プロットノートの設定
「では面白い話しをしましょう」
「面白い話し?」
ドーラは得意気に話し始める。
「はい。不死原は自身のアイディアでゲームを作ることを夢見ていました」
「そういや、メモとってたな。趣味なんだろ」
研究の合間にメモをとって楽しんでいた所、ドーラにチクリと嫌味を言われて発狂していたのを思い出す。進夢は変な2人組だなと改めて苦笑い。
「そうです。そのプロットノートですが、全てではないですが中身を見ています」
「お、おう。そうか」
人のプロットノートを見ていたことを得意気に話すドーラだが、進夢は反応に困る。
「大筋は魔物のいる世界で勇者と聖女が仲間を集めて魔王を倒すというありふれた設定です」
「うん」
(あ、やっぱ聞かされるのね)
遠慮がちな反応を示しても聞くのは確定。ドーラはそもそも進夢の派手なリアクションにしか興味がないので、小さな反応は意味がない。
「その世界には様々な種族がいます。森人、炭鉱人、獣人、小人、竜人、人魚、吸血鬼、それに魔鉄人。他にも色々」
「その辺は映像でも言ってたな」
「ええ。そして無数のダンジョンに冒険者。魔法に能力にLEVEL。ダンジョンには魔物が徘徊し、宝が眠る。魔物を倒せば魔石やアイテムをドロップするし、稀に能力札を手にすることもある」
「…………………」
聞き覚えのある話しだった。というよりも毎日目にして毎日体感している極身近な世界。ドーラの話しは現在の世界を紹介しているように聞こえる。
「LEVELが上がったり能力を得ると、脳に直接響く声。誰もが使える"ステータス"という魔法。そして【大罪の塔】」
全て知っている。そしてドーラの意図していることにも進夢は気づいた。
「それら全てはジジイの不死原 実のプロットノートに書かれていることです」
変化少ない表情だがドーラは薄く口角を上げて笑う。どうだ驚いただろうと言いたげな表情は、進夢にもわかった。普段の進夢なら癪に障るので驚かないフリをしたが、この暴露は余りにも驚いた。
「ええ!? マジで!? じゃ、じゅあもしかして分岐点で起こった進化って不死原 実の書いたプロットノートになぞって起こったってことか!?」
ドーラはこくりと頷いた。
「進夢にしては的を射てますね、まあ正解です。これは私の予想なんですが、あの時ジジイが私の本体に吸い込まれていったのは、プロットノートより正確な情報源を進化薬が求めたからだと考えています。進化薬はプロットノートに触れ、それを体現するために必要な要素を集めたのでしょう。それが私の本体とジジイです。本体は部屋1つ分のcpuと記憶領域、進化後の世界を管理するために必要だった。ジジイは先に述べた通りです」
進夢は唖然と聞いていた。しかしふと疑問がよぎる。
「今さらだけど、ミサイルって不発だったんだよな、なんで世界中の生き物が進化してるんだ?」
「当然の疑問ですね。確かな答えはありませんが私はこう考えています。進化薬の効果が強すぎてあの量で足りた。散布する必要もなかった。ただただ強力だった」
「すごい単純だな。でもそうか、それなら納得か」
進化は日本の静岡県富士市から始まり波及し、世界中に広がったと言われている。当時の人間はもちろん日本を疑った。なにか薬品を漏らしたのではないか。人体実験で新たな生物を産み出していたのではないか。追及は厳正に行われたが、日本自体が事件のあらましを知らないのだ、これまでのところはなあなあに収まっていた。
あの日のことはただ分岐点とそれだけ。それだけで収まっている。しかし実際には不死原の実験で薬が漏れて世界中に広がったのだ。スキャンダルもいい所である。
加えて不死原の趣味で書いたプロットノートになぞって進化させられ、人類は半分が死んでいる。下手したら戦争も起きかねないシビアなネタだ。安易に人に話す事はできない。
「それと先ほど言いそびれたんですが、進化薬はジジイの願いを叶えていると思います」
「願い?」
「老いないこと。ジジイは本体に吸い込まれ一体となった。そして本体は常に世界を監視している」
常に監視という恐ろしいワードに進夢は反応する。
「え、怖。どこで?」
「地中深くなのか地球その物なのか、私にはわかりかねます。ですがlevelアップ、能力習得の瞬間、頭に直接声が響きますよね?」
「らしいな、俺は経験ないけど」
進夢はLEVEL1で能力は産まれつき。話しに聞いていたが経験はない。
「はあ…………。とんだ貧乏くじです」
感情のこもった長い嘆息と紛れもない落胆。進夢はこの扱いに慣れている。自分よりもLEVELの高い人間しかいない学校で生活しているのだ、嫌でも慣れる。しかし多少なりとも傷つくのは当たり前のことだ。
「へいへい、どうせ貧乏くじだよ」
眉間に皺を寄せて明らかに機嫌を損ねた進夢。重たい空気。しかし相手が不機嫌だからと萎縮するようなドーラではなかった。いつもの能面で解説を続ける。
「まあ今はいいでしょう、話の途中です」
(俺がよくねーよ)
進夢は横目でドーラを睨んだが効果ゼロ。直ぐに諦めてため息をついた。
「これも推察に過ぎませんが、あれは私の本体の声だと思います。声紋が全く同じでした、間違いないかと。つまりジジイと本体は融合して、プロットの世界を体現するためのシステムになったのだと思います。永遠に」
