」

「ですね、でもやるしかない」

  

 動き回る、それも生き物が反射的に守る目を狙うのは難しい。相手は格上だ。


「でなきゃ死ぬだけか」


 進夢はできるだけ考えないようにしていた。だが内心では分かっている。きっと自分は今日死ぬ。だが1%でも確率があるなら、それを掴んでやろうと足掻くのは自由。ただで死ぬつもりはない。


「はい。憤怒竜(ラースドラゴン)は常に怒っていて行動パターンが読みやすいです。近くにいれば食らいつく。離れれば頭上から雷撃、それか突進です」

「うーん……だとしたら雷撃に気をつけて突進してきた時に避けながら目を狙うか?」

「それか食らいついてきた時にですね。ただ格上ですから掠りでもしたら終わりですし、動きは早いです」


 2人は話を詰めていく。生死がかかっているのでどちらも本気だ。そして話しがまとまった頃、ドーラが立ち上がる。


「そろそろ行きましょう。グズグズしていたら決心が揺らぎそうです」

「そこまでか」

「はい。進夢、カーテンを開いた後、()()()()()()()()()()()()教えてください」


(もし、怖じ気づいても文句はいいません)


ドーラの横から固唾を飲み込む音がした。


「…………おう」

「では、行きましょう」


 ドーラは物が減った実験室を出る。振り返ることはしない。魔石がなくなり、噴水も池もなくなった庭は花だけが綺麗に咲き誇る。ドーラは今朝もハイポーションを撒いていた。


 そして実験室と真逆に位置するボス部屋の前につく。


「では開けます」


 進夢は頷いてドーラはカーテンを引いた。


 その空間は薄暗いドームだった。よほど広いのか端のほうは真っ暗闇で、どこまで続いているのかは分からない。永遠に石畳が続く空間だった。そして異常に明るい中心に目が釘付けになる。それは何度も見たドーラも同じ。


 そこに居るのは黒いドラゴン。だがそのドラゴンは口、目、鼻、鱗、爪を縁取るように光らせていた。蛍光ピンク、ネオンのピンク色に。名を【憤怒電光竜(ネオンライトラースドラゴン)】。大地竜(アースドラゴン)より細身で首が長く、尻尾も長い。身体はずっしりとしているが、無駄な肉はついていない。人間なんて1口で食べらてしまう体躯だ。そして背中には大きな翼が生えている。


 【憤怒電光竜(ネオンライトラースドラゴン)】は此方を睨み付け、今にも飛んで来そうだ。


 口と目を大きな丸にした進夢は思わず口にする。

 

「ヤバ! か、かっこよ! これがどのランカーも見たことない最強のドラゴンかー!」

「………………………は?」


 ドーラは知らなかった。進夢が冒険者(ハンター)馬鹿で、大地竜(アースドラゴン)に襲われた時も満面の笑みで戦いを見学しようとした命知らずだということを。


 

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