一世一代の大博打
「気休めですが」
ドーラは次元創作で取り出した小瓶を進夢に渡す。
「便利そうな能力だな。つかこれ見たことあるぞ…………」
頭の位置まで小瓶を上げて見つめる進夢は、青い蛍光色の液体に既視感を覚える。
「収納系で理想の能力らしいです。でしょうね、映像で見せましたから」
ドーラの能力は異次元に空間を作りだし収納する能力。空間の中は時間が経たない上に、別空間なので重さがない。そしてどこででも収納、引き出すことが可能。小瓶の中身が30年前の物でも新品同様である。
「じゃあこれ進化薬!? ヤバイ薬じゃねーか!」
薬を摘まんで身体を目一杯離そうとのけ反る。なんとも情けない格好をしている。
「フフフ」
笑っているのかドーラはただ「フフフ」と平時と変わらない発音で口にした。
「なんだその変な笑いかた! これどうすんだよ!」
「変な笑いかたですか? ショックです………… 飲んでください」
「飲めるかッ!!」
一瞬ぶん投げようとした進夢だったが、なんとか踏みとどまった。液体が漏れれば何が起こるか分からない、理性的な選択だった。
「LEVELは人によって上限が異なると聞きました。ですが進化薬を吸ったマウスは最初から身体能力が上がってました。見ましたよね? 映像で」
「見たな。…………………急に真面目になるんだよな」
ドーラの急転に振り回されながらも、進夢は目にも止まらぬ速さで机を真っ二つにしたマウスを目蓋の裏に思い出す。
「もしかしたら大量の進化薬の接種にはLEVELを上げる効果があるかもしれません。もしくはLEVELが上がりやすくなるか、それに準ずる効果があるはずです」
胸が高鳴る。
LEVELが上がる可能性、それを提示された進夢は冷静に食いついた。
「そうなのか? 結構自信ありそうだな」
「はい。実例が2件ありますから」
「2件?」
「わかりませんか? まあ進夢ですからね」
煽られ慣れてきた進夢は気にせず考え込む。
(マウスは分かるけど他に例があるか? 不死原? いや世界と同化しちゃってるし…………)
「えーと…………」
「はい時間切れです」
「はや!」
「答えは私です」
一瞬で終わったなんの風情もないネタばらし。ドーラとしては進夢に言い当てられるのも面白くないと、早めに切り上げた。
「ドーラ? ああそっかドーラも浴びてたもんな」
「そして私はろくに訓練もしてなければ魔物とも戦ってません。ですがLEVELは3ということでどうぞ、グイっと」
「飲めるか!」
「私の薬がのめねーのか」
「2回目はいいよ! なんでノリで飲ませようとすんだよ! 普通に怖いぞこれ!」
分岐点で起こった進化で、人類の1割は耐えきれずに死にいたっている。死亡率は高齢になるほど上がっているが、若いから死なないとはいいきれない。加えて進夢は進化した人類の子供、進化薬を直接接種した世代じゃない。どのように作用するか全くの未知数だ。
「うるさい飲め……………ではもう少し真面目な話しです」
ドーラは説得に現実味を足すことにした。
「ほんとに真面目かそれは」
進夢は胡乱な目付きでたずねる。だがドーラも本気の説得だ。全く時間がないわけではないが、時間は惜しい。進夢は時間がたてばたつほど少しずつ確実に弱って行くのだから。
「真面目です。よく考えて下さい、今のままボスに挑んで勝てると思いますか?」
そう聞かれると思わず脳を過るLEVEL7の戦い。圧倒的な身体能力と能力は進夢では手も足も出ない。そんなメンバーが攻略できていない【憤怒の塔】最上階ボス戦への挑戦。そしてそのボスにLEVEL3とLEVEL5が一蹴された話し。進夢は素直に口にした。
「………………まあ無理だと思う」
「現実は見えているようですね。ここで無鉄砲に勝てると言われたら私が諦めていたかもしれません」
「そりゃな、LEVEL差ってのは俺が1番理解してるよ」
(LEVELが低ければ学校での立場だって低くくなるんだ、俺がどれだけの苦汁をなめてきたか。何度LEVELが上がればと思ったことか。正直いってこれを飲んでLEVELが上がるなら飲みたい)