分岐点後の変化の1つ、誰にでも扱える"ステータス"という魔法、それは自身の状態を目視で確認することができる魔法だった。主に確認できるのはLEVELと能力。そして"ステータス"に変化が起こる時、脳内に直接変化の内容が伝えられる。その伝達が不死原とドーラ本体のシステムとしての1部
なのだ。
「不死原が世界の一部になって世界中の人を見守っている? 感動系アニメのラストシーンみたいなエンディング迎えてんじゃん。あのじいさんにずっと監視されてると思うと気持ち悪いけど」
全人類に実装された"ステータス"という魔法。見方を変えれば不死原との強制的な繋がりを持たされたとも受け取れる。
「ジジイの意識はないと思いますよ、あればもっとおかしな事が起こるはずですから。どっちにしろ本人の意思と齟齬がありますがね。進化薬を被った時にプロットノートのことばかり考えていたんでしょう。ざまあない最後です。」
意識はないという一言で進夢は胸をなで下ろした。気味の悪いジジイに四六時中監視されていたのかと戦慄したが杞憂に終わる。
「一応産みの親だろ、感傷はないのか?」
「勘弁してください。狂気の科学者相手にに感傷なんかないです。あんなのが不老になっていたら地球がいくつあったって足りませんよ」
星の規模で滅ぼすという話しに進夢は笑ったが、世界の変化を考えればあながち間違った表現じゃないと思い直し笑みが引きつる。進化薬の効果次第で人類が、世界が滅んでいてもおかしくなかった。
たまたま不死原のノートを起点に進化薬が効果を発揮したおかげで、人類の半減程度ですんだのだ。
例えばドーラが主従逆転を望むAIで、進化薬の起点になっていたら人類は壊滅し、ロボットの世界になっていたかもしれないのだ。
「……まあそうだよな」
「でしょう。 進夢の頭でも理解できましたか、良かったです。それにしても久々に喋ったので喉が渇きました。水飲みますか?」
「ああ、欲しいな」
「少々お待ちを」
楚々とした動作で背を向けるドーラ。
(なんかめっちゃメイドっぽいな。常にこんな感じなら可愛げがあるんだけどな。話し始めに大体嫌味いってくるし、親の顔見てみてーよ)
「どうぞ」
そっと机に置かれたビーカーの中には、黄緑色に発光する液体が注がれている。
「……ハイポーションだね」
「?はい。水です」
「ダメだこの人」
「人じゃありません、ロボです」
ボケにボケを重ねられた進夢はツッコミ気がうせる。
「え、と。ビーカーだから量がわかるじゃん。400mlくらいか、確か20mlのハイポーションで200万だろ、20倍だから4千………うわ」
震えながら持ち上げたハイポーションの値段が判明。進夢はゆっくりとビーカーを机に戻した。しかしここにはハイポーションしか飲み水がないのも事実で。
「せっかく用意したのにいらないんですか? 私の水が飲めねーのか」
「なんだよその情緒不安定な飲み会上司は。……はあ、いただきます」
進夢は思いきって飲んでみることにした。実験室のビーカーで飲み物を飲むという中二病を発症しそうな環境にもかかわらず、頭の中は"金"の1文字1色。口の中に広がるパイナップルの爽やかな味も殆ど分からなかった。
「……これが水って糖尿になりそうな生活だな、俺は体質でならないけど」
脳内が混濁した進夢の感想は糖尿だった。
「私も体質でなりません。ロボですし」
「それは奇遇だな」
進夢の能力は起死回生。時間をかけた自己回復の能力だ。その効果は傷の回復だけでなく老化しなければ、風邪や毒も早く治る。生活習慣病にもならない羨む人間の多い能力だが、LEVELの低い進夢は好んでない。身体能力が一般人の進夢は能力くらい攻撃的であって欲しかったからだ。魔物を倒す決定力にかけてしまう。
「なったところで薬がありますしね」
「あの映像見て使う気にはならないけどな」
進夢は苦笑いした。ドーラは「ふふふ」と笑い声を出したが感情は籠っていない。端から見れば感情が読めないが本人はしっかり楽しんでいる。
「そもそもポーションを飲んで糖尿になりますかね?」
「いや、言い出しっぺで悪いけど糖尿の話しはやめよーぜ」
「では高血圧にしますか? あいにくここには塩が全くないので上げにくいと思いますけど」
「なんで健康の話しから離れねーんだよ! ……………塩ないの?」
盛大にツッコミを入れた進夢は真顔になる。
「そうですね、この30年1摘まみも見てません。しょっぱいもの食べてみたいです」
ドーラはこの30年、パイナップル味のハイポーションと畑で育てたじゃがいもだけで生活している。ホムンクルスでなければとっくに死んでいる。人間は塩がなければ生きていけない。
「30年か、それはキツいな……チョコならあるけどどっちにしろ俺は長いできないな」
進夢の能力は万能じゃない。不老であって不死じゃない。大怪我に強いのは確かだが、脳が欠損すれば死ぬし、食べ物がなければ死ぬ。そんな能力だ。
(留まればジワジワと弱って死ぬか)
「チョコとはチョコレートのことですか!?」
進夢がダンジョンから出る手段はないのか模索していると、視界いっぱいにドーラの顔が映っていた。
「ちかっ!」
「チョコレート!」
これまで見せなかったドーラの感情的な姿にロボットらしは全くなかった。
「わかった! わかったやるよ! ほら」
進夢はルカからもらったチョコの1つをドーラに手渡し、自分はさっさと口に放り込んだ。残していたらドーラに取られそうなので苦肉の作だった。




