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限界突破のエリクシール  作者: 鈴木君
憤怒の塔と世界の秘密

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LEVEL1の少年


 2030年3月

 静岡県富士市上空およそ2万フィート。

 近年開発運用された4枚の羽1枚1枚に大きな穴が空いている観光飛行機、ホブ・ホバリングが滞空していた。魔石(ませき)から抽出された魔力(まりょく)と電気を化合した【魔光(まこう)エネルギー】によって力強く緩慢な機動力を手にした飛行機は静音性に優れている。


 揺れの少ない機内はまるで空中だということを忘れてしまうほど快適だ。その1室で気持ち良さそうに寝息を立てるこの少年も実家で寝るように熟睡していた。


「ちょっとそろそろ起きて、起きてってば!」

「……うーん後30分」


 ゆさゆさと揺らされる少年は活力のある顔立ちで身長は高いが、痩身のたよりない体つきをしていた。少女も思ったより軽い力で簡単に揺れて驚いていた。


進夢(すすむ)が起こせって言ったんでしょ、もう配信始まっちゃうからね」


 少女がため息をついて諦めたその時、進夢は飛び起きた。


「おい! なんで起こしてくんないんだよルカ! 配信見逃したらどうすんだよ!」


 目をこすりながら文句をたれた進夢の前には、眉根を寄せたルカがベッドに腰かけていた。緑がかった金髪が布団の上にしだれがかっている。顎先が細く端正な顔立ちをしている彼女は稀に見る美少女だが、美しさを伴っている。女性が嫉妬するような体つきは男なら目のやり場に困窮し、行き着く先は顔。そして特徴的な耳が笹の葉のように尖っているのを目にする。


 森人(エルフ)と呼ばれる人種だ。


「進夢がいくら起こしても起きないからでしょ! それにまだ始まってないから!」

 

 ふつふつと怒りが沸いてきたルカは、翠玉(エメラルド)の瞳に目蓋が半分降り語気が強くなる。だが短髪の黒髪に寝癖をつけた進夢は何事もなかったようにブレスレット型の携帯、ハンズフリーフォン、通称フリフォを口元に近付けた。


「起動、(しげし) 力羅(ちから)の生配信の再生……ってもう【憤怒の塔】着いてんじゃん!」


 ホブ・ホバリングの大きな窓に顔と手を張り付けて進夢は叫んだ。ルカは進夢がフリフォを外してベッドに投げて窓に張り付く早業を見て怒る気力を失くした。

 

「……忙しいやつ、どっちかに集中しなさいよ」

「うおお。やっぱ近くで見るとスゲーな! つか見てみろよルカ、俺達【憤怒の塔】より高い所にいるぜ! さすがに宇宙までは伸びてないのか」

「人の話し聞いてないし…………あんまりはしゃがないでよ、恥ずかしいなあ。【憤怒の塔】は全長5000mでしょ? 進夢のほうが詳しいじゃん」


 天高く聳え立つバベル【憤怒の塔】は煙突状に伸びていて半径は50mほど。均整のとれた石づくりで、近くで見れば巨大な壁のような錯覚を起こす。ルカ本人も下から見るのとはまた違った圧倒を感じていた。


 だがこのバベルは5000mもの高さで石が積み上がっている。物理的に建設は不可能だ。なぜ建っていられるのか建築家に聞いたとしても答えはわからない。理解できない超常で建っているのだ。


 そしてルカでも塔の所々にあるバルコニーのような箇所に、けして足を踏み入れてはならないことを知っていた。


「いいだろはしゃいだって、ずっと来たかったんだからさ。誰が見てるわけじゃないし。おじさんとおばさんにはホントに感謝だな、これだぜ?」


 顎で示すのは部屋全体。飛行機の中だと言うのにスイートルームさながらの内装で、大理石のテーブルの上にはフルーツが添えられたカクテルが彩っている。


「娘ほったらかして全国飛び回ってるバカ親なんだからこれくらいしてくれないと」


 ルカは長期に渡って家を空ける両親の不満が態度にでる。最近ではエルフという20歳前後で歳をとらなくなる種族のせいか、親と外見年齢が変わらなくなってきていて、友達と喧嘩するような錯覚すら覚え始めている。