飲まないと口にしているが、ドーラの話に食いついて薬を飲む理由を探している。逃げ道をなくしたいのだ。
「なによりです。で、少しでも勝率を上げるためにはLEVELを上げるしかないですよね?」
「上げられるもんならな」
「上がります。どうぞ」
ドーラは手のひらを出し促す。小瓶を見つめる進夢の表情は険しい。
「死なない?」
つまるところそれに尽きる。進化薬を飲んで死なないか。分岐点が起こった日、魔物に殺された人間は数多くいる。しかしその日最も人間を殺しめた要因は、進化薬の進化時に起きる身体の改築。急激な変化は高齢者や病人などには厳しかった。
「可能性はあります。ですが進夢は健康体ですし能力を加味すると可能性はほぼゼロです。多分…………飲め」
「最後の一言で怖くなるんだよ」
といいつつも進夢の気持ちは飲む方向に傾いていた。すでに小瓶のコルクに手をかけて後はそれを引き抜くだけになっている。
「私は外の景色が見たい、色んな物を食べてみたい。…………30年間1人で生きてきました。最後のチャンスなんです、悔いは残したくありません。お願いです、飲んでもらえませんか?」
淡い玉虫色をした瞳が捉え、訴えている。ここから出たいと。
言葉も態度にもおどけた様子はない、真っ直ぐな本音。見届けた進夢の答えは決まった。あと一歩を踏み出せない、そんな気持ちが簡単に傾いた理由、それは困っている女性が助けを求めていたから。単純なことだった、それが彼の目指す冒険者の姿だったからだ。
「うっし…………………」
─────進夢は一思いに進化薬を飲み干した。
「あ…………」
拍子抜けするほど簡単に薬を服用するので驚いて小さな声が漏れた。ドーラには何が進夢を動かすきっかけになったのかは分からない。しかし覚悟を決めて飲み干した者に無粋な声をかける事はしなかった。
──────お互いに無言の時が流れる。
1分もかからずに身体に異変が起こり始めた。
「………………ぐっなんか熱い」
高熱と重い倦怠感。活力がある黒い瞳には、火花のように光が血走り、視界に異常をきたしていた。進化薬は正常に作用している。
「それが進化です」
淡白な声をかけたドーラだが、手にはハイポーションが握られている。それを見た進夢は「ははは」と笑う。
だが進化は更に進夢を襲う。体内で骨が動き回るような感覚は嫌悪感が酷く、ゴリゴリと音が鳴り痛みも伴う。皮膚を剥がし貼り治すような切り裂く痛みには歯を食いしばる。
異常な頭痛は頭が割れてしまうようで、自傷したくなるほど耐え難い。進夢は横たわり歯を食いしばる。
永遠かと思われる激痛の時間は15分ほどだった。大量の冷や汗をかいた進夢は段々痛みが引いて行くのを感じていた。
──────そしてその時だった。
《LEVELが1から2へ上昇しました》
脳内に直接響く無機質な声は、どこかドーラに似たような声だった。進夢にとって初めてのアナウンス。渇望のLEVELアップ宣言で苦労した学校生活を思い出す。虐めはないものの悔しい思いは数え切れない。瞳から頬を伝う数滴の雫。
しかし彼の表情は晴れやかだ。
「ははは! やった!! ついに、ついにLEVELが上がったぞドーラ! 俺がLEVELアップだってさ!」
身体の痛み、倦怠感を忘れて喜ぶ進夢。
「良かったですね。飲んで下さい」
差し出されたハイポーションを言われるがままに飲んだ進夢は、あっさりと消える痛みに驚く。
「おお! やっぱりハイポーションってすげーな。ありがとう」
「はい。ですが身体は疲れてますよね?」
「多少は。今日は色々あったし」
「でしたら挑むのは明日にしましょう。塩がなくとも1日くらいなら大丈夫です、私の作った自慢のじゃがいもを振る舞いましょう」
ドーラの手の中にはゴツゴツした金色の塊が光を放っていた。
「…………なんか映画とかで金塊を見つけた時のエフェクトみたいな光かたしてるな」
(てか食えるのかよそれ)
「光るのは皮だけです。焼くか茹でるかくらいしか調理方がないですけど、文句はないですね」
進夢は頷いた。
(そもそも文句言ったらくどくど嫌味言うだろこいつ)
そしてその調理方だけで30年生きてきたドーラに文句を言うつもりは毛頭なかった。
ドーラは机にコンロを取り出した。そして鍋にポリタンクに入ったハイポーションを入れて点火する。じゃがいもはザルの上に大量に積まれているのをそのまま取り出した。
「マジで便利過ぎるなその能力」
「知ってます。それよりシャワーを浴びてきて下さい。臭いです」
ドーラはグサリと胸に刺さる一言と共にタオルを投げ渡す。メイドらしくない雑さである。
反論しようとした進夢だったが、部屋の奧にある扉を指差され従うことにした。
*
シャワー(ハイポーション)を浴びた進夢は用意された白衣を着て実験室に戻ってきた。部屋はじゃがいもを茹でたいい匂いが充満していて食欲をそそる。
「旨そうだな」
「ふふん、でしょう。私は飽きましたけど」
10個ほど茹でたじゃがいもは、ザルから白い湯気を上げる。皿にナイフとホークが2セット。至れり尽くせりで頭が上がらないなと、進夢は腰を下ろした。
「じゃあ食べていいか?」
「どうぞ」
「いただきます」
手掴みで熱々のじゃがいもを皿に乗せた進夢はじゃがいもにナイフを入れる。しっかり茹でられたじゃがいもは綺麗に2つに別れると、美しい身をさらけ出した。
「うおっやっぱ普通のじゃがいもより金色っぽいな」
「ええ、それより早く食べてみてください」
ドーラは自慢のじゃがいもを早く食べて貰いたいので、机から前のめりになって、圧を掛けていた。
「わかったよ、焦らせんなって」
圧に負けて熱々のじゃがいもを口に放り込みそうになるのを耐えながら、息を吹き掛けて身を冷ます。そして丁度いい温度になったのを見計らって、恐る恐る食べた。
「…………なんなんだこれ。なんだこれ! めっちゃ旨い!」
「ふっふっふ。そうでしょう」
ホクホクと口の中で簡単にほぐれるじゃがいも。しっとりととろけ出した身からはほのかな甘味が口一杯に広がる。飲み込むと同時に鼻から抜ける香りは暖かみがありリラックス効果が見込めそうだった。
「人生で食べた中で一番旨いじゃがいもだよこれ! なんも味付けしてないのに!」
「私が作りました」
「すげー!」
進夢が瞳を煌めかせ素直に誉めて、ドーラは得意になって胸を張っている。しかしその反面ドーラは思っていた。
(ハイポーションを水代わりにしてるだけで特別なことは何もしてないんですけどね。ですが誉められるというのはいい気分です。このまま私が苦労して作ったことにしておきましょう)
彼女はしたたかだった。
その後ドーラは1個、進夢は4個じゃがいもを食べて晩餐はお開きになり、眠そうにしている進夢をみかねたドーラが動いた。
「布団です」
「逆にあるのが不思議だけど」
次元創作で虚空から布団を取り出したドーラに突っ込んだ。30年も【憤怒の塔】100層のレストルームのような空間に囚われているドーラが布団を持っているのはおかしかった。
(というかコンロとかシャワーもおかしいよな)
「実験室兼、自宅でしたからね、色々そろってますよ」
「そっか。でもよく考えたら魔光エネルギーがないのにシャワーとかコンロとか何で動いてるんだ?」
「魔力です」
「魔力? え、もしかして魔道具?」
魔光は新しいエネルギーで、電気に代わり一般的に普及している、なので進夢は疑問に思った。そして魔道具は魔力のみで動き、物が進化した道具だ。
つまりただのコンロやシャワーじゃない。何かしら効果や特長がある。
「外では魔道具は少ないんでしたね、ここは進化薬が大量に撒かれましたから、部屋の物が大量に魔道具に進化したんです。殆ど私の能力でしまってありますけど、例えばさっきのコンロは作りたい料理の最適な火加減に自動でしてくれます」
「おお、便利だな」
進夢はあくびをこらえ目を擦りながら答えた。
「他にもたくさんありますよ…………眠そうですね。明日は大事な日です、とっとと寝てください」
布団を押し付けてドーラは自分の布団を敷いた。久々の会話はドーラにとってとても有意義で楽しい事だったが、我慢して進夢を寝かせることにした。先に布団を敷いて早く敷いてくれないと明かりが消せないとリモコンをヒラヒラとしているのは彼女なりの気遣いだ。そして進夢が敷くのを待つと明かりを消した。