「うちの親よりはずっといいだろ」


 進夢の両親は7年前にダンジョンを攻略しに行くと遠征したきり連絡が取れなくなった。


「……答えずらいよ」


 進夢は軽口のつもりだったのだが、罪悪感を覚えてしまったのかルカの表情が暗くなった。進夢は早口でフォローする。


「すまんすまん! 子供ほったらかして揃ってダンジョンアタックなんてするからだよ。パチンコするために子供を外でまたせる親とかわんねーんだからさ」


 30年前に突如として訪れた世界の分岐点(ターニングポイント)と呼ばれる現象は、人、虫、魚、動植物、あらゆる生物を進化させた。だが生物の進化はいいことばかりではなく、人にあだなす生物、魔物(モンスター)の誕生も伴う事態となってしまう。進化で魔物(モンスター)になってしまう生物がいたのだ。


 この瞬間から人類は生態系の頂点と声だかにいうことができなくなった。


 生物の進化と同時に世界各地に出現したダンジョンと呼ばれる迷宮は住宅を押し退けて、または線路の上に、場所を選ばず出現した。洞窟だったり、城であったりと形は様々だった。【憤怒の塔】もその1つ1だ。なぜそんなものが現れたかは現在も不明。


 問題は魔物がダンジョンから溢れ出てくることだった。


 早い段階でダンジョン内の魔物を間引くと溢れでてくることはないと判明したものの、その間に世界の人口の半数が死に絶えた。地獄のような苦境を味わった人類だったが、進化で得た力を徐々に使いこなし、魔物を討伐することができるようになる。


 そして生まれたのがダンジョン内の素材や魔物からドロップするアイテムを集めて生計を立てる職業【冒険者(ハンター)】だった。


進夢の両親もその内の攻略冒険者(クリアハンター)と呼ばれるダンジョンを攻略する冒険者(ハンター)で、生計を立てていた。

 

 進夢の両親は優秀で、ダンジョンで荒稼ぎした。だがダンジョンという命懸けのアトラクションに、いつしか生計ではなくスリルを求めてしまったのだ。案の定進夢が10歳のころ、両親はダンジョンから帰らなかった。髪の毛1本と残さず誰にも知られず死んだのだ。

 

「……なんかたとえが違う気がする」


 言い回しを失敗した進夢は話題を替えることにした。


「そういえばこの前チョコ行ったんだろ、どうだった?」


 東京八王子市にある洞窟型ダンジョンは、正式名【カカオ平野】だが、倒す魔物がチョコレートばかりドロップするのでチョコダンジョンと呼ばれている。平野には最高品質のカカオの木や、その他ナッツの木があちこちに群生していて、チョコの聖地とも呼び名が高い。


 ルカは甘いものが大の好物でかねてから【カカオ平野】に行きたいといっていたが、実力不足だった。ダンジョンには推奨LEVELというものがあり、それ以下のLEVELで無理に入っても無駄に命を散らすことになる。


 だがルカは最近になってLEVELが3になり、推奨を満たしたことで仲間とパーティーを組んでチョコ狩りに勇んでいった。


「もちろん楽しかったよ!」

「魔物は強かったんだろ?」

「強かったけどメンバーがメンバーだったからなあ。正直楽勝だったな」

「ああ、あの3()()といったんだっけ」

「そう! 凄いんだよあそこ、チョコと名のつくものならなんでもあるじゃないかって感じでさ、ダーク、ミルク、ホワイトはもちろんクランキー、トリュフ、生チョコから各種ナッツが入ってるのまでなんでもござれだった!」


 甘いものとなると口がよく回るルカだったが、進夢はチョコの名前なんかどうでもよく、ダンジョンでの戦闘の話が聞きたかった。


「お、おおそっか」

「まあ進夢がいったら3分ともたずに死んじゃうんだけどね」

「うるせえな! ひと言多いぞ!」


 指を差して声をあらげた進夢に、ルカは軽快に笑う。しかし内心では進夢が無茶をして推奨LEVELを無視した冒険をしないか心配だった。だからこそ時折、冗談混じりに忠告をしていた。


(私が進夢を制御しないと……無茶ばっかりするんだから)


 進夢は話しをそらすことには成功したが、奥歯を噛みしめるほど悔しかった。スタートは同じLEVEL1、ダンジョンで初めてモンスターを倒した日も同じだった。それでもルカはLEVEL3、進夢はLEVEL1というのが現実だ。


 なぜそんな差が出てしまったか。世間ではひとえに()()と言われている。人によってLEVELの限界があるということだ。


 冒険者の専門校に通い1年。16歳になり2年生目前というところまで来てLEVEL1は進夢ただ1人。


 ────つまり進夢の上限はLEVEL1。


 揺るぎない落ちこぼれだ。


(くっそ、そのうち俺だって……)


「そんな落ちこぼれ君にお恵みです」


 てのひらに何かを包んで付き出された進夢は、ルカを睨みながら手を出した。そしてその上に透明な包みで包装された四角いチョコが3つ転がってきた。


「……ったく見え見えの機嫌とりだな」

「まあまあ。ほんとに食べてもらいたくてさ! それ600円もするんだよ」

「え!? これ1つ200円もすんのかよ!」

「違う違う、1つ600円だよ」

「え……ってことはこれで1800円」


 進夢は手のひらに余裕で収まる1口大のチョコ3つをまじまじと観察してしまった。ルカの言う値段は卸値で購入したら1つ1000円とかするんだろうなと呆れる。


「食べてみてよ」

「ダンジョン産は高いなあ」


 ニコニコと促すルカを尻目に進夢はチョコを口に放り込んだ。チョコは口に入った瞬間から溶け始めて、数回噛んだだけでほぼ液体になる。鼻から抜けるカカオの匂いは濃密で、舌の上は優しいミルクと砂糖の甘味が混ざり心地よい。


「なんだこれ…………うっま!!」

「でしょ?」


 ふんぞり返るルカだったが、内心はとても嬉しかった。進夢の行けないダンジョンに行ける優越など一切ない。純粋な好意からくる喜び。目を見張って夢中でチョコを食べる進夢の顔を見て無意識に口がほころんでいる。


 ただ冒険者(ハンター)に憧れるあまりにLEVELに見合わない挑戦をしてしまうのではないかと、忠告してしまうことはよくあった。


 ダンジョン産の食べ物はダンジョンの推奨LEVELが高いほど美味な傾向にある。それゆえ数少ない強力な冒険者が取ってくる食品は、天井知らずで億の単位が動くこともある。


「ヤバイな……ルカが美食冒険者(グルメハンター)を目指してる理由がわかったわ」

「別に目指してないけど」

「スイーツハンター?」

「それならなってもいいかな!」


 といってはいるが、ルカがダンジョンに潜る時は100%食べ物目当てで、本人は気づいていないがすでに立派な美食冒険者みたいなものだった。


 そうこう話しているうちにベッドの上から「ピコン」という電子音がなった。


「お! ランキング6位の配信始まるぞ!」


 電子音と共に進夢の心臓が高鳴る。【憤怒の塔】を見た興奮以上に。


「でた、ランカーオタク」

「バカお前すげえんだぜランカーって! 世界で最も冒険者(ハンター)として貢献した上位100人にしか与えられない称号、それがランカーっていうんだよ!」

「もう耳にタコができるくらい聞いたよ」


 ランカーの話しになるたびに繰り返される説明に、ルカはげんなりとエルフ耳をしおらせながら言った。


「そう! しかもその中の100人中堂々6位が(しげし) 力羅(ちから)だ! 21歳でランカー1桁の天才で何を隠そう俺達の通う日本冒険者(ハンター)専門学校、冒険学部迷宮(ダンジョン)学科5年制の卒業生! 俺もあと少し早く産まれてれば1年でも被れたのになー! 3年の先輩が妬ましいぜ!」


 ダンジョンに魅入られ命を落とした進夢の両親。それは性なのか、息子である進夢もまたダンジョンの魅力に取り憑かれていた。といっても進夢は冒険者に憧れを抱いている割合が大きい。


「そうだねーすごいねー」


(冒険者のことになるとホントにうるさいだから。早く配信始まってくれないかなー)


 寝起きからずっとテンションの高い進夢に心ここにあらずといった答えをしたルカは、ソファーに進夢と座った。

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